魔人と冒険者1
冒険者のシルビアやドボとの会話は続いている。
次はソフィアについての説明を求められたが、どうも双竜山の森に囚われていると勘違いしたようだ。
これは本人が説明すれば良いので、フォルトに出番はない。カーミラが後ろから後頭部を刺激してくれるので、目を閉じながら堪能する。
そして三人の会話に、耳を傾けた。
「フォルト様は御爺様が庇護しました」
「レイバン男爵からもそう聞いてるね」
「ですので、私がいても不思議ではありませんよ?」
「魔族がいるだろ。さっきの女の一人は……」
「それも含めて、ですね」
「聖女様に危険は無いのかい?」
「大丈夫ですよ」
フォルトは無言で手を前に出して、三人の会話を遮った。
あまり根掘り葉掘りと聞かれても困る。ソフィアなら弁えていると思うが、これ以上の情報開示をするべきではない。
最低限度で十分である。
「では、お帰りはあちらです」
「ちょっと待ってくれ!」
「話は終わったと思いますが?」
「聖女様とは久々なんだよ。積もる話もあるのさ」
「別にいいじゃねぇか。取って食うわけじゃねぇ」
「はぁ……」
自宅に引き籠ってからのフォルトは、誰とも連絡を取っていない。また相手からも連絡がこないので、本当の友人ではなかったのだろうと思っている。
それに十数年も、親に面倒をかけていた。だからこそ自身はいないものとして、存在を消してほしいとすら考えている。
積もる話をしたい相手などいないのだ。
ともあれ、シルビアとドボの気持ちも分かる。
「ならもう少しだけな」
「つれないねぇ」
「まったくだぜ」
「あの……。フォルト様?」
「どうかしましたかソフィアさん?」
「そろそろ足を触るのを止めていただければ、と……」
「あ……」
フォルトの悪い手が、無意識に動いていたか。
いつも隣に座るのは身内なので、常に触っている。勝手に動くのは仕方無いが、ソフィアは身内でなく客人だ。
彼女の足から名残惜しく手を放すと、ドボが凄んできた。
「おっさんは聖女様に気があんのか?」
「癖というか何というか……」
「俺らの前でセクハラとはいい度胸じゃねぇか」
「あ、はは……」
「ドボは人のことを言えるのかい?」
「ははははっ! 違えねえ!」
「………………」
シルビアとドボは、セクシャル・ハラスメントに厳しい米国人だ。フォルトより以前に召喚されていても、その思想は根強く残っている。
ちなみに彼は、女性関係のトラブルが多かった。もしも召喚されずにプロのアメフト選手になっていたら、多額の賠償金を請求されていただろう。
もちろん知る由も無い話である。。
「聖女様へのセクハラの代償で、俺らについてきてもらうぜ?」
「無理やりこじ付けないでくれ」
「でもよお。男爵と面会するだけだぜ?」
「面会する必要性を感じない。なら俺に会いたい理由は?」
「そういや聞いてないねぇな」
そんなことで良いのかと思うが、冒険者からすると普通である。
理由はどうあれ依頼内容は、フォルトを連れていくことだ。また依頼主は貴族なので、それ以上の話に首を突っ込んでも良いことはない。
「なぁ聖女様からも何とか言ってくれよ」
「すみません。無理ですね」
「どうしてさ」
「フォルト様と会うには、御爺様の許可が必要だからです」
「へ?」
「レイバン男爵は無断で連れ出そうとしているのですよ」
「おっさんって、そんなに重要人物なのかよ?」
「重要かどうかはさておき。双竜山の森に来てもらう条件の一つでしたね」
グリムはこの約束を守るために、双竜山の森を立入禁止にした。フォルトと面会するなら森を通るので、必然的に許可が必要になる。
森を出ることはないのだから……。
「それと、お二人に伝えておくことがあります」
「何だい?」
「私は聖女の務めを終えました」
聖女については近いうちに、エウィ王国から発表されるだろう。
異世界人の世話は、次代の聖女が担うことになるのだ。いつまでもソフィアが聖女と呼ばれると、軋轢を生むことになる。
「え? そうなのかい?」
「すでにカードからは、聖女の称号が消えています」
「そっか。事情は分からねぇが良かったじゃねぇか」
「良かった、ですか?」
「私らを召喚したことを気にしていたね?」
「えぇ」
「少しは気が楽になるってもんさ」
「誠意は十分に受け取ったぜ? だからもう気にすんな!」
昔からソフィアは、勇者召喚の儀に対して良い感情を持っていない。
異世界人をエウィ王国の都合で召喚して、有無を言わさずに魔物と戦わせるのだ。しかも一方通行なので、元の世界に帰せない。
恨まれて当然の所業として、彼女は気に病んでいた。
(いいことを言うね。ソフィアさんは好きに生きていいんだよ。ってデルヴィ伯爵次第だったな。そう考えると、またムカついてきたぞ)
フォルトはソフィアを庇護した時点で、身内に近い感情を持っている。
そのためか、彼女を害することは許さない。とはいえ、デルヴィ伯爵は行動に移していない。といった理由で憤怒は抑えられているが、悪感情は燻っている。
そして……。
「シルビアとドボだったな? 気に入った」
「いきなりどうしたよ?」
「ついては行かないけど、俺に雇われないか?」
「何だって?」
「俺の遊びのために、ちょっと情報が欲しくてな」
「へぇ。でもレイバン男爵を裏切るのは無理だよ」
「そんなことをすりゃ、今後は仕事が受けられなくなるぜ」
依頼人を裏切らないことが、冒険者の不文律である。
それをやると冒険者ギルドの信用を落とすので、ほとんどの場合は除名される。もちろんそういった噂はすぐに広まって、普通の仕事にも就けなくなる。
行きつく先は裏組織かスラム街か。
「どうせ依頼は失敗だろ? 俺は森を出ないからな」
「ちっ」
「そこで、だ。レイバン男爵の依頼料も上乗せしよう」
「はい?」
「やってもらいたいのは情報収集だ」
「レイバン男爵のかい?」
「違うけど、関連性があれば……」
シルビアとドボは考え込んでいる。
どのみちレイバン男爵からの依頼は果たせないので、依頼料の支払いは望めないはずだ。彼らの話を聞いたかぎりでは、経費分の赤字で終わる。
フォルトからの依頼を受けて、帳尻を合わせるかもしれない。
「なら駄目だね」
「ほう」
「あんたからの依頼を受けるなら、レイバン男爵の情報は無しだよ」
「情報漏洩ってことか?」
「そうさ。例えば、屋敷の見取り図を寄越せってのは無理だよ」
「へぇ」
「警備体制とかも無理だぜ。依頼を受けるときに見ちまったからよ」
シルビアとドボは分かっているようだ。
働いていた会社を辞めたとしても、内部の情報を売り渡してはならない。もちろん雇用契約などで決められているが、それ自体が義理を欠くことだ。
機密情報は同業他社に喜ばれるので、行為がバレなければ良いと考える愚か者はいる。だが情報を受け取った側は、その人物に最低の評価を付けるだろう。
情報の対価で雇用されたとしても、単純作業や閑職に回される。もしくは約束を反故にされ、入社させてもらえない。
冒険者の不文律と同様だ。
「それでいいよ。本命はレイバン男爵じゃないしな」
「依頼料は?」
「カーミラ、白い貨幣を持ってきてくれ」
「持ってまーす!」
フォルトは後頭部を刺激していたカーミラから、白金貨を一枚を受け取った。
それを見たソフィアが、怪訝な表情で問いかけてくる。
「フォルト様、その白金貨は?」
「カーミラが帝国の町から奪ってきた」
「またっ!」
「大丈夫ですよお。悪い顔をした貴族からでーす!」
カーミラが適当な嘘を吐く。
悪い顔の定義は人それぞれであり、また奪って良いわけでもない。と言ってもフォルトは、魔の森に暮らし始めた頃から容認している。
双竜山の森に移動しても、それが変わることはない。
「もぅ」
「えへへ」
「この嬢ちゃんは盗賊かい?」
「失礼な。こんなに可愛い盗賊がいるか?」
「きゃー! 御主人様! ちゅ!」
カーミラの柔らかい唇が、フォルトの頬に触れた。
それと同時に、シルビアとドボは顔を引きつらせる。得体の知れない者が、更に得体が知れなくなったと言いたげだ。
森の住人の関係性が読めないのだろう。
「この森は王国領だね。帝国から盗んでるなら別に構わないと思うよ」
「盗む、ではない。奪う、です」
「同じことだよ」
「とにかく、白金貨一枚でどうだ?」
「いいのかよ!」
「俺には必要無いけど、二人には必要だよな?」
「当たり前だぜ! 十万ドルだぞ!」
(さすがはアメリカ人。ドル換算だったか。俺が召喚された当時だと、一ドルは百十円だったけどなあ)
森での生活で、金銭は無価値である。
それでもカーミラには、各貨幣を一枚ずつ持たせている。もしも奪うのが難しいようなら、その金銭で買ってもらうためだ。
そうは言っても、今までに一回も使わなかったらしい。
スキル『人形』、恐るべし。
「おっさんは何者だい?」
「同じ異世界人で日本人だよ」
「そうかい」
「依頼を受けてくれるかな?」
「内容を言ってみな。聞いてから考えるよ」
「デルヴィ伯爵を調査してもらいたい。裏の人間関係を頼む」
「ちっ。裏かい。危険な仕事だよ?」
シルビアが言ったように、これは危険な仕事だ。
表の情報ならいくらでも仕入れられるが、裏となると話は別だった。探ってるのが知られれば、彼女たちは消されるだろう。
デルヴィ伯爵はエウィ王国の有力貴族で、悪い噂しか聞かない人物だ。
「何なら必要経費も払う」
「どういうこった?」
「危険なら、他の奴を使えばいいって話だな」
「なるほどね」
シルビアとドボは冒険者なのだから、密偵のような仕事は難しいはずだ。ならば二人が、それをやれる人間を雇えば良いのだ。
ともあれフォルトは、この依頼に別に意味を込めていた。
「私たちに外の窓口をやれってことだね?」
「察しがいいな。胸が大きいだけはある」
「胸は関係無いよ。でも私を抱きたくなったのかい?」
「それは無い。まぁ依頼を受けてくれたら助かる」
「俺らは冒険者だぜ? 確かに何でも屋とも言われるけどよぉ」
「密偵を雇ってる間に冒険すればいいだろう」
「簡単に言ってくれるぜ」
「断るなら……」
口角を上げたフォルトは、テーブルに乗せた白金貨に手を伸ばす。
二人が依頼を断るのならば、もう話すことはない。無理にやってもらわなくても構わないからだ。単純な思いつきで、今後の遊びに使えるかと考えただけだ。
そして、白金貨に指が触れる寸前……。
「待ちな! 依頼は受けるけど、白金貨をもう一枚だね」
「用意しておく。この白金貨は経費ということでどうだ?」
「決まりだな」
フォルトは冷ややかな視線を向ける。
昔から金銭に無頓着であり、それを追い求める人を嫌っていた。金持ちに対する嫉妬心ではなく、人として大切なものを捨てていると考えていたからだ。
それでも金銭は、社会で生きるために必要だと知っている。
視線の先はシルビアやドボではなく、人を狂わせる白金貨だった。
「今日はゆっくりしていくといい」
「そうさせてもらうよ」
「ありがてぇ」
「ではソフィアさん、二人の相手をお願いします」
「分かりました。それと……」
「はい?」
「お尻に手が……」
「あ……」
(しまった。また悪い手が勝手に……。しかし、あのエッッッッグいパンツのおかげで生尻感触だったな。いや、実にすばらしい!)
呆れ顔のシルビアとドボからも、冷ややかな視線が飛んできた。
どうもこの癖は、一生をかけても治りそうにない。フォルトは居た堪れなくなったので、急いで席を立つ。
兎にも角にも、侵入者との対話は終わりだ。
そしてカーミラと一緒に、屋敷の中に逃げるのだった。
Copyright©2021-特攻君
感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。