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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔
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異世界人の冒険者2

 冒険者のシルビアとドボは、リトの町の北門で有力な情報を入手した。口止めはされていないようで、荷物の近くにいた御者は、銀貨三枚で教えてくれたのだ。

 北門に積み上がった荷物は、双竜山の森に運搬されるらしい。しかも表向きは、毒野菜の廃棄という名目だった。


「ヘイ、シルビア! うまくいったな」

「ねぇ。もっと離れなよ」

「無理を言うな!」


 御者からの情報をもとに、シルビアとドボは荷物に紛れ込んでいる。

 毒野菜の廃棄などは、二人にとってうそにしか聞こえなかったからだ。まず間違いなく、この荷物は異世界人の食料である。

 あちらの世界では、普通に食されている野菜なのだ。

 そういった理由もあって、現在は大きなたるの中で静かに身を潜めていた。


「くそっ。大きいのが一個しか無いなんてね」

「へへ。俺はうれしいがよ。背中の感触が堪らねぇ」

「ドボ、絞め落とすよ」

「分かった分かった。スリーパーは勘弁だぜ」


 樽の中ではドボの後ろに、シルビアが座っている。

 狭いので密着するのは仕方無いが、彼の対面に座るのはお断りだった。絶対に体を触ってくるので、自身の後ろに座らせるのも駄目だ。


「キャロット臭せぇ」

「キャロットが入ってたんだから当たり前だよ」

「しかし揺れるぜ」

「うるさいよ。声を落としな」

「へいへい」


 二人の装備品は、他の荷物に紛れ込ませていた。

 戦闘になれば丸腰のうえ、身動きがとれずに捕縛されてしまう。だからこそ目的地に到着するまでは、息を潜める必要があった。

 ともあれ馬車で運ばれている最中だからか、樽はガタガタと揺れている。


「まぁよ。外の様子が分からないのは困るな」

「穴を空けたら匂いでバレる可能性があるよ?」

「シルビアはいい匂いだからな」

「パパの必殺技を食らいたい?」

「いや。試合を見たことはあるが、アレは死ねる」


 米国で暮らしていた頃のシルビアは、父親に護身術を習っていた。

 その父親は悪役レスラーとして、対戦相手の体を壊す術に長けていた。反則を組み込んだ実戦形式で鍛えられたものだ。

 後ろから抱きついてくる暴漢程度であれば、丸腰でも簡単にあしらえる。


「森に入ったかな?」

「どうだろうねぇ。とりあえず、丸一日は樽の中だよ」

「なぁシルビアよ。足ぐらいなら触ってもいいか?」

「今は駄目だよ。堪えきれないだろ?」

「違いねぇ。ビンビンになって飛び出しちまうぜ!」


 こちらの世界に召喚されてからのドボは、女性に飢えていた。

 モテないわけではなく、欲望を前面に出し過ぎるのだ。しかしながら、シルビアと一緒に召喚された米国人である。料理屋を営んでいるクレアやフリッツと共に、お互いは協力関係で結ばれていた。

 何にせよ、友達以上恋人未満といったところだ。


「もう少し待ちな。抱かせないけど足ならいいよ」

「ヒュー!」

「静かにしな!」


 そんなことを話していると、樽の揺れ方が変わった。

 御者からの情報どおりなら、森の入口に置かれたのだろう。いま発見されると、半日以上も樽の中に隠れていた意味が無い。


「ゴブリンが取りに来るんだっけ?」

「御者の話が本当ならね」

「魔の森から亜人を移動させたってのは……」

「男爵の話も嘘じゃないってことだねぇ」


 情報をくれた御者は、双竜山の森でゴブリンの姿を見かけたそうだ。また「領主のグリムが毒野菜を使って駆除しているのでは?」と言っていた。

 御者にとっては危険な魔物だが、過去の運搬でも襲われていない。確実に効果が出ていると思い込んでいた。

 これは、依頼人のレイバン男爵から聞いた情報とも一致する。

 依頼対象の異世界人は魔の森に棲息せいそくしていたゴブリン・オーク・オーガを、双竜山に移動させたらしい。

 おそらくは、何らかの方法で手懐けているのだろうとも。

 これらを総合すると、やはり樽の中に隠れるのは正解だ。ゴブリンが運ぶ荷物に紛れることで、依頼対象の異世界人に会えるだろう。


「寝るなよ?」

「分かってるぜ」

「おっ! 静かになったね」

「到着したらしいな」

「ここからは慎重にしなよ?」

「あぁ発見されたらヤバい」


 どうやら双竜山の森に到着したようで、樽の揺れが収まった。ならば以降は、絶対に発見されるわけにはいかない。

 相手が人間なら、何とでも言い訳はできる。しかしながら荷物を運ぶのは、魔物に分類されているゴブリンなのだ。

 彼らにとって人間は食料なので、シルビアとドボは襲われる。


「しかし、バレねぇもんだな」

「シッ! 足を触っていいから静かにしなよ」

「へへ。もう黙っとくぜ」

「傷を付けるなよ?」


 何かに集中していれば、口を閉じるぐらいは簡単だろう。

 シルビアとしては、自慢の美脚を差し出すのはしゃくだった。とはいえドボは、パートナーとしてよくやっている。

 これぐらいは、ご褒美というやつだ。


「ギャ、ギャッ! コレ重イ」

「手伝ウ……。重イイイィィィイイイ!」

「トレント呼ブ!」

「ギャ! 呼ブ呼ブ!」


 樽の外からは、人間とは違うたどたどしい声が聞こえる。

 重いと連発されて、シルビアは顔をしかめた。

 それでも今は二人が身を潜める樽に、ゴブリンたちの注目が集まっている。しかも別の魔物がいるようで、ドボが肩を落とした。


「森だしな。トレントぐれぇはいるか」

「やっぱり異世界人が使役してるようだね」


 トレントとは木の魔物で、その強さは大したことがない。魔物の討伐を生業とする冒険者であれば、何の問題も無く討伐できる。

 その程度の知識はあるのだが、魔物の姿を思い出したシルビアは、ゲッソリとした表情に変わった。

 ドボも同様のようで、溜息ためいきを吐いている。


「はぁ……。運び方が雑になりそうだぜ」

「足はお預けだよ。蓋に付いているひもを持ちな」

「ちぇ。分かったよ」

「後で交代してあげるから、今は我慢しなよ」

「へいへい」


 そして暫く待っていると、樽が大きく揺れる。

 ドボは名残惜しそうに、シルビアの足から手を放して紐を握った。続けて蓋が開かないように、両手で持って体重を掛ける。

 これで樽が大きく揺れても、問題は無いはずだ。


「「………………」」


 二人は無駄口をたたかずに、樽の中で息を潜めている。しかしながら、体は悲鳴を上げていた。狭い樽の中でジッとしてるのは、さすがに冒険者でも堪える。

 それでも丸一日が過ぎたあたりで、樽の揺れが収まった。


「痛てて……。シルビア、もう樽から出てもいいんじゃねぇか?」

「もう少し待ちなよ。ここまで来て失敗なんてしたくないわ」

「体が固まって痛てえんだよ!」

「私だってそうだよ!」

「なら樽に穴を空けて、外を確認しねぇか?」

「そうしようかね。でも慎重にやりなよ」

「へへ。任せときな」


 ドボが懐から小道具を取り出して、樽に小さな穴をあけた。

 その間もシルビアの足を触ってくるが、後頭部を小突いて止めさせる。交代で紐を持ったときに、十分すぎるほど楽しんだはずだ。


「さっさと穴をのぞきな!」

「へいへい。んと……。何かの建物の中だな」

「倉庫だろうね。周囲に誰かいそうかい?」

「いねぇな。気配もしねぇぜ」

「そうかい。なら外に出て隠れるとしようかね」

「その言葉を待ってたぜ!」


 二人は静かに蓋を持ち上げて、周囲の様子をうかがう。

 そして同じく運ばれていた荷物の裏に隠れて、ゆっくりと体をほぐした。


「ふぅ。何とか侵入できたね」

「くそ! 体じゅうが悲鳴をあげてやがる」

「ゴリゴリと音を立てるんじゃないよ!」

「装備を隠した荷物はどこだ?」

「ちょうど目の前の箱だよ。私のもよろしくね」


 シルビアとドボは、箱から取り出した武具を装備する。

 二人が愛用している皮(よろい)は、音を立てないうえに脱着が楽だった。武器は何の変哲もない鉄の剣である。

 そして倉庫の周囲を確認しながら、これからの行動を決める。


「倉庫の外に、旧校舎のような建物があるぜ」

「趣味は悪いが、まぁ異世界人の屋敷だろうね」

「テラスまでありやがる。いい身分だぜ」

「得体の知れない奴だね」

「どうするよ?」


 この場で待機するか、倉庫を出て異世界人と会うか。

 本来なら後者だが、シルビアとドボは侵入者なのだ。招かれざる客になるので、正面から屋敷に向かえば不利になる。

 それに……。


「今は夕方かぁ」

「腹が減ってきたな」

「キャロットでも食っときなよ。それよりも……」


 倉庫の外からは、赤みのある光が差し込んでいる。ということは屋敷の住人が、夕飯用の食材を取りにくる可能性があった。

 シルビアとしてはさりげなく登場することで、遭難者を装いたいところだ。


「倉庫から出て、森の中で一夜を明かすわ」

「ま、待て! 誰かが近づいてきたようだぜ」

「ちっ。身を隠すよ」


 シルビアとドボは腰を落としながら、荷物の裏に急いで戻る。

 この場はやり過ごして、周囲に生えている樹木の裏に移動したいところだ。しかしながら、住人の情報を得るチャンスとも言える。

 要は発見されなければ良いので、まずは聞き耳を立てるのだった。



◇◇◇◇◇



 ソフィアと別れたレイナスは、屋敷の食堂に向かった。

 そこではマリアンデールとルリシオンが、夕食の仕込みをしている。と言っても、姉のほうはお察しだった。

 妹の作業にうっとりしながら、その細い腰に腕を回している。

 誰がどう見ても、邪魔をしているとしか思えない。


「ルリは仕込みの最中かしら?」

「あらレイナスちゃん。手伝いにきてくれたのお?」

「ですわね。それとグリム様が送ってくれた毒野菜が到着したわ」

「なら追加で取りに行くわあ。一緒に来てえ」

「分かりましたわ」

「ふーん。じゃあ野菜を洗っておいてあげるわ」

「お姉ちゃんに任せるわあ。すぐ戻るからねえ」


 わざとらしく手伝いを始めたマリアンデールは、ルリシオンの邪魔をしていた自覚はあるようだ。

 もしくは、妹成分の補充は終わったか。

 料理に関しては、同じ趣味を持つレイナスとの会話に入れない。ならばと溺愛している妹のために、良き姉を演じているようだ。


「マリは相変わらずですわね」

「一緒にいるのは好きなんだけどねえ」

「今日の夕飯は何を?」

「野菜尽くしにするわよお」

「ヘルシーですわね」

「フォルトのためにねえ」


 料理長と化しているルリシオンは、身内の健康にも気を配っていた。

 フォルト好みの女性であり続けるために、スタイルの維持は基本である。もちろん戦闘面も考えているので、バランスの良い食事を作る。


「そのとおりですわ。主食は任せますので、私は副菜を作りますわね」

「助かるわあ。主食は玉ねぎとゴボウのボアバラ巻きねえ」

「それなら副菜として、大根と人参のスープにしますわ」

「いいわねえ。やっぱり趣味が合うわあ」

「まったくですわ」


 ちなみに野菜の名称は、フォルトから教えてもらった。本来の名称はあるが、あちらの世界に合わせてあげるのが良き身内。

 ともあれ二人はニコニコと笑みを浮かべながら、屋敷を出て倉庫に向かう。趣味の一致は種族を越える、とでも言いたげだ。

 そして屋敷を出たところから、ルリシオンの表情が徐々に曇ってくる。


「レイナスちゃん、ちょっと止まってえ」

「どうかしたかしら?」

「気付かなあい?」

「何が、でしょうか?」

「そっかあ。レイナスちゃんは使えないのねえ」


 口角を上げたルリシオンは、ウンウンとうなずいている。

 そして、レイナスと向き合った。


「そうねえ。なら目を閉じて、自分の魔力を感じてみなさあい」

「分かりましたわ」


 とりあえずレイナスは、ルリシオンから言われたとおりに目を閉じる。

 魔法を扱うには、自身の魔力が必要なのは言うまでもない。だからこそ認識する方法は、魔法学園で習っていた。

 しかし、ここから先は……。


「魔力を広げられるかしらあ?」

「広げる、ですか?」

「水泡を膨らませるイメージねえ」

「なるほど。こ、こうかしら?」


 単純な言葉でも、ルリシオンの説明は分かりやすかった。

 レイナスは即座に理解して、自身の魔力を広げていく。すると、同質の何かを捉えた感触を覚える。

 それは広げた魔力が、異物に触れたかのようだった。異物は動かないが更に広げると、魔力の中にそれがあるとできる。といった、あやふやな感覚だ。


「あはっ! 飲み込みが早いわねえ」

「この異物らしきものは何かしら?」

「私よお。今はそれだけに集中してねえ」

「はい」


 レイナスの広げた魔力というのが、魔力結界と呼ばれるものだ。

 魔力探知に使われる魔法技術で、結界内に存在する他者の魔力を感知できた。また魔力結界については、個人の認識によって異なる感覚を持つ。

 ルリシオンは水泡と表現したが、膜と認識する人もいる。渦と捉える者もいるし、網と捉える者もいる。とはいえ、実質は同じものだ。

 そして学生に扱える技術ではないので、魔法学園では教えていない。

 基本的には卒業後に、熟練の魔法使いに教えを乞う。私塾を開いている者や軍関係者、または冒険者など。先輩となる魔法使いに師事すれば良い。

 習得も難しいので、本来ならすぐには扱えない。


「次はねえ。倉庫の中まで水泡を広げなさあい」

「………………。あら。二つの異物がありますわね」

「あはっ! 本当に優秀ねえ。天才と言われていたんだっけえ?」

「お恥ずかしいですわ」

「その異物はねえ。森で暮らす者ではないわよお」

「では侵入者ということですわね」


 二人が侵入者に気付いたことを、相手には気付かれていないようだ。

 レイナスが捕捉した二つの異物は、倉庫の中で微動だにしていない。しかも何となくだが、聞き耳を立てられている感じがした。


「どうするう?」


 どのように対処するか、レイナスとルリシオンは悩む。「捕縛」か「殺害」になるが、フォルトの基本方針は「追い返す」だ。

 それにしても、敷地内まで侵入した者は初めてだった。


「どちらでも良いと思いますわ。フォルト様は怒らないですわよ」

「そうねえ。なら……」


 魔人フォルトは、七つの大罪の一つ憤怒を持っている。にもかかわらず二人は、今まで怒ったところを見たことがない。

 それを踏まえたうえで、ルリシオンは侵入者に対する方針を決めたようだ。

 もちろん、レイナスとしても賛成できる内容だった。ならばと聖剣ロゼを、腰に差してあるさやから抜き放つのだった。

Copyright©2021-特攻君

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