後悔
セルザム家へ戻ると、御者のブランドンから事情を聞いた執事がメイドや兄たちにも知らせたらしく、手厚く扱われた。
『花の精霊に祈りを捧げる期間』が終わるまではなるべく外出を避け、穏やかに過ごすようにと配慮された。
実際3日後に出血が始まったときには怖かったが、メイヴィスに教えられた対処をして、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
心構えがあると違う、というのは本当だった。
しかしやはり気は滅入った。
女性でいる限り、毎月毎月このような目に遭うのか。
そんなことをおくびにも出さず、何年も『女性』をやっているメイヴィスやオリアーナ、その他大勢の女――…そして母のことまで思い出してしまい、ますます感傷的な気持ちになった。
私は母のことが大好きだった。昔は。
優しくて柔らかくて、良い匂いがして、私と同じ波打つ蜂蜜色のブロンドがなびいて、美しい人だった。
しかし難産の末に産まれた私の妹は産声を上げることなく死に、母は生気を失った。
何とかして母を元気づけたかった。
しかし摘んだ花は見向きもされず、話しかける言葉は届かず、繋いだ手はほどかれた。
心の病気なのだと周りに説明され、母に甘えることは許されなくなった。
それでも私は、いつか母が元気になって、また以前のように笑いかけて抱きしめてくれる日を夢見て、そばに居続けた。
しかしそれを良しとしなかったのは、母本人だった。
甘えを叱責され、存在を拒絶され、1人で帰国することになったとき、私は母に捨てられたのではなく、逆に見限ったのだと思うことにした。
そうしないと哀しすぎたからだ。
「殿下のお気持ちも分かりますが、レティシア妃殿下のお気持ちもお察しください。ルー王子殿下の今後を思って、心を鬼にして突き放されたのですよ」
メイヴィスに言われたことがある。
そんなことは言われなくても分かっている。
分かっていないのはメイヴィスの方だ。
親に突き放されたことのない、拒絶されたことのない君に、私の気持ちなど分かるはずがないと憎らしく思った。
自国の内戦中、火の粉のかからない隣国でぬくぬくと暮らしていた王子の気持ちなど、君には分からない。
帰国してメイヴィスに初対面したときの衝撃をいまだに覚えている。
終戦後に伸ばし始めたという髪を真っ直ぐ肩まで下ろし、大人びた表情をした同い年の少女は、ピンと張り詰めた空気を纏っていた。
どこにも隙がない。
完璧すぎて近寄りがたい。
馬鹿なことを言うと笑われそうだと身構えた。
しかし実際に話してみると、メイヴィスはさっぱりしていて話しやすかった。女性特有のねちっこさがない。
口調がキツイところはあるが、悪意のある言葉ではない。むしろ私のために良かれと思って発せられる言葉だった。
それも本当は分かっていたのだ。
なのに私は――……
「うるさいな。その『ルー王子』と呼ぶのをやめてくれないか。もう子供じゃないんだから」
母は私のことを「ルー」という愛称で呼んでいた。
それを真似てか、メイヴィスも私のことをずっとルー王子と呼んでいた。
私もメイヴィスのことを「メイ」と。
そう呼び合っていた頃は、よく一緒に勉強をしたり、木登りやパイ作りをして遊んだのに。
ルーと呼ぶのをやめろと言ったあの日から、意識的にメイを遠ざけたのは私だ。
今さら後悔しても遅いだろうか。
虫が良すぎるだろうか。
『どうしてもご不安なときは、遠慮なく私をお呼びください。殿下がいつもの私ではないと知っているのは私だけですから。他の人には言えないことも私には言えますしね』
ああ、メイに会って話したい。
会って、話さなくてはならないことがある。