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第三章 旅の始まり


「つまり、こういうことか? 金髪野郎は制炎、茶髪男は読心、赤髪女は念力、黒髪巨乳は治癒の力を手に入れた、と」

 なんで私だけ胸の大きさなんですか、と戸惑うミアを無視し、ミルダス団長は僕らの発言をまとめた。

「そういうことらしいね。あたしたち四人、全員が魔法の力を手に入れた」

 そう言うアリアの顔を、ミルダス団長は上から睨みつけた。

「そんなはずがあるものか。魔石の力で勇者となる者は一人と決まっているのだ」

「でも、実際には四人だったんだから、文句を言っても仕方がないじゃない」

「陛下、どう思われますか」

「……この魔石を作ったのは、有史以来我々が初めてである。我々が想像だにしなかった能力が宿っている可能性は否定しきれんだろう」

「陛下……」

「こうして議論を交わしても無益だ。実際に、此奴らの能力を確認してみればすむこと」

「御意」

 ロバルト大臣は恭しく頭を下げると、僕らの方を向き直った。

「まずはジェイミー、お前からだ。炎とやらを出してみなさい」

「ここでですか?」

 ジェイミーは、布で作られている天幕を見やる。

「む。そうだな。全員、一旦外に出なさい。陛下、ご覧になられますか?」

「無論だ」

 こうして、僕ら七人は天幕の外に出た。

 ロバルト大臣の説明や、僕ら四人の能力の説明に時間がかかったため、既に空は白み始めている。

「さあ、見せてもらおうか」

 ミルダス団長は高圧的に言う。

「はい」

 薄明かりの中、ジェイミーは一人草原に立った。

 僕ら六人はジェイミーと距離を取り、十一個の瞳をもって彼を見守る。

 ジェイミーは、まず目を瞑った。それから、右手を開き、腕を前方に突き出す。大きく息を吸い込み……叫ぶ。

「制炎!」

 次の瞬間、ジェイミーの右腕が指す先が、突如として炎の渦に包まれた。

 昇りかけた太陽の薄い明かりとランプの弱い明かりだけで照らされていた世界が、突然目を覆うような明るさに包まれた。

 光に遅れて、熱波が襲ってくる。その熱さこそが、ジェイミーの出したものが本当の炎であることの証明であった。

「おぉ!」

 王は感激の声を上げ、目を輝かせた。ロバルト大臣も、声を上げて拍手する。

 しかし、ミルダス団長は、つまらなそうにそれを見ていた。あの炎は、手違いがなければ彼が操るはずのものだったのだから。

「よし、もうよい! お主の力は分かった。その炎を消せ」

 国王が言うと、ジェイミーは頷く。ジェイミーが右手を閉じると、炎を掻き消えた。ジェイミーは安堵した様子で、大きく息を吐いた。

「いやはや、魔法の力とは素晴らしいな」

 感嘆する王を横目に見ると、僕は王の服に火がついていることに気が付いた。

 王もそれに気付いたらしく、大声を上げる。

「なんだ、これは! 我の服に火がついている! 早く消せ! 早く!」

 王が半狂乱になって叫ぶと、ミルダス団長が火を消そうと試みた。しかし、消えるどころか火は王の服をどんどん舐め回していく。

「おい! 金髪! 火を消せ!」

 ミルダス団長が叫ぶと、ジェイミーが急いで駆けつけてきた。ジェイミーはまた右手を突き出し、そして手を閉じた。

 しかし、今度は消えない。

「なぜだ! なぜだ! 火が消えぬぞ!」

「おい、金髪!」

 ミルダスに怒鳴られながら、ジェイミーは何度も火を消そうと試みる。そして、右手を閉じること六度目、ようやく火は消えた。

「大丈夫ですか、陛下」

 ロバルト大臣とミルダス団長が、王の体に異常がないか調べた。王様は、腹に火傷を負ったようだが、さしたる重傷ではない。

 恐怖が落ち着くと、王は怒った。

「ジェイミーとやら、お前、わざとやったのではあるまいな!」

「いえ、そんなことはありません!」

「では、なぜ、先程はあれほど上手に火を操ったのに、我の服についた火は操れなかったのだ」

「お、俺は元々、全然火を上手に操れてなかったんです。今日……というより昨日一日、朝から練習したんですが、一向に上手くならなくて……」

「何を言う! 先程、我らの前で見せた時は、簡単にやってのけたではないか!」

「あんなに上手くいったのは、あれが初めてなんです……」

「嘘をつくな!」

「嘘なんかじゃありません……」

「嘘だ!」

「陛下。どうされますか? 魔法の力は強力ですが、同時に危険極まりないのも事実です。まだ間に合います。陛下、ご決断を」

 王がジェイミーに怒鳴っている中、ロバルト大臣が王に対してそう話しかけた。

「そうさな……。やはりこんな力は危険すぎて……いや、しかし、やはり……。とはいえ、我々には必要だ。魔王を倒すには、魔法を使わなければならないのだ」

「御意」

 王様は、大きく息を吐いた。

 ミアも、安堵したようで大きく息を吐いた。王とジェイミー、ロバルト大臣の間に立ち込めていた険悪な雰囲気で息が詰まっていたのだろう。

「まだ完全ではないようだが、ジェイミーが魔法の力を手に入れたのは分かった。次だ」

「陛下。ミアという者に、先程の火傷を治させてみてはいかがですか? この者は、治癒の力を持っているらしいですぞ」

 ロバルト大臣がそう提案するが、ミルダス団長は反発した。

「まだ、本当に治癒能力があるかも分からないではないか。もし、陛下の御身に悪影響でもあったら、貴方はどうやって責任を取るおつもりか」

「しかし、もし本当に治癒の力があれば、陛下の傷が治り、力の確認もできて一石二鳥ではないか。誰かの傷がなければ、治癒の力など確認のしようがないのだからな」

「それは、確かにその通りだが……。……ん? ミアとやら、お主はどうやって治癒の力に気付いたのだ?」

 ふと、ミルダス団長が疑問を呈した。

「ええと……昨日、光を浴びた時に、転んで怪我をしたんです。そ、それで、その傷が治ったので気づきました」

 こっちが気の毒になるほど緊張しつつ、ミアは答える。

「なるほどな」

「良いではないか、ミルダス。ミアとやら、やってみよ」

 鶴ならぬ王の一声で、今度はミアの能力を見てみることになった。

 王が、出来たばかりの新しい火傷をミアの前に見せる。ミアはその火傷の前に手を掲げ、呟いた。

「治癒」

 一瞬だった。途中経過すら見えず、王の火傷は消えていた。

「おぉ、これは凄い。痛みも完全に消えたではないか」

 王は驚きの声を上げ、ロバルト大臣も感激した。そんな中、ミルダス団長だけは依然として不満気な顔である。やはり、この治癒能力も本当は自分のものになるはずだったのだ、と考えているのだろう。

「ジェイミーに続き、ミアとやらも本物の魔法の力を手に入れたわけか。素晴らしいな。魔法の力は一人にしか与えられないと思っていたが、二人に与えられるとは」

 王が呟くと、アリアが抗議の声を上げた。

「心外よ。あたしも魔法の力を持ってる」

「そうか。なら、見せてもらおう」

 ジェイミーとミアが力を披露する間に、夜はすっかり開けていた。早朝の光の下、アリアは僕ら全員に見える位置に進んでいく。

「ミルダス、あの女子の力はなんと言ったか」

「確か、念力と言っていたはずです」

「念力か。事実ならば、非常に強い力だな」

「ええ」

 ミルダス団長と国王が会話を交わす中、アリアは立ち止まった。アリアは、ジェイミーやミアとは違って、両腕を、地面に向かって突き出した。

「見てなさい!」

 凛としたその声に、思わず僕の心臓は跳ね上がった。アリアは、まるで女子とは思えないほどに、格好いいのだ。

「念力!」

 まるで農作物でも収穫するかのように、アリアは両腕を引き上げた。すると、アリアの両腕と一緒に、草と土が空中へと持ち上がっていく。

「おぉ!」

 王は三度目の感嘆の声を上げた。

 アリアは両腕を振り、草と土を自在に操る。十五秒ほど操り続け、彼女は両腕を下ろした。

「素晴らしい! アリアと言ったな。お主は、もっと重たい物でも動かせるのか?」

 王は弾んだ声で尋ねる。

「分からない。でも、いつかきっと、城だって持ち上げてみせるわ」

「大口を叩きやがる」

 ぼそりと、ミルダス団長が苦言を呈した。

 しかし、国王はその大口を気に入ったらしかった。

「ほう! そうか、城を持ち上げるか。それは楽しみだな。お主に、魔王城を滅山から吹き飛ばしてもらうとするか!」

 上機嫌で王は笑った。しばらく笑い続け、そして、やがて僕の方を向いた。

「さて。お主、名を何と言ったか」

「さ、サムウェルです、陛下」

「能力は、読心と言ったな」

「はい、陛下」

「やってみよ」

 実を言うと、先程天幕の中で王の心の声を聞いてから、一度も誰の心の声も聞けていなかった。

 僕の読心は、ジェイミーたちと違って自分の意思では行えないらしいのだ。しかし、そんなことを言えば、僕だけ嘘つきだと呼ばれることになる……。

「へ、陛下、ミルダス団長、ロバルト大臣、好きな食べ物を心の中で呟いてください」

 苦し紛れに、僕は言った。

 これで心の声が聞こえなければ、僕だけが、魔法の力を手に入れてないと思われる……。

 しかし、そんな懸念は杞憂に終わった。

(豚)

 と短く呟くロバルト大臣の声が聞こえてきたのだ。

 僕は大きく安堵の息を吐き、答えた。

「ロバルト大臣。貴方の好物は豚ですね?」

「ほう? 正解だ」

「はは、さすが魔法の力だな!」王は笑った。「それにしても……お主は、手を前に突き出したり、力を叫んだりはしないのだな」

「こ、今度試してみます」

「そうか。……さて。これで、四人が全員魔法の力を手にしたことが分かった。しかし、ここからが本題だ」

 王がそう言うと、ロバルト大臣が一歩前に出た。

「私とミルダス団長を含む百人は、近日中に魔王討伐の旅に出発する。魔王軍の部下と戦う、辛く厳しい旅となるだろう。しかし、願わくば、君ら四人に参加してもらいたいのだ。君ら、四人の勇者たちに」

 魔王との戦い。きっと、命の保証はない。誰かが死ぬかもしれない。いや、もしかしたら全員死ぬかもしれない。そんな旅に、行く必要があるのだろうか。魔王と戦わずとも、読心の力があれば、僕は楽に生きていけるはずだ。それに、勇者は僕だけでなく、他に三人もいるのだ……。

「行きます!」

 ジェイミーは即答した。

 死ぬかもしれない旅路への参加を即答するなど尋常ではないが、ジェイミーらしいと言えばらしい。ジェイミーは、昔からずっと騎士と英雄に憧れていたのだ。そんな彼が、制炎という力と魔王という敵を与えられたのだから、喜んでいないはずがないのだった。

「よし! よくぞ言った」

「ただし、一つ条件があります」

 王は眉を顰める。

「なんだ、言ってみよ」

「剣を、俺にください。俺は、昔から騎士を目指して修行してきました。剣を頂ければ、制炎だけでなく剣でも戦います」

「おい、金髪。騎士というのはそんな甘いものじゃ——」

「まあ、よいではないか、ミルダス。よかろう、お主らに剣を与えよう。……さあ、残りの三人はどうする?」

 僕はアリアの顔をちらりと窺った。彼女が残ると言えば、僕は迷わず残るだろう。まず僕は魔王と戦いたくないし、それにアリアのことが好きだから。

「報酬は?」

 アリアは尋ねた。

「ほ、報酬?」

「お金」

「ああ、そうだな。もし魔王を退治したならば、曾孫の代まで遊んで暮らせるだけの財を与えよう」

「分かった、行くわ」

「よろしい。……さあ、お主ら二人はどうする?」

 王は、僕とミアに目を向けた。

「…………しばらく、考えさせてください」

 我ながら、小さな声だった。魔王と戦うと決意できない自分が情けない。

「分かった。一週間後に、ミルダスとロバルトがこの村に戻ってくる。それまでに決めておくのだ」

「かしこまりました……」

「ミア、お主は?」

「わ、私も、あと一週間考えさせてください」

「分かった」

 王は頷いた。

「ミルダス、ロバルト、それでは王都に戻ろうぞ。本格的に、遠征の準備をせねばならない」

「「御意」」

 そうして三人の王国重鎮は、天幕の中に戻っていった。彼らはすぐに天幕を畳み、王都に戻るのだろう。

 僕ら四人になると、ジェイミーが言った。

「なあ、サム。お前の好きなようにすればいいんだぞ。第一、魔王との戦いに喜んで参加する方が、どうかしてるってもんだ」

「……うん」

「それにしても、俺ら四人が超能力者になるとは、思わなかったな」

 ジェイミーはそう言って、天幕を背に歩き出した。

「そうだね。でも、四人の能力の中では、あたしが一番上だね」

「いや、俺だ。炎だぞ、俺は?」

「あたしは、炎だって動かすことができる。なんたって、念力だから」

「お前が何を動かそうと、俺が燃やすさ」

「あんたが何に火をつけようと、あたしが消し飛ばす」

 二人の言い合いを聞いて、ようやく日常が流れ出した。と、そう感じた時だった。アリアの、心の声が聞こえてきた。

(あーあ、残念。まさか、サムがあそこまで臆病とはね)

 顔から火が出るようだった。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。

 アリアは、立ち止まった僕の顔が真っ赤なのを見て、慌てて言った。

「もしかして、心の声が聞こえた? い、今のは冗談だから無視して」

 その慌てぶりが、かえって本心であることを僕に教える。

 僕は踵を返し、走り出した。走って走って、天幕の入り口に入る。

 三人の男たちは、不審そうな目を向けた。

「行きます! 僕も、旅に加わります!」


 その後、ミアも参加を決め、結局四人とも魔王討伐の旅に出ることになった。

 一週間かけて、僕らは村中の人たちと別れを告げた。

 もう、帰ってくることはできないのかもしれないのだ。

 一週間後、言われていた通り、ミルダス団長とロバルト大臣が百二人の仲間を連れてやってきた。

「ジェイミー、アリア、サムウェル、ミア。君たちは、私の仲間だ。この百八人で、魔王を倒すのだ。これから、共に頑張っていこう」

 これは、ロバルト大臣の言葉である。

 かくして、僕ら四人の勇者たちは、魔王との戦いの旅に出たのだ。

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