選択肢
死んだと思っていた王妃が生きていて、よほど嬉しかったのだろう。
むせび泣くメイを母が抱きしめた。
「ごめんなさいね、驚かせて……」
「いいえっ、レティさまが生きてらして、本当に、良かった……」
感動の再会を果たして抱擁を交わす『親子』を複雑な思いで眺めた。
私はメイのように手放しで喜べない。
母が生きていて良かったとは勿論思う。
しかし腹が立つ。
あんなに気落ちして感傷的になったのに、嘘だっただと。
ついていい嘘と、そうでない嘘ってあるだろう。
それになぜ今抱きしめているのはメイなのだ?
本物の息子はこっちだろ?
私に会いたくて嘘をついたんじゃないのか。
その腕の中にいるのは私のはずだろう。
でもまあ、私はその『私』と違って本物の男だ。みっともなく泣いたりはできない。
ただぶすっとして突っ立っているだけだ。
メイが落ち着いたので、2人並んでソファーに腰かけた。
母が改めて嘘を侘びると共に近況報告を始めた。
「――……でね、メイからの手紙であなた達の婚約破棄騒動を知って、これは何としても直接ルーと話さなくっちゃって思ったの」
「手紙?」
メイと母が文通をしていることは知っていた。が、子供の頃の話で、まだ続いているとは知らなかった。
ちらっと隣を見ると、少し気まずそうにメイが言った。
「婚約破棄の件はレティさまのお耳にも届いているものと思っていたので……わたくしの言葉できちんと謝罪を申し上げたかったのです。でも実際は、国王陛下のところで話は差し止められていたので、わたくしが余計なことをしなければ、レティさまの心を煩わせることもなかったのですよね。申し訳ございません」
「いいえ、とんでもない。よく知らせてくれたわ。そうじゃなきゃ私は何も知らず、こうして会うこともできないまま、あなた達の婚約破棄の決定を聞かされていたかもしれないもの」
間に合って良かった、と母は噛み締めるように言ったあと、ぱっと表情を変えた。
「で、あなた達はどうして入れ替わっているの?」
「理由は分からんが、朝起きて目覚めたらこうなっていたんだ」
ぶっきらぼうに答えると、メイが補足した。
「眠りにつく前、私もルー王子もレティさまのことを思いながら寝たんです。だから、再び同じようにすれば元に戻れるかもと、話し合ったところです。ただ眠りについた場所というのも再現すべき点なので、帰国後になりますが」
「そう。メイは相変わらずしっかりしているわね。あなたがルーのままなら、国政も安泰なのにね」
ふふっと呑気に笑う母に今度こそ殺意が湧いた。
自分でも分かっていることを面と向かって人に指摘されると本当に腹が立つ。
「母上、失言が多いようですが」
「あら、ごめんなさい。だけど嬉しいわ、2人とも寝る前に私のことを考えてくれたなんて。メイはともかく、ルーまで」
「長らく忘れていましたがね。さすがに訃報が届けば思い出しもしますよ」
「ああ、偽の訃報が届いた直後だったわけね。確かにそうね」
母の顔が曇り、少し棘がありすぎたかとチクリと後悔する。
「でもそれじゃああれね、その状況を再現するためには私が死ななくちゃね」
「は?」
「私の訃報を受けて、故人を偲びながら寝ついたら入れ替わっていた、ということでしょう? その状況を再現するためには、まずは私が死なないと」
「じょ、ご冗談をっ」と言ってメイが立ち上がった。
「ご冗談でも、そんなことを仰ってはいけません! 嫌です、私はっ、レティさまがお亡くなりになるなんて。嘘でも、またあんな思いをしたくありません」
息を詰まらせながら言うメイは苦しそうで、私も息を呑んだ。
「メイ……」と母が眉を下げた。
「本当にごめんなさいね……。でも、もしこのままあなた達が元に戻れないとしたら、私が生きているせいで状況の再現ができないからよね」
「違います。もしそうだったとしても、私は、レティさまにお元気でいてほしいです。長生きされてほしいです。それが一番の望みです」
きっぱりと言い切るメイに目をみはった。
元の姿に戻るか、母が亡くなるか。
もし本当にその2択しかなく、それを目の前に提示されたなら、正直いって私は答えに窮する。
大いに悩む。
だってそうだろう? 私だって当然母に生きていてほしいが、ずっとこの姿で生きたいとは思わない。
すぐにでも戻りたい、すぐに戻れるはずだと思って何とか今日まで来たのだ。
あと数週間ならともかく、何ヶ月先も何年先も、下手したら十年後も二十年後も、この姿のまま。そう想像すると、ぞっとする。眼の前が真っ暗になる。
メイはそうじゃないのか?
その途方もない恐怖よりも、目の前のこの死にかけの女――私の母の命が大事だと、断言してくれるなんて。
君はなんて本当に、強くて優しくて正しいのか。