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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第六章 聖女剥奪
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聖女剥奪4

 青紫蘇茶あおじそちゃをテーブルの上に置いたフォルトは、ほほをポリポリとく。次にひげも生えていないのに、顎を擦って思考を巡らせる。

 もうドライアドには用が無いので、視線を送って退席させた。


(さて、どうしたものか)


 ソフィアを守るだけなら問題無いだろう。現在は身内が五人で、庇護ひごは一人だ。もう一人増えてたところで、大した差ではない。

 この場合の問題は、庇護したときの対応だった。

 まず彼女には、フォルトが魔人だと知られてしまう。もちろん毎日顔を合わせるのだから、カーミラも同様に隠しきれない。

 そして、デルヴィ伯爵の思惑も気になる。

 現在の地位はグリムのほうが上らしいが、国内では有力貴族の一人だ。今回の件は最悪を想定しているとはいえ、本当に何をしてくるかが読めない。


「グリムのじいさんで、デルヴィ伯爵を抑えられないの?」

「やるだけはやるがのう」

「侯爵に昇爵しそうなのだ」

「え?」

「侯爵になってしまうと口を出せなくなるわ」

「味方になる貴族も増えるのだ」

「領地が増えると、私兵も増えるからのう。内乱など避けたいのじゃ」

「そこまで話が大きくなるのかあ」

「うむ」


 ソネンとフィオレの補足もあり、フォルトは状況が飲み込める。

 魔の森が国王の直轄領になるからと、デルヴィ伯爵の領地を広げる。となると侯爵に格上げをして、完全に委任することになるそうだ。しかも、ローイン公爵とのバランスもあるらしい。

 侯爵の地位は、グリムと同格かそれ以上である。だからこそ更なる権力を求めて、強硬な策を執る可能性は高い。

 そのダシとなるのが、聖女を剥奪はくだつされたソフィアなのだ。


「面倒だから殺しちゃえば?」

「無理じゃな。うわさはともかく、エウィ王国には必要な男じゃ」

「ふーん」

「王国を第一に考えると、むやみやたらに殺せないわ」

「そういうものですか?」

「貴族のみならず、他国にも影響力が大きい男なのだ」

「デルヴィ伯爵が逝去すると、ソル帝国は万歳三唱じゃな」


(国に仕えていると大変だなあ。家族を守れないなら、エウィ王国なんて捨てちゃえばいいのにな。まぁ俺には関係無いけど……)


 グリムは寿命を延ばしてまで、エウィ王国に尽くしている。

 思い入れは強いのだろうが、その件についてフォルトはとやかく言えない。苦渋の決断なのは分かっている。

 それでも、最後に確認しておくことがあった。


「ソフィアさんを庇護するにあたって、俺から条件があります」

「何じゃな?」

「まず、俺はソフィアさんと真逆の人間です」

「今までの件を言っておるのかの?」

「ですね。ソフィアさんが嫌がったら帰ってもらいますよ」


 今のフォルトは、人間を見限った魔人である。

 逆にソフィアは、人間に期待しているだろう。考え方や対応が真逆なのだ。となると両者が一緒に暮らしても、精神的な苦痛になるだけである。

 ギクシャクするようなら、グリム家に帰ってもらったほうが良い。


「うーむ」

「次に結婚はしません。するつもりがないので……」

「俺の娘に!」

「あなた、最後まで聞きなさい」

「あ……。はい」


 妻のフィオレに、ソネンは頭が上がらないようだ。

 フォルトは「尻に敷かれるぐらいが丁度良い」という言葉を思い出して、苦笑いを浮べながら先を続ける。


「最後に。俺の庇護下とするなら、彼女に手を出した者は殺します」

「むっ!」

「デルヴィ伯爵でもか?」

「誰でもです。王様でもね」


 カーミラを含めて、身内となった者たちは大切な存在である。

 彼女たちが害されるようなことがあれば、たとえ誰であろうとも許さない。すでに人間を殺したことがあり、躊躇ちゅうちょ無く魔人の力を振るうつもりだ。

 そして同様に、シェラを守るのは当然だった。庇護を受け入れるとは、そういうことなのだ。ならばソフィアも、その対象となる。

 これは、フォルトの信念なのだ。


「陛下に対して不遜じゃのう」

「王様に敬意は払っていませんよ。俺は国民じゃありません」

「どんな手を使ってでも、我らの娘を守るのだな?」

「ふふっ。気に入りましたわ」

「勘違いしないでくださいね。俺の中で決めているだけです」

「ローゼンクロイツ家の姉妹も同じということじゃな?」

「ですね。俺と、俺の身内に手を出したらって話です」


 これらの話は、フォルト自身の自堕落生活を守るためでもある。

 身内の彼女たちは、精神的にも肉体的にも必要なのだ。エウィ王国の未来など知ったことではない。

 信念を曲げたら、自分という存在の否定でもある。


「決まりじゃな。数日のうちに連れてくるとしようかのう」

「部屋を用意しておきますよ」

「長引くようなら森に来るからな! 我らも父上と同じようにしろ!」

「はぁ……。分かっていますよ」

「娘をよろしくお願いしますわね」


 グリムたちは忙しいようなので、すぐに帰っていった。

 ソフィアの抜ける穴を埋めるのだろう。もしくは、子煩悩なだけかもしれない。ソネンとフィオレを見ていると、その可能性は否定できない。

 そして寮タイプで建てたフォルトの屋敷には、空き部屋が結構ある。

 ともあれ彼らを見送った後は、再びテラスでカーミラと過ごす。


「カーミラはどう思う?」

「御主人様が触ってくるので気持ちが良かったですよぉ」

「いや。そうではなく……」

「えへへ。これも遊びでいいんじゃないですかぁ?」

「遊びかあ」


(デルヴィ伯爵や国王にしても、俺に手出しはできない。もしできたとしても、すべてをたたき壊せる。こういったセーフティがあるから気楽だなあ)


 名前は思い出せないが、フォルトは初めて殺した人間を脳裏に浮かべる。憤怒に囚われたとはいえ、たった一つの魔法で、体の内部から木っ端みじんと化していた。

 カーミラの元主人から受け継いだ膨大な魔法やスキル。

 その中には、広範囲に爆発させるものも存在する。もちろんそれを、短絡的に使用するほど子供ではない。面倒事になるだけだと分かっている。だが最終手段があると知っていると、心に余裕が生まれる。

 強者が弱者をいたぶるではないが、弱肉強食の世界だ。彼女が言ったように遊びと思うことで、永遠という暇を楽しむのも一興だろう。


「この結末がどうなるかは楽しみにしておくか」

「はあい!」


 カーミラは笑っていた。

 悪魔の彼女は、人間が悪に傾きやすい種族と知っている。ちょっと後押しするだけで、簡単に悪へと堕ちるのが人間だ。

 もしかしたら、そのちょっとを期待しているのか。

 そんなことを考えたフォルトは、彼女の体を抱き寄せるのだった。



◇◇◇◇◇



 数日後。ソフィアが予定通りに、フォルトの屋敷を訪ねてきた。

 幸いと言って良いのか。今のところ、グリムたちが予想していることは起こっていない。しかしながら、最悪を想定しての判断である。

 まだまだ先の話だろうが予想が外れれば、それに越したことはない。


「その表情は……。着てますね」

「っ!」


 フォルトと出会った瞬間に、ソフィアは顔を真っ赤にしていた。

 本当に律義である。あのエッッッッグい下着をセットで着用しているようだ。とても、本当にとても残念だが、それを拝むことはできない。

 ここは、彼女の反応を楽しんだことで良しとする。


「お、お世話になります」

「部屋は用意してあるので気軽に使ってください」

「はっはい!」

「それと、庇護する前に言っておくことがあります」

「え?」

「食堂に行きましょうか」


 現在、フォルトの身内は全員外に移動してもらった。あらかじめ伝えてあるので、二人の邪魔をすることはない。

 食堂ではテーブルの上に、オヤツとお茶を用意してあった。気を利かせたレイナスかルリシオンに感謝である。

 そして、ソフィアとは向かい合って座った。


「フォルト様、私に話とは何でしょうか?」

「それを伝える前に、ソフィアさんは魔人って知ってます?」

「あまり詳しくは……」

「知っていることだけでいいですよ」

「全種族の敵。天災級の災害を起こす。数が少ない、などでしょうか」

「ふーん。他には?」

「最後に確認されたのが、憤怒の魔人グリード。以上ですね」

「なるほど。情報はほとんど無いのですね」

「はい。文献や風聞とか……。そういったものです」


 魔人の情報は極めて少ない。

 それでもソフィアが言ったことは事実であり、文献にも記されている。憤怒の魔人グリードに関しては、マリアンデールとルリシオンも知っている。

 五十年ほど前の出来事で、その時代を生きているからだ。とはいえその内容は、先ほどの話と同程度の情報である。


「さてソフィアさん、俺が魔人だったらどうしますか?」

「え?」

「実はこちらの世界に召喚されたとき、魔人の力を受け継いだのですよ」

「なっ!」


 ソフィアに伝えられない件は、たった一つだけである。

 こちらの世界に召喚されてから、最初に入手したカードの内容だ。レベル五百などと知ったら、さらに驚いてしまうだろう。

 フォルトはロッジでの出来事から、今までのことを彼女に話した。当然のように、カーミラが悪魔だという件も伝える。

 所々を端折るが、頭の良い彼女なら理解できるだろう。


「もう俺は人間ではないのですよ」

「………………」

「遊びで人間を殺します」

「………………」

「ソフィアさんとは相容れない存在です」

「………………」

「それでも俺に庇護してほしいですか?」

「………………」

「難しい選択ですよね」


 グリムの屋敷で罪を告白したときのように、フォルトは淡々と話す。

 これらの件は、避けては通れない道である。今ソフィアに伝えなくても、どうせ知られてしまうのだ。

 これから一緒に生活するのだから……。


「いえ。庇護してもらいます」

「いいのですか? 目の前で人間を殺すと思いますよ」

「構いません」

「本当に?」

「はい」


 フォルトには、何を思っての選択か分からない。ならばとまずはゆっくりと席を立ち上がって、ソフィアの隣に立った。

 彼女は微動だにせずに、目を閉じていた。

 そして手を頭に置いてでると、体をビクっとさせる。


「覚悟はおありのようで。では、その覚悟を見せてもらいます」

「え?」

「俺は身内しか信じません」

「それで?」

「今からソフィアさんを犯します。壊れるまで何度でも、ね」

「っ!」


 フォルト自身は、ソフィアに嫌われていると思っていた。

 その原因となる出来事は、グリムの屋敷で伝えている。まさか、忘れてはいないだろう。ジェシカとアイナの件は、彼女に嫌悪されて然るべき内容である。

 当時は憤怒と色欲に身を任せたが、それらの大罪を持つ魔人を怒らせればどうなるか。いや、一緒にいるだけでも危険なのだ。

 それを、彼女に理解してもらう。


「それには及びません」

「はい?」

「わざわざやらなくても……」


 そこまで言ったところで、ソフィアも席を立ちあがる。しかもあろうことか、フォルトの腰に手を回して抱きついてきた。

 以降は頬を赤らめながら、ゆっくりと見上げている。


「フォルト様を愛していますから……」

「ええっ!」

「これ以上は……」


 フォルトは面を食らった。

 そんな素振りなど、今までソフィアは見せたことがない。人間と思っていたおっさんを、なぜ愛していたのか理解できない。だがそういった話ならば、彼女を犯す必要は無いだろう。

 このまま普通に抱けば、晴れて身内となる。レイナスと同様に調教まで考えていたが、普通に愛を育んでみたいとも思う。


「これは……。いったい?」

「恥ずかしいです」

「本当ですか?」

「………………」

「ソフィアさん?」

「いえ。うそです」

「は?」


 今のフォルトは、誰が見ても情けない顔に変わっただろう。

 ここで肯定の言葉が出たら、確実に抱き寄せていた。


「フォルト様の演技が下手なので、私も真似をしてみました」

「え? どこから……」

「隣に立ったときですね」

「………………」


 ソフィアからの告白を受けて、フォルトは呆然ぼうぜんとなった。すると、『透明化とうめいか』を解除したカーミラが現れる。

 どうにも、ばつが悪い。


「御主人様、アウト!」

「ふふっ。だから演技が下手だと言いました」

「………………」

「御主人様? 落ち込まないでくださいねぇ」

「慰めにならん!」


 フォルトはショックだった。

 ソフィアをだますすつもりが騙された。本来なら覚悟を確認できたところで、「冗談ですよ」と伝えるつもりだった。

 彼女の表情は元に戻って、今度はこちらの顔が赤くなった。


「ですが私は、フォルト様を嫌っていませんよ?」

「え?」

「それこそ、私を面倒な女だと思っていらっしゃるのでは?」

「………………」


 ソフィアは、ビッグホーンの解体現場で話した内容を持ち出している。

 グリムが言った婚姻話の件だ。

 そのときと同様の言葉だが、当時はフォルトを嫌っているから「やんわり」と断ったのだと思っていた。しかしながら、嫌われていなかったようだ。

 どうやら、勘違いをしていたらしい。


「ふふっ。魔人になったのがフォルト様で良かったです」

「えっと……」

「色々とあったようですが、理性的で会話が成り立っています」

「な、なるほど? でも信じるのですか?」

「信じますよ。それとフォルト様のなさることに、私は口を挟みません」

「人間を殺しても?」

「なるべくなら避けてもらいたいですが、フォルト様にお任せします」

「そうですか」

「人間でないなら、人間の常識を言っても仕方ありません」

「まぁ理解はしていますけどね」


 フォルトは元々人間だったので、人間のことを理解しているのは当然だ。だがそれは、行動に制限をかけることにならない。

 すでに、人間を見限って堕ちている。


「いま話した内容は、グリムの爺さんにも内緒ですよ?」

「分かっています。伝えたほうが危険ですよ」

「なぜ?」

「隠すものが無くなれば、遠慮も無くなりますからね」

「遠慮するつもりはないですが?」

「ふふっ。私たちを殺していませんよね?」


 ソフィアの言葉は、的を射ているかもしれない。

 フォルトは何かと理由を付けて、彼女たちに遠慮している節がある。とはいえ、彼ら以外の人間を殺しても気にしないと思う。

 このあたりの深層心理は分からない。単純に性格だと割り切ったほうが、精神衛生面から考えても良いだろう。

 それにしても、彼女は頭脳明晰ずのうめいせきで豪胆だ。見た目からは想像もつかない。小動物のように、もっとおびえるかと思っていた。

 にも角にも、庇護を望まれたのだ。ならばとグリムとの約束通りに、彼女を守ることを決めたのだった。

Copyright©2021-特攻君

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