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情緒不安定

しばらく休んでいると人がやって来た。

サミュが呼んだ教師か御者だと思ったら、『私』が来たのでびっくりした。


一瞬目を疑ったが、カールがかったハニーブロンドにスカイブルーの瞳、長身に王子の装束をまとった『ルーファス王子殿下』で間違いない。


「どうして、ここへ?」


『私』はベッドから身を起こそうとする私を手のひらで制し、寝たまま話を聞くよう促した。


「職員室前でサミュエル王子殿下にお会いして、事情を聞きましたので」


「ああそうか、いや、そうじゃなくて。その前にどうして学院へ来たんだ?」


偶然にしてはタイミングが良すぎる。


「ルーファス王子殿下がこのようなことになっているのではと、心配で参りました」


「このようなこと、とは?」


「その、目まいです。特定の時期になると、その身体は目まいを起こしやすくなります。それとその時期には些細なことでイライラしたり、悲観的な気分に陥りやすくなります。心当たりはございませんか?」


「そう言われれば……」と思い当たった。

後輩女子たちと話しているとき妙にイライラしたし、具合の悪い私を気遣わなかったオリアーナたちにもひどく苛立ったのだ。


「その特定の時期というのは何だ。それは前もって予測できるのだな?」


「そうですね。毎月大体このくらいというのが予測できますので、心構えがあれば大丈夫です。その特定の時期――つまり殿下の現在ですが、とある生理現象が起こる前兆なのです」


「え?」


淀みなく説明するメイヴィスだが、理解が追いつかない。


「ええと、つまり……目まいがしたりイライラするのは、何かが起こる前兆だと?」


「はい。そのこれから殿下の身に起こるであろう女性の生理現象について、ご説明しますね。それも心構えがあると無いのでは、雲泥の差ですので」


と言ってメイヴィスが話し始めた説明を聞き終えて、さぁーっと血の気が引いた。


それはとても恐ろしい内容だった。

女性は毎月『花の精霊に祈りをささげる期間』になると、大量の血液を流す。

ひどい腹痛や腰痛、目眩や吐き気などをともなう者も多いが、個人差が大きく、幸いメイヴィスは少しの腰痛程度で済むそうだ。

しかし、メイヴィスは「前兆」の時期に不調が出る。目まいや情緒不安定だ。


それも事前の心構えがあれば、そういうものだと思ってやり過ごせるそうだ。というか、やり過ごすしかないそうだ。


「とにかく自己嫌悪せず、自分を労ってくださいね。兄たちもその期間は気遣ってくれますから。なるべくゆったりとした気持ちでお過ごしください」とメイヴィスは励ますように言った。

ありがたいが、やはり不安は募る。


「どうしてもご不安なときは、遠慮なく私をお呼びください。殿下がいつもの私ではないと知っているのは私だけですから。他の人には言えないことも私には言えますしね」


優しく微笑む自分に見惚れた。

私はこのような優しい表情を最近メイヴィスに向けたことがあっただろうか?


愛想の悪いメイヴィスにもっとニコニコしろと言っておいて、私こそメイヴィスにツンケンした態度だったのではないか。

他の者には優しく接していたのに。


「……どうして私にそんなに優しくしてくれるんだ?」


「え? だって殿下は『私』ですもの。私を大事にして下さらなくては困ります。変なことをして私の評価が地に落ちても困りますし」


ああ、そうだった。その通り、正論だ。

そして容赦がない。

砂糖菓子のような甘い答えを微かにでも期待してしまったこちらが馬鹿だった。

この婚約者はいつでも塩を食わせてくる。しょっぱい。


「隣国への弔問までは家で大人しくしていましょうとお約束したのに」とさらに責めるように言った。

情緒不安定期の『私』を労れとついさっき言ったその口で私を責めているのだから、見事なダブルスタンダードだ。

イラッとして私も怒り口調で応じた。


「オリアーナのことが心配だったからだ。君へ謝罪したことで、オリアーナが嘘つき呼ばわりされてイジメが再燃しているかもしれない。それが心配だと言ったら、学院へ様子を見に行けと言ったのは君だろう」


さすがのメイヴィスもこれには反論しなかった。


「……そうですね。確かに私がそう申しました。申し訳ありません。で、オリアーナ嬢の様子はいかがでしたか? 安心できましたか?」


「それは……」


先ほどの校舎裏での出来事を振り返った。

同級生の婚約者に色目を使ったからと呼び出されていたオリアーナ。

同じようなことが在学中にもあったが、そのときの彼女は怯えきって、震えて泣いていた。

だから私が代わりに出向いて相手と話をつけ、誤解を解いたのだ。


しかし先ほどの彼女は1人で立ち向かっていた。その成長には目をみはるが、あの立ち向かい方は褒められない。

相手の心をえぐる酷い罵り方だった。

そこに必死さはなく、ただ嘲笑があった。


「上位貴族のご令嬢で先輩であられる」メイヴィスに対してさえ、礼儀のない挑発的な態度だった。

正直とても腹立たしい思いがした。

大きくショックも受けた。そう、私はショックなのだ。

オリアーナがあんな娘だとは思わなかった。騙されていた。猫かぶりに騙されていたのだ。

それを他の女生徒たちに陰で笑われていたのだ。ルーファス王子殿下って「本当に馬鹿だよね」と。


やばい、泣きそうだ。

メイヴィスの言う通り、情緒不安定期のせいだろう。


「……元気そうだったよ。私がいなくても大丈夫そうだ」


「そうですか。それなら良かったです」


メイヴィスが包み込むように言って、そっと私の髪に触れた。



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