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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔
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近づく者たち2

 フォルトたちが暮らす双竜山の森。

 それを挟むように、東西に双竜山がそびえ立っている。南には平野が、北には霧のかかる岩石地帯ダマス荒野が広がっていた。

 双竜山が国境になっており、荒野はソル帝国領になる。


「本当に岩や石ころばかりだなあ」

「帝国領にようこそ。とでも言ったほうがいいかしらあ?」

「ふふっ。貴方にはどうでもいいことね」


(ふーん。こうなっているのだな。自分の庭の周辺を見ておこうと思ったけど、特に意味は無かったか。何にも無いや)


 フォルトの目前に広がるのは、何の変哲もない岩ばかりだった。

 人間がいないのを良いことに、ダマス荒野に足を運んだ。一緒にいるのは、デートがてら連れてきた魔族のマリアンデールとルリシオンである。

 現在は止めさせているが、彼女たちはダマス荒野で遊んでいた。双竜山の森に移動する条件として、人間を襲わない約束をしたからだ。

 二人はストレス発散のために、魔物を討伐していた。


「そう言えば、カーミラはいないの?」

「今は帝国の町へ仕入れに行ってる」

「仕入れって……。奪っているだけでしょ」

「そうとも言う」

「相変わらずねえ。私たちも何かやれないかしらあ?」

「何を、だ?」

「貴方の手伝いよ」

「へ?」


 何やら二人は、意味ありげな表情で聞いてきた。

 妹のルリシオンには、皆の料理を担当してもらっている。姉のマリアンデールはお察しだが、姉妹でセットと考えていた。

 これ以上彼女たちに、何を頼めというのか。


「やってるだろ?」

「料理はねえ」

「私たちが言っているのは、人間を殺すような何かよ」

「あぁそういう話か」

「久しぶりに遊びたいのよねえ」

「本当に人間と仲が悪いのだな」

「ふふっ。国を滅ぼした代償は払ってもらわないとね」


 人間に魔族の国を滅ぼされ、同胞たちが狩られている現状だ。

 その憎悪は計り知れないだろう。たとえフォルトの身内になったとしても、人間に対しての恨みは消えない。


「と言ってもなあ。人間とは関わりたくないし……」

「知っているわよ!」

「私たちはフォルトの身内になって、安全を手に入れたけどねえ」

「魔族を助けろ、と言っているのか?」

「そこまでは望まないわ」

「人間を狩れる場が欲しいってだけねえ」

「なるほど」

「無ければ無いで構わないわ。頭には入れておいて!」


 遠回しな内容だったが、要は暴れる場所が欲しいようだ。

 きっと森での生活で、牙を削がれるのが嫌なのだろう。


(マリとルリの願いは聞き届けたいが、今は何にも無いからなあ。帝国が大規模に侵攻してくるなら、二人に任せてもいいんだけど……)


「なぁマリ、ルリ。魔族の国はどこにあったの?」

「北よ。ずっと北」

「へぇ」

「北には大陸を分断する巨大な絶壁があるのよお」

「絶壁?」

「山だけど登れないわ。ほぼ垂直よ」


 北の絶壁には、巨大なトンネルがある。

 その先には、魔族の国ジグロードが栄えていた。現在はトンネルに結界が張られており、大陸の三大国家が管理していた。

 トンネルが封鎖されているので、その先は戦争の傷跡だけが残っている。魔族はもちろん人間もいないので、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているだろう。

 ここまで厳重に封鎖しているのは、魔族を通さないためだった。もしも戻られて旗揚げされれば、魔族の国を滅ぼした意味が無くなる。


「念入りなことだな」

「人間とは力の差があるからねえ」

「国として再起できれば、人間には脅威よ」

「現状だと無理なのだろ?」

「他の魔族と連絡を取りようがないわ」

「もし誰かが旗揚げするなら合流するのか?」

「行かないわよ。貴方も行ってほしくないでしょ?」

「私たちはフォルトのものよお」

「………………」


(これは恥ずかしい。確かに手放すつもりはないけど、正面から言われれるとなあ。それに何だか……)


 フォルトは流さないで良い汗が出そうになった。顔が赤くなっているかは分からないが、ほほに熱を持ったようだ。

 そのとき、魔物の鳴き声が聞こえた。


「「ギョーッ!」」


 人が発する声ではないので、おそらくは魔物だと思われる。

 フォルトがルリシオンに顔を向けると、それを肯定した。


「コカトリスだわあ。数がいるようねえ」

「私たちなら余裕でしょ。ルリちゃん、やるわよ」

「まぁ待て」


 恥ずかしさが残るフォルトは、戦闘態勢に入ろうとした姉妹を止める。

 彼女たちにうれしくさせてもらった礼をするつもりだった。また自身の戦闘力を試してみたいとも思った。今まで戦闘らしい戦闘をしたことがないのだ。

 だいぶ前に魔の森で、オーガを少し倒した程度だった。


「俺がやってみる」

「珍しいわねえ」

「怠惰なくせに!」

「ははっ。その代わりに昼食の準備をしてくれ」


 フォルトは無造作に右手を突き出して、周囲を見渡す。だが視覚に入る範囲には、コカトリスがいないようだ。

 そこで……。



【マス・キャプチャー/集団・捕捉】



 最初の魔法で、敵対行動を取っているコカトリスを補足する。

 岩陰に隠れているようで、十体はいるだろう。



【マジック・アロー/魔力の矢】



 次にフォルトは、魔力で作られた矢を宙に浮かべた。

 これは先端がとがっておらず、どうも殴打する矢のようだ。無属性魔法で初級に該当するとはいえ、その数がどんどん増えていく。魔力を多めに込めることで可能だが、合計五百本の魔力の矢など見た者はいないだろう。


「うひょ!」


 フォルトはゆっくりと右手を挙げて、大袈裟おおげさに振り下ろした。と同時に、すべてのコカトリスに魔法が飛んだ。

 本来は魔法を使うのに、そのような行動は必要無い。ただのパフォーマンスになるが、自身の厨二病ちゅうにびょうが表に出てしまった。アニメのようなホーミングレーザーを撃つ気分で、思わず胸が熱くなったのだ。

 コカトリスたちは圧倒的な数の矢で殴打され、すべてがミンチ肉となった。


「終わったぞ」

「改めて思うけど、魔人は凄いわね」

「デタラメねえ」

「昼食の準備は?」

「ふふっ。これが精一杯よ」

「あはっ! どうぞ召し上がれえ」


 昼食用に持ってきたオヤツと肉は、ダマス荒野を訪れるまでに消費していた。なので準備と言っても、言葉通りの意味ではない。

 準備のできたマリアンデールとルリシオンは、顔を見合わせてフォルトに近づいてくる。また先ほどまで二人のいた場所には、二枚の布が落ちている。

 そして姉妹は、体を預けてくるのだった。



◇◇◇◇◇



 西側の双竜山の北に、十人の人間がいた。

 顔を隠すマスク・黒い全身服・迷彩マントの三点セットを着用している。


「さぁ向かうわよん」

「「はっ!」」


 その人間たちの前には、一人の女性らしき者がいる。

 ミスリル鉱石で製作されたピンク色の胸当てを装備して、胸の部分が大きく膨らんでいた。腰当も同様で、スリットのあるスカートが付いている。

 そこから見えるのは、ぶっとい筋肉質の足だった。


「あらん。私の顔に何か付いているのかしら?」

「い、いえ!」


 十人の人間は、ゲテモノでも見るような目をしている。

 その姿は特徴的で、一度視界に捉えれば忘れないだろう。彼女はモヒカン頭で、筋肉質の男性である。身長は二メートルぐらいか。

 フォルトが見れば、どこかの世紀末雑魚を思い浮べるはずだ。

 そして、側頭部に二本の角が生えている魔族だった。

 彼? は魔族の名家ホルノス家の嫡男ヒスミールという人物だ。


「この後の我々はどうすれば?」

「私についてくるだけでいいのよん」

「分かりました!」


 ヒスミールを先頭に、十人の人間が双竜山を登る。

 ここには、オークとオーガが棲息せいそくしているとの情報が入っていた。


「大丈夫でしょうか?」

「あらん。心配は要らないわよん」

「我らは生粋の兵士ではありませんので……」

「気にしないでいいのよん。黙ってついてくるだけねん」


 この場にいる人間たちは、ソル帝国が魔族を囲っていたのを知らなかった。

 ヒスミールについては、この十人だけに知らされた機密情報である。とはいえ今回の任務は、彼らを先導して双竜山を越えることだ。

 一人の脱落者も出さないように……。


「「グオオオオッ!」」


 周囲を警戒しながら山を登っていくと、オーガに発見されてしまう。

 亜人や魔物のほうが、人間よりも鼻が利く。対策をしていなければ、先に発見されるのは必定だった。

 ヒスミールは人差し指を顎に沿えて、少女のように可愛らしく? 首を傾げる。腰をクネクネと動かし、見る者の目を背けさせた。

 もちろん本人に、そのつもりはない。


「えっとねん。三体よん」

「分かるのですか?」

「うふふ。この程度はねん」


 ヒスミールが口角を上げると、岩陰からオーガが三体も現れる。人間を餌と思っているので、その顔は歓喜に満ちているようだ。

 暴力を体現したかのような肉体は、人間など簡単に潰せてしまう。


「「ウガアアアアッ!」」

「食ウ! 肉ッ!」

「じゃあ貴方たちは、そこで見てるのねん!」


 オーガたちは雄たけびを上げながら、大きな棍棒こんぼうを振り上げる。

 そして、そのまま突っ込んできた。


「行くわよーん!」


 オーガと同時に、ヒスミールも飛び出す。

 自身の武器は、蛇腹剣と呼ばれる特殊な剣である。刃の部分が鉄のワイヤーでつながれており、等間隔に分裂するのだ。

 剣の剛性とむちの柔軟性を持った武器だった。


「「グオオオオッ!」」

「まず一体よん。どらあっ!」


 ヒスミールは蛇腹剣を鞭のように伸ばして、オーガの首に巻き付けた。

 そして一気に引き戻しながら、巨体を宙に浮かせる。次に地面に向かって、豪快に頭からたたきつけた。

 それを確認した後は、首に巻き付けた蛇腹剣を引き戻す。と同時に分裂した刃が太い首に食い込んで、そのまま息の根を止めた。


「ウガッ? ウガアアアッ!」

「二体目ねん。『強体きょうたい』よーん!」


 このスキルは筋力を増加して、体を強固かつ頑丈にする。身体強化系魔法のストレングスと防御系魔法のシールドが、同時に発動するようなスキルだ。

 蛇腹剣は、一体目のオーガの首に巻き付いた状態だった。ならばと武器を捨てたヒスミールは、物凄いダッシュ力で二体目のオーガの懐に踏み込む。

 スキルの特性を活かして、オーガの分厚い腹を拳で殴りつけるつもりだ。


「どらあっ!」

「ウガアアアアッ!」


 オーガの筋肉は強固である。

 人間が素手で殴っても、普通は効かない。しかしながらヒスミールの拳は腹に食い込んで、オーガの体をくの字に曲げた。


「どらどらどらどらどらっ!」


 丁度良い高さに下がったオーガの顔に、ヒスミールは拳の連打を撃ち込む。右拳で殴れば、すぐ左拳で殴る。

 まるで暴風が吹いているように、足元からは土煙が舞う。


「ウガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!」

「トドメよーん!」

「グガッア!」


 最後は、オーガの鼻っ柱に右の拳を撃ち込んで終わりだった。

 これで、二体目が地面に崩れ落ちる。完全に鼻を潰して、頭蓋骨を砕いたのだ。圧巻の勝利である。


「逃ゲル!」


 簡単に二体が敗北したので、最後の一体は逃げ出した。

 知能が低くても、勝敗の判断ぐらいはできるものだ。


「ヒスミール様、逃げたオーガは追わないのですか?」

「放っておくのよん。あれはもう向かってこないわん」

「そっそうですか……」


 ヒスミールは蛇腹剣を拾いながら、この場から逃げたオーガを一瞥いちべつした。

 それを眺めていた人間たちは、口をポカンと開けて唖然あぜんとしている。


「さぁ敵はいなくなったわん! さっさと向かうわよん」

「「はっ!」」


 以降の遭遇戦も、魔族のヒスミールが一人で戦った。

 もう当分の間は、オーガに襲われない。オークも数体を撃破しただけで、遠くから監視しているだけだった。


「しかし、ヒスミール様はお強いですなあ」

「私は魔族よん。当たり前だわん」

「い、いや。聞いていた話とは……」

「あら。私の武勇伝に興味があるのかしら?」

「そうですね」

「ならベッドの中で教えてあげるわよーん!」

「けっ結構です!」

「つれないわねん。そんな子にはお仕置きねーん!」


 話しかけてきた人間に向かって、ヒスミールは抱き着いた。

 それからマスクを引っぺがし、頬に唇を押し当てる。


「ひっ、ひい!」

「あらやだ。そんなに喜ばなくてもいいのよん?」


 ヒスミールはウインクしながら、なぜかおびえてしまった男性から離れる。

 他の十人も一斉に離れたが、もちろん意に介さない。


「そっそれよりもヒスミール様、森を見てください」

「どうかしたのかしら?」


 今度は別の男性が話しかけてきた。

 マスクを着用しているので、誰が誰だか分からない。とはいえ言われたとおり、眼下に見える双竜山の森へ視線を移した。


「何かしら? 湖の近くに建物があるわねん」

「はい。何者かが住んでいるのでしょうか?」

「さあねぇ。兵士でも駐屯してるんじゃないかしら?」

「それは……。報告しないといけません!」

「帰ったら私がしておくわん。貴方たちは別の任務があるでしょ?」

「お願いします!」


 建物などに構っている暇は無かった。ヒスミールは一刻も早く双竜山を越えて、人間たちをエウィ王国に送り届けなければならない。

 もたもたしていたら、今までの戦闘を見てない魔物が寄ってくる。


「さぁもうすぐよん!」

「「はっ!」」


 ヒスミールの一行は、さっさと山中を進んでいく。双竜山のふもとに着けば、魔物に襲われないだろう。送り届けた人間たちは、それぞれの任務につく。

 ソル帝国に囲ってもらった恩を返すのも、ホルノス家嫡男の務めだった。

 たとえそれが仇敵きゅうてきの人間であっても、だ。


(帝国は魔族をどうしたいのかしらねん)


 魔族を囲った理由は聞いている。しかしながらそれを信用するほど、ヒスミールは馬鹿ではない。もちろんそれは、ソル帝国も分かっているだろう。

 お互いの利益のために利用し合う関係といったところか。

 そんなことを考えながら、十人の人間を送り出すのだった。

Copyright©2021-特攻君

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