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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔

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ニャンシー日記2

 魔界のどこかに広がる岩場。

 大小さまざまな岩が転がる中、ひときわ大きな岩の上にニャンシーは座していた。魔人フォルトの眷属けんぞくになって、ケットシーの女王になったからだ。


わらわの命令が聞けぬというのか!」


 ニャンシーの眼下には、そこらじゅうに猫のような形をした影がいた。

 これらは、魔界の魔物ケットシーだ。とはいえ、どの個体も彼女を見ていない。お腹を出して寝ていたり、蝶々《ちょうちょ》らしき何かを追いかけている。


(やはり無理じゃのう。妾の命令に従うケットシーなんぞおらぬ。逆に妾とて女王になる前なら同じじゃな。ただの名乗りじゃからのう)


 女王とは、ニャンシーが勝手に名乗っているだけだった。

 確かに魔人の眷属となったことで、彼女の能力は上がっている。名乗っても差し支えないのだが、ケットシーの中では無意味なのだ。

 とにかく自由奔放すぎるので、命令を聞いているか定かではない。


「さりとて、主のために頑張らねばならぬのじゃ!」

「「ニャー」」

「ふむ。手伝っても良いとな?」

「「ニャー、ニャー」」

「物質界の魚じゃと? まぁ主の屋敷には有り余っておる」

「「ニャニャー!」」

「一カ月分か。今は持っておらぬゆえ、後払いじゃ!」

「「ニャー!」」


 大量にいるケットシーの中から、十匹の有志が声を上げてくれた。

 フォルトの食料――事後報告――を持ち出すことになるが、ニャンシーの話に乗ってくれたのは有難いことだ。

 これで、主のために働けるだろう。


「では、デルヴィ伯爵領とやらに行っての。情報収集じゃ!」

「「ニャー?」」

「場所が分からぬとな? そうじゃったな」


 物質界とは人間や亜人など、様々な生物が混在する世界。

 つまり、フォルトたちが暮らす世界である。他の世界と比べると広大で、多くの物質が存在していた。

 また物質界と他の世界は、密接に結びついている。だからこそ世界が狭い魔界を通ると、物質界より速く目的地に到着できた。

 そして魔界にいる魔物は、物質界の特定の場所など知らない。手伝うと言っても、どう手伝って良いかも分かっていなかった。

 ニャンシーの言葉が足りなさすぎたか。


「仕方無いのう。妾についてくるのじゃ!」

「「ニャー!」」


(やれやれじゃ。まぁこれで主の望みがかなうのう。影の中のケットシーなど、誰も気付くまい。妾たちの能力を、存分に発揮してやるのじゃ)


 魔界は空は、常に夕闇のような色をしている。

 その中を黒い猫らしき魔物たちが、颯爽さっそうと走っていく。

 ケットシーは魔界だと弱い部類だが、あまり攻撃されないのが特徴だった。敵を感知したら、影の中に逃げてしまうからだ。魔界は物質界以上に弱肉強食なので、そういった能力でも無ければ生き残れない。


「この印じゃの」


 魔界から物質界に向かうには、「印」と呼ばれる扉を通る。

 扉は個人で設置できるが、物質界に召喚された者しか作り出せない。他にも様々な制限があって、簡単には世界を移動できなかった。

 そしてニャンシーを先頭に、今回使う「印」まで移動してきた。

 新天地を探しているときに設置してあったのだ。


「「ニャー」」

「うん? 数が減っておるではないか。まったく気まぐれじゃのう」

「「ニャニャ?」」

「大丈夫じゃ。減った分はお主らの働きによって増量してやるのじゃ!」

「「ニャー!」」


 個人が設置した「印」は、基本的に本人のみが通過できる。といった制限があるとはいえ、同族なら通過が可能だった。

 つまり、ここまで連れてきたケットシーを眷属にすれば良い。


(すでに眷属である妾が同族を眷属にすると、レベルが下がって戦闘力が半分になるからのう。じゃが我らは……)


 眷属の眷属になった魔物は、かなり弱体化してしまう。しかしながらそういった制限があっても、ケットシーには有利である。

 種族スキル『影潜行かげせんこう』などの能力が消失するわけではないのだ。

 ただし問題は、自由奔放なケットシーが「眷属になってくれるか」だった。


「眷属でなければ、この先には向かえんのう」

「「ニャ?」」

「妾の眷属になれば、物質界に向かえるのじゃ!」

「「ニャニャニャニャ!」」

「話が違うとな? 違わぬぞ」

「「ニャ?」」

「眷属にならねば、妾が設置した「印」を通れないだけじゃ」

「「ニャア?」」

「簡単であろう? 印を通れば、物質界の魚が手に入るのじゃ!」

「「ニャニャ!」」

「おおっ! 分かってくれたかの? では早速……」


 とりあえず眷属にするには、お互いが心から同意すれば良い。

 たとえ魚が目当てだったとしても、それによって魔力の器がつながる。物質界での活動も容易になるだろう。

 また脱落したケットシーは三匹なので、ニャンシーは七匹の眷属を得た。


(妾が言っても詮無いことじゃが、口車に乗りやすいのう。まぁよい)


「では向かおうぞ!」

「「ニャー!」」


 ニャンシーたちは「印」を通って、デルヴィ伯爵領の近くに出た。名称など知らないが、大きな壁に囲まれた町が見える。

 こういった町にはそこかしこに建物が並んで、人間が通れない場所もある。有体に言えば影の宝庫なので、スキル『影潜行かげせんこう』を使えば発見されないだろう。

 そして眷属とは、視覚や意識が共有できる。弱体化しているので距離は限られてしまうが、この程度の町なら途切れない。

 ともあれ町の中に移動して、狭い路地裏に入った。


「お主たちにやってもらいたい仕事じゃがのう」


 ニャンシーは片手でほほを擦りながら、眷属の七匹を並べる。

 彼女は耳と尻尾を除けば、人間の姿で通る。しかしながら、他のケットシーは影猫の状態だ。人間の前に出ると、魔物として騒がれてしまうだろう。だからこそ発見されないように、細心の注意を払う必要がある。

 そのあたりを念入りに言い含めて、指令の内容を伝えた。


「「ニャ」」

「良い子たちじゃのう。では散ってゆけ」

「「ニャー!」」


 眷属のケットシーたちは、指定された人物を探すために散った。

 まだ時間的余裕はあるが、早めに情報収集を開始する。ニャンシー自身も、他にやることがあるのだ。

 そして周囲を見渡した彼女は、再び魔界に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 魔界を走るニャンシーは、障害物を避けながら考える。

 自らと同様に、主人の眷属となったルーチェのことだ。レベルがかけ離れているので、魔界で戦えば消し炭にされてしまう。


(まさか妾の後輩が、あのデモンズリッチとはのう。世にも恐ろしい上級悪魔で、しかもアンデッドじゃぞ? 毛が逆立つというものじゃ!)


 改めてニャンシーは、魔人フォルトの眷属になれたことを喜ぶ。

 ケットシーのような弱い魔物など、ほとんどの場合は使い捨てだった。にもかかわらず、自身を一番に眷属として重用している。

 それに主のシモベはリリスなので、サキュバスを選択しても良かったはず。

 これを喜ばずに何を喜ぶのか、だ。


(それにしても、ルーチェは忠義が厚いのう。受肉したのは羨ましいが、妾は今の姿をもらったのじゃ。十分じゃな)


 ニャンシーの姿は、猫耳と猫の尻尾がある少女である。また白いもふもふ付きレオタード・猫手のグローブ・猫足のブーツも、召喚前にイメージしてもらった。

 フォルトの趣味が分かろうというものだ。


「よし! 到着じゃな」


 ニャンシーは「印」を使って、魔界から物質界に戻った。

 もちろん、デルヴィ伯爵領ではない。彼女は別の仕事を遂行するために、今は眷属たちと離れている。

 そして近場の影に潜り込んで、目的の人物がいそうな場所に移動した。


「お父様、私は結婚なんて嫌です!」

「そうは言ってものう」


 移動先では、人間の男女が会話をしていた。

 一人は身なりが良く、頭に王冠をかぶっている男性だ。ニャンシーには名前など分からないが、女性は目的の人物だと思われる。

 会話の内容から察すると、どうやら親子のようだった。


(部屋は合っていたようじゃ。あれが第二王女かのう?)


 ニャンシーは別件で、隣国のカルメリー王国に訪れたのだ。

 移動した先は王城内で、今も影に潜りながら聞き耳を立てている。

 男性は国王で、女性は第二王女のミリエだった。人物のいる場所さえ分かっていれば、隠密能力の高いケットシーなら容易に発見できる。

 主人のフォルトからは、とある人物の妹だと聞いていた。


「しかしのうミリエ、デルヴィ伯爵の機嫌を損ねれば……」

「分かっておりますが、ミリア姉さまのことを考えてください!」

「うーむ。ワシも同じ気持ちだがな」

「いくら属国とはいえ、お父様は気弱すぎまする!」

「そうは言ってものう」

「その口癖はどうにかなりませんの?」

「そうは言ってものう」

「はぁ……」


 ニャンシーにとって、会話の内容はどうでも良い。知りたかったのは、第一王女であるデルヴィ伯爵夫人ミリアの姿だった。

 おそらくは王城内に、第一王女の人物画があるだろう。

 顔を知らないのだから、妹であれば似ていると思われた。だからこそカルメリー王国まで足を伸ばして、先に第二王女の顔を見ておくのだ。


(ふむふむ。主が好きそうな顔立ちじゃが、まぁ一番の好みは妾なのじゃ! この姿が物語っておるからのう)


 ケットシーは召喚主の脳内イメージに合わせて、その姿を変えて現れる。

 ニャンシーの姿は、フォルトの好みと思って差し支えないだろう。とはいえ、人の好みは様々である。彼女の場合は猫を擬人化させたイメージなので、恋愛対象の好みとはちょっと違う。

 本人は気付いていないが……。


「とにかく! 引き延ばせるだけ引き延ばしてくださいませ!」

「そうは言ってものう」

「その口癖で延ばせますわよ」

「そうかのう」


(妹の顔は記憶したからもうよいの。では第一王女の人物画を探してから、伯爵領に戻るとしようぞ)


 フォルトの指令を完全遂行するため、ニャンシーは王城内を駆け巡った。

 当然のように影の中を移動しているので、誰からも発見されることはない。目的の絵画もすぐに発見して、ミリアの姿を記憶する。

 そして魔界に戻り、デルヴィ伯爵領へと向かった。


「待たせたの。では仕事ぶりを確認しようかのう」


 急いで戻ったニャンシーは、最初の路地裏で眷属たちを集めた。続けて命令を遂行していたかを確認するために、腕を組んで問いかけた。

 ともあれ仕事ぶりには、若干の不安がある。


「「ニャー」」

「なに? 日向ぼっこをしておったとな?」

「「ニャー!」」


 どうやら、命令を遂行していなかったようだ。

 さすがはケットシーとあきれるべきか。はたまた、こっぴどく怒るべきか。眷属になっても自由奔放である。

 ニャンシーはサボらずに、主の指令をこなしているが……。


(言っても無駄じゃな)


「路地裏にいて日向ぼっこでもあるまい」

「「ニャニャ!」」

「魚が食いたいじゃと?」

「「ニャ、ニャニャ、ニャア」」

「仕方無いのう。一匹ずつじゃぞ?」

「「ニャー!」」

「その代わり人間に気付かれたら、妾からの褒美は無しじゃ!」


 その言葉を最後に、すべてのケットシーが再び散開した。

 そして、彼らが狙っていたであろう民家や食堂に侵入している。とてもすばやい動きなので、ニャンシーは苦笑いを浮かべた。

 魚が絡むと、途端に動きが良くなる。


「腹が空いては戦はできぬか。戦などしないのじゃがのう」


 監視していれば命令に従ってくれるが、勝手気ままに行動するのは勘弁だ。しかしながら眷属にして間もないので、統率は難しいようだ。

 最低限の働きをしてもらえるだけでも有難いと思うべきだろう。


「後は共有した意識を使って……」


 今から行うのは、ケットシーが発見した人間の確認である。

 眷属との意識共有で、彼らが見たものが映像として頭に流れ込んでくるのだ。さすがにまとめては確認できないので、一匹ずつ意識を繋げる。

 ちなみに眷属たちが探しているのは、フォルト好みの女性奴隷だった。


「ニャ!」

「可愛らしい娘じゃが奴隷ではないのう」

「ニャ!」

「性別は合っているが、ちと年齢が高いのじゃ」

「ニャ!」

「残念ながら胸がデカいのう。却下じゃ」

「ニャ!」

「ふむ。映像がぼやけておる。次からはよく見るのじゃぞ?」

「ニャ!」

「なかなかじゃの。候補に入れておくのじゃ!」

「ニャ!」

「墓場に奴隷はいないじゃろ。それはゾンビじゃな」

「ニャ!」

「お主好みの猫を探してどうするのじゃ!」


 意識共有で送られてくる映像が、ニャンシーの頭に流れ込んでくる。とはいえ、彼女からの指令を間違えたケットシーもいた。

 困ったものだが、まだ情報収集を開始して数時間である。


(数日もやっておれば問題無さそうじゃ。妾のほうは葬儀後で良いじゃろうな。それにしても、主からの呼び出しがないのう)


 ニャンシーが新天地を探してるときには、フォルトに何回も呼び戻されている。

 その内容は、どうでも良い内容だった。「一緒に食事をしよう」や「もふもふ成分の補充」などである。にもかかわらず、今回はそれが無かった。


「忘れられている? わけはないのじゃあ!」

「何の声?」


 さすがに声が大きかったのか、建物の窓を開けて人間が顔を出した。

 フォルトからは、「人間に発見されるな」と言われている。自分が命令を違えては眷属に示しが付かないので、ニャンシーは急いで影の中に飛び込んだ。

 そして今後に一抹の不安を覚えながら、周囲を警戒するのだった。

Copyright©2021-特攻君

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