後輩女子たち
メイヴィスが犯人でないなら、真犯人は別にいる。メイヴィスの悪い噂を流して罪を着せた者がいるということだ。
そいつが私と同学年ならもう卒業しているが、もし下の学年の者ならまだ学院にいる。オリアーナへのいじめが続いている可能性がある。
もし真犯人がいたなら、見つけ出していじめをやめさせる。そのために今日は学院へやって来た。
しばらくそれぞれ大人しく過ごそうとメイヴィスと約束をしたが、「オリアーナのことが心配なら学院に様子を見に行けばいい」と助言してくれたのはメイヴィスだ。なら問題はないだろう。
それにこれはメイヴィスのためでもある。
真犯人を見つければ彼女の汚名も完全に晴れるし、真犯人を特定できなくてもメイヴィスの姿で善行をすれば評判は良くなる。
メイヴィスは正しい人間だが、冷たく近寄りがたい雰囲気の一匹狼なため、悪い噂を流されやすいのだ。
もっとニコニコすればいいのにと昔言ったことはあるが、「無駄にヘラヘラしているとナメられる」と一蹴された覚えがある。
同じ理由で、彼女が泣いたり悲しい顔をしているところも見たことがない。
そういうところも本当に可愛げがない。
婚約者が冷淡で可愛げがない分、私が皆に優しくしようと思ったのだ。
よし、今日も善いことをするぞ。
今はちょうど昼休憩の時間だ。
職員室へ顔を出して教師たちへの挨拶を済ませたあと、校舎内を歩いて中庭へ出た。
その間、多くの後輩が私の姿を見つけては駆け寄ってきた。
「メイヴィス様! ご機嫌よう」
「いらしてたんですか!」
「またお会いできて嬉しいです!」
「お聞きしました、ルーファス王子殿下からの謝罪の件」
顔を輝かせた女生徒たちに取り囲まれ、困惑した。
何だ、何か思っていたのと違う反応だ。
距離感が近いし、みな本当に嬉しそうだ。
まるで憧れの舞台俳優に会ったかのように、瞳の中にハートマークを浮かべている女生徒もいる。
メイヴィスはこんなにも後輩女子に人気があったのか……?
違和感を覚えつつ適当に会話を続けていると、シャキシャキした口調の1人が言った。
「それにしてもあの娘、本当に目障りなんですよ。ルーファス王子殿下は目が覚められたようで良かったですけど、今年こちらの学舎に上がってきたディルク卿の弟君にさっそく媚びってますし。本命はサミュエル王子殿下みたいですが、まずは外堀からというのは常套手段ですかね」
思わぬタイミングでサミュエルの名が出てきて驚いた。
そういえば異母兄弟の弟は今年から高等科の学舎に上がったのだったなと、思い出した。
サミュが本命で、まずは外堀から?
どういう意味だ?
「あの娘というのは……」
「オリアーナに決まってますわ、メイヴィス様」
聞くそばから答える後輩女子の勢いにも驚いた。
「ルーファス王子殿下が駄目だったから、次はサミュエル王子殿下を狙ってるんです。まずは取り巻き友人たちの気を引いて、そこから取り入ろうという魂胆に決まってます」
唖然とし辟易した。
ああ、なんと醜い女どもの邪推だろうか。
私と知り合った経緯もこんなふうに思われ、陰口を叩かれていたのかと思うとオリアーナが気の毒でならない。
「……そんなふうな決めつけは良くないわ。上級生として新入生に親切にしているだけよ、きっと」
「メイヴィス様……あんなに酷い目に遭わされてもお庇いになるなんて……悔しいです、私が」
そう言って後輩女子はきゅっと下唇を噛んだ。
「私もです……あのとき、どんな罰を受けてでも勇気を出して声を上げるべきだったと、メイヴィス様の無実を証言するべきだったと、何度も悔やみました。本当にもっ…申し訳ありませんでした」
周りの女子も急にグズグズと泣き出して、困ってしまった。
オリアーナのことを色眼鏡で見ていることは許せないが、メイヴィスのことを心から慕っているらしいことには胸打たれた。
とりあえずそれらしいことを言ってなだめ、泣き止ませることにした。
私の見えないところで、メイヴィスは後輩女子に慕われていたらしい。意外だ。
しかしこの娘たちは1学年後輩で、オリアーナからは1つ先輩だ。
メイヴィスには媚びて、オリアーナのことは虐げているのだろう。
こいつらがオリアーナを陰でいじめ、慕っているふりをしてメイヴィスに濡れ衣を着せたのでは?
疑惑がむくむくと頭をもたげる。
「その、『罰を受けてでも』というのは……どこか贖罪の意識があって、のこと?」
「え?」
「オリアーナ嬢に対して、どこか悪いことをしたなという気持ちがあって?」
控え目に尋ねた。決めつけは良くない。
「えっ。いえ、まさか」と後輩女子は即答した。
「宝物のブローチを自分で捨てて拾うような娘ですよ、ドン引きしかありませんって」
「ね〜! 王子殿下の気を引くためにそこまでやるぅ?って感じ」
と勢いづいて友達が言った。
「分かりやすすぎて引いたよね」
「あれ信じるとかどんだけ」
「ね〜」
「本当馬鹿だよね」
「あっ! すみません……」
慌てて口を慎んだようだが遅い。
本当馬鹿だよね、の後ろに続くのは「ルーファス王子殿下って」に違いない。
決めつけは良くないが。
怒りに狂いそうになるが、何とか苦笑いを保って尋ねた。
「オリアーナ嬢が大事にしているブローチを自分で捨てて拾ったというのは、みんなの憶測よね?」
「目撃者いるそうですよ」
「誰?」
「名乗り出るのが嫌で誰かは分からないですけど、信ぴょう性のある情報って話です」
「ね〜、絶対そう」
やはり当てにならない噂だ。
女どもはとにかく噂話が好きだ。捏造したものだろうが、とにかく話題性があって野次馬が楽しければいいのだ。
こんな悪意のある野次馬たちと話していても埒が明かない。
適当に切り上げて後輩女子たちと別れた。
それにしてもイライラする。