表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

本音

「大丈夫よ、メイ。死にそうと思ったことは何度もあったけど、案外図太くてね。ずるずる長生きしちゃいそう」


母が言った。


「でも会える機会は最後かもしれない。だからあなたに言っておきたかったの。メイ、今まで本当にありがとう。ルーのことを押し付けちゃって、ごめんなさいね。お陰でルーももう大きくなったわ。この子のことはもう置いておいていいから、メイはメイの幸せを掴んでね。自分のことを一番に考えて、幸せになってちょうだい。大好きよ、メイ」


「レティさま……」


なんだなんだ、今生の別れみたいな挨拶をして。

大体、私のことをメイに「押し付け」というのも失礼にも程があるし、ここぞとばかりに母親面するのも腹が立つ。


ムカムカしていると母がこちらを見た。


「ルー、あなたにも話があるの。2人きりで。メイ、少し外してくれるかしら」


2人きりになると母の説教が始まった。

貴族学院での成績が奮わなかったことや友人関係のこと、卒業後の政務見習いの意欲が低いこと、そしてメイとのこと。婚約破棄騒動のことだ。

隣国住まいでもう何年も会っていなかった母親が、どうしてここまで詳細に知っているのかというと、きっと父やメイが告げ口していたのだなと察せた。気分が悪い。


「私のことは放って置いてください」


全てを聞き流したあと、キッパリと言った。


「メイにも先ほど仰ったではないですか。私のことはもう放って置けと。大体、あなたはもうずっと放って置きっぱなしじゃないですか。今さら何なんです?」


「そうね。でも今が大事なときよ。このままではサミュエル王子に王位を譲ることになりかねないわ。第2王子はとても優秀で、彼こそ王太子に相応しいと推す者もいるそうね」


またサミュか。母の口からも弟の名を聞かされるとは。


「ええ、そうですね。別に構いません」


嘲笑混じりに告げた。


「サミュは私より頭がいいですし、要領がいい。私より適任でしょう。私は適当に緩い職に就いて、適当に暮らしますよ。王太子の座から下ろされたからといって、急に犯罪者扱いされて牢獄に入れられるわけではないでしょう? 私は優秀な弟と張り合う気はありません。のんびり暮らせれば、それで満足です」


どうだ言ってやったぞと、蒼白する母の顔を見据えた。


嘘ではない、本音だ。

生まれた時点で背負わされた荷物はあまりにも重く、年々その重量を増していく。薄弱な私では潰れそうだ。

下ろせるものなら下ろしたいと、ずっと喘いできた。


「そう……。それがあなたの幸せなら、それでいいわ」


母が何もかも悟ったような顔をして言った。

叱責されるものだと構えていたので、拍子抜けした。


「それがあなたの思う、あなたの幸せなら。私が決めることじゃないものね。でもね、ルー。あなたは自分にあまり期待をしていないようだけど、私はあなたに期待してるの。あなたならできると信じているの。だから厳しくもしたし、国へ帰るように言ったのよ」


押し付けがましい物言いに、過去の記憶がフラッシュバックした。もうずっと封じ込めていた、母とこの王室で過ごした日々の記憶が。

それは決して甘いものではなく、苦味を感じた。


「私のためを思って、なんて言い訳はやめてください。私が摘んできた花を見向きもしなかったのは、私のためを思ってでしたか? 抱きついた手を振りほどいたのは、ただうっとおしかったからではないですか? あなたは病気だから仕方がないと皆に言われ、納得するしかなかった。あなたは本当にずるい」


こんなことを言いに来たのではないのに。

今さら昔の恨みごとを言って、死に損ないの母にとどめを差すような真似をして。

まるで子供だ。


「……ごめんなさい」


母が消え入りそうな声で言った。


「ごめんね、ルー。ずっと長い間、寂しくさせて。ルー、愛しているわ。本当に勝手で駄目な母親だけど、この命に替えてもあなたに幸せになってほしいの。それは本当よ」


母の細い腕が伸びてきて、私を包み込んだ。

ぎゅっと抱きしめられた途端、涙腺が緩んだ。泣くな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ