医務室にて
驚いたオリアーナがきゃっと悲鳴を上げると、その声に応じるようにして人が駆けつけてきた。
「オリちゃん、どうした!?」
「大丈夫っ? 姿が見えないから、心配で探したんだよ」
二人組の男子生徒だ。
オリアーナが『オリちゃん』という愛称で呼ばれていることにもびっくりだが、そんなことより目まいで気分が悪い。
「えっ、どうしたのこの娘!?」とうずくまっている私に気付いた1人が言った。
「あっ、えっと、そのっ、急にうずくまって……」とオリアーナがおろおろした口調で説明した。
「せっ、先輩なんです、もうご卒業された。セルザム家のメイヴィス様です、ご存知ですか」
「えっ、メイヴィス様ってあの、ルーファス王子殿下のご婚約者の!? 何でここに?」
「わっ、私は何も……突然いらして、それにオリアーナはあっちの方に呼び出されて、お叱りを受けてたんです、だからオリアーナは何も……」
そんなことはどうでもいいから誰か手を貸せと苛立ちがピークに達したとき、
「大丈夫ですか?」と違う方向から駆け寄ってきた者が、肩に手を置いた。
そばにしゃがみ込んで私の顔を覗きこんだその男を見て、ぎょっとした。
「サミュ……」
栗色のさらさらの髪が流れるように顔にかかっている。
ヘーゼル色の瞳は物静かで知的な印象だ。
こんなに間近で弟の顔をまじまじと見たのは初めてかもしれない。
知らぬうちに大人になったな、と声変わりした弟がすっと差し出した手の大きさを見ても思った。
「立てますか? 医務室へお連れします」
サミュエルに抱き起こされるようにして立った。ふらついたがしっかりと支えてくれた。
兄の姿であるときには私のほうが背が高いが、今はサミュのほうが高い。
意外と頼れる奴であることを初めて知った。
「後は私に任せて、あなた方は教室へ戻ってください」と他の4人に言い、配慮のある足取りで私を医務室へ連れて行ってくれたのだった。
無人の医務室を見渡して、サミュが言った。
「とりあえずベッドに横になって、休んでいてください。すぐに医務室の先生を探して来ますので」
「ああっいえ、待って」と引きとめた。
「少し休めば大丈夫です。もう目まいもおさまりましたし。もう午後の授業が始まっています。殿下も早く教室へお戻りになって、授業を受けてください。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ご厚意に感謝いたします」
サミュに尊敬語を使うのは微妙だが、メイヴィスとして言動には気を付けなくてならないと気持ちを引き締めた。
気を緩めるとうっかり失礼なことを言ってしまいそうだ。
お前は本当はメイヴィスのことを嫌っているくせに、とか。心で思っても表に出してはいけない。
「他人行儀ですね」とサミュがふっと息を漏らすようにして苦笑した。
「もうじき弟になるのですから、もっと砕けてくださっていいのに。弱っているときくらい甘えてください」
優しげに微笑する弟に目を丸くした。
弟はまだ13歳だ。それがこんなに大人びたことを言い、大人びた表情をするのかと心底驚いたのだ。
早くも男としての色香さえ漂う。我が弟ながら末恐ろしいなと、目の前の美少年を見つめた。
「……でも本当は、サミュエル殿下はわたくしのことをお好きではないのでしょう?」
つい意地悪を言いたくなった。
うろたえる弟を見たくなったのだ。しかし弟はうろたえることなく、じっと見つめ返してきた。
「誰がそんなことを言いましたか?」
「サミュエル殿下ご自身です。わたくしとルーファス王子殿下の婚約が継続になり、残念だと」
「ああ。その通りの意味ですよ。あなたが兄の妻になるのが残念です。破談になれば、私があなたと結婚できたのに、と」
「えっ」
「え? ああ、ご存知なかったですよね。聞かなかったことにしてください」
サミュは薄く笑って、くるりと背を向けた。背は高いがまだ肉付きの薄い肩が寂しげだ。
「では職員室にいる先生に知らせて来ますね。従者の方は外で待っているのでしょう? 呼んでもらいますね」