近づく者たち3
フォルトは相も変わらず、カーミラとテラスでダラけている。
先日は大雨が降ったので、屋敷の中でゴロゴロとしていた。とはいえ、本日は晴天である。ラブシートのような椅子に腰かけて、彼女の体をまさぐっていた。
そして目の前には、ギャルメイクを完成させたアーシャが座っている。
貴族が使う化粧品をカーミラが奪ってきたので、満面の笑みを浮かべながら化粧を楽しんでいた。バサバサまつげを作るのが大変だったらしいが、まさに命を懸けたような一生懸命さで完成させたようだ。
魔法の勉強とは雲泥の差である。
「どうよ! フォルトさんの好きなギャルになったわよ!」
「いいな。完璧じゃないか」
「ふふん。でも長くは維持できないよ?」
「何だ。そんなことか」
アーシャの指摘はメイク落ちについてだった。入浴や洗顔もするので、すぐに化粧は流れ落ちてしまう。またメイクをしたままだと、肌にも悪い。
そこでフォルトは、無造作に魔法を使った。
【カース・フィクセイション/固定化の呪い】
呪術系魔法の効果によって、アーシャの顔に黒い靄がかかる。しかしながら一瞬の出来事だったので、彼女は目をパチクリさせた。
デカ目に見えるのもギャルらしい。
「今のは何?」
「呪いだ」
「ちょっと! 何てことしてくれてんのよ!」
「あっはっはっ! 固定化の呪いだ。そのメイクは維持されるぞ」
「な、なら……。って、やる前に言いなさいよ!」
「だって好みのメイクだし……」
「ふ、ふーん。じゃあ許してあげる」
とてもチョロいが、実のところギャルメイクは時間がかかる。
こちらの世界の化粧品とは、簡単に入手できる代物ではない。たとえ貴族でも、多少の予備があるだけだ。
維持されるなら万々歳である。
肌荒れは気になったときにでも、ゴブリンやオークに移せば良い。などと思っていると、屋敷から出てきたレイナスが問いかけてきた。
「フォルト様はそのような化粧の女性が好みなのですか?」
「うん。おっさんには無縁だったけどね」
「ではアーシャ、私にもお願いしますわ」
「駄目だ!」
「え?」
「レイナスは今のままでも十分に奇麗だぞ」
「まあフォルト様! なら結構ですわ」
(レイナスにはお嬢様キャラを貫いてほしい。高笑い系も似合わないが、デキる生徒会長キャラでいてもらいたい。薄い口紅程度で十分だ)
身内はそれぞれで、個性があるのだ。
元貴族令嬢のレイナスは、家柄と美貌に秀でた女性である。剣術や魔法にも優れており、魔法学園の生徒会長として、他生徒の上に立つ人物だった。
すでにキャラ付けができているので、ギャルになったらイメージが崩れる。
「カーミラちゃんはどうですかねぇ?」
「カーミラも今のままだな」
「はあい!」
「と言うか。全員そのままだ!」
「分かりましたぁ!」
アーシャ以外は、弄る要素が無いほど完璧である。
彼女も素顔は可愛いが、やはり最初のイメージが残っていた。だからこそ、ギャル街道をまっしぐらに進んでもらうつもりなのだ。
そのために必要なものはフォルト、もといカーミラが用意する。
自分の趣味のために……。
「他に必要なものってあるの?」
「やっぱり服っしょ! これ一着じゃねぇ」
自分の服を伸ばしたアーシャは、肩を落としながら首を振った。
フォルトからすると、とても「エロかわ」な服である。まさにギャル感が満載で、アバターから考えても変える必要は無かった。
「お気に入りなのだろ?」
「でもギャルはオシャレをしないと駄目!」
「金がかかるわけだ」
「何か言った?」
「いいえ、何でも……。だがレイナスの手芸にも限界はあるしなぁ」
「そりゃあ、専門の服飾師には敵わないっしょ!」
「頭に入れておく。いま考えている遊びの延長で、な」
「なになに?」
「内緒」
フォルトの考えている遊びのために、現在はニャンシーが不在である。彼女の隠密能力を使って、色々と調査をしている最中だった。
ともあれテラスで和んでいると、今度はソフィアが近づいてきた。
「あらアーシャさん、その化粧は?」
こちらの世界だと、ギャルメイクの女性はいないだろう。物珍しそうに、アーシャの顔を見ている。
ソフィアは聖女を剥奪されたが、別に落ち込んでいなかった。
「ソフィアさんにもメイクしよっか?」
「え?」
「駄目だと言ってるだろ」
「ちぇ。似合うと思うけどなあ」
「化粧ならシェラさんにしてやるといいよ」
「いいの?」
「ギャルじゃないぞ? 若い女医さんだぞ?」
「分かったわ。フォルトさんの好みにしてあげるね!」
「理解が早くて助かるな」
「ふっふーん。フォルトさんの女だからね!」
「従者だ!」
そう言いながらも、すでにアーシャを従者とは思っていない。レイナスと同様に、フォルトの大切な身内の一人である。
つい最近までは、彼女たちをゲームに使う玩具として見ていた。しかしながら今では、守るべき対象に変わった。
ゲームに飽きたわけではない。成長が面白そうな人間がいたら、再びゲームキャラクターとして拉致するかもしれない。
(コントローラーやキーボードで操作できれば、まだ続けられたけどな。それと連動して動けば面白いんだけど、大声はちょっと……)
ゲームキャラクターとして人間を操作するには、フォルトが大声で指示を出さなければならない。ルリシオンとの模擬戦では、ハンデになっていると思ったものだ
それを解消できれば良いのだが、今は何も思い浮かばない。
「んじゃフォルトさん、シェラさんの所に行ってくるね!」
化粧品を持ったアーシャが、屋敷の中に入っていった。
これから似顔絵を描きながら、シェラに似合ったメイクを考えるだろう。彼女が色っぽくなる姿が想像できて、とても楽しみである。
そんなことを考えていると、ソフィアが笑顔で会話を始めた。
「アーシャさんは楽しそうですね」
「彼女はファッションが好きですからね」
「そのようですね」
「ソフィアさんは、何かやりたいことは無いのですか?」
「私ですか? そうですね。料……」
「駄目でーす!」
「ソフィア様、ご自重をお願いしますわ」
「え?」
(もしかしてソフィアさんは、料理ができない子というやつか? 俺は腹に入れば何でもいいけど、カーミラが止めたということは……)
魔人の胃袋は頑丈なので、余程のことがないかぎりは食べられる。しかしながらこのパターンは、絶対に味が問題なのだろう。
ちなみにソフィアが料理を作ったときは、ニャンシーが止めたらしい。調理場から漂ってきた匂いで、鼻がひん曲がる寸前だったとの話だ。
そのときの惨状はフォルトが寝ている間に、ブラウニーが片付けた。
「ははっ。気を落とさずに!」
「ぐすっ」
ソフィアが目に涙を浮かべたところで、ドライアドが現れる。
この精霊には森の管理者として、双竜山の森の監視や畑の運用を任せていた。何か問題があると早期に報告してくるあたり、とても優秀である。
「旦那様、森に侵入者です」
「またグリム家の者か?」
「いえ。武装した人間が二名です」
「え?」
「護衛の兵士とは毛色が違うようです」
「どのように違うのかな?」
「動きやすそうな鎧を着ています」
(レイバン男爵のパシリなら、ドライアドも分かっている。なら、初めて侵入してきた奴らかな? 軽装備なのが気になるが……)
護衛の兵とは、グリム家の者たちが連れてくる兵士だ。
双竜山の森には入らずに、彼らが戻るまで待機していた。フォルトとの約束を守っている証でもある。
レイバン男爵からの使いは、ドライアドが森から追い返している。諦めたのかどうかは分からないが、ここ最近は訪れていない。
そしてフォルトが考え込んでいると、ソフィアが予想を聞かせてくれた。
「冒険者かもしれませんね」
「冒険者?」
「グリム領の人間であれば、双竜山の森が立入禁止だと知っています」
「ふむふむ」
「おそらくは、他の領内で雇われたのだと思われます」
「ふーん。ならドライアド、とりあえず追い返してくれ」
「畏まりました」
ソフィアの予想が当たってるかはさておき、グリム家の人間以外だと困る。特に現在は、彼女を庇護しているのだ。
たとえシュンたちであっても、おいそれと森に入れられない。
彼女の居場所がデルヴィ伯爵に伝わると、面倒な話になる。とフォルトが思考を巡らせたところで、レイナスが口を開く。
「冒険者ですと、双竜山から入ってくるかもしれませんわね」
「あぁそうだな」
「レベルによっては蹴散らされてしまいますわよ?」
「東側だと……。バグベアとコボルト、だったか?」
「はい。ゴブリンぐらいの強さですわ」
「確か一般兵に負けるよな?」
「そうですわね」
「西側ならオーガがいるけどなあ」
実際のところゴブリンは弱く、推奨討伐レベルは十だ。
もちろん群れで行動する場合は、レベル以上の強さになる。とはいえ相手は冒険者なので、一般兵より強いかもしれない。
討伐される可能性は大いにあった。
「まぁ山から侵入しても、ドライアドが森の入口に戻すけど……」
「亜人と戦われると困りますわね」
「とりあえず、冒険者を発見したら逃げるように言っといてくれ」
「はいっ!」
東側の双竜山に棲息するバグベアとコボルトは、レイナスに降伏してきたのだ。顔を見知っているので、彼女の命令には従う。
当面はこれで良しとして、フォルトは今後を考える。
(オーガを分散させる? でも、数が減ると侵入者を殺せなくなる。何日か前だか、オーガを倒して西側の山を越えた奴らがいたらしいしなあ)
双竜山の西側は、魔の森に棲息していた亜人でまとめてある。
その中ではオーガが一番強く、一般兵では太刀打ちできない。しかしながらそれらを倒して、山越えをされたらしい。
何体か犠牲になって、数を減らしていた。
それを思い出したフォルトは、面倒臭そうな表情をカーミラに向けた。
「周辺がザワついてきたな」
「鬱陶しいですよねぇ」
「オーガ以上の魔物っているのか?」
「いますけどぉ。近くでは見かけませんねぇ」
「どっかで捕獲して配置するか?」
「一体なら配置しても意味がありませーん!」
「だよなあ。群れで欲しいが……」
「でもでも。御主人様は森から出ませんよねぇ?」
「そのとおりだ!」
せっかく屋敷も完成して、フォルトは自堕落生活を満喫中である。
亜人や魔物の捕獲など、わざわざ森を出てまでやるわけがない。身内の誰かを派遣するのも嫌だった。
彼女たちは、毎日の癒やしなのだから……。
そして魔物を召喚するには、維持コストが必要である。毎日の魔力消費量が多いデモンズリッチについては、ルーチェを眷属にして減らした。
この程度でのことで、またコストを増やすのも馬鹿らしい。
「御爺様に伝えて、巡回の兵士を配置してもらいましょうか?」
「いいのかな?」
「大丈夫だと思いますよ。領内の巡回は仕事ですからね」
「ふーん」
この件については、ソフィアを庇護しているので通るだろう。
現在の彼女は、領地の屋敷に引き籠っているという話になっていた。
「しかし……。冒険者か」
「何か?」
「面白そうだな、と思ってね」
日本にいた頃の小説やアニメでは、よく登場した職業の一つである。
こちらの世界に召喚された後の就職先にもなっていた。依頼を請け負ってくれる者たちなので、双竜山の森から出ないフォルトには便利かもしれない。
そこで、ソフィアに尋ねる。
「ソフィアさんには、冒険者に知り合いとかいるの?」
「今までに召喚された異世界人とは面識がありますね」
「そうだった。先輩たちがいたか」
「先代の聖女様方ですね」
フォルトやシュンたちが、こちらの世界に初めて召喚されたわけではない。今までも何名かが、あちらの世界から召喚されていた。
最も有名なのは、勇魔戦争で魔王を倒した勇者アルフレッドである。
一度の召喚は四人が基本らしいので、それなりの人数がいるはずだ。
「アルフレッドって人は日本人じゃないですよね?」
「確か……。アメ公とか?」
「え?」
「シュン様から教えてもらいました」
「米国人と覚えたほうがいいですよ」
「そっそうですか」
シュンの入れ知恵のようだが、どうにも口が悪い。
ソフィアは人間の醜さの少ない、いわば善人である。といった人物に対して、他国の人間を侮蔑するときに使う言葉を教えてはいけない。
そう。彼女には、今のままでいてもらいたい。
「他には?」
「ジョングオ、だったかしら?」
「どこだっけ?」
「口癖で「アイヤー」とか言っていました。分かりますか?」
「中国人か」
(確かインド人は、自分たちのことをバーラトって呼ぶんだっけ? 他に言われても分からないから、もういいや)
自国の呼び方は、その国によって違う。
フォルトにとって興味深かった時期もあったが、すべてを覚えるのは無理だった。知ったところで、あまり使い道は無い。
「ふあぁぁああ」
フォルトは眠くなって、口を大きく開けた。興味が低い会話を続けると、脳が休憩を欲するようだ。
その情けない顔を見たソフィアに、眩しい微笑みを向けられた。
「大きな欠伸ですね」
「ははっ。寝ます」
「まだお昼を過ぎたばかりですよ?」
「自堕落なので……」
「そうでした」
「ソフィアさんも一緒に寝ます?」
「っ!」
「ソフィアさん?」
「け、け、け、結構です!」
フォルトの言葉に、ソフィアは両手で顔を隠した。
いつもの何気無い一言なので、彼女の行動がよく分からない。とはいえ眠いからと立ち上がって、カーミラと一緒に寝室へと向かう。
そしてベッドにダイブすると、彼女も続いてきた。当然のように受け止めてから横に置いて、そのまま深い眠りに入るのだった。
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