魔人と冒険者3
フォルトが住まう屋敷の周囲には、食料を生産する様々な施設が存在した。
その一つが野菜を栽培する畑で、管理は森の精霊ドライアドが担っている。また作業は、トレントという樹木の魔物が行っていた。
人間がやるような工程を経ずに、特殊能力や魔法を使うところが特徴的だ。大地に過剰な栄養を与えて、作物の成長を早めるなどは朝飯前だった。
さすがに一日では収穫できないが、数日ほどで新鮮な野菜が入手できる。
「ふぁぁあ!」
そして現在は、シェラが農作業中だった。運動の一環らしいが、トレントたちに混じって野菜を収穫している。
その光景を眺めているフォルトは、地べたに寝転んでいた。
「魔人様、そんなに見られると恥ずかしいですわ」
「気にしないで」
フォルトの趣味であるアバター観賞として、シェラに白衣をプレゼントした。女医さんの格好をした彼女が、農作業をしている姿は萌える。
身内ではないので手を出さないが、脳内でイメージするのは自由だ。
(女医さんは頭が良くてプライドが高い。住む世界が違うとか思っていたけど、仕事とプライベートの顔は如実に違うんだよなあ)
若い頃であれば、フォルトにも友人はいた。
その人物に、女医の恋人を紹介されたときの印象が頭に残っている。まるで医者と感じさせないイメージで、当時は衝撃を受けたものだ。
自宅に引き籠った後は、友人やその恋人と会うことはなかった。しかしながら印象は拭えず、今に至っている。
「シェラさんって恋人はいるの?」
「いえ。いませんわ」
「へぇ。今までにも?」
「えぇ。ずっと神殿に入っていましたので……」
「そうなんだ」
女性の司祭や神官は、信仰する神に身を捧げているらしい。夫は神々と思っている者も少なくないとの話だ。
それについてフォルトは、不遜にも勿体無いと思った。
シェラは見た目良し・性格良し・スタイル良しの三拍子である。
(ということは……。俺は神様からジェシカを寝取った極悪人だな)
記憶からほとんど消えていた女性神官を思い出して、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。あのときは初めての暴走だったが、彼女を寝取ったことになるだろう。
もちろん天罰が下るなら、全力で抵抗するつもりだ。
「何か?」
「シェラさんを寝取ったら神様は怒るかなと、ね」
「私を抱きたいのですか?」
「否定はしないよ」
「私は別に神の所有物ではありませんわ」
「所有物かあ」
(シェラさんは味なことを言うなぁ。暗黒神に仕えている司祭だけど、神に身を捧げているわけではないのか。さてさて、神様はどう考えているのやら……)
こちらの世界には、実際に神々が存在する。
神託として神の声が届くうえ、信仰系魔法の源になる存在だ。と言っても地上に顕現して、その姿を見せたことはない。
そこでフォルトは、シェラに質問を投げかけた。
「神様はどんな姿なのでしょうね?」
「え?」
「俺の予想だと、髭モジャで翼が十枚あって……」
「ふふっ。想像したこともなかったですわ」
「気になりませんか?」
「肖像画や石像などがありますので、それで十分かと思いますわ」
信者にとって、神の姿形は意味を持たない。
どのような姿であれ間違いなく神は存在して、信者を導くとされていた。また肖像画や石像で神を表現するのは、シンボルとしての意味合いが強い。
たとえ違ったとしても、神の存在を近くに感じられることが重要だった。
「私からも良いでしょうか?」
「何ですか?」
「魔人様は魔神を目指さないのですか?」
久々に魔神の話を聞いた気がする。
フォルトとしては、成り行きで魔神になるなら構わない程度の認識だ。もちろん怠惰なので、わざわざ動いて目指すことはしない。
「目指すと言ってもなあ」
「面倒ですか?」
「ははっ。分かっていますね!」
フォルトの行動理論など、付き合いの短いシェラでも理解していたようだ。
双竜山の森に生活の場を移してからは、駄目男ぶりに磨きがかかっている。しかも今まで以上に、自堕落生活を満喫していた。
魔神というよりは、引き籠りの神様かもしれない。
「俺はカルマ値が足りないらしいですよ」
「そうかもしれませんわね」
「何か知ってるのですか?」
「いえ。今の魔人様は中立と思ったまでですわ」
(中立か。合っているのかな? 率先して悪事をしてるわけでもないし、誰かに褒められるようなことはしていない。好きなようにやってるだけだな)
悪事と言っても、カーミラのやることを容認しているだけだ。
憤怒に身を任せて人を殺害したことがあっても、それを自発的とは言い難い。人間の倫理観からすれば悪事となるが、フォルト自身はピンときていなかった。
種族が魔人に変わった影響かもしれない。
「悪に寄っているとは思いますわ」
「ですよね」
フォルトの欲しいものは、カーミラが他人から奪っている。
対象となった人からすれば、確実に悪と思うはずだ。だがそれとは反するように、シェラやソフィアを庇護している。
これらのことを総合して、中立から悪寄りと思われたのだろう。
的を射た見解だが、自身はあまり深く考えたことはない。魔人の力をセーフティとして、今を好きに生きているだけだった。
そこまで考えたところで、新たに収穫された野菜を眺める。
「ほら魔人様。大きなホワモルが採れましたよ」
「ははっ。旨そうですね」
ホワモルとは、日本で大根と呼ばれる根菜だ。
こちらの世界の住人は、葉っぱだけを食べる。根の部分は土に埋まっているので、不浄な毒野菜として捨てられるのだ。
「浄化をしないといけませんわ」
「しなくても食べられるのに……」
「そうでしたわ! 魔人様は博識ですね」
「あっちの世界の知識ですよ」
「異世界人でしたわね。それにしても不思議な御方ですわ」
「俺が、ですか?」
「えぇ。では、私を抱いてください」
「はい?」
シェラが恋人の話を戻した。
フォルトは適当に流したのだが、彼女にとっては本命の話だったらしい。
「俺の身内になると?」
「はい。ローゼンクロイツ家の姉妹共々お願いしますわ」
「マリとルリに気を遣っていますか?」
「否定はしませんわ。お二人は恩人なのです」
「恩人かあ」
(抱くことで身内になるわけでもないけどなあ。ただの儀式みたいなものだ。庇護した時点で身内と思っているし、これは自分への戒めなのだ)
昭和時代の日本男児的思考である。
情事をすることによって、傷物にしたと考える時代だ。情事の結果――妊娠――ではなく、肉体関係に至ったことに対する責任を持つという思考。
マリアンデールとルリシオンは安心が欲しいと言った。
それは、フォルトも同様である。彼女たちが、自身の精神安定剤になっていた。だからこそ情事まで進んで、何があっても守るという決意を責任としたのだ。
レイナスは特殊だったが、今は責任を取って身内にしている。
「駄目ですか?」
「ならシェラさんがしてください」
「え?」
「俺を押し倒して犯してみてください」
「ええっ!」
「どうしました?」
「わ、わ、分かりましたわ! えいっ!」
「おっと……」
地べたに寝転んでいたフォルトは、後の行為をシェラに任せる。少し意地悪だったかなと思ったが、これは新鮮な状況だった。
この情事の果てに、彼女が信奉する暗黒神デュールが何と言うか。
それを想像しながら、悪い手を開放するのだった。
◇◇◇◇◇
シェラを身内にしたフォルトは、テラスの椅子に腰かけていた。
そして隣に座っているマリアンデールから、彼女の話を切り出される。とはいえ、気まずいことは何もない。
「貴方、シェラを抱いたらしいわね」
「いや。襲われたと言ったほうが正解だ」
「やらせたんでしょ! まったく……」
「駄目だったか?」
「いいわよ。シェラも悩んでいたみたいだしね」
「へぇ。そうなのか」
現在カーミラは、ソル帝国の町に出張中だ。
そのためフォルトの隣は、マリアンデールが占拠している。しかしながら体型がアレなので、密着度は低い。
それが気に入らないのか、上から目線で催促してきた。
「貴方、もっと抱き寄せなさい!」
「でへ」
「とにかく、シェラは私たちに気を遣い過ぎなのよ」
「うぅ……」
この場にはシェラもいる。
恩人の姉妹が認めた男性と関係を持つのは、身の程知らずと思っていたのか。思い悩んでいたようだが、本人たちからすれば要らぬ忖度だったようだ。
それとなく後押し――ほぼ命令――されて、彼女は一歩を踏み出した。
「身分に遠慮した感じか」
「そうなのよ。でもシェラに遠慮されたくないわ」
「ははっ。マリやルリならそう言うだろうな」
「ほらシェラ、もっと押し付けて挟んでやりなさい」
「はい!」
マリアンデールに促されたシェラは、テラスの椅子に座っていない。
フォルトの後ろにいて、カーミラがやっていること真似しているのだ。
「でへ。気持ちいい」
シェラは、身内の中では一番の巨乳である。
一番といっても、他が小さいだけなのだが……。
「マリの家は伯爵とか?」
「魔族に爵位は無いわよ」
「そうなんだ」
「魔族は力がすべてと教えたわよね? 強い家が上位になるわ」
「え?」
「分からないかしら? 上位の家に喧嘩を売っていいのよ」
「はい?」
「殴り合いに限らず、謀略や知略でもいいわ。当主を倒せば立場が逆転ね」
「な、なるほど?」
まさに弱肉強食の世界で、魔族は下剋上を認めていた。
これについて魔族は、かなり徹底している。命令を聞きたくなければ、力で倒せと言っているのだ。
この勝負で敗北した家は、文句を言わずに命令に従うしかない。
「ローゼンクロイツ家に命令できるのは魔王だけだったわ」
「魔王……。そう言えば名前を知らなかったな」
「嫉妬の魔人スカーレットが魔王よ」
「なっ! 魔人が魔王?」
「だから、人間に倒されたのが信じられなかったのよね」
「魔王って魔族がなるものじゃないのか?」
「力がすべて。それは種族に関係なく適用されるのよ」
「壮絶だな」
嫉妬の魔人スカーレット。
嫉妬を増長させる強欲や色欲を持たない魔人で、皆が思うほど嫉妬深くない。しかしながら強さは桁外れで、魔族の王として君臨していた。
「ソフィアに顛末を聞いて納得したわ。もういいけどね」
「ははっ」
魔王は神魔剣を封印するために、自らを犠牲にして冥界に堕ちた。
その場にいたソフィアの話なのだから間違いは無い。だが、人間の勇者が魔王に勝利したというプロパガンダが浸透している。
今更事実を伝えたところで、誰も信じない内容だった。
「それよりもシェラ。魔王の娘は生きているのかしら?」
「ティナ様ですか? 私には分からないですわ」
「魔王の娘? 魔人に子供は作れないんじゃ……」
「養子よ。魔王が自ら選んでいたわ」
「へぇ」
「さすがに魔族狩りは返り討ちにしてるでしょ」
「ふーん。強いのか」
「甘ちゃんだったけどね」
魔王の娘ティナは、極度のマザコンだったらしい。
いつもスカーレットにベッタリで、他の魔族とは交流が少なかった。しかも嫉妬の魔人の娘として、ほとんど表に出されていない。
それでも魔王が選んだ娘であり、強さは折り紙付きだった。
(魔王の娘ねぇ。ヒットしたゲームの続編みたいな奴だな。まぁ生きていても会いたくはない。身内にした彼女たちは返さないぞ!)
フォルトとて、七つの大罪を持っている。
身内となった魔族の三人は、絶対に渡すことはない。
「フォルトぉ、オヤツよお!」
「ああんルリちゃん! 待ってたわ」
「はい。お姉ちゃんに、あーん」
「あーん」
「フォルトにも、あーん」
「あーん」
オヤツを持ったルリシオンが、意気揚々と屋敷から出てきた。
本日のオヤツはキュウリスティックだ。
簡単なオヤツだが、実は彼女のこだわりが詰め込まれている。調味料を厳選して、長時間漬けてある逸品なのだ。
食感もすばらしく、ポリポリと音を立てながら食べられる。
「シェラはどうだったのお?」
「責め上手」
「ちょっと魔人様!」
「あ……。失礼」
シェラが慌てて、後頭部に胸を挟んでくる。
これではフォルトを喜ばせるだけだが、口止めにはなる。だがここで止めると想像が膨らむので、余計に傷口を広げるかもしれない。
とりあえず彼女には、骨抜きにされていた。
「レイナスは?」
「アーシャと一緒に部屋に籠っているわよお」
「あれ? 部屋から出ていないのか」
「服を一生懸命に作ってたわあ」
「無理をしてなければいいが……」
「楽しそうにやっていたわよお。さっき差し入れをしといたわあ」
「助かる。しかし、これは止まらないな」
「ポリポリ感がいいわね。さすがはルリちゃんだわ!」
ルリシオン自慢のオヤツは、あっという間に減っていく。
身内を侍らせいるフォルトは、頬の筋肉が緩みまくりだった。
「カーミラちゃんは、いつ帰ってくるのお?」
「もうすぐじゃないかな」
ソル帝国の町に出張中のカーミラは、目的を達成するまで戻ってこない。
それでもフォルトは、彼女が近寄ってきている気配を感じていた。眷属よりも強いシモベの絆で結ばれてるので、この勘は当たっているだろう。
そして、もう一つの気配を察知していた。
「ソフィアさん! そんな所にいないでテラスに来ればいいですよ」
「っ!」
屋敷の入口から顔を出しているソフィアは、なぜか顔を赤らめている。
とりあえずフォルトとしては、彼女にジッと見られていると恥ずかしい。ならばと手を振って呼ぶと、襟を正しながらテラスに歩いてきた。
「シェ、シェラさんは何をして……」
「え?」
「フォルト様の頭を……」
「こ、これは何と申しましょうか」
「もしかして……」
「ひ、一足お先ですわ!」
「っ!」
どうやらソフィアはフォルトではなく、仲の良いシェラを見ていたらしい。破廉恥な光景に映ったようで、外に出られずに固まっていたのだ。
そして答えを聞いた彼女は、一目散に屋敷の中に走り去っていく。
フォルトはオヤツをポリポリ食べながら、その後ろ姿を見送るのだった。
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