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初めての食事


「なんで泣いてるんだよ? なあ、言葉にしてくれなきゃ分からねぇよ!」


 俺は石の窪みに、柔らかな藁を敷き詰めてできた簡易ベットで、力の限り、命の限り泣き続ける生まれて間もない子供に翻弄されていた。

 意思の通じない魔物と、それこそ命を削り向き合ってきたが、最終的には「殺す」という選択を取ってきた。

 だが、今は「殺す」なんて選択は有り得ない。

 むしろ、最終的な選択である「殺す」の逆を求め続けなければいけないのだ。俺は必死に腕を伸ばして、赤子の身体を揺する。

 だが、どれだけ触れようとも鳴き声は鳴りやまない。


 殺すことだけを選んで生きていた自分が恥ずかしくなる。

 今まで、赤子を連れている母たちを見ても、何も感じなかった。だが、彼女たちは魔物の討伐よりも困難なことを、毎日、平然とやってのけていたのか……。

 俺が街の母親たちの偉大さに愕然をしていると、頭に声が響いてきた。


『あの~、騎士様? その子はお腹が減っているのではないでしょうか?』


 頭に響く声はおっとりとした女性。

 俺がこの体になる前に話していた相手だった。


「ポル・カルル様!?」


『はい。話はダスク・レーヴェルグさんから聞きました』


「……ダスク・レーヴェルグ?」


『はい。私たちに身体を貸してくれている【グール】様です!』


「身体を貸すって……」


 何故か、いいように解釈しているポル。俺と同じように意識の中で【グール】と会話をしたのだろう。


『とにかく! 今はそんなことはいいんです。それよりも、早くその子にミルクをあげましょう!』


「あげましょうったって、ここが【ジグザ山】だったら、街まで何時間も掛るぞ?」


『大丈夫ですよ。ミルクなら私たちが持ってるじゃないですか』


「え……俺は持ってないぞ?」


『持ってますよ。ほら、胸に二つも』


「あ……」


 そうだ。

 子を産んだ女性は血液を母乳へと変えることができるように身体が変化するんだ。それが【グール】でも同じなのかは分からないが……。


「ゴクっ」


 俺は自然と唾を飲んでしまう。

 今まで女性と関わりを持ってこなかったが故に、異性の胸をみるのは初めてだった。というか、ちょっと待てよ?


「ひょっとして、俺が最初に揉んでたのって……!」


 俺の呟きにポルが反応する。常におっとりとしたポルにしては珍しく、悲しみを混ぜた声を頭に響かせた。


『女性の身体になって一番最初にすることが、ソレなんですか……』


「違う! その時はまだ、自分の身体だと思っていて!!」


『……』


 俺の言い訳に言葉を返す気はないのか。頭の声が響かなくなった時、赤子の声が一段と大きくなった。


「い、今はそれよりもこの子のご飯なんだろ? どうやって上げればいい?」


『……胸を』


「は?」


『人の胸を触って喜ぶような男性に、授乳は任せられません。私がやります』


 強い意思でポルが言うと、身体に電撃のような衝撃が走った。電気の属性を持ったナマズの攻撃によく似ている!

 そんなことを考えると、俺の意識は「ポン」と暗闇の中に放り投げられた。


「ここは……?」


 グッと手を握ると確かな感触が。

 肌の色も黒くない。

 どこまでも暗い空間に、一つの光が浮かび上がる。光の中に映るのは赤子の姿だった。


『そこは【意識の憩い】らしいですよ? 主じゃない意識が集まる所らしいですよ? そこで私の授乳を見ててください』


 赤子に手が伸びて抱く。

 なるほど。

 どうやら、光の中に映る景色は現実で【グール】の身体が見ている光景らしい。一つの身体を二人で共有しているため、片方の意識はここで待機しなければならないようだ。


 赤子に胸の先端を差し出し、口元へ「ちょん、ちょん」と触れさせる。すると、待ってましたとばかりに、大きな口を開いて吸いついた。

 コクコクと細かく喉を震わせる。

 どうやら、無事、ミルクを飲んでいるらしい。


「ふふ」


『ふふふ』


 俺とポルは、目を閉じて飲むことに全力を出す赤子の姿に自然と笑みを浮かべていた。

 思えば、こんな穏やかに笑ったのはいつ以来だろう?

 騎士として、人々を守らなければ。

 貧困街の出自。

 舐められないように、弱みを隠さねばと生きてきた俺が、自分でもコントロール出来ぬ感情を声に出すなんて……。


「か、かほっ!」


 赤子が勢いよく飲み過ぎたのか、咽るように声を出した。


「『大丈夫!?』」


 俺とポルの声が重なる。二人の心配が聞こえたわけじゃないだろうが、赤子はすぐにまた母乳へ集中し始めた。

 震える手で右と左の胸を入れ替えるポル。

 壊すのは簡単で、治すのは難しい。

 それは、どんな仕事だろうと、何をしようとも絶対に崩れない世界の真理の一つなのかもしれない。

 赤子の健やかな顔を見て俺はそう思った。

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