弟王子殿下
その夜、国王陛下から衝撃的な話を打ち明けられた。
少し付き合えと言われ、2人きりで差し向かってお酒を飲んでいたときだ。
公爵家とのやり取りが無事に終わり、国王陛下も気が緩んでおられる様子だった。
「それにしても良かった、メイヴィス嬢が許してくれて。君が真摯に反省し、心からの謝罪をしていると分かってくれたのだ」
はいと頷いたが、複雑な気持ちだった。
『私』に謝罪したのは、私だもの。
本物のルー王子からは一切の謝罪を受けていない。言い訳だけだ。
「もしメイヴィス嬢が君との復縁を望まず、婚約解消となった場合には、彼女には代わりに良い縁談を充てがってほしいというようなことを言っていたね」
「はい」
それも私自身のため、そして家の名誉のために申し出たことだ。
だってルー王子が復縁を希望するとは思いもよらなかったし、王子に婚約破棄された曰くつきの令嬢となってしまっては困るからだ。
「サミュエルを推薦しようと思っていた」
「えっ!」と思わず驚きの声が出た。
「サミュエル王子殿下ですか」
国王陛下が一瞬訝しそうな顔をなさった。
しまった、ルー王子は弟王子のことを「殿下」とは呼ばないのだ。
「サミュエルは、まだ13……ですよ」
私たちの3歳下だから、確かそうだ。
「君がメイヴィス嬢と婚約したのは10歳になる歳だ。全く早くない」
「そうですが……3つも年下ですし」
「3歳『しか』変わらない、と言った方が良い。幼い頃は別として、大人になれば全く気にならない年齢差だよ。それに少し年上の妻の方が包容力があって良いものだ」
諭すようにそう言われると、全くもって正論だと思える。
サミュエル王子か……予想できなかった。
ルー王子とダメになった代わりに充てがわれるとしたら、官僚職の適度な爵位の貴族かなーと漠然と思っていた。
王城で勤めている者なら特に、断りづらいだろうから。
まさか息子の尻拭いを息子にさせるとは。
サミュエル王子のお顔を思い出した。
ライトブラウンの髪にヘーゼル色の瞳。小顔でひょろっとした身体つきだが、これからまだまだ成長されるのだろう。
無口で物静かな印象で、正直これまでに会話らしい会話をきちんとした覚えがない。
将来の家族になる者として接点を持つときにはルー王子を介していたし、お互い表面的な挨拶程度の関係だった。
貴族学院でも年齢で区切りした学舎だったため、弟王子とは別だったのだ。
「まあ、どちらにしろその必要は無くなった。君とメイヴィス嬢の復縁を祝して、乾杯だ」
ほろ酔いの国王陛下は上機嫌だったが、私は終始複雑な気分だった。
もしあのときルー王子が婚約の解消を希望してそれを口にしていたら、私の新たな婚約相手は第2王子か。
王子の代わりにまた王子、なのだから最高条件のはず。
しかし飛びつきたい気持ちは湧かなかった。
3つも年下だから? いやでも3つ「しか」だ。
ほとんど話をしたことがないから? それならどんどん話して知ればいい。
ルー王子と確執がありそうだから? それはあるかもしれない。
異母兄弟ということもあってか、2人の王子はとてもよそよそしい。
しかし思春期の兄弟とは普通そういうものだ、とも思えるし、そもそも男同士とはそういうものかもしれない。
うちの兄たちもお互いぶっきらぼうだ。
でも実際に本人(ルー王子)になってみたら分かったが、この兄弟は普段から交流がない。
広い王城内で顔を合わせる機会はなく、食事も別々にとっている。
そしてサミュエル王子はまだ学生で、ルー王子は学院卒業後は政務の見習いのような立場で、生活スタイルも異なる。
なので正直いって、弟王子のことはすっかり念頭になかった。
ルー王子と身体が入れ替わったことや、婚約破棄騒動の後始末のことで頭はいっぱいだった。
しかし今日、家族が揃った場で久しぶりにサミュエル王子に会い、ふと気づくと強い視線を向けられていたことに急に不安を覚えた。
あれ? 私(ルー王子)ってもしかしてサミュエル王子に嫌われている?




