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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第六章 聖女剥奪
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(幕間)勇者候補チーム その後2

 エウィ王国を含む人間の国では、都市や町の周囲を高い壁で囲んでいる。

 そのために、人口の増加は由々しき問題だった。壁の拡張には、莫大ばくだいな金銭や資材を投入する必要があるのだ。

 当然のように、食料の消費量も増える。

 問題の解決策として、開拓村の設営という政策を採っていた。主な産業は農業や酪農業で、自給自足率や税収も増加させられる。

 ただしこちらの世界には、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているのだ。人間の住める場所は限られており、魔物の領域を避けて設営していた。

 その開拓村の一つに、シュン率いる勇者候補チームが訪れている。


「田舎だな」

「そうだね」

「魔物なんているのかよ?」

「休暇だぜ? 魔物がいるところに行ってどうするよ」

「のどかね。でも、観光する場所なんて無いよ?」

「あれでしょ? 国民の生活を見ておけってやつ」

「勇者になるのも大変だぜ」


 この村を訪れた目的は、休暇と勉強である。

 勇者候補チームの面々は、城塞都市ソフィアしか行ったことがない。休暇については言うまでもないが、「村人の生活を視察しろ」と言われていた。

 こういった人々も、勇者が守るべき人間だ。一つの都市だけに留まらず、王国全体の国民として意識しないといけないらしい。


「宿屋ってあるのかな?」

「あると思いたいけどね」

「んだよ。村の中で野宿かあ?」

「いや。ザインさんに言われたが、村長と交渉しろってさ」

「へぇ」


 シュンは適当な村人に、村長の居場所を聞いた。

 こちらの世界の住人とは、都市や村など関係なく気軽に話せるのが特徴だった。相互で助け合って生きている証だ。

 こういったことを日本でやれば、怪しい人間に見られるだろう。

 子供に話しかけようとすると、誘拐だと騒ぎ立てられる。また個人主義が蔓延はびこっているので、自分に関係ないことだと無視したり距離をとる。

 あの国の人々は、猜疑心さいぎしんに苛まれていた。


「ちょっと村長と話してくるぜ」


 村長の家は、村の奥にあった。

 シュンが開拓村を訪れた理由を伝えると、快く宿を貸してくれる。他の勇者候補チームもやっているらしく、特に驚かれはしなかった。


「納屋を貸してくれるってさ」

「かぁっ! 納屋かよ!」

「馬や牛の厩舎きゅうしゃじゃないだけマシだろ?」

「臭いのは勘弁だわ。ねぇエレーヌ?」

「そっそうね」


 仲間がいる場所では、シュンとアルディスはイチャつかない。

 それが、自分と彼女に課したルールだった。本来ならば恋人とどこかにしけ込みたいとはいえ、今は我慢である。


「国民の生活を見るって言ってもねぇ」

「畑を耕しているだけじゃない?」

「わ、若い人とかいないね」

「こっちの世界でも過疎化が進んでるのかな?」


 ノックスの言葉に、シュンは苦笑いを浮かべる。確かに若者はおらず、中年や老人しかいない。

 借りた納屋は、村長宅の隣だった。中に入ると、わらが積まれている。乗っても良いそうだが、腰を下ろすと尻がチクチクと痛みそうだ。


「マントでも敷いておけばいいな」

「そうだね」

「んじゃ、適当にブラブラと散策しようかねぇ」

「おう。俺は荷物番でいいぜ」

「ギッシュは行かないのか?」

「生活なんぞ見なくても、国民とやらはちゃん守ってやんよ」


 ギッシュはマントを敷いた後、欠伸をしながら藁の上に寝転がった。

 まだ日が高く、ポカポカと温かい。


(ありゃ寝るな。まったく……)


「荷物番になるのか?」

「まぁいいじゃない。ギッシュに近づく人はいないと思うよ?」

「そっそうですよ。こ、怖いですからね」

「ははははっ! まぁバラバラに見て回るか」

「うん。みんなで回っても効率が悪いと思うよ」

「じゃあボクは、ランニングしながら行ってくるわ!」


 この村に観光名所など無いので、各人が好き勝手に行動する。

 何を見て何を感じるかは人それぞれだ。十年前の勇者アルフレッドも、同様の視察を行ったと聞いている。

 それによって、何を得たかは分からない。しかしながら、シュンの心に響くものは何も無いようだ。


(畑ばかりで、何を見ていいのかすら分からねぇよ。家は適当に建ててあって、街並みもクソもねぇ。今は若い女もいねえし面白くも何ともねぇぜ!)


 本来であれば若者もいるのだが、現在は徴兵されていた。

 エウィ王国は徴兵制を採用しており、若者の大部分は兵士の訓練をするのだ。数年の交代で行われるらしいが、戦時には期間に関係なく徴兵される。

 彼らは収穫時期になれば、一時的に戻ってくるらしい。


「徴兵とか……。日本じゃあり得ねぇなあ」


 そんなことを考えたシュンは、村を囲む柵に視線を向けた。

 木造だが、都市や町を囲む壁と同様の目的だと思われる。だが人間の身長より低い柵では、魔物や魔獣は止められないだろう。

 一応はわなを設置しているが、目が留まることは無かった。


「さてと……」


 シュンは柵を越えて、村の外に広がる畑に向かった。

 そこでは、仕事に精を出している村人がいる。しかしながら自身の目的は、さらに先にある林の中だった。

 気さくに挨拶してくる村人には、適当に愛想を振りまいておく。


「来てるかな?」

「あっ! シュン!」

「待ったか?」

「ううん。ボクも来たところだよ」

「もう少し奥に向かおうか」

「うん!」


 村に到着早々、林の中で逢引あいびきしようとアルディスと決めていた。

 ここならば二人が会っていても、他の仲間には分からないだろう。畑を耕している村人からも見えない。

 開拓村の周辺には、こういった場所が結構ある。


「ちゅ」

「下だけでいいぞ」

「裸になるのはボクだって嫌よ」

「アルディス」

「ねぇシュン、まだ子供は欲しくないからね?」

「分かってるさ。俺もデキたら困るよ」


 仲間に内緒で付き合っている男女がやることは決まっている。

 シュンとアルディスの影が一つとなった。


(弟を演じるのもキツいな。本当は主導権を握ってやりたいが、アルディスに任せる時間が多い。もうちょっとの辛抱か……)


「んぁっ!」


 林の奥まで入れば、遠慮は無用だ。とはいえ、シュンは本性を出せない。

 自分に依存させてから演技を止めないと、アルディスはだまされたと思うだろう。少しずつ、ゆっくりと依存させるのがコツである。

 口説き落としてからも努力は怠らない。


「ボクが守ってあげるからね」

「あぁ頼むよ。そろそろ……」

「うん」


 そして行為を終えた二人は、肩を寄せ合って座っている。余韻に浸っているところだが、今のシュンは心ここにあらずだった。

 すでに、次のターゲットを狙っているからだ。


(さてと、もう少しでアルディスは終わるか。次はエレーヌだが、なぜかノックスと仲がいい。奴を従者に戻したのは失敗かもしれねぇな。うん?)


 そんなことを考えていると、遠くの草むらから音が聞こえた。

 この村の近くに魔物はいないはずだが、いま襲われれば拙い。


「何の音だ?」

「え?」

「遠くからカサカサと……。とりあえずアルディスは、下を履いておけ」

「う、うん。誰か来たのかな?」

「分かんねぇけど……」


 音が聞こえた方向を眺めていると、人の声が聞こえてきた。どうやら木々に隠れながら、こちらに向かって走っているようだ。

 余韻も何もあったものではない。

 シュンは剣の柄に手を添えて、戦闘態勢をとった。またアルディスに視線を向けると、ズボンを履いている最中だ。

 二回戦に入れなくて残念である。


「来るぞ!」

「ま、間に合っ……」

「助けてください!」


 眼前の木々の間から現れたのは、白服を着た若い女性である。

 シュンは、その服装に見覚えがあった。


「ん? 聖神イシュリルの神官さんか」

「どうしたの?」

「助けてください! 賊に追われています!」

「何っ!」


 逃げてきた女神官は、シュンの後ろに隠れた。

 それと同時に、五人の汚らしい男性が姿を現す。彼女が言ったように、どう見ても野盗や盗賊の類だ。


「あん? 何だオメエらは?」

「何だ、と言われてもな」

「オメエらに用はねぇよ。その女を渡せや!」

「断る!」


 ギッシュのように強面の男たちだが、ここでひるむわけにはいかない。

 シュンは一歩前に出て、女神官を守る。


「んだと? 死にてぇのか!」

「こっちは五人だぜぇ。怪我をしねぇうちに消えな」

「おっと! その女も置いていけよ? 見逃してやるからよ」


 思わず頭を抱えたくなるお決まりのパターンだ。女神官は当然だとしても、恋人のアルディスを置いていけと言われてあきれてしまった。

 どう見ても、彼らは弱そうだからだ。


(昔ならビビったかもしれねぇが、俺はレベル三十だぜ! 場数も踏んでるし、この程度の奴らなら負ける気がしねぇな。ギッシュのほうが怖えし……)


「シュン、やっちゃおうよ!」

「もちろんだぜ! 懲らしめねぇとな」

「いいぜぇ。オメエを殺して、その女もひんいてやるよ!」

「ひん剥く前に蹴られると思うぜ。まぁかかってきな!」


 賊たちの言動に、シュンは内心で笑う。

 きっとアルディスだけでも、彼らを制圧できるはずだ。こちらの世界に召喚される前の彼女は、オリンピックの代表候補だった女空手家である。

 一般人に毛が生えた程度の賊なら瞬殺してしまう。


(とはいえ、ここは俺が……)


 剣を抜くかと少しだけ腰を落としたシュンは、チラリと女神官を見た。れ惚れする美しさで、ソフィアに勝るとも劣らないか。

 聖女として忙しいのは知っているが、最近は彼女と会っていない。


(あと少しで口説き落とせそうだったのによぉ。でも中々どうして、この女もガードは堅そうだが……。ソフィアさんほどじゃねぇかもな)


 ソフィアの気持ちなど、今のシュンが知る由もない。

 自分の女にしようと手を尽くしていたが、目標を女神官に変える。もしも次に会う機会があれば、攻略の続きをすれば良いだけだ。

 もちろんそんな考えなど、賊に分かるわけもなく……。


「テメエ、どこ見てんだ!」

「うるせえ! 剣のさびになりたきゃかかってきな!」

「おう! そうしてやんぜ!」


 本気でシュンを殺すつもりのようで、賊たちは短剣を抜いた。

 身を守るためには、こちらも剣を抜くしかない。


「この勇者候補のシュン様に勝てると思ってるならな!」

「何っ! 勇者候補だと?」


 賊たちの勢いが止まった。ならば、口先だけでどうにかできるか。

 実のところシュンは――仲間の誰も――、人間を殺害したことがない。殺人に対しては、まだまだ抵抗があった。

 そこで一つ、芝居を打ってみる。


「俺は聖女ソフィア様に召喚された異世界人だぜ!」

「何だと!」

「ワイバーンを討伐して、勇者に近づいている男だ!」

「シュ、シュン。頭は大丈夫?」


 剣を抜いたシュンは、賊に向けて大層な啖呵たんかを切った。

 一般兵の平均レベルは十五だが、それよりも賊は低いと思ったのだ。しかも、ワイバーンの推奨討伐レベルは三十である。限界突破を終えた勇者候補に敵うわけがないと考えるはずだ。

 アルディスの突っ込みは、とりあえず無視する。


「(お、おい。どうする?)」

「(本当なら勝てねぇぞ)」

「(しかし、あの御方の命令に背けるか!)」

「(死んじまったら意味ねぇぞ?)」

「(別の機会を狙うか?)」


 賊たちは集まって、ヒソヒソと話し始めている。

 そこでシュンは、最後の手を打った。


「来ないなら、こっちから行くぜ!」


 シュンは剣を振り上げて、スキルを発動させるかのようなポーズを取った。すると賊たちは互いに顔を見合わせて、これもお決まりの捨て台詞を吐く。

 どうやら、狙いどおりに事が進んだようだ。


「テ、テメエ……。今回は見逃してやるぜ!」

「そっそうだぜ! どうせすぐ会うことになるがよ!」

「そんときは、テメェの女も頂くからな!」

「今度はもっと大人数で来るぜ!」

「首を洗って待ってろ!」


 それだけ言い残した五人の賊たちは、シュンたちに背を向けて逃げた。

 もちろん戦っても勝利できたが、わざわざ命懸けの戦いなどしたくない。手加減してねじ伏せるのも、大変な作業なのだ。

 ともあれ賊の姿が見えなくなったところで、剣を戻して振り返る。


「口ほどでもねぇな」

「ねぇシュン。捕縛しなくていいの?」

「別にいいだろ。俺らは警備兵や衛兵じゃねぇんだ」

「そうだけどさ。逃がすと他で悪さをすると思うよ?」

「そっそうだな! でもアルディスに、もしものことがあるとな」

「え?」

「愛してるから……」

「シュン」


 アルディスの正義感は、シュンより高い。いや、自身は皆無と言って良い。

 それを自覚しているからこそ、彼女を満足させる答えを伝えた。


「それにさ。逃げてきた神官さんを危険にさらせないぜ」


 ここまで言っておけば、賊を見逃した言い訳になる。

 以降は女神官が頭を下げたので、シュンはホストスマイルを浮かべた。


「あ、あの……。助けていただいてありがとうございます」

「危ないところだったな。俺はシュンだ」

「聖神イシュリル神殿の神官ラキシスです」

「ラキシスさんか。可愛い名前だぜ」

「シュン?」

「軽い挨拶さ」

「ふーん」


 アルディスがいぶかし気な表情になる。

 恋人のシュンが、他の女性を褒めたからだろう。とはいえ社交辞令でもあるので、すぐに納得していた。

 まずは、顔と名前を憶えてもらうことが最優先だ。


「賊に襲われた理由は?」

「分かりません。巡礼の途中でしたが、いきなり襲われてしまって……」

「へぇ。一人で巡礼してたのか?」

「いえ。同じく巡礼の旅に出た人たちがいました」

「もしかして?」

「散りぢりに逃げたので……」

「なるほどねぇ。だったら、俺たちと一緒にいるといいぜ」

「ありがとうございます」


 ラキシスと一緒にいた巡礼者が、どうなったかは分からない。

 バラバラに逃げだしたということは、賊だけではなく魔物に襲われている可能性もあった。しかしながら、シュンにとっては関係の無い話だ。

 今は率先して、彼女を匿うべきだろう。


「悪いがアルディス、ラキシスさんを俺らの納屋に……」

「シュンは?」

「この先を見てくる。逃げてきてる奴がいるかもしれねぇ」

「分かったわ。賊には気をつけてね?」

「まだいるようなら捕縛してやるよ」


 本当ならシュンが、ラキシスを連れていきたい。

 それでも焦りは禁物なので、彼女はアルディスに任せる。好青年を演じるだけであり、必死に見回るつもりはないのだ。

 そして周囲を警戒しながら、林の奥に進む。

 賊は遠くに逃げたらしく、途中で襲われることはなかった。他の巡礼者もおらず、魔物や魔獣の姿も見られない。


「さてと、そろそろ戻るか」


 ある程度奥地まで進んだシュンは、きびすを返して村に向かう。と同時に、神官ラキシスの姿を思い浮かべた。

 アルディスのことは、頭の中から消えている。


(ラキシスか。俺と釣り合いが取れる奇麗な女だ。エレーヌを攻略するところだったが、絶対にモノにしてやるぜ! 俺の女になったほうが幸せってもんだ)


 シュンは口角を上げて、良からぬことを考えた。

 これが、勇者候補に選ばれた男である。彼の餌食になった女性が幸せになるか不幸になるか、現時点では神様にも分からなかった。

Copyright©2021-特攻君

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