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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔
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異世界人の冒険者1

 エウィ王国のグリム領には、グリムブルグという都市がある。名称の由来は、寿命を延ばしてまで王国に貢献している宮廷魔術師の名前だ。

 そして都市の周辺には、中規模の町も存在している。まるで五芒星ごぼうせいを描くような配置なので、その魔法使いに守護されていると感じられた。


「ヘイ、シルビア。諦めるかい?」

「ノー。諦めるわけないわよ」


 グリムブルグを取り囲む五芒星の一角。

 北にあるリトの町に、二人の冒険者が訪れていた。現在は町の酒場で、木製のジョッキを片手に愚痴をこぼしている。


「何回トライしても駄目だぜ」

「丸一日は歩かされて、入口に戻されるなんてね」

「きっと魔法か何かだろうな」

「その異世界人。棒になった足でドロップキックを見舞いたいわ」

「へへっ。俺もタックルを決めてねぇな」


 酒場で飲んでいる二人は、冒険者のシルビアとドボだった。

 レイバン男爵からの依頼として、双竜山の森で暮らす異世界人を連れていくのが仕事である。簡単な依頼だと思っていたが、幸先は良くない。

 まず二人は、普通に正面から森に入った。しかしながらいくら進んでも、森の入口に戻されるのだ。

 まるで、侵入者を拒むかのように……。


「正攻法じゃ駄目ね」

「だな。やっぱ双竜山から行くか? 立入禁止って言われたけどよ」

「昨日の兵士だね。冒険者たるもの、そんなものを守ってどうすんだい?」


 兵士からの注意など、行儀よく守る冒険者などいない。法を犯す内容だと冒険者ギルドの規約に触れるが、ギリギリのところまではやる。

 双竜山の森には、左右の山からも侵入できた。巡回中の兵士に止められたが、登山口をすべて見回っているわけではない。

 魔物に襲われるだけで、罰則は無いのだ。


「やめておきな」

「うん?」


 二人の会話に、酒場のマスターが割り込んできた。

 冒険者にとって、酒場での情報収集は基本である。もちろん酒場のマスターも、そのことを理解して声をかけてきたのだ。

 情報の提供は、臨時収入になる。


「なぜだ?」

「双竜山での巡回は、オメエらが来てからだ。目を付けられてるぜ」

「そうなのか?」

「以前はやってなかったしな」

「ちっ。迷わせてるうえに通報ってか?」

「本来は山じゃなくて、森が立入禁止なんだよ。町の人間は守ってるぜ」

「誰も破らねえのか?」

「グリム様からの通達だ。わざわざ破らねぇよ」

「ほう。尊敬されてんだな」

「そりゃあな。貴族が言っても聞かねぇが、グリム様なら違うぜ」


 グリム家は領民に慕われている。

 宮廷魔術師グリムや息子のソネンは、領民側に立った政策を採っている。困窮した者には、屋敷の財産を処分してでも支援していた。

 ソフィアに至っては、自分の娘のような目で見られている。


「依頼人が誰だか知らねぇけどよ。諦めな」

「そうはいかないねぇ。こっちも生活が懸かってるからね」

「だが、双竜山はやめたほうがいいぜ? 魔物や亜人に殺されるぞ!」

「バグベアとコボルトなら何とかなるよ」

「いや。残念ながらオーガもいるぜ」

「西側だけじゃなかったっけ?」

「飲みにきた兵士に聞いたが、東側にも移動したって話だ」

「あちゃあ! じゃあ駄目ね」


 シルビアとドボであれば、オーガが一体なら勝てるかもしれない。だが二体以上いれば、確実に負けてしまう。

 また双竜山には、バグベアやコボルトも存在する。

 もちろん二人は、敵と一体しか遭遇しない確率に賭けるほど馬鹿ではない。


「情報をありがとね」


 シルビアが銀貨三枚を取り出して、酒場のマスターに渡した。約三十ドルだが、この程度の情報なら十分だろう。

 その証拠に、ニコニコと笑顔を浮かべている。


「騒ぎを起こすなよ?」

「分かってるわ」


 二人は食事の清算をして酒場を出たが、先行きは暗い。

 森の奥まで侵入できないと、依頼人が望む異世界人に会えない。とはいえ酒場のマスターの言ったとおり、双竜山からの侵入は命の危険を伴う。だからと言って再び森に向かっても、入口に戻されるのがオチだろう。

 今のところは八方塞がりだ。


「どうすんだ?」

「大金貨一枚の仕事よ? 諦められないでしょ」

「そうだな。依頼内容にしちゃ高けぇ」


 指定された異世界人を連れていくだけで、大金が転がり込む。

 冒険者ギルドでは、これほど見入りが良い依頼など滅多にない。暫くは、裕福な暮らしができる。だからこそ、チャレンジするべき案件なのだ。

 諦めるにはまだ早い。


「そういや気になってたんだけどよぉ」

「どうしたのドボ?」

「北門に積まれてる荷物ってよ。どこ行きだ?」


 ドボの視線の先には、木箱が大量に積まれている。馬や荷車も用意されており、まず間違いなく町の外に運ばれる荷物だった。

 その木箱の一つに、御者らしき男性が座っている。


「北に町なんか無いわね」

「村も無ぇよ。他には……。まさか!」

「ふふっ。きっとビンゴだよ」

「ならよ。情報を仕入れようぜ」

「善は急げだね」


 シルビアとドボは、顔を見合わせてうなずき合う。

 それから何食わぬ顔で、御者に近寄っていった。もしも期待どおりなら、有益な情報が入手できるはずだ。

 出費はかさむが、酒場のマスターのように、数枚の銀貨を握らせれば良いだろう。と思った二人はフレンドリーに、男性と会話を始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトが住まう双竜山の森では、和やかな日々が続いている。

 そこに身を寄せているソフィアは木製のカップを持って、テラスで寛いでいた。また対面に座るレイナスは、ティーポットから芳醇ほうじゅんな香りが漂うお茶を注いでいる。

 二人は優雅に、アフタヌーンティーを楽しんでいる最中だった。


「レイナス様」

「私はローイン家を廃嫡された身。敬称は要らないですわよ?」

「では私も同様です。聖女を剥奪はくだつされましたので……」

「ふふっ。ソフィアさんは神様に振り回されていますわね」

「レイナスさんはフォルト様に……」

「そのおかげで、私は幸せですわ」

「本当に好いていらっしゃるのですね」

「はい。ソフィアさんにも理解できるときが訪れると思いますわ」


 元聖女と元伯爵令嬢である。

 貴族の子息たちが見れば、目の保養となる光景だった。彼女たちに名乗りを上げて、お近づきになろうと躍起になるはずだ。

 どちらも、婚姻相手として狙われていたのだから……。


「グリム様は何と?」

「要望どおりに、双竜山の麓を巡回する兵士を配置してくれたようです」

「結構ですわね。フォルト様の心も休まると思いますわ」

「他にも差し入れとして、毒野菜を送ってくれたようです」

「あら。畑で栽培されておりますのに……」

「ふふっ。フォルト様は暴食ですからね」


 そもそもソフィアは魔法使いであり、フォルトと同様に召喚魔法を習得している。しかしながらレベルが低いので、弱い魔物や獣しか使役できない。

 そしてハーモニーバードを召喚して、実家との連絡に使っていた。美しい鳴き声が特徴的な白い鳥で、平和の象徴にもなっている。

 日本でいうところのはとである。


「ドライアドには?」

「伝えました。そろそろ到着するのではないでしょうか」

「ルリの料理が楽しみですわね」


 双竜山の森には、魔の森から移動させたゴブリンたちが生活している。

 それを管理するのは、フォルトに使役されている森の精霊ドライアドだ。彼女に伝えておけば、森に届けられた食材を運んでくれる。


「レイナスさん」

「どうかされましたか?」

「聖剣の具合はいかがですか?」

「武器としては扱いやすく、切れ味が抜群ですわね」

「もう使用者と認められたのですか?」

「残念ですが、まだ認められていないですわ」


 レイナスが所有する聖剣ロゼは、意思を持つインテリジェンス・ソード。

 本来の力を発揮させるには、使用者として認められなければならない。とはいえ彼女は実力が足りず、現在は試用期間中である。

 そして自動狩りが行えない今は、毎日のように包丁として使われていた。

 本来の使い方ではないので、文句を言ってくるらしいが……。


「聖剣はお互いが認め合えれば、最高の力を引き出せます」

「そうなのですか?」

「昔の仲間が使っていましたよ」

「魔王を倒した勇者チームの戦士でしたわね」

「はい。今は旅に出ています」


 当時の勇者チームには、聖剣を扱う戦士がいた。

 もちろん異世界人で、プロシネンという男性である。ギッシュのような盾職戦士ではないが、聖剣に認められるほどの腕前を持つ。


「認め合う、ですか」

「難しそうですか?」

「今も「さっさと強くなりなさいよ! ムキー!」と言っていますわ」

「そ、そうですか」


 聖剣ロゼの声は、残念ながらレイナスにしか聞こえない。しかも自己表現が激しいのか、とても騒がしいらしい。

 脳内に直接伝わるので、耳を塞いでも意味は無いそうだ。


「あ……。ソフィアさんには、こちらをお渡ししておきますわ」

「え?」


 ソフィアは何の変哲もない紙袋を、レイナスから受け取った。

 以前にも頂いた記憶があり、中身が想像できてしまう。


「下着ですわ」

「や、やっぱり……」

「色付きが完成しましたので、今のうちに渡しておきますわね」

「あの……」

「はい?」

「なぜフォルト様は、私に下着を渡されるのでしょうか?」

「芸術だそうですわよ」

「芸術?」

「チラリズムの追求と言っておられましたわ」


 受け取った紙袋を開くと、パンツと一緒にブラジャーも入っていた。

 さすがにこの場では取り出さないが、ソフィアはほほに熱を帯びてしまう。渡されたということは、それらを着用しないと失礼にあたる。

 少なくとも、自身はそう考えていた。

 たとえ、一度は見られてしまったとしても……。


「フォルト様は?」

「アーシャの部屋に籠っていますわね」

「まあ!」

「抱いているのではなく、服のデザインを決めているようですわよ?」

「っ!」

「ふふっ。気になりますか?」

「いっ、いえ!」


 どうも最近のソフィアは、この種の勘違いが多くなっているようだ。

 今までは家族の愛に包まれながら、聖女としての仕事をこなしていた。また勇者アルフレッドと共に冒険したときは、周囲の人間が気を遣っていた。

 要は、男女の関係とは無縁だったのだ。フォルトたちの――淫らな――生活は、物凄く刺激が強かった。

 ともあれレイナスの言葉が、現実に引き戻す。


「ソフィアさんを取り巻く環境は特殊ですわね」

「はい」

「デルヴィ伯爵次第でしょうが、暫くは滞在する必要がありますわ」

「そうなりますね」


 デルヴィ伯爵については、ソフィアではどうすることもできない。仕かけてくる相手に流れを任せるのはいただけないが、もう家族を信じるしかないのだ。

 うまくさばいてもらえれば、元の生活に戻れる日が来るだろう。

 そう身を引き締めたところで、レイナスが突拍子もないことを口にした。


「ですので、フォルト様を選ぶのも良いと思いますわ」

「はぇ?」


 冗談か本気か。

 レイナスの言葉に対して、ソフィアは呆気あっけにとられてしまう。

 つまりフォルトに抱かれて、身も心もささげろと言っているのだ。赤の他人としてではなく、魔人の身内として守ってもらえと……。

 内容が意外すぎて、どう返したら良いか迷う。しかしながら、会話にはまだ続きがあるようだった。


「ソフィアさんは宮廷魔術師グリム様の孫娘ですわ」

「え、えぇ……」

「残念ながら、フォルト様の子は身籠れません」

「魔人は完結した種族と聞きましたね」

「ですが女性の幸せは、女性としての喜びを与えてもらうことですわ!」

「………………」

「その幸せを、私はフォルト様から頂いていますわ」

「えっと……」


 子供を身籠れないのは致命的だ。

 ソフィアに弟か妹がいれば違うだろうが、グリム家を潰すことになる。将来的にはソネンやフィオレの一人娘として、他家から婿を迎えるだろう。

 もちろん自身が、フォルトをどう思ってるかも重要である。

 特に嫌いではないが、別に好きでもない。今は恋愛対象として見ていないのだ。友達としてなら良いが、恋人となると話が変わってくる。

 それに相手は魔人なので、種族すら違っていた。


「ふふっ。考える時間はたっぷりとありますわ」

「………………」

「あら。荷物が届いたようですわよ」

「え?」


 話題を変えるように、レイナスが南に顔を向けた。

 そしてソフィアは、彼女の視線の先を追いかける。すると、荷物を持ったトレントやゴブリンが歩いていた。

 グリム家から届けられた毒野菜だろう。


「では私は、ルリと一緒に食材を見繕いますわね。楽しかったですわ」

「はい。お付き合いをありがとうございました」


 タイミングが良いのか、レイナスは茶を飲み干したところだった。同時に椅子から立ち上がって、屋敷の中に入っていく。

 きっと食堂では、魔族の姉妹が遊んでいるだろう。

 それにしても、赤面するような話を振られたものだ。


「はぁ……」


 こちらの世界では、歳の離れた結婚は珍しくもない。

 齢六十を越えたデルヴィ伯爵は、十七歳のミリアをめとっている。とはいえフォルトの場合は特殊すぎるので、ソフィアが嫁ぐことはないだろう。

 それでも無縁だった恋愛話に、空を見上げて口元を緩めるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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