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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔
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奴隷と小悪魔2

 黒いうわさの絶えないデルヴィ伯爵が懇意にしている奴隷商人。

 当然のように裏組織の人間で、拠点となる場所の特定は困難である。取り扱っている商品は非合法の奴隷であり、その存在は家畜以下だった。

 その拠点の一室では、鉄格子のおりが並んでいる。糞尿ふんにょうの臭いが充満して、衛生管理などは行われていない。

 そして檻の中には、薄汚れた服を着た女性がいた。所々が破けており、肌の露出が目立つ。腕には鎖付きの手枷てかせめられている。


「………………」


 女性は虚ろな目をして、床をジッと眺めている。また誰か訪れたようで、ザッザッと床と靴が擦れるような音が聞こえてきた。

 女性は少しだけ顔を上げて、檻の外に視線を向ける。


「飯だ!」


 片手に盆を持った男性が、女性を見下しながら告げた。

 そして洗っているのかさえ分からない食器を、鉄格子の前に二つ置く。中身は冷めたスープとパンの切れ端である。

 女性は腹が減っていたのか、四つんいになって男性に近づいた。


「まだ食うなよ?」

「はい」

「まだだ。まだまだ……」


 まるで、犬の調教のようにお預けされる。

 すぐにでも食べたいようだが、男性の言葉を無視すれば飯抜きだ。三日に一度しか与えられない食事なので、命令には従うしかなかったか。

 女性は懇願するように、男性を見上げた。


「お前は誰だ? 言ってみろ!」

「私は……」


(私カルメリー王国第一王女の……)


 そう。この女性はミリアである。デルヴィ伯爵の命令が変更されて、彼女は奴隷商人に売られていた。

 地獄の部屋から連れ出されて何日経過したかは数えていない。


「名も無き奴隷です」

「そうだ! しかし間があったな。パンは俺が食う」

「あ……」


 男性は鉄格子の前に置かれたパンを拾い上げて、口の中に放り込んだ。

 それから「味がしねぇ」と言いながら、胃の中に納めてしまう。


「お前は誰だ?」

「名も無き奴隷です」

「そうだ! 食っていいぞ」

「ありがとうございます」


 これでミリアは、三日ぶりの食事にありつける。固形物のパンは男性に食べられてしまったが、スープの入った食器を手に取って一気に飲み干した。

 もちろん調味料など使われていないので、味はお察しである。


「それでは足りないだろう?」

「い、いえ。おいしい食事をありがとうございました」

うそを言うな!」

「はい。足りません」

「しょうがねぇ。俺が個人的に与えてやるぜ」


 その場でズボンを脱いだ男性は、檻の前で仁王立ちだ。

 何をやれば良いか理解しているミリアは、鉄格子に近づいて歯の抜けた口を開く。逆らえば食事を与えられず、他にも酷い目に遭わされるからだ。

 そして満足した男性は、またもや彼女に問いかけた。


「お前は誰だ?」

「名も無き奴隷です」

「そうだ! お前は奴隷だ! 買われたら主人に奉仕するだけの娼婦だ!」

「はい。そのとおりです」

「ふんっ!」


 鉄格子の前から、男性が離れていく。

 それに合わせて、ミリアは檻の奥に戻る。最初は助けを叫んだが、その気力は失せていた。助ける者など訪れず、何日も同じ状況が続いている。

 そして最初と同じ姿勢になり、床を眺めているのだった。



◇◇◇◇◇



 寝室でベッドに座っているフォルトは、カーミラからの報告を受けていた。

 彼女は首に腕を回して、背中に柔らかい双丘を押し当てている。送り出してから暫く経過していたので、とても久しぶりの感触だった。

 そして彼女から提案を受けた人物は、奴隷として調教中と聞いている。


「さすがはカーミラだな」

「えへへ」


 魔人として堕ちているフォルトは、カーミラの機転を褒め称える。

 不幸の上塗りをしたのだが、それについては嫌悪感を覚えない。そもそも遊びの玩具を入手するつもりなので、ミリアに向ける感情など持ち合わせていない。

 そのような些事さじよりは、他に確認しておくことがあった。


「ドッペルゲンガーは召喚したままでいいのか?」

「はい! 今は奴隷商人の拠点に潜入していますよぉ」

「ニャンシーは?」

「ドッペルちゃんのサポートでーす! 買われちゃうと困るのでぇ」

「なるほど」


(そこまでしているなら、新しいゲームも面白くなりそうだ。今はキャラメイキング中といったところだな)


 後ろから抱きついているカーミラが、うれしそうにニコニコしている。

 フォルトの傍に帰ってきたときは、彼女の欲求が最高潮だった。

 帰宅して早々に、それはもう激しかった。おそらくはミリアの状態を見て、欲求不満になったのだろう。

 リリスの本領を発揮されてしまった。


「しかしデルヴィ伯爵って奴は、金と権力の化け物って感じだなあ」

「悪魔にしたいぐらいですよぉ」

「悪魔がスカウトする人物か」

「えへへ」


 フォルトの脳裏に、悪代官という言葉が浮かんだ。

 テレビを見るように、遠くから眺めているぶんには面白い人物か。とはいえ、庇護ひごしたソフィアを害すかもしれない老人だ。

 好意を持てるわけもなく、一生出会いたくない。

 そんなことを考えていると、何かに戸惑った女性に声をかけられた。


「魔人様、そろそろ服を……」


 カーミラが後ろということは、フォルトの目の前には他の身内がいる。

 プレゼントした白衣を着たシェラだ。女医さんのように椅子に座って、木の板に張った羊皮紙に何かを書き込んでいた。


「まだ頼む。ちょっと心臓のあたりが……」

「はい。では少しヒヤッとしますわ」

「うん」


 シェラは聴診器らしきネックレスを、フォルトの胸に当ててきた。

 いま彼女が行っているのは、日本でいうところの健康診断である。こちらの世界に召喚される前は、毎年受診していた。


「異常はありませんわ」

「あ……。触診をしてね」

「っ!」

「どうしました?」

「え、あの……。では……」


 ほほを赤らめたシェラは手のひらを使って、フォルトの胸を触ってくる。

 彼女の手は、柔らかくて暖かい。しかもおずおずしながら触れられたので、一瞬にして目がいやらしくなった。

 このまま押し倒されて、畑のときのように身を任せたい。


「はい! 終わりですわ」

「えぇぇぇぇ」

「お、わ、り、で、す!」

「はい」


 シェラが持っている木の板は、俗にうカルテである。フォルトがチラリとのぞき込むと、「異常無し」と書かれていた。

 当然だ。

 元気が取り柄の魔人で、しかもお医者さんごっこなのだから……。


「ところでシェラさん。暗黒神からは何か言われた?」

「いえ」

「やっぱり寝取っても気にしていないんですね」

「もぅ!」


 普段は物静かなシェラだが、畑で抱いてからは明るくなった。

 司祭として厳格に過ごしていたので、色々とタガが外れたのかもしれない。


「それでカーミラよ。モルホルトって司祭はどうしたのだ?」

「回れ右で帰ってもらいましたよぉ」

「そっか」

「連れてくれば良かったですかぁ?」

「人間の……。それも男など要らん!」

「ですよねぇ」

「後は受肉用の死体か」

「調達しますかぁ?」


(ドッペルゲンガーは人物に化けられるしなあ。わざわざ受肉しなくても、適当な女性に化けさせればいいだけだ)


 眷属けんぞくにするには互いの同意だけで良く、受肉は必要無いと以前に指摘をされた。

 女性として受肉させるのは、アバターを楽しむためである。ならばドッペルゲンガーの能力で、適当な女性を記憶して戻ってくるだけで良い。

 そして現在は、奴隷商人の従業員に化けているらしい。

 場所的に可愛い女性がいるとも思えないが……。


「いや。調達はしなくていい」

「分かりましたぁ!」

「どっかに可愛い女性の死体が落ちてるかもしれないしな」

「それはないと思いまーす!」

「ははっ」

「魔人様、そろそろテラスに行きましょう」


 健康診断を終えたシェラが、テラスに向かいたいようだった。

 彼女は立ち上がって、なぜか両手を前に出している。しかも上目遣いなところが、フォルトの琴線に触れた。


「シェ、シェラ?」

「抱っこを……」

「これは……」

「アーシャの入れ知恵でーす!」

「またかっ!」


 このシェラの行動に、フォルトはギャップえをしている。

 アーシャには感謝なのだが、同時に「恐るべし」とも思った。雑学が豊富で、歳の離れた中年の心をつかむ。おっさんは嫌いと言っていたが、「実は好きでした」と言われても納得できそうだ。

 それはあり得ないのだが……。


「じゃあ行くか!」

「きゃっ!」


 ここまでされれば、アーシャの気遣いに乗らないと男が廃る。

 もちろんシェラを抱え上げ、お姫様抱っこをした。


「カーミラは窓を開けてくれ」

「はあい!」

「魔人様? きゃあ!」


 ここは、屋敷の二階にある寝室だ。

 いつもどおりに窓を開けて、フォルトは地面に飛び降りた。屋敷の一階は天井が高いので、二階といえどもかなりの高さだ。

 シェラがギュっと、首に腕を巻き付けてくる。

 甘い匂いが鼻孔をくすぐり、頬の筋肉が緩んだ。


「あ、あの魔人様。下ろしていただければと……」

「いえ。もっと抱きついていてください」

「はっはい!」


 女好きのフォルトは、シェラの柔らかい体を堪能する。

 ともあれ彼女を抱えながらテラスに向かうと、視線を逸らすように遠くを眺めているソフィアが座っていた。


「またフォルト様はそういう……」

「ははっ。やりますか?」

「結構ですっ!」

「グリムのじいさんは?」

「そろそろ到着すると思いますよ」


 本日は久々に、グリムが訪れることになっていた。事前に分かるのはソフィアの召喚魔法で、家族と連絡を取り合っているからだ。

 そのおかげで、フォルトは気構えができる。


「私は湖に行ってきますわ」

「うん。悪いねシェラ。カーミラはルリに茶を用意させてくれ」

「分かりましたぁ!」

「その後は隣にね」

「サワサワと触られると気持ちがいいでーす!」


(誰かを変態と言ったことはあったが、俺も似たようなものだな。でも、それでいいのだ。これに関しては、誰も俺を止められない)


 こちらの世界に召喚されたフォルトは、様々な環境が激変していた。

 魔人になったことが要因だが、国法の及ばない中で生活している。取り締まる者がいなければ、欲望に忠実となるのは必然。

 特に氷河期世代の引き籠りは、何に対してもずっと我慢してきたのだ。誰に遠慮することなく、素の自分を出していた。

 アーシャの言葉ではないが、まさにエロオヤジである。


「用件は聞いていますか?」

「いえ。ですが大事な話のようですよ」

「面倒事かなぁ?」

「どうでしょう。もしかすると、とても面倒な話かもしれません」

「分かるのですか?」

「予想通りなら……」

「教えてください」

「内緒です」

「ええっ!」

「いつも私に意地悪をなさるので……。お返しです!」

「あ、ははっ……」


 頬を膨らませたソフィアが、プイッと横を向いてしまった。にもかかわらず、目は笑っている。フォルトに仕返しができて嬉しいのだろう。

 過去を振り返ると、彼女に文句は言えなかった。


(だが数日後には、俺が仕返しをするのだ! あの服が完成するからなあ。真っ赤になったソフィアさんが楽しみだ)


「ふふん!」

「どっどうされましたか?」

「いえ。あぁグリムの爺さんが来たようです」

「御爺様!」


 白い顎髭あごひげを扱いているグリムが、木々の合間から姿を現す。

 もう何度も訪れているので、迷わずに屋敷まで到着した。何となくだが、自分の家のように思っていそうだ。

 テラスに到着すると、テーブルにつえを立てかけて椅子に座った。


「息災かな?」

「毎日気楽に過ごしています」

「ソフィアは迷惑をかけておらぬか?」

「もぅ御爺様!」

「御主人様! オヤツを持ってきましたぁ!」

「ありがとうカーミラ」


 挨拶もそこそこ、カーミラが茶とオヤツを持ってきた。料理長ルリシオンが用意してあったフライドポテトである。

 もちろん彼女は、フォルトの隣に座った。


「デルヴィ伯爵の嫌がらせは始まりましたか?」

「まだじゃのう。おそらくは次の聖女が決まってからじゃ」

「まだ決まってないのかあ」

「うむ。それもあって、お主に頼み事があってのう」

「ソフィアさんが言っていましたね。とても面倒な話だと……」

「まだ伝えておらぬが?」


 フォルトからの言葉に、グリムはソフィアに視線を向けた。

 先ほどは内緒にされたが、彼女は悪戯な笑顔を浮かべている。


「ほっほっ。ならばソフィアから、こ奴に教えてやるのじゃ」

「予想はつきます。聖女絡みなら一つしかありません」

「聖女絡み?」

「はい。三国会議への出席ですね」

「え?」

「エウィ王国では聖女も参加します」

「へぇ」


 三国会議とはよく分からないが、重要な会議なのだろう。と言ってもソフィアは、聖女を剥奪はくだつされた身だ。

 フォルトには関係ない話だと思われるが……。


「ふふっ。お飾りですよ。剥奪の件を他国は知りません」

「なるほどね」

「と言ったわけでフォルト様」

「はい?」

「私の護衛をお願いしますね」

「え? ええっ!」


 新たな聖女さえいれば、三国会議にはその人物が参加すれば良かった。しかしながら未だに決定していないので、今はまだソフィアが聖女として扱われるらしい。

 護衛ということは、双竜山の森から出なければならないのだ。しかも要人の護衛などやってこともないので、とても嫌な表情に変わる。


「無理ですって!」

「あら。フォルト様は私を庇護しているのでは?」

「あ……。そっそうですが!」

「デルヴィ伯爵も参加するからのう」

「はっ、嵌めましたね?」

「まさか。新たな聖女を決定していない聖神イシュリルのせいですね」

「くっ!」

「御主人様! 頑張ってくださーい!」


 カーミラの笑顔がまぶしいが、今はそれどころではない。

 これは、由々しき問題だった。

 フォルトは双竜山の森から、絶対に出ないと決めているのだ。数カ月に一回だけ、ビッグホーンを仕留めるだけにしたかった。

 それでも、彼女を庇護すると決めたのは自分である。彼女が森の外に出るなら、やはり守る必要があるだろう。

 そしてこの無理難題について、頭を抱えるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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