実家へ突撃訪問
「今になって何の御用ですか?」
訪れたセルザム家で対応に出たのは、長兄だった。黒髪蒼眼の鋭い目をした長兄はただでさえ怖い顔をしているのに、さらに怖い表情を重ねている。
その後ろでは、長兄よりも体格のいい次兄が苦虫を噛み潰したような顔をしている。ルー王子の所に抗議に行き、職を更迭されたのはこの次兄の方だ。
うちは公爵家といってもバリバリの武闘派一家で、それゆえ色眼鏡で見られやすいことも起因したのだろう。
それにしてもお城には何千人という兵士が常勤しているのに、次兄が2人の部下を連れて出向いただけで危険視されたのは、やはり理不尽ではある。
「メイヴィスはいますか? 会って確かめたいことが」
「あいにく」と長兄は棘のある声を出した。
「メイヴィスはレティシア妃の訃報を耳にして以来、ショックでふせっております。申し訳ございませんが、そっとしておいて下さいますか」
王子の突然の訪問にも動じず、長兄は丁寧ながらキッパリとした口調ではねつけた。
全く媚びないところが、我が兄ながら清々しい。
と感心している場合ではない。
私ではない、公爵令嬢メイヴィスが実在していることが分かったのだ。
是が非でも面会しなくてはならない。
「レティシア妃の喪に服しているのですね……母の事でも話があって来ました。少しでいいので、メイヴィスの顔を見るだけでも叶いませんか。心配なのです」
殊勝に頼んでみたが、兄たちの態度は軟化しなかった。
険しい顔をしたままの長兄の後ろで、次兄が顔を背けてボソッと吐き捨てた。
「自分がやらかした事を棚に上げて、大層なこった」
私に付いてきたお供が、聞き捨てならんと咎めた。
「貴様っ、それは自分の事を言っておるのか? 不敬罪でまた罰せられたいのか!? ルーファス様がわざわざ足を運んで来られたのだぞ、つべこべ言わんとさっさとご案内しろ!」
「待って!」と思わず素の言葉が出て、「待て」と言い改めた。
「確かに私が悪い。まずは詫びるべきだった」
そうだ、兄たちからしてみれば、今の私は到底許しがたいルー王子なのだ。
可愛い妹に汚名を着せて断罪し、それを抗議した次兄まで罰した、理不尽極まりない輩なのだ。
その王子がのこのこ顔を出したところで、歓迎される訳がない。悪魔よけのニンニクを投げつけたいくらいの気持ちだろう。
「全て私の勘違いだったんだ。メイヴィスがオリアーナをいじめていたというのは。オリアーナの話にしか耳を貸さず、視野が欠けていたのだ。本当に浅はかだった」
ルー王子の口から言わせたい台詞を吐いた。
いや、もっと辛辣に馬鹿王子を自虐したい気持ちを抑えて、控え目に言ってこれだ。
なぜこうなったかは分からないが、今の私はルーファス・シルヴェスター・チャットウィンだ。ルーファス王子殿下として皆も認識している。
それならば、この状況を利用しない手はないと気付いた。
公爵令嬢メイヴィスに被せた罪は濡れ衣で王子の誤解だった、とルー王子自身が非を認めて謝罪するのだ。
次兄を復職させ公爵家の面子を元通りにする。今の私にならそれは不可能ではないはず。
全ての元凶、ルー王子なのだから。
「正式な謝罪は後で必ず。まずはメイヴィスに会って直接謝りたい。お願いします」
目を丸くして驚いている長兄に頭を下げた。