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第一章 魔法陣は突然に

第一章 魔法陣は突然に


 午前十一時半。父さんから畑仕事の休憩を許可してもらうと、僕は隣の家へと向かった。隣家を覗くと、僕の幼馴染であり親友でもあるジェイミーが、父親と一緒に畑を耕しているのが見える。

「ジェイミー! 一休みしない?」

 僕が大声で呼びかけると、ジェイミーは、お父さんに視線を向けた。ジェイミーのお父さんは、一度小さく頷いた。休んでも良い、という合図だ。

「サム、今行く!」

 ジェイミーは鍬を地面に放り出し、僕の方へと歩いてくる。

 この炎天下に農作業をしていたため、ジェイミーは滝のような汗をかいていた。その汗を拭いつつ、彼は僕に近づいてくる。

 彼が汗を拭っている姿は、とても絵になる。幼馴染の贔屓目を抜きにしても、ジェイミーは美男子であった。輝く金髪と、透き通る蒼い瞳。身長は高く、手足はすらりと長い。鼻が高くて顔立ちも整っていて……世の女子が夢想する理想の男子に相違ない。

 対する僕は……自分で言うのもなんだが、ぱっとしない。茶色の目と灰色の瞳。平均より少し低めの身長と、平均レベルの顔。取り立てて優れた点はない。大体、サムウェルというら名前からしてぱっとしないのだ。

 小さな村で隣同士だったから親友になれたけれど、もし状況が違えば、ジェイミーとは友達にもなれなかっただろう。

「どした? 顔になんか付いてっか?」

「いいや、なんでもないよ。ちょっと考えてただけ。それじゃあ、どこに行く?」

「うーん、そうだな。やっぱ、小川じゃねぇか?」

 このチェスカ村で小川というと、村の西端を流れる川のことを指す。その名の通り小さな川で、川幅は一メートルもない。魚も泳いでいないため、大した役に立たない川である。けれど、暑い日に涼むには最適な場所だった。

「分かった。じゃあ、行こうか。三十分くらいなら休めるよね?」

「おお、そうだな。……あ、ちょっと待ってろ」

 そう言うと、ジェイミーは自分の家へと走り出した。その後ろ姿を見て、僕は嫌な予感に囚われる。

 ——もしや、今日もまた……

 ジェイミーが二本の木剣を手に携えて家から出てきたことで、僕の嫌な予感が的中したことを知る。

「おいおい、そんな顔すんなよ」

 見るからに嫌そうな僕の顔を見て、ジェイミーはそう言って苦笑する。

 ジェイミーが木剣を二本持っているということは、小川で僕と剣術の練習をするつもりなのだ。剣術の練習をすると、疲れるし打ち身もできる。だから、正直僕は剣を振るのが好きではなかった。

 そんな僕とは反対に、ジェイミーは小さい頃から剣術の練習が大好きだった。ジェイミーはいずれ騎士になることを夢見ていて、いつも剣の練習をしていたのだ。その甲斐あってか、彼はかなりの剣の腕前である。

 ジェイミーの親友であった僕も、彼に付き合って小さい頃から剣術をやっていたのだが、僕の方はまるっきり上手くならなかった。年々ジェイミーと僕の実力差は広がっていき、今ではジェイミーと十回試合しても一回勝てるかどうか、というほどだ。

「なんでこんな暑い日にまで、剣術の練習をするんだよ、ジェイミー。まだ春だっていうのに、今日は真夏さながらに暑いじゃないか」

「確かに今日は暑い。だけどな、だからこそ、練習日和ってもんだ」

「何言ってるのかさっぱりだよ……」

「ま、いいじゃねぇか。付き合ってくれよ」

「仕方ないなぁ」

 それから、僕らは他愛のない話をしつつ小川への道を並んで歩いていった。小川は、ジェイミーの家の西にある雑木林を抜けたところにあり、五分もかからない。

 ほどなくして、僕らは小川にたどり着いた。すると、川辺に座り込む人影があった。

「? あれって……」

 川辺に座り込む人影が、赤髪の少女のものだと気が付き、僕の胸は高鳴った。彼女の名前は、アリアだ。

 僕とジェイミーの足音に気付いたのか、アリアは振り向いた。そして、僕らを見ると眉根を寄せて、それから口を開いた。

「サムウェル、ジェイミー、仕事はどうした? なにしてんの」

 僕は、振り向く彼女の顔を目に収めた。燃えるような長い赤髪は、後ろに結えられている。目はキリッとしていてまるで睨んでいるようだが、それが彼女の常だと僕は知っている。全体的に凛々しい顔立ちで、口元から覗く八重歯と、怒ったように膨らまされた頬が魅力的だ。

 彼女は男のアリアという渾名の持ち主だが、もちろん女の子だ。渾名の通り、がさつで男っぽい所があるが、彼女はとても可愛い。何を隠そう、僕の想い人であった。無論、ただの片想いではあるが。

「ただの休憩だ、馬鹿女。これくらい大目に見ろ」

「喧嘩売ってんの、ジェイミー? あんたのその眩しくて邪魔な髪の毛、引っこ抜くよ?」

「ほう、やれるものならやってみろ!」

 アリアも僕らと同じ十三歳で、僕とジェイミーのようにチェスカ村生まれチェスカ村育ちだ。僕ら三人は、それこそ赤ん坊の頃からの知り合いである。アリアが男っぽいのは、僕やジェイミーとずっと遊んでいたからかもしれない。

「アリア、おはよう」

 今更ながら僕が挨拶すると、アリアは大仰に頷いた。

「うん。サムウェル、おはよう。って、もう、こんにちはの時間だけど」

「アリア、お前はここで何してんだ?」

 ジェイミーが尋ねると、アリアは答えた。

「あたしは、針仕事に飽きたからここで涼んでるの」

「お前も仕事をサボってんじゃねぇか。それでよく俺とサムのことを責められたもんだな」

「うるさいなあ、ジェイミーは」

「ところで、ミアはどこ?」

 僕はアリアにそう尋ねる。

 ミアは、アリアが基本的に一緒にいる、僕ら三人より一つ年下の女子だ。

 ミアは五歳になるまでヤイマ村という所に住んでいて、両親が亡くなったのを機に、チェスカ村の孤児院に越してきた。ジェイミーやアリアに比べると、ミアとの付き合いは少し短い。しかし、七年という歳月はミアが僕ら三人の輪の中に入るには十二分に長かった。

 僕、ジェイミー、アリア、ミアの四人で一緒にいるのが、僕らの常態だった。チェスカ村のみんなから、あの子たちは四人セットだと見做されているほどだ。

「ミアはまだ孤児院での仕事が終わってないらしいよ。あの婆さん、面倒事は全部ミアに丸投げするから」

「あー、あの婆さんか」

 僕らは一様に孤児院の主の顔を思い浮かべた。躾に厳しく小うるさい老婆だ。あの人に捕まっているなら、ミアが来るのはだいぶ先かもしれない。

 しかし、そんな予想に反して、ミアは一分もしない内に姿を現した。

「こんにちは、みなさん」

 その声に振り向くと、雑木林からミアが丁度出てくるところだった。

 ミアは黒髪の少女で、左目の下らへんにある泣きぼくろが特徴的だった。年下なのだから当然だけれど、彼女は背が僕ら四人の中で一番低い。しかし、なぜか彼女はアリアよりも遥かに胸が大きかった。ミアはそれをコンプレックスに感じているようだったが、アリアはミア以上にそのことをコンプレックスに感じている。

 暇になるとアリアは、ミアの胸部を無言で見つめ続けていることがある。もがれるのではないかとミアは怖がっているらしいが、僕としては、胸が小さいことを気にしているアリアを見るのは楽しい。

「あ、ミア、やっときたね」

 ミアを見つけると、今まで座っていたアリアがようやく立ち上がり、彼女を出迎えた。

「金髪馬鹿の相手に疲れたところだったから、丁度よかった」

「馬鹿とはなんだ! 俺はアリアよりは頭がいい自信があるぞ?」

「うん? 誰もあんたとは言ってないよ。随分と、馬鹿な自覚があるんだね」

「この中に金髪は俺しかいないだろ、馬鹿」

「何よ!」

 喧嘩するジェイミーとアリアを横目に見ながら、僕はミアに話しかけた。

「ミア、おはよう」

「あ、はい。サムさん、おはようございます」

「今日は随分と暑いね?」

「えと、そうですね。孤児院にいる子達も、暑い暑いと文句ばかり言ってました」

「そっか。まあ、この暑さじゃそうなるよね。それに対してこの二人は……なんでこんなにも元気なんだろ?」

 相変わらず口論を続けるジェイミーとアリアに、僕とミアは呆れた目を向ける。

「あはは、本当ですよね。でも、その方がジェイミーさんとアリアさんらしいです」

「それもそうだ」

 そう言って、僕とミアは苦笑し合う。

「ところで」と、僕は三人に声をかけた。「こうして四人集まったことだし、何か遊——」

 という僕の声を遮るかのように、突如、世界がピンク色に染まる。

 川辺に並んで座る僕ら四人を中心に、半径三メートルほどの円が現れた。円の内部には不可思議な紋様が描かれていて、円周と紋様は共にピンク色の光を発している。

「なんだ、これ……?」

 ジェイミーは、呆然とした様子でピンク色に光る地面を見つめた。

「取り敢えず、このピンク色の輪から出た方がいい!」

 アリアが叫び、僕らはそれに従おうとした。しかし——

「駄目だ、出られない! 見えない壁がある!」

 地面に描かれたピンク色の円。その円周を、見えない透明な壁が囲んでおり、僕らが円の外に出るのを阻んでいた。

「くそ! なんなんだよ、この光と壁は! おい、サム、この壁を壊すぞ!」

 ジェイミーの必死の叫びに、僕は頷いた。彼は、手にしていた木剣の片方を僕に手渡す。

 僕とジェイミーは、それぞれ木剣を振りかざし、透明な壁を攻撃し始めた。一回、二回、三回。立て続けに壁に斬りかかるが、壁が壊れそうな気配はなかった。透明な壁は、なぜか鉄のように硬かった。

「どういうことですか? これは、一体、何が……。私たち、もしかして……」

 突然の理解不能な出来事に、ミアは腰を抜かして座り込み、不安気な声をあげた。

「大丈夫。大丈夫よ、ミア。ジェイミーとサムウェルが、今出してくれるから」

 アリアはしゃがんでミアの黒髪を撫で、なんとか彼女を落ち着かせようとする。

 しかし、僕とジェイミーの力では、壁は壊れそうになかった。

「駄目だ! この壁は壊れねぇぞ!」

 一向に壊れそうにない壁に、ジェイミーは苛立ちながら叫んだ。

「どうしよう! ジェイミー、どうしたらいい?」

「そんなこと聞かれたって、俺にも分かんねぇよ!」

 驚愕と恐怖のせいで険悪な雰囲気が立ち込める中、震えていたミアが突然大声を上げた。

「見て! 空! あれ! なに!」

 ミアの声につられて、僕ら全員が空を見上げる。

 空には、ピンク色の点が浮かんでいた。

「なんだ、ありゃ……?」

「分かんない。でも、このピンク色の円と関係があるはず……」

「ねぇ。よく見て。あのピンク色の点、大きくなってない?」

 アリアに言われて目を凝らすと、確かに点は徐々に大きくなっていた。

「あれって……大きくなっているというより、近付いてきているんじゃないですか……?」

 ミアの仮説に、僕らは生唾を飲んだ。

 ピンク色の何かが落下してきている。それなのに、僕らは透明な壁に阻まれて避けることもできない。

 僕らが見つめる中、ピンク色の点はどんどんと接近してくる。

 ——ああ、駄目だ。死ぬ……

 次の瞬間、僕らは、降ってきたピンク色の何かに貫かれた。


「あれ? 生きてる」

 驚きながら、僕は呟いた。

 僕は腕を動かしてみた。何の不具合もなく、これまで通り腕は動いた。

 次に、僕は自分の左胸に直接手を当てた。少し速かったが、僕の心臓はちゃんと動いていた。

 僕は周りを見渡した。呆然と立ち尽くすジェイミー、座り込むアリアとミア。

「みんな、大丈夫?」

 ジェイミーは、緩慢とした動きで僕の方を見た。

「あ、ああ。ピンク色の点が降ってきたが、なんとか生きてるらしい……」

「アリアは?」

 僕に呼ばれ、アリアはゆっくりと立ち上がった。彼女は自分の掌を見て、お腹を見て、足を見た。

「……ええ。あたしは、何ともないみたい」

「ミア……?」

 僕に呼ばれても、ミアはしゃがみ込んだまま動かない。もしかして、彼女は……

「ミア……!」

 僕が叫んでも、彼女は動かなかった。

 ——もしかして、ミアは死んでいるんじゃないか?

「死んでなんかいませんよ、サムさん」

 ミアはゆっくりと立ち上がった。

「ちょっと、驚いただけです」

「良かった。これで、全員無事ってわけだな」

 ジェイミーは安堵の息を吐いた。

「あれ? ピンク色の円も消えてる」

 今更ながら、僕はそのことに気付いた。

 ピンク色の円と、その内部の謎の紋様が消えていた。ということは……

「あの透明な壁も消えてるぞ!」

 ジェイミーの叫んだ通り、確かに透明な壁も消えていた。

 僕らは慌てて、円があった所から離れた。

「ありゃあ、何だったんだろうな……」

「分かんないよ。でも、何事もなかったから良かった」

「うん、そうだね」

「よし、と。じゃ、じゃあ、俺はそろそろ畑に戻ろうかな」

 謎の出来事が起こった小川にこれ以上居たくないのだろう、ジェイミーがそう言った。

「僕も、そうするよ」

「そう? じゃあ、あたしたちも戻りましょう、ミア?」

 アリアの言葉に、ミアは無言で頷いた。

 そして僕らは、小川を離れた。

 あのピンク色の光はなんでもなかった、とそう自分自身に言い聞かせながら。

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