(幕間)勇者候補チーム その後2
エウィ王国を含む人間の国では、都市や町の周囲を高い壁で囲んでいる。
そのために、人口の増加は由々しき問題だった。壁の拡張には、莫大な金銭や資材を投入する必要があるのだ。
当然のように、食料の消費量も増える。
問題の解決策として、開拓村の設営という政策を採っていた。主な産業は農業や酪農業で、自給自足率や税収も増加させられる。
ただしこちらの世界には、魔物が跳梁跋扈しているのだ。人間の住める場所は限られており、魔物の領域を避けて設営していた。
その開拓村の一つに、シュン率いる勇者候補チームが訪れている。
「田舎だな」
「そうだね」
「魔物なんているのかよ?」
「休暇だぜ? 魔物がいるところに行ってどうするよ」
「のどかね。でも、観光する場所なんて無いよ?」
「あれでしょ? 国民の生活を見ておけってやつ」
「勇者になるのも大変だぜ」
この村を訪れた目的は、休暇と勉強である。
勇者候補チームの面々は、城塞都市ソフィアしか行ったことがない。休暇については言うまでもないが、「村人の生活を視察しろ」と言われていた。
こういった人々も、勇者が守るべき人間だ。一つの都市だけに留まらず、王国全体の国民として意識しないといけないらしい。
「宿屋ってあるのかな?」
「あると思いたいけどね」
「んだよ。村の中で野宿かあ?」
「いや。ザインさんに言われたが、村長と交渉しろってさ」
「へぇ」
シュンは適当な村人に、村長の居場所を聞いた。
こちらの世界の住人とは、都市や村など関係なく気軽に話せるのが特徴だった。相互で助け合って生きている証だ。
こういったことを日本でやれば、怪しい人間に見られるだろう。
子供に話しかけようとすると、誘拐だと騒ぎ立てられる。また個人主義が蔓延っているので、自分に関係ないことだと無視したり距離をとる。
あの国の人々は、猜疑心に苛まれていた。
「ちょっと村長と話してくるぜ」
村長の家は、村の奥にあった。
シュンが開拓村を訪れた理由を伝えると、快く宿を貸してくれる。他の勇者候補チームもやっているらしく、特に驚かれはしなかった。
「納屋を貸してくれるってさ」
「かぁっ! 納屋かよ!」
「馬や牛の厩舎じゃないだけマシだろ?」
「臭いのは勘弁だわ。ねぇエレーヌ?」
「そっそうね」
仲間がいる場所では、シュンとアルディスはイチャつかない。
それが、自分と彼女に課したルールだった。本来ならば恋人とどこかにしけ込みたいとはいえ、今は我慢である。
「国民の生活を見るって言ってもねぇ」
「畑を耕しているだけじゃない?」
「わ、若い人とかいないね」
「こっちの世界でも過疎化が進んでるのかな?」
ノックスの言葉に、シュンは苦笑いを浮かべる。確かに若者はおらず、中年や老人しかいない。
借りた納屋は、村長宅の隣だった。中に入ると、藁が積まれている。乗っても良いそうだが、腰を下ろすと尻がチクチクと痛みそうだ。
「マントでも敷いておけばいいな」
「そうだね」
「んじゃ、適当にブラブラと散策しようかねぇ」
「おう。俺は荷物番でいいぜ」
「ギッシュは行かないのか?」
「生活なんぞ見なくても、国民とやらはちゃん守ってやんよ」
ギッシュはマントを敷いた後、欠伸をしながら藁の上に寝転がった。
まだ日が高く、ポカポカと温かい。
(ありゃ寝るな。まったく……)
「荷物番になるのか?」
「まぁいいじゃない。ギッシュに近づく人はいないと思うよ?」
「そっそうですよ。こ、怖いですからね」
「ははははっ! まぁバラバラに見て回るか」
「うん。みんなで回っても効率が悪いと思うよ」
「じゃあボクは、ランニングしながら行ってくるわ!」
この村に観光名所など無いので、各人が好き勝手に行動する。
何を見て何を感じるかは人それぞれだ。十年前の勇者アルフレッドも、同様の視察を行ったと聞いている。
それによって、何を得たかは分からない。しかしながら、シュンの心に響くものは何も無いようだ。
(畑ばかりで、何を見ていいのかすら分からねぇよ。家は適当に建ててあって、街並みもクソもねぇ。今は若い女もいねえし面白くも何ともねぇぜ!)
本来であれば若者もいるのだが、現在は徴兵されていた。
エウィ王国は徴兵制を採用しており、若者の大部分は兵士の訓練をするのだ。数年の交代で行われるらしいが、戦時には期間に関係なく徴兵される。
彼らは収穫時期になれば、一時的に戻ってくるらしい。
「徴兵とか……。日本じゃあり得ねぇなあ」
そんなことを考えたシュンは、村を囲む柵に視線を向けた。
木造だが、都市や町を囲む壁と同様の目的だと思われる。だが人間の身長より低い柵では、魔物や魔獣は止められないだろう。
一応は罠を設置しているが、目が留まることは無かった。
「さてと……」
シュンは柵を越えて、村の外に広がる畑に向かった。
そこでは、仕事に精を出している村人がいる。しかしながら自身の目的は、さらに先にある林の中だった。
気さくに挨拶してくる村人には、適当に愛想を振りまいておく。
「来てるかな?」
「あっ! シュン!」
「待ったか?」
「ううん。ボクも来たところだよ」
「もう少し奥に向かおうか」
「うん!」
村に到着早々、林の中で逢引しようとアルディスと決めていた。
ここならば二人が会っていても、他の仲間には分からないだろう。畑を耕している村人からも見えない。
開拓村の周辺には、こういった場所が結構ある。
「ちゅ」
「下だけでいいぞ」
「裸になるのはボクだって嫌よ」
「アルディス」
「ねぇシュン、まだ子供は欲しくないからね?」
「分かってるさ。俺もデキたら困るよ」
仲間に内緒で付き合っている男女がやることは決まっている。
シュンとアルディスの影が一つとなった。
(弟を演じるのもキツいな。本当は主導権を握ってやりたいが、アルディスに任せる時間が多い。もうちょっとの辛抱か……)
「んぁっ!」
林の奥まで入れば、遠慮は無用だ。とはいえ、シュンは本性を出せない。
自分に依存させてから演技を止めないと、アルディスは騙されたと思うだろう。少しずつ、ゆっくりと依存させるのがコツである。
口説き落としてからも努力は怠らない。
「ボクが守ってあげるからね」
「あぁ頼むよ。そろそろ……」
「うん」
そして行為を終えた二人は、肩を寄せ合って座っている。余韻に浸っているところだが、今のシュンは心ここにあらずだった。
すでに、次のターゲットを狙っているからだ。
(さてと、もう少しでアルディスは終わるか。次はエレーヌだが、なぜかノックスと仲がいい。奴を従者に戻したのは失敗かもしれねぇな。うん?)
そんなことを考えていると、遠くの草むらから音が聞こえた。
この村の近くに魔物はいないはずだが、いま襲われれば拙い。
「何の音だ?」
「え?」
「遠くからカサカサと……。とりあえずアルディスは、下を履いておけ」
「う、うん。誰か来たのかな?」
「分かんねぇけど……」
音が聞こえた方向を眺めていると、人の声が聞こえてきた。どうやら木々に隠れながら、こちらに向かって走っているようだ。
余韻も何もあったものではない。
シュンは剣の柄に手を添えて、戦闘態勢をとった。またアルディスに視線を向けると、ズボンを履いている最中だ。
二回戦に入れなくて残念である。
「来るぞ!」
「ま、間に合っ……」
「助けてください!」
眼前の木々の間から現れたのは、白服を着た若い女性である。
シュンは、その服装に見覚えがあった。
「ん? 聖神イシュリルの神官さんか」
「どうしたの?」
「助けてください! 賊に追われています!」
「何っ!」
逃げてきた女神官は、シュンの後ろに隠れた。
それと同時に、五人の汚らしい男性が姿を現す。彼女が言ったように、どう見ても野盗や盗賊の類だ。
「あん? 何だオメエらは?」
「何だ、と言われてもな」
「オメエらに用はねぇよ。その女を渡せや!」
「断る!」
ギッシュのように強面の男たちだが、ここで怯むわけにはいかない。
シュンは一歩前に出て、女神官を守る。
「んだと? 死にてぇのか!」
「こっちは五人だぜぇ。怪我をしねぇうちに消えな」
「おっと! その女も置いていけよ? 見逃してやるからよ」
思わず頭を抱えたくなるお決まりのパターンだ。女神官は当然だとしても、恋人のアルディスを置いていけと言われて呆れてしまった。
どう見ても、彼らは弱そうだからだ。
(昔ならビビったかもしれねぇが、俺はレベル三十だぜ! 場数も踏んでるし、この程度の奴らなら負ける気がしねぇな。ギッシュのほうが怖えし……)
「シュン、やっちゃおうよ!」
「もちろんだぜ! 懲らしめねぇとな」
「いいぜぇ。オメエを殺して、その女もひん剥いてやるよ!」
「ひん剥く前に蹴られると思うぜ。まぁかかってきな!」
賊たちの言動に、シュンは内心で笑う。
きっとアルディスだけでも、彼らを制圧できるはずだ。こちらの世界に召喚される前の彼女は、オリンピックの代表候補だった女空手家である。
一般人に毛が生えた程度の賊なら瞬殺してしまう。
(とはいえ、ここは俺が……)
剣を抜くかと少しだけ腰を落としたシュンは、チラリと女神官を見た。惚れ惚れする美しさで、ソフィアに勝るとも劣らないか。
聖女として忙しいのは知っているが、最近は彼女と会っていない。
(あと少しで口説き落とせそうだったのによぉ。でも中々どうして、この女もガードは堅そうだが……。ソフィアさんほどじゃねぇかもな)
ソフィアの気持ちなど、今のシュンが知る由もない。
自分の女にしようと手を尽くしていたが、目標を女神官に変える。もしも次に会う機会があれば、攻略の続きをすれば良いだけだ。
もちろんそんな考えなど、賊に分かるわけもなく……。
「テメエ、どこ見てんだ!」
「うるせえ! 剣の錆になりたきゃかかってきな!」
「おう! そうしてやんぜ!」
本気でシュンを殺すつもりのようで、賊たちは短剣を抜いた。
身を守るためには、こちらも剣を抜くしかない。
「この勇者候補のシュン様に勝てると思ってるならな!」
「何っ! 勇者候補だと?」
賊たちの勢いが止まった。ならば、口先だけでどうにかできるか。
実のところシュンは――仲間の誰も――、人間を殺害したことがない。殺人に対しては、まだまだ抵抗があった。
そこで一つ、芝居を打ってみる。
「俺は聖女ソフィア様に召喚された異世界人だぜ!」
「何だと!」
「ワイバーンを討伐して、勇者に近づいている男だ!」
「シュ、シュン。頭は大丈夫?」
剣を抜いたシュンは、賊に向けて大層な啖呵を切った。
一般兵の平均レベルは十五だが、それよりも賊は低いと思ったのだ。しかも、ワイバーンの推奨討伐レベルは三十である。限界突破を終えた勇者候補に敵うわけがないと考えるはずだ。
アルディスの突っ込みは、とりあえず無視する。
「(お、おい。どうする?)」
「(本当なら勝てねぇぞ)」
「(しかし、あの御方の命令に背けるか!)」
「(死んじまったら意味ねぇぞ?)」
「(別の機会を狙うか?)」
賊たちは集まって、ヒソヒソと話し始めている。
そこでシュンは、最後の手を打った。
「来ないなら、こっちから行くぜ!」
シュンは剣を振り上げて、スキルを発動させるかのようなポーズを取った。すると賊たちは互いに顔を見合わせて、これもお決まりの捨て台詞を吐く。
どうやら、狙いどおりに事が進んだようだ。
「テ、テメエ……。今回は見逃してやるぜ!」
「そっそうだぜ! どうせすぐ会うことになるがよ!」
「そんときは、テメェの女も頂くからな!」
「今度はもっと大人数で来るぜ!」
「首を洗って待ってろ!」
それだけ言い残した五人の賊たちは、シュンたちに背を向けて逃げた。
もちろん戦っても勝利できたが、わざわざ命懸けの戦いなどしたくない。手加減してねじ伏せるのも、大変な作業なのだ。
ともあれ賊の姿が見えなくなったところで、剣を戻して振り返る。
「口ほどでもねぇな」
「ねぇシュン。捕縛しなくていいの?」
「別にいいだろ。俺らは警備兵や衛兵じゃねぇんだ」
「そうだけどさ。逃がすと他で悪さをすると思うよ?」
「そっそうだな! でもアルディスに、もしものことがあるとな」
「え?」
「愛してるから……」
「シュン」
アルディスの正義感は、シュンより高い。いや、自身は皆無と言って良い。
それを自覚しているからこそ、彼女を満足させる答えを伝えた。
「それにさ。逃げてきた神官さんを危険に晒せないぜ」
ここまで言っておけば、賊を見逃した言い訳になる。
以降は女神官が頭を下げたので、シュンはホストスマイルを浮かべた。
「あ、あの……。助けていただいてありがとうございます」
「危ないところだったな。俺はシュンだ」
「聖神イシュリル神殿の神官ラキシスです」
「ラキシスさんか。可愛い名前だぜ」
「シュン?」
「軽い挨拶さ」
「ふーん」
アルディスが訝し気な表情になる。
恋人のシュンが、他の女性を褒めたからだろう。とはいえ社交辞令でもあるので、すぐに納得していた。
まずは、顔と名前を憶えてもらうことが最優先だ。
「賊に襲われた理由は?」
「分かりません。巡礼の途中でしたが、いきなり襲われてしまって……」
「へぇ。一人で巡礼してたのか?」
「いえ。同じく巡礼の旅に出た人たちがいました」
「もしかして?」
「散りぢりに逃げたので……」
「なるほどねぇ。だったら、俺たちと一緒にいるといいぜ」
「ありがとうございます」
ラキシスと一緒にいた巡礼者が、どうなったかは分からない。
バラバラに逃げだしたということは、賊だけではなく魔物に襲われている可能性もあった。しかしながら、シュンにとっては関係の無い話だ。
今は率先して、彼女を匿うべきだろう。
「悪いがアルディス、ラキシスさんを俺らの納屋に……」
「シュンは?」
「この先を見てくる。逃げてきてる奴がいるかもしれねぇ」
「分かったわ。賊には気をつけてね?」
「まだいるようなら捕縛してやるよ」
本当ならシュンが、ラキシスを連れていきたい。
それでも焦りは禁物なので、彼女はアルディスに任せる。好青年を演じるだけであり、必死に見回るつもりはないのだ。
そして周囲を警戒しながら、林の奥に進む。
賊は遠くに逃げたらしく、途中で襲われることはなかった。他の巡礼者もおらず、魔物や魔獣の姿も見られない。
「さてと、そろそろ戻るか」
ある程度奥地まで進んだシュンは、踵を返して村に向かう。と同時に、神官ラキシスの姿を思い浮かべた。
アルディスのことは、頭の中から消えている。
(ラキシスか。俺と釣り合いが取れる奇麗な女だ。エレーヌを攻略するところだったが、絶対にモノにしてやるぜ! 俺の女になったほうが幸せってもんだ)
シュンは口角を上げて、良からぬことを考えた。
これが、勇者候補に選ばれた男である。彼の餌食になった女性が幸せになるか不幸になるか、現時点では神様にも分からなかった。
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