本音
「大丈夫よ、メイ。死にそうと思ったことは何度もあったけど、案外図太くてね。ずるずる長生きしちゃいそう」
母が言った。
「でも会える機会は最後かもしれない。だからあなたに言っておきたかったの。メイ、今まで本当にありがとう。ルーのことを押し付けちゃって、ごめんなさいね。お陰でルーももう大きくなったわ。この子のことはもう置いておいていいから、メイはメイの幸せを掴んでね。自分のことを一番に考えて、幸せになってちょうだい。大好きよ、メイ」
「レティさま……」
なんだなんだ、今生の別れみたいな挨拶をして。
大体、私のことをメイに「押し付け」というのも失礼にも程があるし、ここぞとばかりに母親面するのも腹が立つ。
ムカムカしていると母がこちらを見た。
「ルー、あなたにも話があるの。2人きりで。メイ、少し外してくれるかしら」
2人きりになると母の説教が始まった。
貴族学院での成績が奮わなかったことや友人関係のこと、卒業後の政務見習いの意欲が低いこと、そしてメイとのこと。婚約破棄騒動のことだ。
隣国住まいでもう何年も会っていなかった母親が、どうしてここまで詳細に知っているのかというと、きっと父やメイが告げ口していたのだなと察せた。気分が悪い。
「私のことは放って置いてください」
全てを聞き流したあと、キッパリと言った。
「メイにも先ほど仰ったではないですか。私のことはもう放って置けと。大体、あなたはもうずっと放って置きっぱなしじゃないですか。今さら何なんです?」
「そうね。でも今が大事なときよ。このままではサミュエル王子に王位を譲ることになりかねないわ。第2王子はとても優秀で、彼こそ王太子に相応しいと推す者もいるそうね」
またサミュか。母の口からも弟の名を聞かされるとは。
「ええ、そうですね。別に構いません」
嘲笑混じりに告げた。
「サミュは私より頭がいいですし、要領がいい。私より適任でしょう。私は適当に緩い職に就いて、適当に暮らしますよ。王太子の座から下ろされたからといって、急に犯罪者扱いされて牢獄に入れられるわけではないでしょう? 私は優秀な弟と張り合う気はありません。のんびり暮らせれば、それで満足です」
どうだ言ってやったぞと、蒼白する母の顔を見据えた。
嘘ではない、本音だ。
生まれた時点で背負わされた荷物はあまりにも重く、年々その重量を増していく。薄弱な私では潰れそうだ。
下ろせるものなら下ろしたいと、ずっと喘いできた。
「そう……。それがあなたの幸せなら、それでいいわ」
母が何もかも悟ったような顔をして言った。
叱責されるものだと構えていたので、拍子抜けした。
「それがあなたの思う、あなたの幸せなら。私が決めることじゃないものね。でもね、ルー。あなたは自分にあまり期待をしていないようだけど、私はあなたに期待してるの。あなたならできると信じているの。だから厳しくもしたし、国へ帰るように言ったのよ」
押し付けがましい物言いに、過去の記憶がフラッシュバックした。もうずっと封じ込めていた、母とこの王室で過ごした日々の記憶が。
それは決して甘いものではなく、苦味を感じた。
「私のためを思って、なんて言い訳はやめてください。私が摘んできた花を見向きもしなかったのは、私のためを思ってでしたか? 抱きついた手を振りほどいたのは、ただうっとおしかったからではないですか? あなたは病気だから仕方がないと皆に言われ、納得するしかなかった。あなたは本当にずるい」
こんなことを言いに来たのではないのに。
今さら昔の恨みごとを言って、死に損ないの母にとどめを差すような真似をして。
まるで子供だ。
「……ごめんなさい」
母が消え入りそうな声で言った。
「ごめんね、ルー。ずっと長い間、寂しくさせて。ルー、愛しているわ。本当に勝手で駄目な母親だけど、この命に替えてもあなたに幸せになってほしいの。それは本当よ」
母の細い腕が伸びてきて、私を包み込んだ。
ぎゅっと抱きしめられた途端、涙腺が緩んだ。泣くな。




