近づく者たち1
エウィ王国城塞都市ソフィアには、武装した男女が往来する建物があった。
こちらの世界には前人未到の地が多く存在し、魔の森に代表される魔物の領域がある。もちろん、古代の遺跡やダンジョンも存在する。
そのような場所を、危険を承知で探索に向かう。または、人間の脅威である魔物を討伐するのが冒険者である。
彼らをまとめる組織を、巷では冒険者ギルドと呼ぶ。
「ヘイ、シルビア! 仕事はあったか?」
「ノゥ。ドボが来るのを待ってたのよ」
冒険者ギルドには、様々な仕事が持ち込まれる。
それらを請け負って依頼を達成させることで、金銭を稼ぐのが冒険者だ。しかしながら、危険な仕事が多い。
それ以外にも、下水道処理や書類整理などの簡単な仕事もある。
言ってみれば、何でも屋だった。
もちろん、そういった仕事は報酬が安い。
「なんだあ。俺に愛の告白か?」
「寝言は寝てから言いなよ」
「へへっ。ベッドの中で聞きたいだろ?」
「また窓から外に放り出されたいのかい?」
冒険者ギルドの中で立ち話をしている男女が、シルビアとドボ。
ソフィアに召喚された異世界人で、なんと米国人である。勇者候補に選ばれなかったために、城から退去して冒険者として生活していた。
「はははっ! ちょっとした夜這いじゃねぇか」
「いくら私の体が魅力的だからってねぇ」
「ちぇ。地元ならなあ」
「どこだっけ?」
「テキサスだよ。懐かしいぜ」
「私はコロラドに未練はないよ」
「未練はねぇがよ。地元のチームにスカウトされてたんだぜ?」
「NFLか? 万年最下位だろ。入らなくて良かったね」
「言ってろ!」
黒人のドボは、アメリカン・フットボール選手らしい屈強な体格だ。
正面からのぶつかり合いなら、相手を吹っ飛ばすぐらいはできる。また見た目からは想像できないほど足が速い。
シルビアは白人で、まるでモデルのような体型をしている。
コロラドの大学に在籍して、チアリーダーをやっていた。口調と気性が荒いのは、プロレスラーだった父親譲りである。
「んで?」
「まずはクレアの店に行くよ」
「いいぜ。腹は減ってるからな」
会話はそこそこで、シルビアがドボを連れて冒険者ギルドを出た。
二人は並んで歩き、都市の大通りに向かう。次に小道に入ったところで、空腹を刺激する匂い漂ってきた。
そして、一軒の店に入る。
「いらっしゃい!」
「クレア、飯を食いにきたよ」
二人を出迎えたのは、シルビアと同様に白人の米国人だ。
出身はハワイで、観光客相手に飲食業を営んでいた。
「毎度! シルビアはいつものでいい?」
「俺もそれでいいぜ」
「ドボも来たんだ」
「来たら拙いのかよ?」
「へへ。冗談だよ」
クレアは経験を活かして、城塞都市ソフィアで飲食店を経営している。
こちらの世界の食材は、質が悪く苦労しているようだった。
「ヘイ! フリフリチキンっぽいチキン、お待ちっ!」
「結局フリフリソースは作れなかったのか?」
「無理っ! でもチキンは骨付きにしてもらったよ」
本来であれば、テリヤキ風のフリフリソースに鶏肉を漬け込む。だがそんなソースは作れなかったので、見た目だけは近づけたのだ。
それでも料理の受けは良く、客足は伸びていた。小料理店ながら常連になった客も増えて、生活が軌道に乗っているようだった。
「私も一緒に食べちゃお」
現在は飯時からズレており、客が一人もいなかった。
こういった時間に食べておかないと、繁雑時は暇が無い。
「わざわざ二人で来てどうしたの? ヤッたの?」
「ヤラねぇよ」
「ヤラせてくれねぇんだよ!」
「あったりめえだろ! 誰にでも股を開く女じゃないよ」
「じゃあ、どんな男ならいいんだ?」
「そうだなあ。パパみたいな奴がいいな」
「シルビアの親父さんって……。悪役レスラーじゃねぇか!」
「家では優しかったんだよ!」
シルビアは母親を早くに亡くして、男手一つで育てられた。
父親が悪役レスラーの道を選んだ理由は、娘を大学に通わせるためだ。デビューした当時は正統派レスラーだったらしい。
ともあれその父親は、彼女が召喚される前には亡くなっていた。だからこそ、故郷に未練が無い。
「フリッツはどうした?」
「仕入れで出てるよ。夕方には戻るんじゃないかな?」
「しかし、さっさと結婚しちまいやがってよお」
「へへ。こっちの世界は一人でやっていけないよ」
フリッツとはクレアの旦那で、シルビアやドボと同様に米国人だ。
二人は城から出た後、すぐに結婚してしまった。とはいえそれは、自分たちの力量と職業紹介所の仕事を考慮した結果である。
恋愛から結ばれたわけではなく、生活を安定させるためだった。だが結婚してしまえば、お互いに恋愛感情も生まれる。
今ではもう相思相愛だった。
「俺らは一人でやってるがな」
「二人は強いからいいじゃん! うちらは駄目よ」
「これでも勇者候補じゃねぇんだよなあ」
「レベルは?」
「十七だぜ。シルビアは?」
「同じだよ。なかなか上がらないね」
「なら二人とも、専属の兵士になっちゃえば?」
「冗談。冒険者のほうが気楽だね」
「俺もだな。気楽が一番だぜ!」
城から退去する異世界人は、とある二択に迫られる。
運動神経に自信がある者は、冒険者や兵士を選択する。逆にそれが無い者は、普通の国民として暮らす。
シルビアとドボは前者で、クレアとフリッツが後者だ。
そして、冒険者や兵士を選んだ場合。どちらが良いかと問われれば、普通なら兵士を選択するものだ。毎月給金が支給されるので、収入が安定する。
それでも前者の二人は、危険を承知の冒険者を選択した。登録も簡単で、仕事も力量にあったものを探せる。
安定した生活とは程遠いが、それよりも自由を選択した。
「シルビアよお。そろそろ俺を待ってた理由を教えてくれよ」
「その前にさ。ドボはレイバン男爵って知ってるかい?」
「いんや。貴族なんて知らねぇよ」
「そいつから指名の依頼でさ」
「ほう。シルビアって、そんなに有名だっけ?」
「違げぇよ! 異世界人をご指名さ」
「んで?」
「一緒にやらねぇかって話だよ」
「ヤラせてくれんのか?」
「仕事を、ね。夜這いにきたら、今度は斬るよ?」
「へいへい」
テーブルに肩ひじを付いたシルビアが、ドボに依頼内容を伝える。
仕事自体は難しくなく、報酬が高い良依頼だった。とはいえ彼女は何となく腑に落ちなかったので、セクハラを覚悟して誘ったのだ。
どうやら彼にも分かったらしく、顔をしかめている。
それでも、冒険者ギルドを通した正式な依頼だった。二人は顔を見合わせて頷き合うと、依頼を開始する前にクレアの料理を腹に収めるのだった。
◇◇◇◇◇
本日の双竜山の森は、久々に大雨が降っていた。
そういった日のフォルトは、屋敷の中で過ごすと決めている。丁度二人の男女が屋敷を訪ねてきたので、ソフィアと一緒に食堂で相手をしていた。
「ソフィア、子供はまだか?」
「はい?」
「い、いや。孫が楽しみでな!」
「あなた。ソフィアは匿っていただいているだけですわよ?」
「そっそうだったな!」
フォルトの対面には、ソフィアの両親ソネンとフィオレが座っている。
聖女剥奪の件を伝えたかったので、タイミングとしては良かった。だが父親のほうは、何かを勘違いしている。
親馬鹿なのを分かっているが、娘とは付き合ってすらいない。
「ソフィアは「聖女」の称号が消えたのだな?」
「はい母様。ところで、新たな聖女は任命されたのでしょうか?」
「神殿からは何の発表もありませんわね」
「そうですか。タイミングがよく分かりません」
聖神イシュリルから神託が下されて、すぐに剥奪されたのなら分かる。
そして、次の聖女が決定した後も同様だ。しかしながら今の時期になって、ソフィアのカードから称号が消えた理由は理解できない。
それはフォルトも同様だったので、少しばかり考えてみた。
(神様のことは分からないけど、狙いがあるようには思えんな。俺が思うに、こちらの世界の神様はポンコツ系なんだよ。きっとそうだ)
「適当なんじゃないか?」
「フォルト様、さすがにそれは……」
フォルトのツッコミに対して、ソフィアが苦笑いを浮かべている。神様が完全無欠の存在だと思われているのは、どちらの世界でも同様か。
それはさておき、人間よりは遥かに完璧だと思われる。
「外の状況はどうなっていますか?」
「大きなところだと、デルヴィ伯爵夫人が病死された」
「え? ミリア様がですか?」
デルヴィ伯爵夫人ミリア。
エウィ王国の属国カルメリー王国の第一王女にして、十七歳の若さで齢六十の老人に嫁いだ。
完全な政略結婚だったが、つい先日亡くなったようだ。
「厚顔無恥なのか、すぐにカルメリー王国へ婚姻の使者を飛ばしたのだ」
「まあ!」
「第二王女のミリエ様を希望だそうだ。恥知らずにも程がある!」
「あの国はデルヴィ伯爵の思いどおりですからね」
「だが、カルメリー王は渋っているそうだ」
「当たり前です。まだ喪も明けていないのに婚姻などと……」
「いくら思いどおりでも、慣習に習うべきですね」
(デルヴィ伯爵って奴は嫌われまくってるなあ。俺に金貨を渡そうとしたし、かなり面倒臭い人間なのだろう。受け取らなくて正解だ)
今この場面で、フォルトの出番は無い。
親子の会話を黙って聞くのみだ。オヤツとして出されているポテトチップスを、パリパリと食べておくにかぎる。
「俺は空気」
「フォルト様、何か仰いましたか?」
「い、いや。どうぞ続けてください」
「はい」
「そう言えば、新たな聖女候補者の神託がありませんね」
「あら。私のときはありましたよ?」
「やっぱり適当では?」
「そっそうかもしれませんね」
乾いた笑みを浮かべたソフィアも、段取りが悪すぎると思ったのか。フォルトの言葉に頷いている。しかしながら、何かが引っかかるようだ。
聖神イシュリルがそこまで適当とは、どうしても思えないのだろう。
それはソネンも同様のようで、他の可能性を提示した。
「もしかして、神殿勢力が隠しているのか?」
「まさか。そんなことはないと思いますわ」
「そうですよ。聖神イシュリルの怒りを買ってしまうでしょう」
「怒りって……」
「はい?」
「買ったことがあるの?」
「「………………」」
フォルトの何気ない一言で、親子三人が固まってしまった。おそらくだが、神の怒りらしい出来事を思い出しているのだろう。
こちらとしては、どうでも良い話だったが……。
「なっ何十年か前ですが、双竜山で地面が揺れましたわよ!」
「何に対して怒りを買ったのでしょう?」
「え?」
「そう言えばありま……」
「あ、いいです。これ以上はやめておきましょう」
フィオレが慌てていたので、フォルトはソフィアの言葉を遮る。
何となくだが、これ以上続けたらいけない気がした。宗教とは怖いものだ。信じていたものが崩れると、人間は思いもよらない行動をとる。
(良いことがあれば神様のおかげで、悪いことがあれば悪魔の仕業でいいよな。宗教なんてそういうものだし……)
無神論者のフォルトは、簡潔に脳内でまとめてしまう。
それよりも気になることがあったので、今のうちに聞いておく。
「こっちの世界の埋葬方法は?」
「土葬が基本だ。以降はアンデッドにならないよう浄化する」
「なるほど。葬儀はいつ頃ですか?」
「そろそろではないか? 通知は届いていないが……」
「ふーん」
(これは、労せず女性の死体が手に入る? そしたらまた悪魔を召喚して、ミリアとやらに受肉させてもいいな。俺の自堕落生活を快適なものとするために!)
デルヴィ伯爵夫人は、おそらく可愛いか美しいだろう。
もしもそうならばアバターも兼ねて、眷属のルーチェのようにしても良い。彼女が受肉した女性をガチャで例えると、ノーマルガチャで当たりを引いた。
今回は相手が分かっている。とはいえ、まだ見たことがない。
「ソフィアさんから見たミリエさんって……」
「え?」
「こう……。可愛いとか美しいとか?」
「どちらとも言える女性でしたよ」
「ソフィアさんよりも?」
「っ!」
「やはり分かっているな。俺のソフィアが可愛いのを!」
「まあまあ。そんなに私のソフィアが美しいですか?」
「父様! 母様!」
ソフィアの顔が真っ赤である。
それにしても両親の反応を見ると、フォルトは蕁麻疹が出そうだ。
「とっとにかく、王女様でしたので!」
「そうですか? 楽しみだな」
「え?」
「あ、いや。それよりも、まだ様子を見るのですか?」
受肉については言えないので、この場でははぐらかしておく。
ともあれデルヴィ伯爵については、暫く様子を見るとの話だった。伯爵が噂どおりの人物であれば、ソフィアを入手しようと狙ってくる。だからこそフォルトが彼女を庇護したわけだが、あくまでも最悪を考えてのこと。
様子見が終わらない間は、彼女との生活が続く。
「そうなるな。聖女が決まるまでは何もしないだろう」
「こっちからは何か仕かけないので?」
「仕かけると言ってもな」
「例えばですが、レイバン男爵あたりを突いてみれば?」
「むっ! しかし……。うーむ」
「嫌がらせ程度でもいいと思いますね」
特に狙いがあるわけではない。グリム家から動けば、「レイバン男爵の使者が来なくなるかな」と思っただけだ。
彼らに内緒で、フォルトに接触しようとしてるのだから……。
(さてと……。でへ。柔らかい)
顔の筋肉が緩み始めたフォルトは、三人に気づかれないよう右手を動かす。
隣には、『透明化』で消えているカーミラが立っているのだ。ならばと手に伝わる感触を堪能して、会話の続きを聞くのだった。
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