【ルー王子視点】再会
メイヴィスが言った。
「私もあの日、レティシア妃殿下のことを考えながら眠りにつきました」
共通点があったのだ!
「ということは、寝る前にまた同じようにしてみればいいのか……」
私の言葉にメイヴィスも頷いた。
そこでさっそく旅の途中で泊まった宿で試してみたが、翌朝目覚めても変化はなかった。
私はメイヴィスのままで、メイヴィスは私のままだ。
「まあ、そうでしょうね……」と珍しく気落ちした様子でメイヴィスが言った。
しかし相変わらず冷静だ。
「あのときと環境が異なりますもんね。旅先の宿ではなく、それぞれの自宅の寝室じゃないと駄目なのかもしれません。起点の場所って重要らしいですし」
「なるほど、確かにな」と私も頷いた。
「では、旅から戻ったら早速やってみよう」
上手くいくと良いなと思った。上手くいきそうな気もする。
期待を膨らませる私と違い、メイヴィスはやはり浮かない表情をしている。
自分の憂えた顔を客観的に見るというのは、不思議な感覚だ。
「やはり君は、あまり元に戻りたくないのか?」
「えっ、どうしてです?」
「元に戻れる可能性が出てきて嬉しいはずなのに、浮かない顔をしているからだ」
メイヴィスは少し驚いてから、苦笑した。
「元に戻りたいですよ。今がっかりしているのは、旅路では元に戻れないと分かったからです。できれば隣国へ到着する前に戻って、ルー王子本来のお姿であちらの王室に迎え入れられてほしかったです。せっかく6年ぶりのご再会だというのに、仮のお姿でというのが心苦しいですから」
思わぬ返事に驚いた。
メイの自己都合で、王太子のままでいたいと思っているのではないかと邪推した己を恥じた。
まさか私のことを思って気落ちしていたとは、意外だった。
「良い、気にするな。どんな姿だろうが、私の気持ちに差異はない。国王陛下に命じられたことを粛々とこなすまでだ。君に負担をかけることは心苦しいが、よろしく頼む」
つい偉そうに言ったが、分かっている。メイなら私よりも立派に王太子らしく振る舞うだろう。なにも心配は要らない。
私はその婚約者令嬢として、慎ましく脇に控えていれば良いのだ。
『ルーファス王子』として母の墓前に立たなくて良いというのは、私としてはありがたいことにさえ思えた。
そう思っていたのだが…………
「あら? あなた達どうして入れ替わっているの?」
6年ぶりに顔を合わせた母は、私とメイを見るなり驚きの声を上げた。
驚くのはこちらだ。
「なんで生きてる?」
そう尋ねるのは当然だ。
死んだと知らせを受けて弔問に訪れた私たちを王城で出迎えたのは、死んだはずの母だった。
「びっくりした? じゃーん、実は生きてました。死んだなんて嘘よ。まあいつでも死にそうな死に損ないではあるけどね」
おどけた調子で両手を広げた母に啞然とした。次の瞬間には色々な感情が押し寄せてきて、とりあえず腹が立った。
「なんというひどい嘘を吐くのですか。たちが悪い」
言ってしまってから、はっとした。
しまった、今の私はこの人の息子ではない。メイの姿をしているのだから、公爵令嬢らしく言葉には気を付けなくては。
しかし母は全く気にしない様子で、
「だってルーったら、全然会いに来てくれないんだもの。死んだときくらいは来てくれると思って」と私に向かって微笑んだ。
私を『私』として認識している。何故だ?
そう言えばさっき驚きすぎて聞き流してしまったが、「あなた達どうして入れ替わっているの?」と言ったな。
「どうして、お分かりになるのです? 私たちが入れ替わっていると」
隣で言葉を失っていたメイが言った。まさしくいま私も聞こうとしたことだ。
「一目で分かったわ。だってメイはメイだし、ルーはルーだもの。どう見たってそう。どうして分かるのかって言われると私も分からないけれど、母親だから、かしら? とりあえず座って。人払いしているし、ゆっくりお話ししましょう」
そう言って優しげに微笑む母をまじまじと見た。
相変わらず氷細工のように脆そうで美しい人だ。血管が透けるほど青白く、折れそうなほど細く、近寄りがたい。
しかしやつれたことによる悲惨さはなく、限界まで余計なものを削ぎ落としたという清廉さがある。死と紙一重にある、澄み渡った空気を纏っている。近くにいても遠い人。
うっ、と隣で嗚咽が聞こえてきてぎょっとした。
「れ、レティさまっ、お会いできて、嬉しいです」
メイが私の顔でボロボロと泣いていた。
母が生きていたことよりもそのことに驚いた。