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初めて食われた

 子供の鳴き声が聞こえる。

 人としての意思はなく、ただ、救いを求めるだけのか弱い鳴き声。

 家は崩れて残り火が煙を生み出す。

 一人の少年は泣きながら、両親を探し歩いていた。


(ああ、これは過去の俺なんだ)


 親もなく、ただ泣いていただけの弱い自分。

 大丈夫。

 お前は強くなる。だから、安心しろ――。

 幼い自分に手を伸ばした所で、俺は目を覚ました。


「……ここは?」


 俺が目を覚ました場所は、どこか洞窟の中のようだ。暗い洞窟に僅かに灯された火が影を生み出して揺れる。

 木々の香りが煙となって洞窟に満ちる。


「うぇーん、うぇーん」


 子供の泣き声。

 それは俺の夢じゃなかったらしい。声の主は洞窟の一番奥にいた。俺は立ち上がりそっと歩き出す。何故か身体が重い。


「崖から落ちたんだ。当然か……」


 俺は自分の身体の具合を確かめようと視線を落とす。


「……うん? 胸が膨らんでいる? ここまで腫れるほどぶつけたのか?」


 にしては、形が整い過ぎているような気もするし、痛みは全くない。試しに触ると打撲による腫れにしては柔らかく、振れた指先を柔らかく包むような感触だ。


「まさか、新たな病気ではあるまいな?」


 よく見れば、腕も変色している。汚れ……だろうか? 後で水辺を探して身体を洗わなければ。

 そんなことを考えながら、恐る恐る両手で腫れを握る。

 フニフニと柔らかい。

 まるで、菓子屋で売られている饅頭のようだ。甘くて美味しいお菓子が俺は好きだった。


「て、俺の好物はどうでもいいんだよ」


 自身の膨らんだ胸を何度も握るが、医者でもない俺が何か分かるわけでもない。

 無能な俺を現実に引き戻すように赤子が鳴いた。


「うぇーん」


「今は、自分の身体よりもこの声か」


 赤ん坊が洞窟で放置されているのか?

 俺は奥に置かれた窪みのある岩を覗き込む。そこにはやはり――赤ん坊がいた。肌の色は薄黒くぷっくらとした、筋肉があるかも怪しい肉付き。


「この子は――【グール】か?」


 俺はこの肌の色に見覚えがあった。

 人に近い種族で、人目に付かぬように静かに暮らすことを好んでいる種族。だが、人間同様にコロニーを気付いているためか、場所に寄っては狂暴なヤツもいる。

 俺も一度だけ戦い滅ぼしたっけ。


「でも、【ジグザ山】でグールの目撃情報はなかったはず――」


 ガン。と

 頭をハンマーで叩かれた衝撃。自分の身体から意識だけを弾き飛ばすようだ。あまりの衝撃に意識が真っ白になる。

 次に目を見開いた場所は、洞窟ではなくどこかの地下室のような場所だった。


「くそ。なんだよ、次から次に」


 何が本当で何が嘘か。

 意識が曖昧だと自分が何者かも分からなくなってくる。

 混乱する俺の背に話しかける声があった。


「初めまして」


 清く澄んだ声に俺は振り返る。するとそこには、先ほどまでいた赤ん坊と同じく薄黒い肌を持った女性が立っていた。

 青い髪と金色の瞳。

 俺が見てきたどの女性よりも――美しい。容姿だけならば、他にも美しい人間はいただろう。だが、彼女は神秘的な何かを秘めていた。

 決して人が解けない何か。


「良かった。一人は上手く言ったわね。ま、今のところ賭けには勝ったってところかしらね」


 見た目に反して強めの口調と低い声。

 美しさに我を忘れていた俺は、魔物に警戒して剣を抜く。そんな俺に彼女は「ガハハ」と綺麗ではない笑い声を上げた。


「辞めておきなさい。ここはあくまでも私の意識よ」


 彼女が笑顔で剣を指差す。すると、俺が握っていた剣が、飴玉を奥歯で砕いたかのように割れて消えた。

 武器を失った俺は、拳を握って抵抗の意を示した。


「……意識? 何を言っている。グールは人を食らう。俺も食うつもりか?」


 意識だろうが何だろうが、こんな辺鄙な場所で食われてたまるか。

 強く拳を握る俺に対して、彼女はやはり、汚い笑い声を上げる。


「はぁ、何言ってるのよ。あなたは、もうすでに食べた後よ? 言ったでしょ、ここは私の意識の中だって」


「は? ふざけるな!」


 自分が既に食われた。

 ならば、何故、俺は自我を保っていられる? 現にさっき、俺の手には確かな感触が――。

 まて、ついさっき。

 俺は自分の胸の膨らみに気を取られていたが、あの肌の色は目の前にいる【グール】と同じ色をしていなかったか?


「……まさか」


「そ、ようやく気付いたわね。私たちは死人を食らう。けど、生きたままの人も食べれるのよ。そうした場合、その人間の意思を自分に残せるの」


「なっ!?」


「その顔は知らなかったって顔ね。まあ、それもその筈よ。だって、私たち【グール】にメリットはないんだから」


「だったら。だったら、なんで俺を殺したんだ?」


 生きたまま食べる。

 それは俺を殺したということに他ならない。


「やーね。あなた達はほっといても直ぐに死んだわよ。私と同じようにね。だから、むしろ、意思だけでも助けたことに感謝して欲しいわ」


「感謝なんて――出来るわけないだろうが!」


 俺は懐からナイフを取り出して、グールに投げる。

 だが、やはり空中で砕け、光る欠片となって消えていった。


「もう。私には時間がないの。無駄なことしないでくれるかしら?」


「……」


「とにかく、あなた達を食べた理由はただ一つ。私の子供を育てて欲しいの」


「は? 子供?」


「ええ。既にあなたも見たでしょ? あの子が私の子供なのよ」


 俺がこの場所に移動する前に泣いていた赤子。どうやら、あの子はこの【グール】の子供らしい。


「……なんで俺が育てなきゃいけないんだ。自分で育てればいいだろ?」


 俺の言葉に【グール】は顔を顰めた。


「私だってあなたみたいな子供を育てたこともない男だったり、自分の世話すらしたことない貴族の娘みたいな子に頼りたくないわよ。でも、それが出来ないの」


「……どういうことだ?」


「魔物は人の子を孕むことは禁忌とされてるの。仮に、人間との子を授かった場合、私たち魔物は死ぬわ」


「……」


「でも、私が死んだらあの子も死ぬ。それが嫌だから賭けたのよ。【グール】の特性にね」


「人を食らって意識を取り込む。か……」


「そういうこと。話を理解してくれたみたいで嬉しいわ」


「だとしたら、お前にとっては誤算があるな。俺が言うことを素直に従うと思うか?」


「そこは騎士であるあなたの良心を信じるしかないわね。半分だけとはいえ、泣いてる子供を見殺しにできるのであれば、どうぞ」


 グールの言葉に、憧れた人の言葉が重なる。


『泣いてる人がいたら、助けるに決まってるだろ?』


 俺はそうやって助けられたんだ。

 太陽のような眩しい笑顔を持った騎士に。

 憧れの騎士の言葉が俺を作った。貧困街で育った俺が貴族ばかりの騎士団に所属できたのはあの人のお陰。


「……」


 きっと、憧れてる人ならば、「戦う意思がない相手は全員助ける」んだろうな。

 なんとなくそんな気がした。

 俺の心情を見抜いたかのように【グール】は微笑む。


「さてと。私は折角延命した命。子供の成長を見守ることに使いたいから眠るわね」


 そう言ってどこかへ消えて行こうとする。

 身体が透き通り、影が日向を喰らうように消えていく【グール】に俺は聞いた。


「ちょっと待て! 俺と一緒にいた女の子はどうした?」


 俺が護衛できなかったおっとりした令嬢。


「ああ。あの子も食ったわよ。ただ、あなたと違って意思が弱いのか、まだ眠ってるみたいだけど。ま、時期に目覚めると思うわよ」


 その言葉を最後に目の前にいた筈の【グール】は姿を完全に景色と一体化した。

 姿が見えなくなった場に、彼女の声が響く。


「あなた達も感謝しなさい。殺した相手に復讐する機会を与えたのだから」


 それと同時に景色は暗闇に慣れていく瞳のように現実に引き戻されていく。

 俺の前には、目も全部開いていない赤子が助けを求めて泣いていた。


「……くそ!! こんな泣かれたら見捨てられる訳ないだろうが!!」


 一人で生き抜く厳しさを――俺は良く知っているのだから。

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