近づく者たち2
フォルトたちが暮らす双竜山の森。
それを挟むように、東西に双竜山がそびえ立っている。南には平野が、北には霧のかかる岩石地帯ダマス荒野が広がっていた。
双竜山が国境になっており、荒野はソル帝国領になる。
「本当に岩や石ころばかりだなあ」
「帝国領にようこそ。とでも言ったほうがいいかしらあ?」
「ふふっ。貴方にはどうでもいいことね」
(ふーん。こうなっているのだな。自分の庭の周辺を見ておこうと思ったけど、特に意味は無かったか。何にも無いや)
フォルトの目前に広がるのは、何の変哲もない岩ばかりだった。
人間がいないのを良いことに、ダマス荒野に足を運んだ。一緒にいるのは、デートがてら連れてきた魔族のマリアンデールとルリシオンである。
現在は止めさせているが、彼女たちはダマス荒野で遊んでいた。双竜山の森に移動する条件として、人間を襲わない約束をしたからだ。
二人はストレス発散のために、魔物を討伐していた。
「そう言えば、カーミラはいないの?」
「今は帝国の町へ仕入れに行ってる」
「仕入れって……。奪っているだけでしょ」
「そうとも言う」
「相変わらずねえ。私たちも何かやれないかしらあ?」
「何を、だ?」
「貴方の手伝いよ」
「へ?」
何やら二人は、意味ありげな表情で聞いてきた。
妹のルリシオンには、皆の料理を担当してもらっている。姉のマリアンデールはお察しだが、姉妹でセットと考えていた。
これ以上彼女たちに、何を頼めというのか。
「やってるだろ?」
「料理はねえ」
「私たちが言っているのは、人間を殺すような何かよ」
「あぁそういう話か」
「久しぶりに遊びたいのよねえ」
「本当に人間と仲が悪いのだな」
「ふふっ。国を滅ぼした代償は払ってもらわないとね」
人間に魔族の国を滅ぼされ、同胞たちが狩られている現状だ。
その憎悪は計り知れないだろう。たとえフォルトの身内になったとしても、人間に対しての恨みは消えない。
「と言ってもなあ。人間とは関わりたくないし……」
「知っているわよ!」
「私たちはフォルトの身内になって、安全を手に入れたけどねえ」
「魔族を助けろ、と言っているのか?」
「そこまでは望まないわ」
「人間を狩れる場が欲しいってだけねえ」
「なるほど」
「無ければ無いで構わないわ。頭には入れておいて!」
遠回しな内容だったが、要は暴れる場所が欲しいようだ。
きっと森での生活で、牙を削がれるのが嫌なのだろう。
(マリとルリの願いは聞き届けたいが、今は何にも無いからなあ。帝国が大規模に侵攻してくるなら、二人に任せてもいいんだけど……)
「なぁマリ、ルリ。魔族の国はどこにあったの?」
「北よ。ずっと北」
「へぇ」
「北には大陸を分断する巨大な絶壁があるのよお」
「絶壁?」
「山だけど登れないわ。ほぼ垂直よ」
北の絶壁には、巨大なトンネルがある。
その先には、魔族の国ジグロードが栄えていた。現在はトンネルに結界が張られており、大陸の三大国家が管理していた。
トンネルが封鎖されているので、その先は戦争の傷跡だけが残っている。魔族はもちろん人間もいないので、魔物が跳梁跋扈しているだろう。
ここまで厳重に封鎖しているのは、魔族を通さないためだった。もしも戻られて旗揚げされれば、魔族の国を滅ぼした意味が無くなる。
「念入りなことだな」
「人間とは力の差があるからねえ」
「国として再起できれば、人間には脅威よ」
「現状だと無理なのだろ?」
「他の魔族と連絡を取りようがないわ」
「もし誰かが旗揚げするなら合流するのか?」
「行かないわよ。貴方も行ってほしくないでしょ?」
「私たちはフォルトのものよお」
「………………」
(これは恥ずかしい。確かに手放すつもりはないけど、正面から言われれるとなあ。それに何だか……)
フォルトは流さないで良い汗が出そうになった。顔が赤くなっているかは分からないが、頬に熱を持ったようだ。
そのとき、魔物の鳴き声が聞こえた。
「「ギョーッ!」」
人が発する声ではないので、おそらくは魔物だと思われる。
フォルトがルリシオンに顔を向けると、それを肯定した。
「コカトリスだわあ。数がいるようねえ」
「私たちなら余裕でしょ。ルリちゃん、やるわよ」
「まぁ待て」
恥ずかしさが残るフォルトは、戦闘態勢に入ろうとした姉妹を止める。
彼女たちに嬉しくさせてもらった礼をするつもりだった。また自身の戦闘力を試してみたいとも思った。今まで戦闘らしい戦闘をしたことがないのだ。
だいぶ前に魔の森で、オーガを少し倒した程度だった。
「俺がやってみる」
「珍しいわねえ」
「怠惰なくせに!」
「ははっ。その代わりに昼食の準備をしてくれ」
フォルトは無造作に右手を突き出して、周囲を見渡す。だが視覚に入る範囲には、コカトリスがいないようだ。
そこで……。
【マス・キャプチャー/集団・捕捉】
最初の魔法で、敵対行動を取っているコカトリスを補足する。
岩陰に隠れているようで、十体はいるだろう。
【マジック・アロー/魔力の矢】
次にフォルトは、魔力で作られた矢を宙に浮かべた。
これは先端が尖っておらず、どうも殴打する矢のようだ。無属性魔法で初級に該当するとはいえ、その数がどんどん増えていく。魔力を多めに込めることで可能だが、合計五百本の魔力の矢など見た者はいないだろう。
「うひょ!」
フォルトはゆっくりと右手を挙げて、大袈裟に振り下ろした。と同時に、すべてのコカトリスに魔法が飛んだ。
本来は魔法を使うのに、そのような行動は必要無い。ただのパフォーマンスになるが、自身の厨二病が表に出てしまった。アニメのようなホーミングレーザーを撃つ気分で、思わず胸が熱くなったのだ。
コカトリスたちは圧倒的な数の矢で殴打され、すべてがミンチ肉となった。
「終わったぞ」
「改めて思うけど、魔人は凄いわね」
「デタラメねえ」
「昼食の準備は?」
「ふふっ。これが精一杯よ」
「あはっ! どうぞ召し上がれえ」
昼食用に持ってきたオヤツと肉は、ダマス荒野を訪れるまでに消費していた。なので準備と言っても、言葉通りの意味ではない。
準備のできたマリアンデールとルリシオンは、顔を見合わせてフォルトに近づいてくる。また先ほどまで二人のいた場所には、二枚の布が落ちている。
そして姉妹は、体を預けてくるのだった。
◇◇◇◇◇
西側の双竜山の北に、十人の人間がいた。
顔を隠すマスク・黒い全身服・迷彩マントの三点セットを着用している。
「さぁ向かうわよん」
「「はっ!」」
その人間たちの前には、一人の女性らしき者がいる。
ミスリル鉱石で製作されたピンク色の胸当てを装備して、胸の部分が大きく膨らんでいた。腰当も同様で、スリットのあるスカートが付いている。
そこから見えるのは、ぶっとい筋肉質の足だった。
「あらん。私の顔に何か付いているのかしら?」
「い、いえ!」
十人の人間は、ゲテモノでも見るような目をしている。
その姿は特徴的で、一度視界に捉えれば忘れないだろう。彼女はモヒカン頭で、筋肉質の男性である。身長は二メートルぐらいか。
フォルトが見れば、どこかの世紀末雑魚を思い浮べるはずだ。
そして、側頭部に二本の角が生えている魔族だった。
彼? は魔族の名家ホルノス家の嫡男ヒスミールという人物だ。
「この後の我々はどうすれば?」
「私についてくるだけでいいのよん」
「分かりました!」
ヒスミールを先頭に、十人の人間が双竜山を登る。
ここには、オークとオーガが棲息しているとの情報が入っていた。
「大丈夫でしょうか?」
「あらん。心配は要らないわよん」
「我らは生粋の兵士ではありませんので……」
「気にしないでいいのよん。黙ってついてくるだけねん」
この場にいる人間たちは、ソル帝国が魔族を囲っていたのを知らなかった。
ヒスミールについては、この十人だけに知らされた機密情報である。とはいえ今回の任務は、彼らを先導して双竜山を越えることだ。
一人の脱落者も出さないように……。
「「グオオオオッ!」」
周囲を警戒しながら山を登っていくと、オーガに発見されてしまう。
亜人や魔物のほうが、人間よりも鼻が利く。対策をしていなければ、先に発見されるのは必定だった。
ヒスミールは人差し指を顎に沿えて、少女のように可愛らしく? 首を傾げる。腰をクネクネと動かし、見る者の目を背けさせた。
もちろん本人に、そのつもりはない。
「えっとねん。三体よん」
「分かるのですか?」
「うふふ。この程度はねん」
ヒスミールが口角を上げると、岩陰からオーガが三体も現れる。人間を餌と思っているので、その顔は歓喜に満ちているようだ。
暴力を体現したかのような肉体は、人間など簡単に潰せてしまう。
「「ウガアアアアッ!」」
「食ウ! 肉ッ!」
「じゃあ貴方たちは、そこで見てるのねん!」
オーガたちは雄たけびを上げながら、大きな棍棒を振り上げる。
そして、そのまま突っ込んできた。
「行くわよーん!」
オーガと同時に、ヒスミールも飛び出す。
自身の武器は、蛇腹剣と呼ばれる特殊な剣である。刃の部分が鉄のワイヤーで繋がれており、等間隔に分裂するのだ。
剣の剛性と鞭の柔軟性を持った武器だった。
「「グオオオオッ!」」
「まず一体よん。どらあっ!」
ヒスミールは蛇腹剣を鞭のように伸ばして、オーガの首に巻き付けた。
そして一気に引き戻しながら、巨体を宙に浮かせる。次に地面に向かって、豪快に頭から叩きつけた。
それを確認した後は、首に巻き付けた蛇腹剣を引き戻す。と同時に分裂した刃が太い首に食い込んで、そのまま息の根を止めた。
「ウガッ? ウガアアアッ!」
「二体目ねん。『強体』よーん!」
このスキルは筋力を増加して、体を強固かつ頑丈にする。身体強化系魔法のストレングスと防御系魔法のシールドが、同時に発動するようなスキルだ。
蛇腹剣は、一体目のオーガの首に巻き付いた状態だった。ならばと武器を捨てたヒスミールは、物凄いダッシュ力で二体目のオーガの懐に踏み込む。
スキルの特性を活かして、オーガの分厚い腹を拳で殴りつけるつもりだ。
「どらあっ!」
「ウガアアアアッ!」
オーガの筋肉は強固である。
人間が素手で殴っても、普通は効かない。しかしながらヒスミールの拳は腹に食い込んで、オーガの体をくの字に曲げた。
「どらどらどらどらどらっ!」
丁度良い高さに下がったオーガの顔に、ヒスミールは拳の連打を撃ち込む。右拳で殴れば、すぐ左拳で殴る。
まるで暴風が吹いているように、足元からは土煙が舞う。
「ウガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!」
「トドメよーん!」
「グガッア!」
最後は、オーガの鼻っ柱に右の拳を撃ち込んで終わりだった。
これで、二体目が地面に崩れ落ちる。完全に鼻を潰して、頭蓋骨を砕いたのだ。圧巻の勝利である。
「逃ゲル!」
簡単に二体が敗北したので、最後の一体は逃げ出した。
知能が低くても、勝敗の判断ぐらいはできるものだ。
「ヒスミール様、逃げたオーガは追わないのですか?」
「放っておくのよん。あれはもう向かってこないわん」
「そっそうですか……」
ヒスミールは蛇腹剣を拾いながら、この場から逃げたオーガを一瞥した。
それを眺めていた人間たちは、口をポカンと開けて唖然としている。
「さぁ敵はいなくなったわん! さっさと向かうわよん」
「「はっ!」」
以降の遭遇戦も、魔族のヒスミールが一人で戦った。
もう当分の間は、オーガに襲われない。オークも数体を撃破しただけで、遠くから監視しているだけだった。
「しかし、ヒスミール様はお強いですなあ」
「私は魔族よん。当たり前だわん」
「い、いや。聞いていた話とは……」
「あら。私の武勇伝に興味があるのかしら?」
「そうですね」
「ならベッドの中で教えてあげるわよーん!」
「けっ結構です!」
「つれないわねん。そんな子にはお仕置きねーん!」
話しかけてきた人間に向かって、ヒスミールは抱き着いた。
それからマスクを引っぺがし、頬に唇を押し当てる。
「ひっ、ひい!」
「あらやだ。そんなに喜ばなくてもいいのよん?」
ヒスミールはウインクしながら、なぜか怯えてしまった男性から離れる。
他の十人も一斉に離れたが、もちろん意に介さない。
「そっそれよりもヒスミール様、森を見てください」
「どうかしたのかしら?」
今度は別の男性が話しかけてきた。
マスクを着用しているので、誰が誰だか分からない。とはいえ言われたとおり、眼下に見える双竜山の森へ視線を移した。
「何かしら? 湖の近くに建物があるわねん」
「はい。何者かが住んでいるのでしょうか?」
「さあねぇ。兵士でも駐屯してるんじゃないかしら?」
「それは……。報告しないといけません!」
「帰ったら私がしておくわん。貴方たちは別の任務があるでしょ?」
「お願いします!」
建物などに構っている暇は無かった。ヒスミールは一刻も早く双竜山を越えて、人間たちをエウィ王国に送り届けなければならない。
もたもたしていたら、今までの戦闘を見てない魔物が寄ってくる。
「さぁもうすぐよん!」
「「はっ!」」
ヒスミールの一行は、さっさと山中を進んでいく。双竜山の麓に着けば、魔物に襲われないだろう。送り届けた人間たちは、それぞれの任務につく。
ソル帝国に囲ってもらった恩を返すのも、ホルノス家嫡男の務めだった。
たとえそれが仇敵の人間であっても、だ。
(帝国は魔族をどうしたいのかしらねん)
魔族を囲った理由は聞いている。しかしながらそれを信用するほど、ヒスミールは馬鹿ではない。もちろんそれは、ソル帝国も分かっているだろう。
お互いの利益のために利用し合う関係といったところか。
そんなことを考えながら、十人の人間を送り出すのだった。
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