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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第六章 聖女剥奪
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聖女剥奪5

 デルヴィ伯爵領。

 エウィ王国が治める領土の北東に位置している。大国のソル帝国とともに、亜人の国フェリアスと国境を接していた。

 また同王国の南方には小国群が乱立しており、その内の一つカルメリー王国には従属関係を強いている。


「聖女任命の神託はまだなのか?」

「まだですな。しかしながら、候補者の神託は賜りました」


 大きな屋敷の一室で、二人の男性が会話している。

 そのうちの一人はデルヴィ伯爵。ローイン公爵に遅れを取ったが、エウィ王国では三番目の実力者だ。

 もちろん一番は、国王であるエインリッヒ九世である。

 宮廷魔術師グリムの地位は特別で、実力的に見れば、公爵家と同等となっている。とはいえ貴族ではないので、国王のさじ加減一つだ。


枢機卿すうききょう殿、それは本当か?」

「はい。神託の内容は伏せてあります」

「ありがたい。近いうちに、女の怪我人が出るかもしれぬな」

「お気の毒さまですな。上級の信仰系魔法が必要で?」

「そうだな。乳房が潰れておるかもしれぬ」


 デルヴィ伯爵の対面に立つのは、五十歳ぐらいの壮年男性。

 聖神イシュリル神殿のシュナイデン枢機卿である。神殿勢力では教皇が最上位者なので、二番目に偉い人物だ。


「候補者は誰だ?」

「一人は、隣国カルメリー王国の第二王女ミリエ様です」

「むっ。ミリアの妹か」


 デルヴィ伯爵夫人のミリアは、カルメリー王国の第一王女である。

 現在は十七歳。属国の支配を円滑に行うために、人質がてら取りあげた姫である。エインリッヒ九世の側室ではなく、領土が近い自身の妻とした。

 そして、話題に上がった第二王女ミリエは十五歳。

 ちなみに三姉妹なので、第三王女としては十四歳のミリムがいる。


「もう一人は、我が神殿の女神官ラキシスです」

「うーむ。候補者が二人、か」

「はい。どちらも聖神イシュリルの敬虔けいけんな信者でありますれば……」

「さて、どうしたものか」


 聖女に選ばれた者は、王族の近辺に身柄が移される。

 以降は国王から命令されるがままに、勇者召喚や異世界人の面倒を見るのだ。

 ソフィアの場合は、特殊な環境下にいた。宮廷魔術師グリムの孫娘として、王国領内を自由に移動できている。

 要は後見人が国王の側近なので、特例で認められていた。


(属国の姫が聖女候補とは、聖神イシュリルは何を考えておる? 従属させる前であれば攻め込まねばならなかったぞ)


 デルヴィ伯爵は、渋い表情に変わる。

 神の御心など分からないが、通例ではエウィ王国の民が選ばれていた。今回は取りあげれば済む話だが、他国の人間を指定されてしまうと困る。

 戦争や拉致などの強硬な手段を用いることも辞さないからだ。多大な損失を覚悟してでも手に入れるのが、王国の国是だった。


「まぁよい。だが問題はあるぞ」

「はい?」

「第二王女のミリエが聖女になれば、属国の地位が上がる」

「そうでしょうな」

「他の伯爵家に渡すのも拙い」


 属国のカルメリー王国は、宗主国のエウィ王国に逆らえない。

 このまま何もしなければ、国王は適当な伯爵家にミリエを嫁がせるだろう。だがそうなってしまうと、デルヴィ伯爵の権力が脅かされる。

 阻止するなら、聖女が選ばれる前に手を打たなければならない。


「仕方あるまい。ワシの妻は病死だ」

「何と仰いました?」

「ミリエ姫を、ワシの妻とする」

「側室ではなく?」

「第一夫人でなければ意味は無い。また姉妹をめとっているのも体裁が悪いな」

「確かに……」


 デルヴィ伯爵はすまし顔だった。

 たとえ妻を切り捨ててでも、自身の権力を増大させることをいとわない。

 これは、非情で残酷な決断だ。にもかかわらず、神の信徒に臆面もなく伝えた。しかしながらシュナイデン枢機卿は、薄い笑みを浮かべている。

 手を組んでいる理由の一つだ。


「ワシはカルメリー王国を愛しておる」

「御冗談を……」

「存続させてやるのが、ワシの務めである」

「カルメリー王国は安泰ですな」

「枢機卿殿も、我が妻が好きであろう?」

「お若くてお奇麗ですからな」

「では、そういうことだ」

「おこぼれを頂戴致しまする」


 聖女の候補者であるミリエを、デルヴィ伯爵の妻にする。聖女を家族にしてしまえば、今よりも権力が増大するだろう。

 最後の懸案は、女神官のラキシスである。とはいえこちらは、簡単に片が付く。巡礼の旅に出して、野盗や盗賊にでも襲わせれば良い。


「ラキシスとやらは監禁せねばなるまい」

「まだ候補の段階ですからな」

「聖女に選ばれたら、ワシの兵が救出する」

「選ばれなければ?」

「妻と同じ部屋でよかろう」


 この会談後、デルヴィ伯爵夫人ミリアは病死と発表される。

 そして喪も明けぬうちに、カルメリー王国に婚姻の使者が向かった。しかしながら当の妻は、秘密の屋敷で地下室に監禁してある。

 その目的は……。



◇◇◇◇◇



 フォルトは屋敷の中にある談話室で、椅子に座りながらルーチェを眺めた。デモンズリッチの彼女には、魔の森で山の管理を任せている。

 そして、とあるものを取り寄せたので戻ってもらった。


「主様、これは?」

「うむ。男装だな」

「男装ですか?」

「似合っているぞ」

「ありがとうございます」


 ルーチェに渡したものは、魔法学園の男子用制服だ。

 グリムに伝えて、わざわざ取り寄せてもらった。当然のように、フォルトの目の前で着替えさせている。

 彼女はショートカットのうえに、顔立ちが整っているのでよく似合う。胸の大きさを強調するように第二ボタンまで開けて、谷間を見えるようにしていた。

 たわわなものは趣味から外れるが、アバターとしては映えている。


「そうそう。例のものが完成したって?」

「はい。音を入れる魔道具です」


 笑みを浮かべたフォルトは、ルーチェから木製の腕輪を受け取った。

 この腕輪はサイズ調整の魔法付与がされており、誰でも問題なく装備できる。また作製した目的としては、アーシャに渡すためだった。

 ダンス好きの彼女が、無音で踊っているのがシュールなのだ。ならばと音楽を入れてもらって、バックミュージックを流す予定である。


「よく作れたな」

「こちら世界には似たような魔道具があります」

「なるほど」


 ルーチェが言った魔道具は、貴族や大商人が所持するオルゴールだ。

 日本のそれとは違って、高級品として取引されている。記憶させた音楽が聴ける代物だが、性能的には一種類が限界だった。しかしながら彼女が作製した腕輪は、数種類を記憶できる。

 そしてフォルトは、腕輪の性能を確認するために口ずさむ。


「てれれれん、てれん、てれってって」

「――――てれれれん、てれん、てれってって」


 まさに、フォルトが望んでいた魔道具だ。

 音ズレも無く、キチンと音を奏でていた。


「うん。完璧だ。よくやった」

「お褒めいただき、光栄です」

「褒美は何が欲しい?」

「いえ。主様に仕えるのが、眷属けんぞくの役目です」

「そういうものか?」

「はい」


 眷属は主人に対して、無償の奉仕をする。

 どのような精神構造かは分からない。とはいえ深く考えるのが面倒なので、フォルトは納得しておいた。

 ルーチェの場合は受肉までしたので、特に顕著だった。何を命令しても、文句を言わずに遂行する。

 ニャンシーの場合は、ブツブツと文句を言いながらもやる。


「魔の森はどうだ?」

「変わりありませんが、人間が近づいているようです」

「ふーむ」

「ですが決められた境界線は越えていません」

「グリムのじいさんが飛び地にしたからな」

「境界線を越えた人間はどうしましょうか?」

「そうだなあ。ルーチェで追い返せる?」

「楽とは言い難いですが……。可能だと思います」


 さすがのルーチェでも、ドライアドのような特殊能力は無い。魔の森を迷いの森に変えて、人間を追い返すことはできない。

 ただしデモンズリッチとして、多くの魔法を習得している。ならば問題なく、フォルトからの命令を遂行できるだろう。

 そんなことを考えていると、ソフィアが談話室に入ってきた。


「フォルト様に呼ばれたと聞きましたが?」

「あぁソフィアさん。こちらに……」


 ソフィアを呼んだのは、ルーチェを紹介するためだ。

 もちろん、眷属にした経緯も伝えた。するとソル帝国の女性を殺害して受肉させたことを知って、彼女は顔をしかめる。

 それでも本人が宣言したとおり、フォルトに対しては何も言ってこなかった。相変わらず好感が持てる女性で、思わず自虐に入りそうになる。

 ともあれ話が進まなくなるからと、話題を変えてしまう。


「ソフィアさんに質問があるけどいいかな?」

「どうぞ」

「こちらの世界って、音楽はあるの?」

「ありますよ。宮廷楽団や聖歌隊もいます」

「へぇ。楽団……」

「何か?」

「演奏してもらうと高いでしょうね」

「そうですね。旅をしている楽団でも、それなりにはします」

「ふむふむ」


 楽団が存在することは、さして驚きではなかった。

 中世の欧州では珍しくないからだ。社会的にも重要な役割を持っており、中世以前においても親しまれている。

 もちろん楽団がいたところで、怠惰なフォルトには何もできないが……。


(森には呼びたくない。俺から会いに行くつもりがない。でもバックミュージックがアーシャの鼻歌じゃ締まらないなあ。いったん保留かな?)


 双竜山の森は、フォルトが身内と安らげる場所。

 グリム家以外の者は、森に立ち入ることを遠慮してもらいたい。


「ちなみにですが、ソフィアさんの特技が音楽とか?」

「いえ。残念ながら……。フォルト様は音楽に興味があるのですか?」

「これね」


 得意満面の笑みを浮かべたフォルトは、ルーチェから受け取った腕輪を使う。と同時に、先ほど入れたものが流れだした。

 そして自分の声は嫌いだったと思い出して、苦笑いに変わる。


「――――てれれれん、てれん、てれってって」

「まあ!」


 ソフィアの驚いた顔は、とても可愛い。

 それに気分を良くしたフォルトは、ほほの筋肉を緩めながら話を続ける。


「この腕輪に、リズムのいい曲を入れたくてね」

「魔道具ですか?」

「ルーチェが作ってくれたのです」

「凄いですね!」

「すべては主様のためです」


 フォルトのためとはいえ、実のところルーチェの趣味も入っていた。

 魔道具の研究に熱心で、家の中に籠って――亜人の管理をしながら――試行錯誤している。ある意味では、引き籠りの仲間と言っても良いだろう。

 そして会話も終わり、彼女は魔の森に向かった。もう少し様子を見て管理に問題が無ければ、双竜山の森に戻しても良いかもしれない。

 とりあえず間が空いてしまったので、ソフィアと雑談を始めた。


「ところでソフィアさん」

「何でしょうか?」

「聖女を辞めたら何になりますか?」

「え?」


 本来のソフィアは魔法使いである。

 もちろん、魔法使いと言っても千差万別だ。学習塾を開くのも良いし、魔法学園の先生を目指すのも良い。

 それこそ祖父と同じ道に進んで、国家を担う宮廷魔術師でも良いだろう。

 ただし、この質問に意味は無い。フォルトは単純に、他人の進路が気になっただけである。答えを返されても、素っ気なく終わりそうだ。


「そう言われると、特に考えていなかったですね」

「あっそ」

「え?」

「あ……。つい……」


 さすがに素っ気なさすぎる。

 これにはソフィアが、頬をプクッと膨らませた。


「もぅ。聞かれたのはフォルト様ですよ?」

「あ、はは……」

「でも確かに、明確な目標があったほうが良かったですね」

「そうですか?」

「気付かせていただき、ありがとうございます」


 ソフィアの言ったとおりだ。

 フォルトの場合は、人生の目標を決められなかった。子供の頃の夢など忘れて久しい。ダラダラと年齢だけを重ねた結果が、氷河期世代の引き籠りである。


「後悔しなければ何でもいいと思うよ」

「ふふっ。色々と考えてみます」


 ソフィアと会話していると、今度はカーミラが談話室に入ってきた。

 その手には、色鮮やかな高級布を持っている。


「御主人様! ただいま戻りましたぁ!」

「いい色だ。問題無かった?」

「はい! 他の布は、レイナスちゃんに渡しましたぁ!」

「フォルト様、その布は?」

「色彩が欲しくてね」


 グリムからは、白い高級布が届いていた。

 それは良いとして、フォルトの身内には華やかさが欲しい。だからこそ、色鮮やかな布が必要なのだと力説する。

 ともあれ残念ながら、ソフィアが問いたいのは違うことだった。


「いえ。どこで手に入れたのですか?」

「帝国からですね」

「え?」

「王国で奪うのを止められたので、帝国から奪わせたのです」

「なっ!」


 ダマス荒野を越えれば、ソル帝国の町がある。

 悪魔のカーミラなら飛行が可能であり、スキルで『透明化とうめいか』が使える。ならばフォルトの欲しいものは、帝国から奪うまでだった。


「王国ではないし……。いいよね?」

「私は何も見ていません!」

「見て見ぬふりはいけないな。ソフィアさんにも服を作りますよ」

「え?」

「ほら。ソフィアさんは着替えが少ないですよね?」

「そうですけど……」

「下着も、ね」

「っ!」


 いくらエッッッッグいパンツでも、色は白である。

 先日の件を思い出したのか、ソフィアは股間を両手で押さえて座り込んだ。実に初々しくて、フォルトの顔はだらしなくなる。

 すでに白いパンツは、目に焼き付けてあるのだ。

 カーミラが奪ってきた色とりどりの布があれば、更にエグさを増して、彼女にプレゼントできる。布の仕入れ先など些細ささいな話だ。

 そして、アーシャの風属性魔法に期待しておくのだった。

Copyright©2021-特攻君

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