奴隷と小悪魔1
薄暗い部屋の中に、天井から吊るされた青髪の女性がいた。
力無くうな垂れた彼女の両腕には、頑丈な鎖が巻かれている。衣服は着用しておらず、身体には乱暴された傷が無数にある。
(もう……。無理……)
「はぁはぁ。良かったですぞデルヴィ伯爵夫人。いや。ミリア王女」
「………………」
ミリアと呼ばれた女性はその声に反応して、薄く目を開く。
目の前にいる男性は、薄ら笑いを浮かべていた。「次に会うときが楽しみ」と言葉を残し、生臭さが充満する部屋から立ち去る。
(なぜ、こんなことに……)
何度も自問自答するが、答えは出てこない。
ある日突然この部屋に監禁されて、幾人もの男性の相手をしている。
このような扱いを受ける覚えはない。とミリアが思い返していると、部屋の入口からチャリーンと音がした。
その音に彼女は、目を閉じて体を震わせる。
「おぉミリア王女。何というお姿に……」
「来ない、で……」
「ぐふふ。美しかった顔が見る影もありませんな」
また新たな男性が、ミリアに声を掛けた。
彼女の顔には、刃物で切られた傷や殴られた跡がある。形の良かった鼻も折れ曲がり、潰れていると言っても過言ではない。
「ぃ、ゃ」
「おや。お腹が膨れてきましたかな? いやぁ、めでたい!」
「………………」
部屋に監禁されて、どれほどの時間が経過したかは数えていない。
そしてミリアは、毎日何十人もの男性を相手している。最近では吐き気があり、食欲も無い。また熱っぽく、眠気が頻繁に催していた。
凌辱されているので壊れたかと思ったが、おそらくは孕んだのだろう。
当然のように、誰の子供かは分からない。
そうこうするうちに、彼女は何人かを相手にしていた。
(死にたい……。誰か私を殺して……)
ミリアには休む暇がない。
もう何番目か数えていないが、今度の男性は彼女の鼻を摘まみ上げる。
痛みはすでに無いが、とても屈辱的だった。しかしながらこの人物は、下卑た笑みを浮かべて気を良くしている。
「おい王女さんよ。もっと甘い声を出せねぇのか?」
「ゃ、め」
「ここまで自分の嫁を堕とすなんてなぁ。伯爵様は怖い御方だぜ」
「………………」
「へっ! 盗賊様の子種をくれてやんよ」
「っ!」
上は貴族から下は盗賊まで、ミリアを抱く男性はデルヴィ伯爵の手駒である。
それでも盗賊の男が相手なら、そろそろ終わりが近かった。今日という一日が過ぎるだけであったが……。
「俺らは女日照りだからな。また頼むわ」
「………………」
そして、盗賊の男が部屋を出ていく。
毎日が変わらず、同じ行為の繰り返しだった。舌を噛みきって死にたいが、残念ながら歯が抜かれている。
(もう、いやっ!)
ミリアが絶望していると、再び扉のほうからチャリーンと音がした。
終わりが近いだけで、まだまだ続くようだ。
「ミリアよ」
「っ!」
この声は知っている人物だった。
エウィ王国の大貴族という立場を利用し、属国のカルメリー王国第一王女ミリアを娶った老人。また、この部屋に彼女を閉じ込めた張本人。
憎き、ハーラス・デルヴィ伯爵である。
「ハーラ、ス?」
「おぉ……。まだワシを名前で呼んでくれるのか」
「なぜ、私を、こんな目、に……」
憎き相手を前にしても、ミリアの気力は蘇らなかった。
この手で殺してやりたいと思っても、体を動かす力が沸かない。
「それはな。ミリアの妹が悪いのだ」
「何を言って……」
「ミリエは聖女候補に選ばれた」
「え?」
(聖女はソフィア様では?)
妹のミリエが聖女候補と聞いて、ミリアは混乱する。
それから少し遅れて、ハーラスが伝えられた言葉の意味を理解した。また彼という人物をよく知っているだけに、その目的も理解してしまう。
「ハーラス、貴方は……」
「ほっほっ。ワシの権力のために、第二王女ミリエを妻とする」
「ミリエには……。手を、出さない、で……」
「それはできぬ相談だな」
「ゆ、許さな、い……」
「許さないも何も、其方は病死と発表。すでに葬儀も済ませておる」
「………………」
ハーラスがミリアを娶ったのは、属国カルメリー王国を管理するためだ。
それに併せて、エウィ王国内での権力を盤石にしている。とはいえそれは、第二王女のミリエでも可能だった。
そしてもし妹が聖女に選ばれて、同時に妻だったら……。
この男の権力は、現在よりも更に増大する。だからこそ、今の妻は不要なのだ。離縁するとデルヴィ家としての体裁が悪く、姉妹共々娶ることも同様である。であれば病死と公表して、新しく妻として迎えるつもりなのだ。
この金と権力の化け物にとって、ミリアなど駒の一つだった。
「其方は妻のミリアではない。ただの娼婦だ」
性的に体を売って、金銭を稼ぐ女性を娼婦という。
ハーラスから侮辱の言葉を受けて、ミリアの涙腺が緩む。しかしながら憎き男の前で、涙は見せられなかった。
「今回来たのはな。其方を娼婦だと分からせるためだ」
「ふざけ、ない、で……」
「体を売って金を受け取っておるだろう?」
「え?」
「ほれ。そこの箱に入っておる銅貨だ」
後ろを向いたハーラスは、部屋の入口に置いてある箱を指し示した。とても小さな箱だが、その中には銅貨が詰まっている。
そして蛇のように鋭い目を、再びミリアに向けた。
「立派な娼婦ではないか。しかも孕んだようだな」
「うぅ」
「ワシの子供ではあるまい?」
「………………」
「ほっほっ。カルメリー王国の王子にするか?」
カルメリー王家の血が流れているとしても、父親は盗賊かもしれないのだ。
そのような子供に、王家を継がせるわけにはいかない。ミリアは怒りの形相で、憎きハーラスを睨む。
「産むわけが……」
「だろうな。だが、其方には何もできぬ」
「………………」
「安心しろ。最後に望みを叶えてやろう」
「っ!」
ハーラスが放った最後の言葉。
おそらくは孕んだ子供と共に、ミリアを処分するつもりなのだろう。
確かに死を望んだが、この状況に追い込んだ張本人に言われると腹立たしい。にもかかわらず彼女は絶望を悟り、怒鳴る気力すら失ってしまった。
いくら言葉を紡いでも、彼の決定は変わらない。
「おい!」
「「はっ!」」
ハーラスが大声を出すと、部屋の外で待機していた警備兵が扉から入ってくる。人数は五人で、ミリアに背を向けた老人の前に跪いた。
この部屋は、デルヴィ伯爵とは別名義の人物が所有する屋敷の地下にある。使用目的は、言わずもがな。
表に出せない非合法な案件を処理するのだ。
「これからモルホルト司祭が来る」
「あの死体愛好家ですか?」
「うむ。後は分かるな?」
「いつものように処理すればよろしいですね?」
「其方らも楽しんでおけ」
「ありがとうございます! 遠慮せずに頂きます!」
「では、ワシは帰る。来客を待たせておるからな」
ミリアを一瞥したハーラスは、警備兵たちを残して部屋を出ていった。
それと同時に装備を脱ぎだした彼らは、嬲るような視線を向けてくる。
「名残惜しいですが、俺らに壊されてくださいね」
「遠慮はしねえぜ王女様」
「済まんな。恨まないでくれよ?」
「まぁ気持ち良く逝けるんだ。まだマシだろうさ」
「逝った後も、あの司祭に犯されるけどな」
裸になった警備兵たちは、部屋に置いてある数々の道具に手を伸ばす。
これらの道具は拷問器具だが、女性に快楽を与えることもできる。ミリアに対して幾度も使われており、口から泡を吹いて気絶したこともあった。
今回はそれで済むはずがない。
「やめ、て……」
これから始まる地獄絵図を想像して、ミリアは一言だけ呟いた。とはいえその願いを聞く者はいない。
そして、快楽と狂気の宴が始まるのだった。
◇◇◇◇◇
ミリアに群がる警備兵たちは、目を血走らせて柔らかい肉体を貪っている。
彼女自身はボロボロで、目を背けたくなるような顔に変わり果てていた。にもかかわらず、男たちの性欲は収まらない。
彼らの目に映るのは、デルヴィ伯爵夫人だった頃の可憐な少女だ。属国の王女ということもあり、高嶺の花と言っても過言ではない。
その彼女が今、自分たちの放つ白濁にまみれている。
これが快楽の源となって、征服感と嗜虐心を満たしていた。
「もうちょっとだけでいいからよぉ」
「まだ死ぬんじゃねぇぞ?」
「空っぽになるまで頼むぜぇ」
「あのミリア様がよぉ」
「全然萎えねぇぜ!」
ミリアは空虚な意識の中、男たちに身を委ねるしかなかった。
最初は抵抗したが、体力と気力は失っていた。そもそも彼らよりも前に、何人もの男性を相手にしていたのだ。
そして体の内外を征服され、意識を手離した頃。
部屋の扉が開いた。
「お前たち!」
部屋に入ってきたのは、先ほど帰ったハーラス・デルヴィ伯爵である。
ミリアを貪っていた警備兵たちの動きが止まった。狂気に支配されていても、この老人の存在は無視できないからだ。
「「伯爵様!」」
「少し待て!」
「はっはい! もちろん構いませんが……。ど、どうしたのですか?」
「命令の変更を伝えに、な」
「変更ですか?」
「それよりも死んではいないだろうな?」
「え、えぇ。まだ生きてはいます」
「そうか」
ミリアは憎きハーラスの声を聞いても、動かずにぐったりしている。
この状態では、声が届いているかどうかすら怪しい。彼女の口や股からは、生臭い液体が溢れ出していた。
窒息しても不思議ではない量に思えるが、胸は上下に動いている。
「新たな命令とは?」
「うむ。その娼婦は奴隷商人に売り払う」
命令が大きく変わった。
もちろん警備兵たちは、その命令に異を唱えない。とはいえミリアを生かすとなると、様々な問題が発生する。
それについては、今のうちに確認する必要があった。後々自分たちのせいにされると、彼女と同様の道を歩むことになる。
いや、同様ではない。男性なので、生きられる時間はもっと短いだろう。
「身元が割れてしまうのでは?」
「ふん! ミリアの葬儀は終わっておる」
「ですが……」
「ボロ雑巾のような娼婦の言葉など誰も聞く耳は持たぬ」
「分かりましたが、これからモルホルト司祭がいらっしゃるのでは?」
「そいつは捕縛……。んんっ! 急用が入ってな。またの機会にするそうだ」
「そうでしたか」
警備兵たちは、何か腑に落ちない表情だ。
それでも、デルヴィ伯爵の命令は絶対である。確認はできるが、警備兵ごときでは意見など言えない。
「では、いつもの奴隷商人に引き渡しておけ」
「承知致しました! 売値は?」
「大金貨五枚でよい。其方たちで、一枚ずつ分けろ」
「えっ! よろしいのですか?」
「よく働いている礼だ。受け取っておけ」
「「ありがとうございます!」」
「他の者には内緒だぞ?」
警備兵たちは大喜びだ。
大金貨一枚は、日本円に換算すると百万円。
彼らにしてみれば、半年以上働いても手にできない金銭だ。しかもほとんどは生活で消えていくので、手元に残らない。
これで暫くは、裕福な暮らしができる。もうミリアで遊べないのは残念だが、何人もの女性を抱くことは可能だった。
「では、娼婦を連れていけ。ワシもすぐに屋敷を出る」
「「畏まりました!」」
気合の入った返事とともに、警備兵たちがミリアを部屋から運び出した。デルヴィ伯爵自身の護衛は、他にいると思っているのだろう。
そして警備兵がいなくなったところで、伯爵の前に二人の女性が姿を現す。
「行ったみたいだねぇ」
「そうじゃな」
現れた女性のうちの一人は、『透明化』のスキルで消えていたカーミラである。もう一人はニャンシーで、『影潜行』のスキルを使って影に潜っていた。
その二人に向かって、デルヴィ伯爵は頭を下げている。
「これで良かったでしょうか?」
「ちょっとドッペルちゃん! 危なかったよ?」
「まったくじゃ。いくら時間が無かったとはいえ、ボロが出てはのう」
「すっすみません!」
二人に責められたデルヴィ伯爵は、片手で頭をかいている。しかしながらその手には、鞭のように長い六本の指が生えていた。
それ見たカーミラは、呆れて指摘する。
「指」
「あ……」
「ちゃんと化けてねぇ」
「はっはい!」
この部屋に、カーミラたちが現れたことには理由がある。
フォルトに耳打ちした内容が、おそらくは生存しているミリアの入手だった。主人に召喚してもらった魔物は、人物に化けるドッペルゲンガーである。
この魔物と入れ替えることで、双竜山の森に連れていく予定だった。
「即興で考えたわりには、うまくいったのう」
「ただ連れていくのも芸が無いしねぇ」
「でも良いのかのう? 主は待っていると思うのじゃ」
「こっちのほうが御主人様も喜びまーす!」
カーミラは少しだけ、作戦に手を加えた。
フォルトが考えたゲームは、最底辺からのスタートと聞いている。ならばミリアには、人間の底辺である奴隷になってもらう。
これを経ることによって、より主人に楽しんでもらうのだ。
「ワシはどうすれば?」
「受肉しますかぁ?」
「いいのですか?」
「デルヴィ伯爵に化けられるしねぇ」
「確かに送還は勿体無いのう」
当初の作戦では、デルヴィ伯爵の姿に化けさせる予定はなかった。
そうは言ってもエウィ王国の大貴族であり、絶大な権力を持つ人物である。道中で発見したので、ドッペル・デルヴィとして連れてきたのだ。
フォルトの遊びには関係無いが、後々使える可能性があった。
ただし、受肉に関しては確約できない。
「役には立っているのでぇ。御主人様に提案してあげるよぉ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、奴隷商人の所に移動しまーす!」
「元の姿に戻っても?」
「うん! 次は何をやるか分かっているよねぇ?」
「はい」
ミリアが連れていかれた奴隷商人は、非合法の商いをしている。国法で守られている犯罪奴隷や貧困奴隷ではなく、好きに使い潰せる奴隷を取り扱っていた。
所有者の命令に従う奴隷紋を施されるのは同様である。違うのは、調教によって生き地獄の人生を強要されることだ。
そこにドッペルゲンガーを潜入させて、彼女を完璧に堕とす。先ほどまで男たちの慰み者になっていた女性を、だ。
まさに悪魔の所業だった。
「面白いことになってきたねぇ」
「カーミラは恐ろしいのう」
「えへへ。御主人様が楽しめれば何でもいいでーす!」
「確かにのう。外に残した人間はどうするのじゃ?」
「とりあえずここは臭いので、屋敷を出るよぉ」
この会話を最後に、三人は無人になった屋敷を出る。
外には捕縛したモルホルト司祭が、虚ろな表情で立っていた。
カーミラのスキル『人形』で操っているので、屋敷に入る前に捕縛されたことは覚えていない。またデルヴィ伯爵と懇意なのか、奴隷商人の居場所を知っていた。
そして彼を殺害すると、問題が発生するだろう。なので神殿に帰れと命令して、三人はミリアの後を追ったのだった。
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