異世界人の冒険者1
エウィ王国のグリム領には、グリムブルグという都市がある。名称の由来は、寿命を延ばしてまで王国に貢献している宮廷魔術師の名前だ。
そして都市の周辺には、中規模の町も存在している。まるで五芒星を描くような配置なので、その魔法使いに守護されていると感じられた。
「ヘイ、シルビア。諦めるかい?」
「ノー。諦めるわけないわよ」
グリムブルグを取り囲む五芒星の一角。
北にあるリトの町に、二人の冒険者が訪れていた。現在は町の酒場で、木製のジョッキを片手に愚痴をこぼしている。
「何回トライしても駄目だぜ」
「丸一日は歩かされて、入口に戻されるなんてね」
「きっと魔法か何かだろうな」
「その異世界人。棒になった足でドロップキックを見舞いたいわ」
「へへっ。俺もタックルを決めてねぇな」
酒場で飲んでいる二人は、冒険者のシルビアとドボだった。
レイバン男爵からの依頼として、双竜山の森で暮らす異世界人を連れていくのが仕事である。簡単な依頼だと思っていたが、幸先は良くない。
まず二人は、普通に正面から森に入った。しかしながらいくら進んでも、森の入口に戻されるのだ。
まるで、侵入者を拒むかのように……。
「正攻法じゃ駄目ね」
「だな。やっぱ双竜山から行くか? 立入禁止って言われたけどよ」
「昨日の兵士だね。冒険者たるもの、そんなものを守ってどうすんだい?」
兵士からの注意など、行儀よく守る冒険者などいない。法を犯す内容だと冒険者ギルドの規約に触れるが、ギリギリのところまではやる。
双竜山の森には、左右の山からも侵入できた。巡回中の兵士に止められたが、登山口をすべて見回っているわけではない。
魔物に襲われるだけで、罰則は無いのだ。
「やめておきな」
「うん?」
二人の会話に、酒場のマスターが割り込んできた。
冒険者にとって、酒場での情報収集は基本である。もちろん酒場のマスターも、そのことを理解して声をかけてきたのだ。
情報の提供は、臨時収入になる。
「なぜだ?」
「双竜山での巡回は、オメエらが来てからだ。目を付けられてるぜ」
「そうなのか?」
「以前はやってなかったしな」
「ちっ。迷わせてるうえに通報ってか?」
「本来は山じゃなくて、森が立入禁止なんだよ。町の人間は守ってるぜ」
「誰も破らねえのか?」
「グリム様からの通達だ。わざわざ破らねぇよ」
「ほう。尊敬されてんだな」
「そりゃあな。貴族が言っても聞かねぇが、グリム様なら違うぜ」
グリム家は領民に慕われている。
宮廷魔術師グリムや息子のソネンは、領民側に立った政策を採っている。困窮した者には、屋敷の財産を処分してでも支援していた。
ソフィアに至っては、自分の娘のような目で見られている。
「依頼人が誰だか知らねぇけどよ。諦めな」
「そうはいかないねぇ。こっちも生活が懸かってるからね」
「だが、双竜山はやめたほうがいいぜ? 魔物や亜人に殺されるぞ!」
「バグベアとコボルトなら何とかなるよ」
「いや。残念ながらオーガもいるぜ」
「西側だけじゃなかったっけ?」
「飲みにきた兵士に聞いたが、東側にも移動したって話だ」
「あちゃあ! じゃあ駄目ね」
シルビアとドボであれば、オーガが一体なら勝てるかもしれない。だが二体以上いれば、確実に負けてしまう。
また双竜山には、バグベアやコボルトも存在する。
もちろん二人は、敵と一体しか遭遇しない確率に賭けるほど馬鹿ではない。
「情報をありがとね」
シルビアが銀貨三枚を取り出して、酒場のマスターに渡した。約三十ドルだが、この程度の情報なら十分だろう。
その証拠に、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「騒ぎを起こすなよ?」
「分かってるわ」
二人は食事の清算をして酒場を出たが、先行きは暗い。
森の奥まで侵入できないと、依頼人が望む異世界人に会えない。とはいえ酒場のマスターの言ったとおり、双竜山からの侵入は命の危険を伴う。だからと言って再び森に向かっても、入口に戻されるのがオチだろう。
今のところは八方塞がりだ。
「どうすんだ?」
「大金貨一枚の仕事よ? 諦められないでしょ」
「そうだな。依頼内容にしちゃ高けぇ」
指定された異世界人を連れていくだけで、大金が転がり込む。
冒険者ギルドでは、これほど見入りが良い依頼など滅多にない。暫くは、裕福な暮らしができる。だからこそ、チャレンジするべき案件なのだ。
諦めるにはまだ早い。
「そういや気になってたんだけどよぉ」
「どうしたのドボ?」
「北門に積まれてる荷物ってよ。どこ行きだ?」
ドボの視線の先には、木箱が大量に積まれている。馬や荷車も用意されており、まず間違いなく町の外に運ばれる荷物だった。
その木箱の一つに、御者らしき男性が座っている。
「北に町なんか無いわね」
「村も無ぇよ。他には……。まさか!」
「ふふっ。きっとビンゴだよ」
「ならよ。情報を仕入れようぜ」
「善は急げだね」
シルビアとドボは、顔を見合わせて頷き合う。
それから何食わぬ顔で、御者に近寄っていった。もしも期待どおりなら、有益な情報が入手できるはずだ。
出費はかさむが、酒場のマスターのように、数枚の銀貨を握らせれば良いだろう。と思った二人はフレンドリーに、男性と会話を始めるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトが住まう双竜山の森では、和やかな日々が続いている。
そこに身を寄せているソフィアは木製のカップを持って、テラスで寛いでいた。また対面に座るレイナスは、ティーポットから芳醇な香りが漂うお茶を注いでいる。
二人は優雅に、アフタヌーンティーを楽しんでいる最中だった。
「レイナス様」
「私はローイン家を廃嫡された身。敬称は要らないですわよ?」
「では私も同様です。聖女を剥奪されましたので……」
「ふふっ。ソフィアさんは神様に振り回されていますわね」
「レイナスさんはフォルト様に……」
「そのおかげで、私は幸せですわ」
「本当に好いていらっしゃるのですね」
「はい。ソフィアさんにも理解できるときが訪れると思いますわ」
元聖女と元伯爵令嬢である。
貴族の子息たちが見れば、目の保養となる光景だった。彼女たちに名乗りを上げて、お近づきになろうと躍起になるはずだ。
どちらも、婚姻相手として狙われていたのだから……。
「グリム様は何と?」
「要望どおりに、双竜山の麓を巡回する兵士を配置してくれたようです」
「結構ですわね。フォルト様の心も休まると思いますわ」
「他にも差し入れとして、毒野菜を送ってくれたようです」
「あら。畑で栽培されておりますのに……」
「ふふっ。フォルト様は暴食ですからね」
そもそもソフィアは魔法使いであり、フォルトと同様に召喚魔法を習得している。しかしながらレベルが低いので、弱い魔物や獣しか使役できない。
そしてハーモニーバードを召喚して、実家との連絡に使っていた。美しい鳴き声が特徴的な白い鳥で、平和の象徴にもなっている。
日本でいうところの鳩である。
「ドライアドには?」
「伝えました。そろそろ到着するのではないでしょうか」
「ルリの料理が楽しみですわね」
双竜山の森には、魔の森から移動させたゴブリンたちが生活している。
それを管理するのは、フォルトに使役されている森の精霊ドライアドだ。彼女に伝えておけば、森に届けられた食材を運んでくれる。
「レイナスさん」
「どうかされましたか?」
「聖剣の具合はいかがですか?」
「武器としては扱いやすく、切れ味が抜群ですわね」
「もう使用者と認められたのですか?」
「残念ですが、まだ認められていないですわ」
レイナスが所有する聖剣ロゼは、意思を持つインテリジェンス・ソード。
本来の力を発揮させるには、使用者として認められなければならない。とはいえ彼女は実力が足りず、現在は試用期間中である。
そして自動狩りが行えない今は、毎日のように包丁として使われていた。
本来の使い方ではないので、文句を言ってくるらしいが……。
「聖剣はお互いが認め合えれば、最高の力を引き出せます」
「そうなのですか?」
「昔の仲間が使っていましたよ」
「魔王を倒した勇者チームの戦士でしたわね」
「はい。今は旅に出ています」
当時の勇者チームには、聖剣を扱う戦士がいた。
もちろん異世界人で、プロシネンという男性である。ギッシュのような盾職戦士ではないが、聖剣に認められるほどの腕前を持つ。
「認め合う、ですか」
「難しそうですか?」
「今も「さっさと強くなりなさいよ! ムキー!」と言っていますわ」
「そ、そうですか」
聖剣ロゼの声は、残念ながらレイナスにしか聞こえない。しかも自己表現が激しいのか、とても騒がしいらしい。
脳内に直接伝わるので、耳を塞いでも意味は無いそうだ。
「あ……。ソフィアさんには、こちらをお渡ししておきますわ」
「え?」
ソフィアは何の変哲もない紙袋を、レイナスから受け取った。
以前にも頂いた記憶があり、中身が想像できてしまう。
「下着ですわ」
「や、やっぱり……」
「色付きが完成しましたので、今のうちに渡しておきますわね」
「あの……」
「はい?」
「なぜフォルト様は、私に下着を渡されるのでしょうか?」
「芸術だそうですわよ」
「芸術?」
「チラリズムの追求と言っておられましたわ」
受け取った紙袋を開くと、パンツと一緒にブラジャーも入っていた。
さすがにこの場では取り出さないが、ソフィアは頬に熱を帯びてしまう。渡されたということは、それらを着用しないと失礼にあたる。
少なくとも、自身はそう考えていた。
たとえ、一度は見られてしまったとしても……。
「フォルト様は?」
「アーシャの部屋に籠っていますわね」
「まあ!」
「抱いているのではなく、服のデザインを決めているようですわよ?」
「っ!」
「ふふっ。気になりますか?」
「いっ、いえ!」
どうも最近のソフィアは、この種の勘違いが多くなっているようだ。
今までは家族の愛に包まれながら、聖女としての仕事をこなしていた。また勇者アルフレッドと共に冒険したときは、周囲の人間が気を遣っていた。
要は、男女の関係とは無縁だったのだ。フォルトたちの――淫らな――生活は、物凄く刺激が強かった。
ともあれレイナスの言葉が、現実に引き戻す。
「ソフィアさんを取り巻く環境は特殊ですわね」
「はい」
「デルヴィ伯爵次第でしょうが、暫くは滞在する必要がありますわ」
「そうなりますね」
デルヴィ伯爵については、ソフィアではどうすることもできない。仕かけてくる相手に流れを任せるのはいただけないが、もう家族を信じるしかないのだ。
うまく捌いてもらえれば、元の生活に戻れる日が来るだろう。
そう身を引き締めたところで、レイナスが突拍子もないことを口にした。
「ですので、フォルト様を選ぶのも良いと思いますわ」
「はぇ?」
冗談か本気か。
レイナスの言葉に対して、ソフィアは呆気にとられてしまう。
つまりフォルトに抱かれて、身も心も捧げろと言っているのだ。赤の他人としてではなく、魔人の身内として守ってもらえと……。
内容が意外すぎて、どう返したら良いか迷う。しかしながら、会話にはまだ続きがあるようだった。
「ソフィアさんは宮廷魔術師グリム様の孫娘ですわ」
「え、えぇ……」
「残念ながら、フォルト様の子は身籠れません」
「魔人は完結した種族と聞きましたね」
「ですが女性の幸せは、女性としての喜びを与えてもらうことですわ!」
「………………」
「その幸せを、私はフォルト様から頂いていますわ」
「えっと……」
子供を身籠れないのは致命的だ。
ソフィアに弟か妹がいれば違うだろうが、グリム家を潰すことになる。将来的にはソネンやフィオレの一人娘として、他家から婿を迎えるだろう。
もちろん自身が、フォルトをどう思ってるかも重要である。
特に嫌いではないが、別に好きでもない。今は恋愛対象として見ていないのだ。友達としてなら良いが、恋人となると話が変わってくる。
それに相手は魔人なので、種族すら違っていた。
「ふふっ。考える時間はたっぷりとありますわ」
「………………」
「あら。荷物が届いたようですわよ」
「え?」
話題を変えるように、レイナスが南に顔を向けた。
そしてソフィアは、彼女の視線の先を追いかける。すると、荷物を持ったトレントやゴブリンが歩いていた。
グリム家から届けられた毒野菜だろう。
「では私は、ルリと一緒に食材を見繕いますわね。楽しかったですわ」
「はい。お付き合いをありがとうございました」
タイミングが良いのか、レイナスは茶を飲み干したところだった。同時に椅子から立ち上がって、屋敷の中に入っていく。
きっと食堂では、魔族の姉妹が遊んでいるだろう。
それにしても、赤面するような話を振られたものだ。
「はぁ……」
こちらの世界では、歳の離れた結婚は珍しくもない。
齢六十を越えたデルヴィ伯爵は、十七歳のミリアを娶っている。とはいえフォルトの場合は特殊すぎるので、ソフィアが嫁ぐことはないだろう。
それでも無縁だった恋愛話に、空を見上げて口元を緩めるのだった。
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