【ルー王子視点】
「早くも懐かしい……」
3ヶ月前に卒業した学び舎を前にして思わず声が漏れた。
ええ、そうですねと傍らで頷くのは、セルザム家の御者のブランドンだ。
彼と馬車を待たせ、来校許可の手続きを踏んで学院に入った。
ここは王族を筆頭に貴族の令息令嬢たちが通う貴族学院だ。優雅で鷹揚な校風だが、セキュリティはきちっとしている。
来校目的に「後輩たちの様子伺い」と記入したのを見て、事務主任が目を細めた。
「さすがセルザム家のご令嬢メイヴィス様、ご後輩想いで」と分かりやすい世辞を述べた。
こういうとき、入れ替わったのがメイヴィスでまだ良かったと思うことができる。
もし位の低い貴族や名も無い平民だった場合、他者に軽んじられることに耐えられるだろうか、と。
そう思うからこそ、オリアーナのことが心配で放っておけないのだ。
彼女は田舎領の男爵家の末娘で、昨年父親が都の仕事に登用されたことがきっかけで、学院に転入してきた。
最初はオリアーナに全く興味がなかった。というか、いちいち知る由がなかったのだ。
しかしあるとき、伯爵令息のディルクから「少し気にかけて差し上げてほしい娘がいる」と相談され、気に留めるようになった。
なるほどディルクの言う通り、これはいじめられそうな娘だなと思った。
まず、とても小さくて未熟な印象だ。
男はもとより、他の令嬢から見ても随分小さい。そのわりにぽよんとした感じがする。スマートさに欠ける。
柔らかくてふんわりとした印象は、淡いピンクがかったブロンドがふわふわとカールしているせいもあるだろう。
瞳はローズピンクで、こぼれ落ちそうなほど大きくて常に潤んでいる。
白い頬はすぐ真っ赤に染まる。
通りがかりにディルクが声をかけ、一緒にいた私を紹介したとき、真っ赤になって泣きそうな瞳で拙い自己紹介をした。それがオリアーナとの出会いだった。
オリアーナが女生徒たちにいじめられている、というのは嘘ではないと思う。
オリアーナと話をしているときに、遠巻きにこちらを見ている令嬢たちがヒソヒソ話をしながら嫌な視線を送ってきているような気配は何度も感じたし、オリアーナの持ち物が行方不明になることはしばしばあったからだ。
犯人を突き止めて吊るし上げたい気持ちはずっとあったが、「そのような嫌な役目を殿下にさせられません」「私さえ我慢すれば」「上位貴族のご令嬢で先輩であられる方に、私なんかが盾突くなんて」とオリアーナに止められていた。
しかし決定的だったのは、彼女がとても大事にしていたエメラルドのブローチが噴水の中に捨てられていたことだ。
祖父の形見だというそのブローチを探し回り、ドレスをびしょ濡れにして噴水から拾い上げたオリアーナを見て、さすがにこれは看過できないと憤った。
メイヴィス、許さぬぞと。
怒りに任せてメイヴィスを断罪し、その勢いに任せて、というか止まらない流れに流されて婚約破棄までしてしまったが(実際は父に保留にされていたらしいが)、どうしてメイヴィスをいじめの主犯格だと決めつけてしまったのだろうかと、後に冷静になって思った。
メイヴィスはオリアーナとは違う意味で、他の貴族令嬢たちとは雰囲気が違う。
まず、女同士で群れるのが苦手だ。
口調は丁寧だがキツイ。
王太子である私にもハッキリと物を言う。子どもの頃から数えると、何度ダメ出しされたか分からない。
口角を上げただけの嫌な笑い方をする。
私を見下しているのがよく分かる。
まあそれも仕方ない、と幼い頃は思っていた。
メイヴィスのほうが勉強もでき、運動もできた。
彼女は努力家で根性が据わっているのだ。
ぼんくらでなまくらな私とは違う。根本的に違っているのだ。
その理由は知っている。
メイヴィスはこの国で戦争を経験し、国を守る公爵家の令嬢として戦い抜いたからだ。
その間私は隣国でぬくぬくと暮らしていた。
戦争なんて知らない。
そのことを面と向かって責める者はいないが、何かにつけてそのことを根に持たれているような気がしてならない。
「私たちはあのとき必死で戦ったのに、王子である貴方は」と、全国民が恨んでいるような気がしてならない。
分かっている、そんなことはない。つまらない私の被害妄想だ。そんな妄想を口にするのもおこがましい。みんなに感謝こそすれ、苛立つなんてお門違いだ。
そんなことは分かっているが、あの凛として美しく強く正しいメイヴィスから、正しいことを言われるとどうしても反発してしまうのだ。
だから、あのメイヴィスの間違いを指摘でき、それをまるで鬼の首を取ったかのように断罪できるのが嬉しかったのだろう。
しかし本当は分かっていたはずだ。
メイヴィスはそんなことをする人間ではない。