聖女剥奪6
フォルトは天気の良い日だと、屋敷の屋根かテラスで過ごす。
屋根の場合は、カーミラとイチャイチャする空間になっていた。しかしながら住人が増えたので、最近はテラスで過ごす場合が多い。
その理由は、オヤツや飲料が自動で置かれるからだ。ルリシオンとレイナスに感謝である。日本で同様の生活をしていたら、もっと太っていただろう。
現在は愛しの小悪魔を連れて、ソフィアやシェラとテラスで和んでいた。
「そう言えばソフィアさん、帝国は魔族を囲っているとか?」
「はい。御爺様は裏付けがあると仰っていましたね」
「ふーん。でシェラさんは……」
「私はそれを拒んで、兵士に追われていましたわ」
「人間が信用できないから、でしたか?」
「はい。ですが正解でしたわ」
ソフィアとシェラは気が合うらしく、一緒に過ごしている場合が多い。
フォルトたちがお邪魔する前も、物静かに会話していた。
「正解とは?」
「魔人様に庇護してもらえましたからね」
「でも好待遇なのでしょう?」
「そうですわね。私は裏があると思っていますわ」
「あるだろうね。人間なんてそんなものだ」
「そういった人ばかりではありません!」
「知っていますよ。だから俺は、個人を見るようにしたのです」
(千差万別、十人十色。そんなものは理解してる。でも、心の底なんて誰にも見られないさ。すでに見限ってるから気楽なのだ)
ソフィアは声を荒げるが、フォルトの人間嫌いは根深い。
魔人に変わってからは、さらにそれを深めていた。だがその根底である人間が、何を言っても聞く耳を持たないと彼女は理解してる。
あまりクドクドと言ってこないのは、そのためだった。
「フォルト様はソル帝国に興味があるのですか?」
「いや。カーミラが行くようになったからさ」
「色染めした布ですか?」
「双竜山の森だと染められないからね」
「ですが奪われた人は困っているかと……」
「ははっ。困ったら誰かが助けますよ。人間に見込みがあればね」
「っ!」
(この程度のことなら助ける奴はいるさ。でも、本当に困っている人は助けない。自分の身を削ってまで助ける人間は極少数……)
人間社会が陥っている病に、「格差」というものがある。
そして比較という概念がある以上、絶対に解消されない。自身と他者を比較することで、優越感や満足感を得ているのが人間だ。
格差是正を謳いながら、その差を埋めようとしない矛盾だらけの社会。耳触りの良い言葉だが、その差は開くばかりだった。
これが、人間の醜さの最たるものだ。
「ソフィアさん、一つ賭けをしますか?」
「賭け、ですか?」
「奪った布を持っていた人間から、すべての財産を奪います」
「え?」
「そのうえで助かるかどうかですね」
「御主人様! 面白そうですねぇ」
「やっやめてください!」
何という賭けをやろうとしているのか。
ソフィアの表情からは、そう思っているのがよく分かる。とはいえ、人間の本質を見る賭けとしては十分だと思っていた。
当然のことながらフォルトは、そんな面倒なことを実行しない。
「ははっ。冗談ですよ」
「質の悪い冗談です!」
「でも止めたってことは、ソフィアさんにも分かっているでしょ?」
「………………」
「そういうことです」
エウィ王国やソル帝国は、日本よりも格差が酷い。
王国の民であるソフィアであれば、フォルトが提案した賭けを実行すればどうなるかも理解しているだろう。
それを知っているだけに、彼女には意地悪な提案だったか。
さすがにバツが悪く苦笑いを浮かべると、隣のテーブルにいるマリアンデールが会話に加わってくる。
もちろん一緒にいるのは、妹のルリシオンだ。
「ふふっ。面白そうな賭けね」
「うん?」
テラスは広くないので、隣のテーブルの会話など筒抜けである。マリアンデールは椅子から立ち上がり、フォルトの後ろから肩に手を置いた。
そしてルリシオンが、姉に続く。
「財産を奪われた人間でしょお?」
「野垂れ死ぬに決まってるじゃない」
「だろうな」
「魔族だと死なないけどねえ」
「そうなのか?」
「貴方は知らないでしょうけど、魔族にはセーフティがあるのよ」
「へぇ。どんな?」
「最低限の衣食住と仕事は与えるからねえ」
「ほう」
「生活が苦しくなったら貴族の門を叩け。魔族の風習ね」
姉妹の言ったセーフティなら、命さえあれば野垂れ死ぬことはない。
あちらの世界で例えると、政治家や企業家が頼られる者になる。そういった金持ちの貴族が、身を削って救うらしい。
日本だと門前払いだろうが……。
「それってさ。死んだ魔王の政策?」
「違うわね。魔族全体がそう考えてるのよ」
「すばらしいね」
風習なので、困窮者に対して嫌な顔はしない。
むしろ助けたことが、貴族としてのステータスになるらしい。普段は搾取する側に立っているが、落ちぶれて頼ってきた魔族には必ず施す。魔族の国としての政策ではなく、個人が個人に対して行うものだ。
このような風習があれば、フォルトも自殺を考えなかっただろう。称賛に値する風習だが、魔族のイメージにそぐわないのは偏見か。
ともあれ、一つ疑問が浮かぶ。
「詐欺とかなかった?」
「あったわよ。でも微々たるものだし、報復が待っているわ」
「そのうえで奴隷落ち。私も何人か燃やしたわあ」
ローゼンクロイツ家は、魔族の名家である。
頼ってくる人数は多く、困窮者の救済数は一番だ。しかしながら甘く見た者は、すべて彼女たちの玩具になった。
また困窮状態から抜け出せるまで養うが、あまり金銭は必要無いそうだ。仕事も与えるので、すぐに自立する。
そうは言っても、フォルトが思っているほど良い話ではない。
「貴方、勘違いしては駄目よ?」
「え?」
魔族は力がすべて、である。
困窮者の救済人数を誇示することで、貴族同士の力関係を魔族全体に周知させていた。なぜかと言うと、貴族家の経済力や武力の一つとなるからだ。
救済された魔族は恩義があるので、その貴族家の忠実な下僕となる。つまり困窮者すら奪い合って、力の上下関係を築いていた。
その差があればあるほど、他の貴族家を従えられる。
「魔族は徹底してるなあ。でも……」
偽善にすらならない魔族の風習に、フォルトは溜息を吐く。しかしながら、困窮者を救済していることには変わりない。
普通の魔族であれば、最初から関係性がはっきりしている。ならば、力のある貴族家の下に付いたほうが安心だろう。
フォルトが理解したところで、シェラが思い出したかのように口を開く。
「あ……。マリ様、その話で思い出しましたわ」
「何をかしら?」
「ソル帝国にヒスミール卿が囲われていますよ」
「げっ! あいつ生きてたの?」
「マリの知っている奴か?」
「魔族の貴族ホルノス家の嫡男ね」
「有名なのか?」
「オカマよ」
ヒスミール・ホルノスはジェンダーでなく、女性に成りきることが好きな男性の魔族らしい。人間にも様々な人がいるように、魔族も同様のようだ。
とりあえずフォルトは、初めて出会った魔族が姉妹だったことに感謝する。
「それはまた何とも……」
「魔族の中でも相当な強者よ。生きていても不思議は無いわね」
「ホルノス家を頼った困窮者はオカマバー行きよお」
ルリシオンが面白いことを言った。しかしながら魔族の困窮者には、男性だけではなく女性もいるはずだ。
その疑問を投げかけると、すぐに回答が返ってきた。
「女性は?」
「当主が経営していたバー行きねえ」
「ホルノス家は代々酒場経営をやっていたわ」
「へぇ」
あちらの世界にあるキャバクラではなく、普通の酒場である。ホルノス家を頼った困窮者は、店員として働かされる。
そのほとんどは喜んで居残るので、人員不足に悩まされず、新店舗を出しまくっていたそうだ。また何かあれば私兵にもなるので、貴族家の序列でも上位に入る。
ホルノス家も、魔族の名家だった。
「勇魔戦争では部隊が壊滅したって聞いたけどお?」
「詳しい事情までは分からないですわ」
(ソル帝国は魔族を囲って何をしたいのやら。とりあえず、こっちには来ないでもらいたい。いや、オカマバーは嫌いじゃなかったが……)
ホルノス家は置いておいて、フォルトはオカマバーに興味を持った。
日本で働いていたとき、上司に連れていかれたことがある。下品な下ネタで笑わせてもらったものだ。
当時の店主――ママ――を思い出すと、厚化粧だったのを思い出した。
それにピンときたので、ソフィアに問いかける。
「もしかして、こっちの世界に化粧品はありますか?」
「ありますよ。高級品ですので、貴族しか使いませんが……」
「あるんだ。カーミラ」
「はあい。みんなの分の化粧品ですねぇ」
「すぐじゃなくていいよ」
「分かりましたぁ! みんなには好みを聞いておきますねぇ」
「フォルト様!」
「まぁまぁ。貴族から奪えば、別に金には困っていないでしょ?」
「そっそうですが……。もうっ!」
ほとんど盗賊団状態だが、そんなものは気にしない。
今はフォルトの強欲が全開だ。欲しいものは奪うまでだった。身内の女性陣が鮮やかになるのなら、それで良いのだ。
「楽しみだな……。ぐぅぐぅ」
「あっ! 御主人様が寝てしまいましたぁ」
「帝国の話に飽きたようねえ」
「このタイミングですと、夕飯までには起きますよぉ」
「ならカーミラに任せるわね」
「私はお姉ちゃんと料理の仕込みをするわあ」
「はあい!」
フォルトは興味が失われると、すぐに惰眠を貪る。
これには、庇護したばかりのソフィアは呆れるだろう。とはいえ寝ることで、身内は自分の時間を取れていた。
この惰眠こそが、健全な自堕落生活のスパイスだった。
◇◇◇◇◇
最近のフォルトは、暇を潰せる遊びに困っていた。レイナスを操作してルリシオンと模擬戦をしても良いが、同じ相手とばかりだと飽きる。
そこで色々と思考を巡らせて、とある遊びを思いついた。
「ソフィアさーん!」
「はい。何でしょうか?」
テラスではソフィアが、真面目に魔法の勉強をしていた。
アーシャにも見習わせたいと考えたフォルトは、カーミラと一緒に彼女の対面に座る。すると魔導書を閉じて、カードを取り出していた。
いつ聖女が剥奪されるか分からないので、暇を見ては確認しているようだ。
「エウィ王国に奴隷はいるのかな?」
「はい?」
「暇潰しに遊びたいな、と思いましてね」
「まさか抱くのですか?」
「違いますよ! ソフィアさんは俺を何だと……」
「ふふっ。いるにはいますよ」
こちらの世界の奴隷は、大半が犯罪奴隷と呼ばれるものだ。
その名のとおり犯罪者を奴隷に落として、刑罰の代わりにしていた。もちろん、刑期が終われば解放される。
国法として奴隷法が制定され、殺害したり使い潰すことは厳禁とされていた。また購入金額は、犯罪内容によって算出されている。だが裏組織が存在するので、非合法の人身売買も行われていた。
そちらについては取り締まりが難しいうえ、法律で守られていない。
「ふーん」
「奴隷がどうかしましたか?」
(さすがにいい顔はしないなあ。きっとソフィアさんは、奴隷制度自体を認めたくなさそうだ。でも不貞腐れた顔も奇麗だな)
ソフィアはムスっとしている。
これが身内なら、頭を撫でたくなる表情だ。フォルトの場合はムラムラするが、彼女に対しては我慢するしかない。
グリム家から預かった客人だった。
「御主人様は亜人をご所望でーす!」
「えっと。獣人族ですか?」
「エルフの奴隷がいれば欲しいなあ」
「フェリアスとの外交問題に発展しますので……」
「なるほど」
ソフィアが言ったフェリアスとは、亜人の国である。
その住人を人間が裁いて奴隷にすると、相当な反発が起こる。なので、ほとんどの場合は強制送還しているそうだ。
ただし人間との交流は少ないので、犯罪者は皆無である。
「どのような奴隷をお探しですか?」
「頭のいい可愛い女性」
「女性なら貧困奴隷かしら?」
貧困奴隷は、自ら進んで奴隷になる人々だ。成人した孤児院上がりの者や家族のために身売りする者などが該当する。
理由は様々だが、人生を売ることで金銭を得ている。奴隷法で守られているので契約期間が終われば、相応の金銭が受け取れる。
ただし人生の大半は、奴隷生活で失われてしまう。
「そっちかな?」
「奴隷などを購入して、フォルト様は何をなさるのですか?」
「俺の遊びは……。人生成り上がりゲームだ!」
「ええっ!」
(これは、某有名武将の成り上がりゲームを模したものだ。キャラに指示を出して成り上がりの過程を楽しむシミュレーションゲーム!)
どのような成り上がりをするかは、自身とキャラクター次第だ。大富豪にするも良し。貴族にするも良しだ。他にも、騎士を目指しても良い。
とにかく今まで遊んだゲームを、現実でやってみようと考えた。
「何という……」
「あ……。駄目でした?」
「すばらしいことを考えるのですか!」
「え?」
どうやら、ソフィアの琴線に触れたようだ。
フォルトの考えたゲームを続けていくと、エンディングでは普通の人間よりも裕福になると思ったのだろう。
確かに、その可能性もある。
「遊んでも?」
「もちろんです」
「グリム家の手助けは無しですよ?」
「あ……。はい」
「しようとしましたね?」
「うぅ」
(ソフィアさんが考えてるような、いい人ゲームではないけどな。まぁそれも分からない。どうなるかは行き当たりばったりだ)
今回の場合は、奴隷からスタートだ。金銭など持っていないので、いきなりゲームオーバーもあり得る。
それすらも可能性の一つなので、わざわざ機嫌を損ねることもないか。
「御主人様、奴隷を奪いますかぁ?」
「いや。選択はしっかりしたいな」
「ならカーミラちゃんに考えがありまーす!」
「ん?」
「ゴニョゴニョ」
「それだ!」
カーミラの提案は魅力的だった。
フォルトは双竜山の森を出ないので、誰かに任せるしかないのだ。カーミラガチャになるが、時間を調整させて任せたほうが良い。
ともあれ会話中でも、ソフィアは俯きながらカードを確認している。
そして、驚きの表情になった彼女が顔を上げた。
「フォルト様」
「どうかしましたか?」
「聖女の称号が消えました」
「なっ何だってえ!」
「御主人様?」
「いや。何でもない」
称号の消滅と同時に、聖女が誕生するのか。はたまた、タイムラグがあるかは不明である。だが確実に、ソフィアの聖女としての役目は終わったようだ。
彼女は驚いた後、悲し気な表情に変わる。続けて、笑顔を浮かべた。表情は豊かだが、心中は複雑なのだろう。
(ソフィアさんから聖女が剥奪されようが、俺にとっては関係無い話だ。まぁこれからどうなることやら……)
ソフィアがどうなろうと、フォルトは自堕落生活を続けるだけだった。また彼女に手を出す人間がいれば、家族に宣言したとおりに殺すだけだ。
そんなことを考えながらも、新しい遊びについて意識を向けるのだった。
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