謝罪成立
『ルーファス王子殿下からセルザム家及びメイヴィス嬢への謝罪』は正式な形を取って、無事に執り行われた。
第三者の公的な立会人の下、両者とその家族、そしてもう一人の当事者であるオリアーナ嬢とその父親も同席した。
私が提案した通り、『私』であるルーファス王子殿下は、私からの謝罪を受けるに当たり、オリアーナ嬢へも一言述べた。
最上級生の女生徒を代表する立場の公爵令嬢として、配慮が足りず申し訳なかった、と。
さすがのオリアーナ嬢も厳粛な場の雰囲気にすっかり萎縮している様子で、形式になぞらえた受け答えを小さな声でボソボソとした。
しかし着席した途端、チラチラとこちらばかり見てくる。不安げな甘えるような視線だ。
『殿下のお顔を立てて、メイヴィス様とちゃんと和解しましたよ?』という心の声が聞こえてきそうだ。
良くできました、と頭を撫でて褒めてもらいたそうな。
そんなオリアーナ嬢をさらに『私』が心配げにチラチラ見ている。
あー、もう早いとこ終わらせて解散したい。
辟易しつつ神妙な表情を作ったまま、私は最後の段取りを踏んだ。
「――……ということで、卒業記念パーティーでのメイヴィス嬢に対する発言を撤回し、謝罪と賠償、並びに婚約関係の修復を希望いたしますが、」
ここで少し言葉を切った。
「メイヴィス嬢の気持ちを尊重いたします。私との婚約を正式に解消したいと望まれるなら、それに同意いたします」
謝罪の流れ上復縁は申し出るが、断ってくれて構わないとルー王子には言ってある。その後訂正はしていない。
色々思うところはあったが、やはり修復は難しいと感じた。
いくら親たちが決めた結婚とはいえ、信頼関係は大切だ。結婚前から他に好きな女がいると知っていて、それに目をつぶって妻の座に着けるほど私は寛容ではない。
そう、つまり私のプライドが許さない。
向かい合ったルー王子をじっと見据えた。
私の姿をした王子は幾分緊張した面持ちで、たっぷりの間を置いて口を開いた。
「いえ、わたくしはルーファス王子殿下との婚約関係の継続を希望いたします」
思わず目をみはった。
え?
なに、聞き違い?
驚きのあまり絶句した私を取り残して、周囲は既定路線だとばかりに順調に取りまとめを行い、場はお開きとなった。
え?え?え?
お互いの家族に囲まれているため、ルー王子に詰め寄って問いただすこともできない。
帰り際、今後とも何卒宜しくと国王陛下と長兄が挨拶を交わしている間に、すっと王子に歩み寄って小声で尋ねた。
「どういうことですか?」
「どういうことって何が?」
「婚姻関係を継続したいというのは」
「言葉通りのことだが? 君は断ってくれて良いと言ったが、断ってほしいとは言わなかったしな」
私の理解度が低いのだろうか。王子の喋る言葉が本気でよく分からない。
「ルーファス、ではまた日を改めて公爵家を訪問しなさい。メイヴィス嬢と隣国へ発つ準備を整えなくてはね」
国王陛下に話を振られ、慌てて表情を取り繕った。
「はい」
「メイヴィス嬢、本当に感謝する。レティシア妃も喜ぶだろう」
ルー王子は深々と貴族令嬢式のお辞儀をした。
なかなかさまになっていた。
射すような視線を感じ、オリアーナ嬢かと思って振り返れば、そこに居たのは第2王子殿下だった。
サミュエル王子は第2王妃シビル様のお子で、ルー王子の腹違いの弟君だ。ルー王子とは3つ違いだ。
サミュエル王子がお生まれになった当時、シビル様は正式なお妃様ではなかった。
日陰の愛人というお立場だったのだ。
しかしレティシア妃がお里へ帰ったまま、何年も戻らないということになったため、その間国王陛下を支え続けたシビル様は第2王妃として迎えられることになった。
帰りたくとも帰れなかったレティシア妃に心を寄せると、ひどい話に思えるが、シビル妃とサミュエル王子が国王陛下を支えたのは事実だ。
内戦中、平和な隣国にいたレティシア妃とルー王子のことを悪く言う者もいた。
きっとそのことも関係して、レティシア妃はルー王子を早く国へ帰さねば、と焦っていたに違いない。




