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王子になった公爵令嬢

目が覚めたら、元婚約者の王子になっていた。意味不明だが事実だ。さすがの私もパニックになりかけたが、まずは現状把握が大事だと思い直し、冷静さを保った。


目が覚めた瞬間から違和感はあった。その違和感が決定的になったのは、いつもの寝所と違う場所だと気付いたときだ。部屋の景色が違う。

そして身を起こしたとき、視点の違和感にも気付いた。視点の位置が10センチほど高い。


足元を見下ろしてぎょっとした。何この足、誰の? 私から生えている足だが、私の足ではない。さらには繋がっている胴体にも親しみがない。

慌てて姿見に駆け寄り、かかっている布を取って自分の姿を映した。


そこに映し出されたのは……元婚約者のルーファス・シルヴェスター・チャットウィン、この国の王子の姿だった。


は? えっ何で!?

何で私がルー王子になっているの?


右手を動かして顔に触れると、鏡の中のルー王子も右手を動かして顔を触った。確かに連動している。

そのまま頬をつねると痛かった。鏡の中の王子も痛そうな顔をした。

ショックだが、どうやら紛れもない現実らしい。


コンコンコンコンッと小気味よいノック音が響いた。


「失礼します、ルーファス殿下。お支度の手伝いに参りました、メイドのデイジーです」


と入室前にドア越しのご丁寧な名乗りがあったため、大きく動揺せずに済んだ。

現れたメイドに特に見覚えはなかったが、確かにチャットウィン王室メイドの装いをしている。

凝視していると、「どうかなさいましたか?」と心配そうに訊かれた。


「もしかして、どこかお加減が悪いのですか?」


「いや、ああ…いや、あの、支度というのは……私はこれから何か予定があるのかな」


自分の口から出た声にもぎょっとした。低い男の声だ。聞き覚えのある、ルー王子の声だ。


「本日はオリアーナ嬢と一緒にメルファランスで朝食を取られるとお聞きしておりましたが……」


デイジーが怪訝そうに私を見た。

耳にした名前に反応し、自分の頬がピクリと動くのが分かった。

オリアーナ・セリーナ・コバーン。昨年、王都へ出てきた子沢山の男爵家の娘で、ルー王子に見初められて、成り上がった女だ。


あれは忘れもしない、二ヶ月前の卒業記念パーティーでのこと。

宴もたけなわというときに、パーティー会場の壇上に立ったルー王子が突然私を呼び付けた。


そして王子が話し始めたことに会場は騒然とした。当の私にとっても、それは寝耳に水の話だった。

田舎出の男爵令嬢オリアーナは転入した直後から貴族学院でいじめにあっている。主犯者は私だそうだ。


公爵令嬢であり王子の婚約者であるという立場を笠に着た私のいじめは陰湿で、とても看過できるものではなく、許しがたい。


しかしこの場でオリアーナに心からの謝罪をして、行動を悔い改めるならば許しても良いと王子は偉そうに言った。


「オリアーナは心優しいから、君が正式に謝るなら許すそうだ。そうだね、オリアーナ」


と王子は隣に呼んだオリアーナに満足そうな顔を向けて、諭すように言った。

小さなオリアーナははにかんだ表情で、控えめにこくりと頷いた。


見つめ合う2人を見た瞬間、何かがプツリと切れた。

ふざっけんじゃねえと正直思った。

怒りに打ち震えた私は、無言でその場を立ち去った。2人をぶん殴りたい衝動を堪えただけ偉かったと思う。


しかし短気は損気だった。

あの場で必死に弁明すれば、言葉を尽くして自己弁護すれば、まだ何か違っていたかもしれない。

無言で立ち去り、否定しなかったことで、肯定したと受け取られ、さらに尾ひれをつけた悪い噂が出回った。

我慢ならなくなった兄がお城へ押しかけて更迭され、公爵家は格下げされて、私と王子の婚約も破談となった。


さらにショックな出来事が追い打ちをかけた。

ルー王子の母親であるレティシア妃が、療養中の母国でお亡くなりになられたという訃報が届いたのだ。


長年ご実家に帰られていたレティシア妃とは一度しかお会いしたことがなかったが、小さい頃からずっと手紙のやり取りをしていた。

実母を早くに亡くし、母親の記憶がほとんどない私に対し、レティシア妃は本当の母のように温かい言葉をかけ続けてくれた。


父や兄たちには言えない話もレティシア妃には話せたし、レティシア妃の愛息ならば王子も素敵な人に違いない、と信じていたのだ。

なのに……


「やっぱり、どうも今日は調子が悪いようだ。オリアーナとの予定はキャンセルする」


メイドのデイジーがえっという顔をした。


「大丈夫ですか。主治医を呼びましょうか」


「いや、少し休めば治る。そもそも母親が亡くなったばかりでデートに勤しもうなど、どうかしてる。そう思わないか?」


男性口調を意識してそう言うと、メイドのデイジーは何とも言い難い顔をした。


「とにかく少し休むよ。着替えは一人でできるから、もう下がってくれて結構だ」


デイジーを追い払ったあと、潤んだ目元を慌てて拭った。レティシア妃のことを思い出すと、自然と涙が出たのだ。

まだお若かったし、療養中といっても心の問題だと聞いていた。急死されるとはつゆほども思わなかった。


ルー王子と円満な家庭を築いて、王室を安定させ、レティシア妃の気がかりを解消したい。レティシア妃を安心させたい。そう思っていたし、それが叶うと思っていたのに――…


男爵令嬢いじめの汚名を着せられ、王子から婚約破棄されたことは、隣国に住むレティシア妃の耳にも届く。

王子や他の者には誤解されたままでも良いが、レティシア妃には自分の言葉できちんと事情を説明し、その上で謝罪したかった。


そう思い、悩んだが手紙を書いて送った。

レティシア妃からのリアクションがないまま、訃報の知らせがあった。私の手紙に目を通されたのかどうか、確かめることはできなかった。


もしあの手紙を読まれていたのなら。

私の手紙を読んで、いや、私と王子の婚約破棄騒動自体が妃の心労となり、急死の引き金となってしまったのでは。

そう思うと、気が狂いそうに苦しかった。


レティシア妃の代わりに私が死んでしまえば良かったのだ。そう思いながら眠りについた。

そうして目が覚めたら、彼女の息子になっていた。意味不明だ。


私は一度死んで、生まれ変わったのだろうか?

すでに実在している人物に?

私がルー王子になったということは、元々の王子はどこへ行ったのだろう。


そして元々の私は……?


はっとした。

こうしてはいられない。確かめに行かなくては。

公爵令嬢メイヴィス・マライア・セルザムは今どうしているのか。

この世から消えている? それとも私ではない私が、私として存在しているのだろうか。


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