異世界人の冒険者2
冒険者のシルビアとドボは、リトの町の北門で有力な情報を入手した。口止めはされていないようで、荷物の近くにいた御者は、銀貨三枚で教えてくれたのだ。
北門に積み上がった荷物は、双竜山の森に運搬されるらしい。しかも表向きは、毒野菜の廃棄という名目だった。
「ヘイ、シルビア! うまくいったな」
「ねぇ。もっと離れなよ」
「無理を言うな!」
御者からの情報をもとに、シルビアとドボは荷物に紛れ込んでいる。
毒野菜の廃棄などは、二人にとって嘘にしか聞こえなかったからだ。まず間違いなく、この荷物は異世界人の食料である。
あちらの世界では、普通に食されている野菜なのだ。
そういった理由もあって、現在は大きな樽の中で静かに身を潜めていた。
「くそっ。大きいのが一個しか無いなんてね」
「へへ。俺は嬉しいがよ。背中の感触が堪らねぇ」
「ドボ、絞め落とすよ」
「分かった分かった。スリーパーは勘弁だぜ」
樽の中ではドボの後ろに、シルビアが座っている。
狭いので密着するのは仕方無いが、彼の対面に座るのはお断りだった。絶対に体を触ってくるので、自身の後ろに座らせるのも駄目だ。
「キャロット臭せぇ」
「キャロットが入ってたんだから当たり前だよ」
「しかし揺れるぜ」
「うるさいよ。声を落としな」
「へいへい」
二人の装備品は、他の荷物に紛れ込ませていた。
戦闘になれば丸腰のうえ、身動きがとれずに捕縛されてしまう。だからこそ目的地に到着するまでは、息を潜める必要があった。
ともあれ馬車で運ばれている最中だからか、樽はガタガタと揺れている。
「まぁよ。外の様子が分からないのは困るな」
「穴を空けたら匂いでバレる可能性があるよ?」
「シルビアはいい匂いだからな」
「パパの必殺技を食らいたい?」
「いや。試合を見たことはあるが、アレは死ねる」
米国で暮らしていた頃のシルビアは、父親に護身術を習っていた。
その父親は悪役レスラーとして、対戦相手の体を壊す術に長けていた。反則を組み込んだ実戦形式で鍛えられたものだ。
後ろから抱きついてくる暴漢程度であれば、丸腰でも簡単にあしらえる。
「森に入ったかな?」
「どうだろうねぇ。とりあえず、丸一日は樽の中だよ」
「なぁシルビアよ。足ぐらいなら触ってもいいか?」
「今は駄目だよ。堪えきれないだろ?」
「違いねぇ。ビンビンになって飛び出しちまうぜ!」
こちらの世界に召喚されてからのドボは、女性に飢えていた。
モテないわけではなく、欲望を前面に出し過ぎるのだ。しかしながら、シルビアと一緒に召喚された米国人である。料理屋を営んでいるクレアやフリッツと共に、お互いは協力関係で結ばれていた。
何にせよ、友達以上恋人未満といったところだ。
「もう少し待ちな。抱かせないけど足ならいいよ」
「ヒュー!」
「静かにしな!」
そんなことを話していると、樽の揺れ方が変わった。
御者からの情報どおりなら、森の入口に置かれたのだろう。いま発見されると、半日以上も樽の中に隠れていた意味が無い。
「ゴブリンが取りに来るんだっけ?」
「御者の話が本当ならね」
「魔の森から亜人を移動させたってのは……」
「男爵の話も嘘じゃないってことだねぇ」
情報をくれた御者は、双竜山の森でゴブリンの姿を見かけたそうだ。また「領主のグリムが毒野菜を使って駆除しているのでは?」と言っていた。
御者にとっては危険な魔物だが、過去の運搬でも襲われていない。確実に効果が出ていると思い込んでいた。
これは、依頼人のレイバン男爵から聞いた情報とも一致する。
依頼対象の異世界人は魔の森に棲息していたゴブリン・オーク・オーガを、双竜山に移動させたらしい。
おそらくは、何らかの方法で手懐けているのだろうとも。
これらを総合すると、やはり樽の中に隠れるのは正解だ。ゴブリンが運ぶ荷物に紛れることで、依頼対象の異世界人に会えるだろう。
「寝るなよ?」
「分かってるぜ」
「おっ! 静かになったね」
「到着したらしいな」
「ここからは慎重にしなよ?」
「あぁ発見されたらヤバい」
どうやら双竜山の森に到着したようで、樽の揺れが収まった。ならば以降は、絶対に発見されるわけにはいかない。
相手が人間なら、何とでも言い訳はできる。しかしながら荷物を運ぶのは、魔物に分類されているゴブリンなのだ。
彼らにとって人間は食料なので、シルビアとドボは襲われる。
「しかし、バレねぇもんだな」
「シッ! 足を触っていいから静かにしなよ」
「へへ。もう黙っとくぜ」
「傷を付けるなよ?」
何かに集中していれば、口を閉じるぐらいは簡単だろう。
シルビアとしては、自慢の美脚を差し出すのは癪だった。とはいえドボは、パートナーとしてよくやっている。
これぐらいは、ご褒美というやつだ。
「ギャ、ギャッ! コレ重イ」
「手伝ウ……。重イイイィィィイイイ!」
「トレント呼ブ!」
「ギャ! 呼ブ呼ブ!」
樽の外からは、人間とは違うたどたどしい声が聞こえる。
重いと連発されて、シルビアは顔をしかめた。
それでも今は二人が身を潜める樽に、ゴブリンたちの注目が集まっている。しかも別の魔物がいるようで、ドボが肩を落とした。
「森だしな。トレントぐれぇはいるか」
「やっぱり異世界人が使役してるようだね」
トレントとは木の魔物で、その強さは大したことがない。魔物の討伐を生業とする冒険者であれば、何の問題も無く討伐できる。
その程度の知識はあるのだが、魔物の姿を思い出したシルビアは、ゲッソリとした表情に変わった。
ドボも同様のようで、溜息を吐いている。
「はぁ……。運び方が雑になりそうだぜ」
「足はお預けだよ。蓋に付いている紐を持ちな」
「ちぇ。分かったよ」
「後で交代してあげるから、今は我慢しなよ」
「へいへい」
そして暫く待っていると、樽が大きく揺れる。
ドボは名残惜しそうに、シルビアの足から手を放して紐を握った。続けて蓋が開かないように、両手で持って体重を掛ける。
これで樽が大きく揺れても、問題は無いはずだ。
「「………………」」
二人は無駄口を叩かずに、樽の中で息を潜めている。しかしながら、体は悲鳴を上げていた。狭い樽の中でジッとしてるのは、さすがに冒険者でも堪える。
それでも丸一日が過ぎたあたりで、樽の揺れが収まった。
「痛てて……。シルビア、もう樽から出てもいいんじゃねぇか?」
「もう少し待ちなよ。ここまで来て失敗なんてしたくないわ」
「体が固まって痛てえんだよ!」
「私だってそうだよ!」
「なら樽に穴を空けて、外を確認しねぇか?」
「そうしようかね。でも慎重にやりなよ」
「へへ。任せときな」
ドボが懐から小道具を取り出して、樽に小さな穴をあけた。
その間もシルビアの足を触ってくるが、後頭部を小突いて止めさせる。交代で紐を持ったときに、十分すぎるほど楽しんだはずだ。
「さっさと穴を覗きな!」
「へいへい。んと……。何かの建物の中だな」
「倉庫だろうね。周囲に誰かいそうかい?」
「いねぇな。気配もしねぇぜ」
「そうかい。なら外に出て隠れるとしようかね」
「その言葉を待ってたぜ!」
二人は静かに蓋を持ち上げて、周囲の様子を窺う。
そして同じく運ばれていた荷物の裏に隠れて、ゆっくりと体をほぐした。
「ふぅ。何とか侵入できたね」
「くそ! 体じゅうが悲鳴をあげてやがる」
「ゴリゴリと音を立てるんじゃないよ!」
「装備を隠した荷物はどこだ?」
「ちょうど目の前の箱だよ。私のもよろしくね」
シルビアとドボは、箱から取り出した武具を装備する。
二人が愛用している皮鎧は、音を立てないうえに脱着が楽だった。武器は何の変哲もない鉄の剣である。
そして倉庫の周囲を確認しながら、これからの行動を決める。
「倉庫の外に、旧校舎のような建物があるぜ」
「趣味は悪いが、まぁ異世界人の屋敷だろうね」
「テラスまでありやがる。いい身分だぜ」
「得体の知れない奴だね」
「どうするよ?」
この場で待機するか、倉庫を出て異世界人と会うか。
本来なら後者だが、シルビアとドボは侵入者なのだ。招かれざる客になるので、正面から屋敷に向かえば不利になる。
それに……。
「今は夕方かぁ」
「腹が減ってきたな」
「キャロットでも食っときなよ。それよりも……」
倉庫の外からは、赤みのある光が差し込んでいる。ということは屋敷の住人が、夕飯用の食材を取りにくる可能性があった。
シルビアとしてはさりげなく登場することで、遭難者を装いたいところだ。
「倉庫から出て、森の中で一夜を明かすわ」
「ま、待て! 誰かが近づいてきたようだぜ」
「ちっ。身を隠すよ」
シルビアとドボは腰を落としながら、荷物の裏に急いで戻る。
この場はやり過ごして、周囲に生えている樹木の裏に移動したいところだ。しかしながら、住人の情報を得るチャンスとも言える。
要は発見されなければ良いので、まずは聞き耳を立てるのだった。
◇◇◇◇◇
ソフィアと別れたレイナスは、屋敷の食堂に向かった。
そこではマリアンデールとルリシオンが、夕食の仕込みをしている。と言っても、姉のほうはお察しだった。
妹の作業にうっとりしながら、その細い腰に腕を回している。
誰がどう見ても、邪魔をしているとしか思えない。
「ルリは仕込みの最中かしら?」
「あらレイナスちゃん。手伝いにきてくれたのお?」
「ですわね。それとグリム様が送ってくれた毒野菜が到着したわ」
「なら追加で取りに行くわあ。一緒に来てえ」
「分かりましたわ」
「ふーん。じゃあ野菜を洗っておいてあげるわ」
「お姉ちゃんに任せるわあ。すぐ戻るからねえ」
わざとらしく手伝いを始めたマリアンデールは、ルリシオンの邪魔をしていた自覚はあるようだ。
もしくは、妹成分の補充は終わったか。
料理に関しては、同じ趣味を持つレイナスとの会話に入れない。ならばと溺愛している妹のために、良き姉を演じているようだ。
「マリは相変わらずですわね」
「一緒にいるのは好きなんだけどねえ」
「今日の夕飯は何を?」
「野菜尽くしにするわよお」
「ヘルシーですわね」
「フォルトのためにねえ」
料理長と化しているルリシオンは、身内の健康にも気を配っていた。
フォルト好みの女性であり続けるために、スタイルの維持は基本である。もちろん戦闘面も考えているので、バランスの良い食事を作る。
「そのとおりですわ。主食は任せますので、私は副菜を作りますわね」
「助かるわあ。主食は玉ねぎとゴボウのボアバラ巻きねえ」
「それなら副菜として、大根と人参のスープにしますわ」
「いいわねえ。やっぱり趣味が合うわあ」
「まったくですわ」
ちなみに野菜の名称は、フォルトから教えてもらった。本来の名称はあるが、あちらの世界に合わせてあげるのが良き身内。
ともあれ二人はニコニコと笑みを浮かべながら、屋敷を出て倉庫に向かう。趣味の一致は種族を越える、とでも言いたげだ。
そして屋敷を出たところから、ルリシオンの表情が徐々に曇ってくる。
「レイナスちゃん、ちょっと止まってえ」
「どうかしたかしら?」
「気付かなあい?」
「何が、でしょうか?」
「そっかあ。レイナスちゃんは使えないのねえ」
口角を上げたルリシオンは、ウンウンと頷いている。
そして、レイナスと向き合った。
「そうねえ。なら目を閉じて、自分の魔力を感じてみなさあい」
「分かりましたわ」
とりあえずレイナスは、ルリシオンから言われたとおりに目を閉じる。
魔法を扱うには、自身の魔力が必要なのは言うまでもない。だからこそ認識する方法は、魔法学園で習っていた。
しかし、ここから先は……。
「魔力を広げられるかしらあ?」
「広げる、ですか?」
「水泡を膨らませるイメージねえ」
「なるほど。こ、こうかしら?」
単純な言葉でも、ルリシオンの説明は分かりやすかった。
レイナスは即座に理解して、自身の魔力を広げていく。すると、同質の何かを捉えた感触を覚える。
それは広げた魔力が、異物に触れたかのようだった。異物は動かないが更に広げると、魔力の中にそれがあるとできる。といった、あやふやな感覚だ。
「あはっ! 飲み込みが早いわねえ」
「この異物らしきものは何かしら?」
「私よお。今はそれだけに集中してねえ」
「はい」
レイナスの広げた魔力というのが、魔力結界と呼ばれるものだ。
魔力探知に使われる魔法技術で、結界内に存在する他者の魔力を感知できた。また魔力結界については、個人の認識によって異なる感覚を持つ。
ルリシオンは水泡と表現したが、膜と認識する人もいる。渦と捉える者もいるし、網と捉える者もいる。とはいえ、実質は同じものだ。
そして学生に扱える技術ではないので、魔法学園では教えていない。
基本的には卒業後に、熟練の魔法使いに教えを乞う。私塾を開いている者や軍関係者、または冒険者など。先輩となる魔法使いに師事すれば良い。
習得も難しいので、本来ならすぐには扱えない。
「次はねえ。倉庫の中まで水泡を広げなさあい」
「………………。あら。二つの異物がありますわね」
「あはっ! 本当に優秀ねえ。天才と言われていたんだっけえ?」
「お恥ずかしいですわ」
「その異物はねえ。森で暮らす者ではないわよお」
「では侵入者ということですわね」
二人が侵入者に気付いたことを、相手には気付かれていないようだ。
レイナスが捕捉した二つの異物は、倉庫の中で微動だにしていない。しかも何となくだが、聞き耳を立てられている感じがした。
「どうするう?」
どのように対処するか、レイナスとルリシオンは悩む。「捕縛」か「殺害」になるが、フォルトの基本方針は「追い返す」だ。
それにしても、敷地内まで侵入した者は初めてだった。
「どちらでも良いと思いますわ。フォルト様は怒らないですわよ」
「そうねえ。なら……」
魔人フォルトは、七つの大罪の一つ憤怒を持っている。にもかかわらず二人は、今まで怒ったところを見たことがない。
それを踏まえたうえで、ルリシオンは侵入者に対する方針を決めたようだ。
もちろん、レイナスとしても賛成できる内容だった。ならばと聖剣ロゼを、腰に差してある鞘から抜き放つのだった。
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