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春眠暁を覚えず ー手始めー  作者: 順慶碧琉
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春眠暁を覚えず  ― 表の世界 ~ 現実 ―

ケンジに思いを寄せるとはいえ、勝手について来たとはいえ、メタバース(仮想空間)を渡り歩いて遂に火星まで来てしまったティナ。メタバースというとショッピングセンターやゲームセンター等しか知らないティナにとって今回の体験は異常な世界であった。

単にケンジと楽しい時間を過ごしたいというティナの希望はかなえられるのか?それは、仮想現実なのかリアルなのか?ケンジと共に、メタバースを渡り歩くティナの冒険最終章。


今までの態度とは打って変わって、「ティナ、目的は果たせたから、ちょっと賑やかな所にでも行こうか。」とティナの手をとって優しく立ち上がるように促すと、ティナはぴたりと泣き止んで、こっくりとうなずいた。一瞬体が軽くなったかと思うと、先ほどのスペースコロニーに戻ってきていた。

先ほどとはうって変わって、多くの人や車が行きかい賑やかな通りに面したカフェにいた。ティナがきょとんとしていると、ドロイドウエイターがティナの大好物であるモリンガチーズケーキブルーベリーソースとバタフライピーアイスティーをテーブルに置いた。すると、ティナの表情が一気に明るくなり、グリーンがかったチーズケーキをほおばり、ブルーのアイスティーを一口飲むと、「これよこれ!これ、最高!」といつものティナに戻った。

そんなティナを正面に見ながら、ケンジはなにやら忙し気にホログラムコンピューターに入力している。ケンジとしては、ケーキとアイスティーで10分は稼げると見積もっていたのだが、5分を待たずして、ティナからの質問の嵐に遭遇する羽目になってしまった。

「分かった、分かった。一気に全部話すと混乱するから、順番に説明するから落ち着いて聞いて。」というと、ドロイドウエイターにバタフライピーアイスティーのお替りを注文し、話始めた。

今、ケンジが研究しているパラレルメタバースだが、メタバース階層が深くなると未来へのタイムトラベルができるという仮説をケンジは持っている。現実社会では未完成の物もVR空間であれば、理論さえ正しければ構築することができる。ケンジは、その進歩した空間で、さらに進歩した空間を構築することができるはずだと考えた。そこで、既にリアルで存在するISS-IIのデジタルツインを足場として、宇宙開発の未来をたどっているのが今回のマルチメタバーストリップとなる。ケンジが初めて月基地を訪れた時には、十分なデータが無い状態だったので、月環境のパラメーターがリアリスティックになるにつれ問題が噴出した。しかし、デジタルワールドなので、知見者が寄って集って修正したお陰で、ほぼ完ぺきな状態になっている。ここにある程度めどが立つと、ISS-IIと月で得た知識を応用して、スペースコロニーが作られ、軌道エレベータが作られた。次に目指すは火星ということで、火星基地の建造が始まったのだが、火星のデータは不足しているため、初期の月と同じようなレベルから進んでいない。しかし、今回、誰かが新たなる試みを始めたことが判ったので、ケンジは今回の目的は達成できたと感じている。未来へ進むためには、各メタバースにある裏コードから出ないと、先に進むことができない。そのため、どこに行っても人の気配がほとんどない閑散とした場所になってしまう。しかし、ある程度完成したメタバースは公開され、多くの人が集う場所になるという。なので、同じスペースコロニーでもこんなに違うということを説明した。

そこまで、ゆっくりと専門用語等を極力使わないようにしたのだが、ティナの大あくびで理解していないことを悟ると、「ティナ、ウインドウショッピングにでも行くか!」と誘ったところ、即答で「行こう、行こう、ティナはかわいいバッグが見たい!」と言うとさっさと立ち上がり、ケンジの腕に抱きついて歩き出した。

月基地で学んだ教訓から、スペースコロニーではあえて最先端ではなく、古き良き時代を彷彿させるレトロな街並みが再現されている。あえて、動く歩道や、高速鉄道、自動運転タクシーなどは、地下に埋設し、地表は一見クラシックな車やバスが走り、人は歩道を歩くという落ち着いたスタイルとなっている。

そんなことにはおかまいなく、ティナはケンジから渡された電子マップを頼りにお店の散策が楽しくてしょうがなかった。ついに、小さなブティックで一つのバッグが目に留まり、ケンジに「買って~!」とせがむしまつ。ケンジとしては、バッグには興味はなかったが、パラレルメタバースでNFTがどこまで有用なのか?とふと疑問に思い、これは試してみる価値ありと考えた。

そんなこととはつゆ知らず、カエルをモチーフにしたポシェットを買ってもらって大はしゃぎ。「すぐに使う~」とストラップを肩掛けにすると、「ケンジ、これにあう?」とモデルポーズを路上で何度も繰り返していた。ミスキャンパス筆頭候補だけに、周りは、何かの撮影か?と足を止めたり、振り返ったりする人たちもいた。

そんなティナにとっては最高の時間であったが、突然ケンジの腕輪型デバイスが黄色く光り、ブルブルと震え、音が鳴り始めた。周囲の人は、古いタイプの電話着信程度にしか思わなかったが、ケンジは「やばい!」と言うと、浮かれ気分のティナの腕をひっつかんで走り出した。

「何、何、何~⁉ケンジ~、腕痛いよ~」と訴えながら、引っ張られるがままに一緒に走った。いったん交差点で立ち止まったかと思うと、キョロキョロとあたりを見回し、また、ティナの腕を取って走り始めた。

もともと、リアルスポーツ万能のティナにしてみれば、ケンジの走る速度など朝飯前なのだが、事態が全く分からない。ケンジの形相をみて、ただ事ではないことは判るのだが、聞いても教えてくれる雰囲気ではなかったので一緒に走った。3分ほど引きずり回された結果、小さな教会にたどり着き、「手を離すなよ」というと、正面入り口からはいると、ミサの最中にもかかわらず聖堂のど真ん中を通り、牧師さんが制するのにも構わず、祭壇の裏側に回った。そこには地下に下りる階段があり、あの怪しい神社の鳥居と同じような虹色の膜が見えた。

「行くぞ!」というと、一気に会談を駆け下り、その膜の中に二人は、飛び込んだ。

すると、急に体が軽くなり、ケンジが支えてくれなかったら、又しりもちをつくところであった。浮遊感から、月面に戻ってきたようなのだが、来るときと違って巨大な賑やかなドームの中央広場にランディングした様であった。突然現れた二人に周りはちょっとだけ目くばせをしたが、特に驚いた様子もなくそのまま行きかっている。足元をみると、ランディングゾーンと書いてあった。

ケンジの腕輪はオレンジに光り点滅していた。腕輪を一瞥するとケンジは、「時間がない」と一言いうと、近くにあったスケボーとキックスケーターを合体させたようなボードに乗り、「一緒に乗って」とティナをケンジの後ろに立たせた。「つかまって!」と強い口調で言われたティナは、ケンジのベルトに摑まったとたんボードが急発進した。振り落とされまいとティナがケンジの背中にしがみつくと、ケンジの腕に装着しているデバイスに、ルナボード二人乗り禁止の警告が点滅していてスピードが落ち始めた。

「ケンジ、やばくない⁉」とティナがいうと、大丈夫という返答とともに、ホログラムキーボードに片手で猛烈に打ち込んだかとおもうと、ルナボードからの警告が消え加速。ティナが何をしたのか聞くと、「巨大デブの一人乗りと誤認するプログラムを打ち込んだ、ついでにスピード制限も解除した。」と当たり前のことをしただけという口調で答えられ納得しかかったが、巨大デブって誰が重いのよ!とちょっとムカついた。しかし、ケンジの背中にしがみつくことはお互い納得の上なので、これはこれでうれしい能天気なティナだった。

ショッピングモール内で警備員の制止を何度も振りほどき、走りこんだのが立ち入り禁止となっている初期開拓エリアのセントラルマネージメントルームだった。ケンジはいくつかのパネルを忙しくたたくと、右手のドアのロックが解除された。「急げ!」と言わたが、月の重力を考慮していなかったため、ほぼ真上に飛び上がり、手で天井を跳ね上げたら、今度は床に急降下。ケンジが受け止めてくれなかったら、また派手に尻もちをつくところだった。ティナはお姫様抱っこ状態で、内心ドキドキしていたのだが、「遊んでいる暇はない、行くぞ」とすぐに降ろされ、ドアに駆け込んだ。

一瞬目の前が白くなったかと思ったら、今度は非常灯で真っ赤な空間でけたたましい警告音が耳に入った。機械音で、「総員脱出ポッドで退去。緊急、緊急、総員脱出ポッドで退去。」を繰り返している。脱出可能の残り時間と思われるカウンターが43秒になるのが目に入った。ここがISS-2のデジタルツインであることを察したティナは、「デジタルツインだから問題ないよね?」と聞くと、「本体と連動しているから、ここにいると本体消滅と同時に俺たちも消える」と落ち着いた声で教えてくれた。

あまりにも落ち着いていたので、安心したのもつかの間、それって、チョー危険な状態⁉と悟り、無重力の中でじたばたし始めた。タイマーは30秒を示したその時、ティナは平手で頬をたたかれた。痛みでハッと我に返ると、「脱出ポッドはまだある。行くぞ!」と言われ、ケンジが指さした先には、ぼーっと青く光るリング状のハッチが一番奥の方に見えた。しかし、ティナは無重力での動き方を知らない。どうしようと思った瞬間、ケンジが「手を握って。まっすぐ引っ張るから、体の力を抜いて。途中コースをそれたら、壁を軽くたたけばいい。」というと、ティナが理解したかどうかの反応を待たずに、筒状のISS-2のセンターアイルに真っすぐにティナを滑り込ませた。ティナは、壁や機材にぶつかりそうになる時だけ軽く軌道修正をしながら、脱出ポッドの中に頭から飛び込込み、座席の一つに座るとすぐにシートベルトを固定した。タイマーは11秒が消え、10秒に変わった瞬間だった。しかし、ケンジの姿はまだ見えない。その時、パチパチと小さなものがぶつかり始めたかと思うと、突然、ドン!と何か大きな物がぶつかる感触があり、いきなり真っ暗になった。「ケンジ!」と叫びながら、ティナの意識は遠のいていった。


「ケンジ、ケンジ、起きてよ!ケンジ」

ラボのデスクに突っ伏しているケンジを起こそうと、揺り動かしても全く反応がない。最悪を想像してしまったティナが泣きながら、「起きてよ~」と背中をたたいていると。

「やめときな、ティナ。」と結構冷静な声が聞こえた。「あんたこのラボの人ちゃうから知らんかもしれんけど、こいつ、6時半にならんと起きへんねん。なんや知らんけど、あっちの世界の方が楽のしいいうと、一晩中戻って来いへんことがってな、せんせにめっちゃ怒られたことあんねん。それ以後は、自分で強制帰還のタイマーつけたらしいで。それが、6時半。せやから、みんな無視してるやろ。ほっときやぁ~」と手をひらひらさせながら、絢美が忠告してくれた。

「Get f●●k up! dimwitted idiot Kenji! (とっとと起きろ、この薄らバカケンジ!)」と透き通るようなティナの声ラボに響き渡った後、ピシャという平手打ちの音がラボに鳴り響いた。


その日の夕刻、トップニュースでNASAが発表した「ISS-2大破」事故であった。

ニュース番組では、アナウンサーが興奮した様子で、「ISS-2がデブリクラウドに突っ込み大破しました。ソーラーパネルの一部とラボモジュールの幾つかは本体から分離し、地球に再突入しました。日本上空から再突入した模様です。一部は燃え尽きることなく、南太平洋に落下した可能性があるようです。今の所、落下物は確認されておりません。」というアナウンスと共に、小笠原諸島で撮影されたとされる、流星群のような火の玉が幾筋も流れる様子が映し出されていた。「幸いにして、乗組員は緊急脱出ポッドで脱出し、全員無事に地球に帰還しております。」という説明には、海上に浮かぶ緊急脱出ポッドの映像と、救助されたISS-2乗組員が米空母に降りた立つ映像が使われていた。

「また、詳細な事故の調査がデジタルツインを使って行われ始めたという。」

というアナウンサーの説明の背景には、デジタルツイン画像とテロップと共に、ISS-2 が破壊されていく様子を内部から撮影した映像が流されていた。このニュース映像は世界中でバズられることになったのだ。

SNSには、「カエルのポシェットがISSの中を浮遊してる」「これが、ISS-2を破壊した犯人⁉」「NASAにもジョークの判る人がいるんだ」「カエル~LoL」


メタバース(仮想空間)というと、近くにあって、遠い存在。ヴァーチャルリアリティ(仮想現実)とも言われるが、実際は見ると聞くまでが完成領域で、人間の五感を満足させるには程遠い。とはいえ、技術が進歩すれば、メタバースでの体験は現実のそれと近しい物になっていくだろう。そんな時代をちょっと先取りしてみた。

究極のメタバース(仮想空間)とは、いわゆるデジタルツインではなかろうか?デジタルツインの精度はデータ次第。詳細であればあるほど、リアルと仮想に差がなくなってくる。裏を返せば、しっかりとしたデータがあれば、リアルでは未完成の建築物などもデジタル側では完成させることが出来る。つまり、デジタルツイン側では、リアルに先んじた未来を作ることが可能ということになる。メタバース側では、未来を先取りできることから、先取りした未来をベースにその先へと進むとどうなるか?

メタバースの可能性をちょっとオタクなケンジとテンネンが強いティナのドタバタで描いた作品です。


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