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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第七章 奴隷と小悪魔
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近づく者たち1

 エウィ王国城塞都市ソフィアには、武装した男女が往来する建物があった。

 こちらの世界には前人未到の地が多く存在し、魔の森に代表される魔物の領域がある。もちろん、古代の遺跡やダンジョンも存在する。

 そのような場所を、危険を承知で探索に向かう。または、人間の脅威である魔物を討伐するのが冒険者である。

 彼らをまとめる組織を、ちまたでは冒険者ギルドと呼ぶ。


「ヘイ、シルビア! 仕事はあったか?」

「ノゥ。ドボが来るのを待ってたのよ」


 冒険者ギルドには、様々な仕事が持ち込まれる。

 それらを請け負って依頼を達成させることで、金銭を稼ぐのが冒険者だ。しかしながら、危険な仕事が多い。

 それ以外にも、下水道処理や書類整理などの簡単な仕事もある。

 言ってみれば、何でも屋だった。

 もちろん、そういった仕事は報酬が安い。


「なんだあ。俺に愛の告白か?」

「寝言は寝てから言いなよ」

「へへっ。ベッドの中で聞きたいだろ?」

「また窓から外に放り出されたいのかい?」


 冒険者ギルドの中で立ち話をしている男女が、シルビアとドボ。

 ソフィアに召喚された異世界人で、なんと米国人である。勇者候補に選ばれなかったために、城から退去して冒険者として生活していた。


「はははっ! ちょっとした夜這よばいじゃねぇか」

「いくら私の体が魅力的だからってねぇ」

「ちぇ。地元ならなあ」

「どこだっけ?」

「テキサスだよ。懐かしいぜ」

「私はコロラドに未練はないよ」

「未練はねぇがよ。地元のチームにスカウトされてたんだぜ?」

「NFLか? 万年最下位だろ。入らなくて良かったね」

「言ってろ!」


 黒人のドボは、アメリカン・フットボール選手らしい屈強な体格だ。

 正面からのぶつかり合いなら、相手を吹っ飛ばすぐらいはできる。また見た目からは想像できないほど足が速い。

 シルビアは白人で、まるでモデルのような体型をしている。

 コロラドの大学に在籍して、チアリーダーをやっていた。口調と気性が荒いのは、プロレスラーだった父親譲りである。


「んで?」

「まずはクレアの店に行くよ」

「いいぜ。腹は減ってるからな」


 会話はそこそこで、シルビアがドボを連れて冒険者ギルドを出た。

 二人は並んで歩き、都市の大通りに向かう。次に小道に入ったところで、空腹を刺激する匂い漂ってきた。

 そして、一軒の店に入る。


「いらっしゃい!」

「クレア、飯を食いにきたよ」


 二人を出迎えたのは、シルビアと同様に白人の米国人だ。

 出身はハワイで、観光客相手に飲食業を営んでいた。


「毎度! シルビアはいつものでいい?」

「俺もそれでいいぜ」

「ドボも来たんだ」

「来たら拙いのかよ?」

「へへ。冗談だよ」


 クレアは経験を活かして、城塞都市ソフィアで飲食店を経営している。

 こちらの世界の食材は、質が悪く苦労しているようだった。


「ヘイ! フリフリチキンっぽいチキン、お待ちっ!」

「結局フリフリソースは作れなかったのか?」

「無理っ! でもチキンは骨付きにしてもらったよ」


 本来であれば、テリヤキ風のフリフリソースに鶏肉を漬け込む。だがそんなソースは作れなかったので、見た目だけは近づけたのだ。

 それでも料理の受けは良く、客足は伸びていた。小料理店ながら常連になった客も増えて、生活が軌道に乗っているようだった。


「私も一緒に食べちゃお」


 現在は飯時からズレており、客が一人もいなかった。

 こういった時間に食べておかないと、繁雑時は暇が無い。


「わざわざ二人で来てどうしたの? ヤッたの?」

「ヤラねぇよ」

「ヤラせてくれねぇんだよ!」

「あったりめえだろ! 誰にでも股を開く女じゃないよ」

「じゃあ、どんな男ならいいんだ?」

「そうだなあ。パパみたいな奴がいいな」

「シルビアの親父さんって……。悪役レスラーじゃねぇか!」

「家では優しかったんだよ!」


 シルビアは母親を早くに亡くして、男手一つで育てられた。

 父親が悪役レスラーの道を選んだ理由は、娘を大学に通わせるためだ。デビューした当時は正統派レスラーだったらしい。

 ともあれその父親は、彼女が召喚される前には亡くなっていた。だからこそ、故郷に未練が無い。


「フリッツはどうした?」

「仕入れで出てるよ。夕方には戻るんじゃないかな?」

「しかし、さっさと結婚しちまいやがってよお」

「へへ。こっちの世界は一人でやっていけないよ」


 フリッツとはクレアの旦那で、シルビアやドボと同様に米国人だ。

 二人は城から出た後、すぐに結婚してしまった。とはいえそれは、自分たちの力量と職業紹介所の仕事を考慮した結果である。

 恋愛から結ばれたわけではなく、生活を安定させるためだった。だが結婚してしまえば、お互いに恋愛感情も生まれる。

 今ではもう相思相愛だった。


「俺らは一人でやってるがな」

「二人は強いからいいじゃん! うちらは駄目よ」

「これでも勇者候補じゃねぇんだよなあ」

「レベルは?」

「十七だぜ。シルビアは?」

「同じだよ。なかなか上がらないね」

「なら二人とも、専属の兵士になっちゃえば?」

「冗談。冒険者のほうが気楽だね」

「俺もだな。気楽が一番だぜ!」


 城から退去する異世界人は、とある二択に迫られる。

 運動神経に自信がある者は、冒険者や兵士を選択する。逆にそれが無い者は、普通の国民として暮らす。

 シルビアとドボは前者で、クレアとフリッツが後者だ。

 そして、冒険者や兵士を選んだ場合。どちらが良いかと問われれば、普通なら兵士を選択するものだ。毎月給金が支給されるので、収入が安定する。

 それでも前者の二人は、危険を承知の冒険者を選択した。登録も簡単で、仕事も力量にあったものを探せる。

 安定した生活とは程遠いが、それよりも自由を選択した。


「シルビアよお。そろそろ俺を待ってた理由を教えてくれよ」

「その前にさ。ドボはレイバン男爵って知ってるかい?」

「いんや。貴族なんて知らねぇよ」

「そいつから指名の依頼でさ」

「ほう。シルビアって、そんなに有名だっけ?」

「違げぇよ! 異世界人をご指名さ」

「んで?」

「一緒にやらねぇかって話だよ」

「ヤラせてくれんのか?」

「仕事を、ね。夜這いにきたら、今度は斬るよ?」

「へいへい」


 テーブルに肩ひじを付いたシルビアが、ドボに依頼内容を伝える。

 仕事自体は難しくなく、報酬が高い良依頼だった。とはいえ彼女は何となくに落ちなかったので、セクハラを覚悟して誘ったのだ。

 どうやら彼にも分かったらしく、顔をしかめている。

 それでも、冒険者ギルドを通した正式な依頼だった。二人は顔を見合わせてうなずき合うと、依頼を開始する前にクレアの料理を腹に収めるのだった。



◇◇◇◇◇



 本日の双竜山の森は、久々に大雨が降っていた。

 そういった日のフォルトは、屋敷の中で過ごすと決めている。丁度二人の男女が屋敷を訪ねてきたので、ソフィアと一緒に食堂で相手をしていた。


「ソフィア、子供はまだか?」

「はい?」

「い、いや。孫が楽しみでな!」

「あなた。ソフィアは匿っていただいているだけですわよ?」

「そっそうだったな!」


 フォルトの対面には、ソフィアの両親ソネンとフィオレが座っている。

 聖女剥奪(はくだつ)の件を伝えたかったので、タイミングとしては良かった。だが父親のほうは、何かを勘違いしている。

 親馬鹿なのを分かっているが、娘とは付き合ってすらいない。


「ソフィアは「聖女」の称号が消えたのだな?」

「はい母様。ところで、新たな聖女は任命されたのでしょうか?」

「神殿からは何の発表もありませんわね」

「そうですか。タイミングがよく分かりません」


 聖神イシュリルから神託が下されて、すぐに剥奪されたのなら分かる。

 そして、次の聖女が決定した後も同様だ。しかしながら今の時期になって、ソフィアのカードから称号が消えた理由は理解できない。

 それはフォルトも同様だったので、少しばかり考えてみた。


(神様のことは分からないけど、狙いがあるようには思えんな。俺が思うに、こちらの世界の神様はポンコツ系なんだよ。きっとそうだ)


「適当なんじゃないか?」

「フォルト様、さすがにそれは……」


 フォルトのツッコミに対して、ソフィアが苦笑いを浮かべている。神様が完全無欠の存在だと思われているのは、どちらの世界でも同様か。

 それはさておき、人間よりははるかに完璧だと思われる。


「外の状況はどうなっていますか?」

「大きなところだと、デルヴィ伯爵夫人が病死された」

「え? ミリア様がですか?」


 デルヴィ伯爵夫人ミリア。

 エウィ王国の属国カルメリー王国の第一王女にして、十七歳の若さで齢六十の老人に嫁いだ。

 完全な政略結婚だったが、つい先日亡くなったようだ。


「厚顔無恥なのか、すぐにカルメリー王国へ婚姻の使者を飛ばしたのだ」

「まあ!」

「第二王女のミリエ様を希望だそうだ。恥知らずにも程がある!」

「あの国はデルヴィ伯爵の思いどおりですからね」

「だが、カルメリー王は渋っているそうだ」

「当たり前です。まだ喪も明けていないのに婚姻などと……」

「いくら思いどおりでも、慣習に習うべきですね」


(デルヴィ伯爵って奴は嫌われまくってるなあ。俺に金貨を渡そうとしたし、かなり面倒臭い人間なのだろう。受け取らなくて正解だ)


 今この場面で、フォルトの出番は無い。

 親子の会話を黙って聞くのみだ。オヤツとして出されているポテトチップスを、パリパリと食べておくにかぎる。


「俺は空気」

「フォルト様、何か仰いましたか?」

「い、いや。どうぞ続けてください」

「はい」

「そう言えば、新たな聖女候補者の神託がありませんね」

「あら。私のときはありましたよ?」

「やっぱり適当では?」

「そっそうかもしれませんね」


 乾いた笑みを浮かべたソフィアも、段取りが悪すぎると思ったのか。フォルトの言葉に頷いている。しかしながら、何かが引っかかるようだ。

 聖神イシュリルがそこまで適当とは、どうしても思えないのだろう。

 それはソネンも同様のようで、他の可能性を提示した。


「もしかして、神殿勢力が隠しているのか?」

「まさか。そんなことはないと思いますわ」

「そうですよ。聖神イシュリルの怒りを買ってしまうでしょう」

「怒りって……」

「はい?」

「買ったことがあるの?」

「「………………」」


 フォルトの何気ない一言で、親子三人が固まってしまった。おそらくだが、神の怒りらしい出来事を思い出しているのだろう。

 こちらとしては、どうでも良い話だったが……。


「なっ何十年か前ですが、双竜山で地面が揺れましたわよ!」

「何に対して怒りを買ったのでしょう?」

「え?」

「そう言えばありま……」

「あ、いいです。これ以上はやめておきましょう」


 フィオレが慌てていたので、フォルトはソフィアの言葉を遮る。

 何となくだが、これ以上続けたらいけない気がした。宗教とは怖いものだ。信じていたものが崩れると、人間は思いもよらない行動をとる。


(良いことがあれば神様のおかげで、悪いことがあれば悪魔の仕業でいいよな。宗教なんてそういうものだし……)


 無神論者のフォルトは、簡潔に脳内でまとめてしまう。

 それよりも気になることがあったので、今のうちに聞いておく。


「こっちの世界の埋葬方法は?」

「土葬が基本だ。以降はアンデッドにならないよう浄化する」

「なるほど。葬儀はいつ頃ですか?」

「そろそろではないか? 通知は届いていないが……」

「ふーん」


(これは、労せず女性の死体が手に入る? そしたらまた悪魔を召喚して、ミリアとやらに受肉させてもいいな。俺の自堕落生活を快適なものとするために!)


 デルヴィ伯爵夫人は、おそらく可愛いか美しいだろう。

 もしもそうならばアバターも兼ねて、眷属けんぞくのルーチェのようにしても良い。彼女が受肉した女性をガチャで例えると、ノーマルガチャで当たりを引いた。

 今回は相手が分かっている。とはいえ、まだ見たことがない。


「ソフィアさんから見たミリエさんって……」

「え?」

「こう……。可愛いとか美しいとか?」

「どちらとも言える女性でしたよ」

「ソフィアさんよりも?」

「っ!」

「やはり分かっているな。俺のソフィアが可愛いのを!」

「まあまあ。そんなに私のソフィアが美しいですか?」

「父様! 母様!」


 ソフィアの顔が真っ赤である。

 それにしても両親の反応を見ると、フォルトは蕁麻疹じんましんが出そうだ。


「とっとにかく、王女様でしたので!」

「そうですか? 楽しみだな」

「え?」

「あ、いや。それよりも、まだ様子を見るのですか?」


 受肉については言えないので、この場でははぐらかしておく。

 ともあれデルヴィ伯爵については、暫く様子を見るとの話だった。伯爵がうわさどおりの人物であれば、ソフィアを入手しようと狙ってくる。だからこそフォルトが彼女を庇護ひごしたわけだが、あくまでも最悪を考えてのこと。

 様子見が終わらない間は、彼女との生活が続く。


「そうなるな。聖女が決まるまでは何もしないだろう」

「こっちからは何か仕かけないので?」

「仕かけると言ってもな」

「例えばですが、レイバン男爵あたりを突いてみれば?」

「むっ! しかし……。うーむ」

「嫌がらせ程度でもいいと思いますね」


 特に狙いがあるわけではない。グリム家から動けば、「レイバン男爵の使者が来なくなるかな」と思っただけだ。

 彼らに内緒で、フォルトに接触しようとしてるのだから……。


(さてと……。でへ。柔らかい)


 顔の筋肉が緩み始めたフォルトは、三人に気づかれないよう右手を動かす。

 隣には、『透明化とうめいか』で消えているカーミラが立っているのだ。ならばと手に伝わる感触を堪能して、会話の続きを聞くのだった。

Copyright©2021-特攻君

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