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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第六章 聖女剥奪
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聖女剥奪3

 アーシャと一緒に屋敷を出たフォルトは、いつものテラスに向かった。するとレイナスがいたので、彼女は小走りに近づいていった。

 そして、カーミラに描いてもらったネイルアートの自慢を始める。

 自身は彼女らを横目に、専用椅子に座った。「ふぅ」と溜息ためいきを吐きながら隣を寂しく思っていると、愛しの小悪魔が戻ってくる。

 実に良いタイミングだ。


「御主人様! レイバン男爵って人は知っていますかぁ?」


 双竜山の森に侵入した者を、カーミラがスキル『人形マリオネット』で操ってもらった。相変わらず便利なスキルで、色々と情報を聞き出したようだ。

 もちろん侵入者には、そのまま帰っていただいた。このスキルで操られていた間の記憶は残らないので、何の疑問も持っていないはずだ。


「知ってると思う?」

「ですよねぇ。その男爵って人からの使いだそうですよぉ」

「それで?」

「御主人様を屋敷まで連れていく命令を受けていましたぁ」

「要はパシリか」


 フォルトは渋い表情になった。

 わざわざ人を使って、双竜山の森から連れだそうとしている。


「そんなところですねぇ」

「俺の名前は知っていたのかな?」

「異世界人って言ってましたよぉ」

「ふーん」


(レイバン男爵なんぞ知らん。やはり面倒事なのか? 俺が人間と会わないのは、グリムのじいさんたちは知っている。なら別の線かな?)


 グリムとソフィアなら、双竜山の森に直接訪れる。人を使ってフォルトを呼び出そうとしても、それが届かないことを知っているからだ。

 問題はグリム家が異世界人が庇護ひごしているのを、貴族たちは認知しているらしい。しかしながら、個人としては特定されていないようだ。

 もちろん、レイバン男爵に呼び出される心当たりは無い。


「レイナス! ちょっと来て」

「はい! ピタ」


 フォルトに呼ばれたレイナスは、そそくさと隣に座って体を密着させる。

 先程まで訓練をしていたはずだが、実に良い匂いだ。


「レイバン男爵って誰か知ってる?」

「聞き覚えはありませんわね。どこかの町か村の小領主かしら?」

「ふーん」

「レイバン男爵が何か?」

「実は――」


 レイナスの肩に手を回したフォルトは、カーミラからの話を伝えた。すると、何を狙っているのかを即座に導き出す。

 さすがは、元伯爵家令嬢だ。


「上からの命令か自分の手駒にしたい、と推察しますわ」

「へぇ」


 おそらくレイバン男爵は、フォルトの情報をほとんど持っていない。

 そして、国王の側近である宮廷魔術師グリムに話を通していない。となると権力が近い者からの命令、もしくはその人物に取り入るつもりだろう。また何度も使者を送り込んでいることから、時間が惜しいのだと思われる。

 そうなると、上司からの命令が最有力候補だ。


「そうなのか?」

「ふふっ。レイバン男爵が使える人物かの試験もされてますわ」

「よく分かるね」

「貴族とはそういうものですわよ」


 そういった話ならレイバン男爵の上司が不明なので、この問題は棚上げだ。グリムかソフィアが訪ねてきたときに聞けば良いだろう。

 とりあえず森の精霊ドライアドがいるかぎり、森からは追い返せる。しかも双竜山からここを目指すと、亜人や魔物に襲われるのだ。

 ちょっとした天然の要塞である。


「ここは良い森だなあ」


 その一言を発して、フォルトは席を立つ。

 以降はアーシャも呼んで、ネイルアートの自慢を聞くのだった。



◇◇◇◇◇



 双竜山の森に侵入者した人間の目的が分かった数日後、特に待っていなかったが、グリムがフォルトを訪ねてきたようだ。

 ドライアドの報告では、他に二名の人間を同行させているらしい。

 その報告を受けたカーミラが口を開く。


「御主人様、追い返しますかぁ?」

「まぁグリムの爺さんのことだ。問題は無いだろ」

「そうですかねぇ?」

「問題があるようなら出禁にする!」


 夏と呼んでいた数週間も終わり、現在は過ごしやすい。下着姿の美少女たちは目に激写しておいたので、また次回を楽しみにしている。

 フォルトは屋敷の前のテラスが、お気に入りになっていた。日本にいたときには考えられない優雅さである。

 まさに森全体が家みたいなものなので、引き籠りは継続中だ。


「あれか」


 グリムを先頭に、フォルトの記憶に無い男女が続いている。見たところ害は無さそうなので、そのままテラスで待つことにした。

 ともあれ、彼らが近づいたところで声をかける。


「また息抜きですか?」

「お主に紹介したい者を連れてきたのじゃ」

「人間が嫌いだと知ったうえで?」

「うむ。ソフィアの両親じゃ」

「え?」

「あなたがフォルト様ですか? 娘がお世話になっております」

「この男がなあ」


 挨拶もそこそこ、男女が自己紹介した。

 男性のほうは、グリムの息子ソネン。女性はその嫁フィオレ。どうやらソフィアは母親似のようで、顔つきがソックリである。

 そしてフォルトは専用椅子に腰かけながら、彼らに椅子に座るよう勧めた。と同時に、とある件を先に質問する。


「グリムの爺さんは、レイバン男爵を知っていますか?」

「むぅ」


 レイバン男爵の名前を口にすると、グリムが険しい表情に変わった。また、ソフィアの両親も同様である。

 そこまで険しくなると、シワが増えるのではないかと思ってしまう。

 これは何かあると、フォルトに直感が走った。


「面倒事ですか?」

「うむ。何と言ったら良いかのう」

「お茶と茶菓子を持ってきましたぁ!」

「カーミラは気が利くな。まぁお召し上がりください」


 グリムが話を切り出そうとしたところで、カーミラがお茶を持ってきた。

 このお茶は、塩ダレのアクセントにもなっている青紫蘇あおじそを使ったものだ。独特の香りだが、体に良い葉っぱである。

 ちなみに、こちらの世界にはレモンが存在した。シトロンという名称らしいが、今はトレントたちに栽培させている。

 それが入った青紫蘇茶はさっぱり味になるので、誰でも飲めるだろう。


「それで?」

「きゃ!」


 グリムに返答を促すと同時に、フォルトはカーミラを隣に座らせて抱き寄せた。続けて女性特有の甘い匂いと、柔らかい体を堪能する。

 来客の対応としては失礼だが、もちろん気にしない。


「レイバン男爵はのう。バルボ子爵に近しい男じゃ」

「バルボ子爵?」

「代々デルヴィ伯爵家に仕えておる子爵家じゃな」

「デルヴィ伯爵と言えば……」

「お主に金貨を渡そうとした男じゃの」


 どうやら、侵入者の件についてはつながった。

 数日前に聞いたレイナスの話から察すると、レイバン男爵の上司はデルヴィ伯爵なのだろう。ビッグホーンの素材の礼として、袋がパンパンになるほどの金貨を渡してきた人物だ。とはいえ金貨は、グリムが気を利かせて高級布に変わった。


「また恩を着せるつもりですかね。着ないけど……」

「近いが違うのう」

「はい?」

「それを話す前に、ソフィアの件を伝えておこうかの」

「ソフィアさんがどうかしましたか?」


 聖女剥奪(はくだつ)

 真面目な表情に変わったグリムは、ソフィアから聖女の称号が消える件を伝えてきた。またそれに伴って、今後予見される出来事についても……。

 フォルトとしては、聖女自体に興味は無い。しかしながら、彼女が置かれている立場は理解できた。


「それは俺に話してもいいのかな?」

「前にも言ったが、お主は隠者のようなものじゃ。関係あるまい」

「よく分かっていらっしゃる」

「お主に接触を試みているとはのう」

「あ、はは……。追い返していますけどね」

「なら確定かのう」


 お茶をすすったグリムは、ソフィアの両親に視線を送った。

 フォルトにはよく分からないが、聖女剥奪以外に何かあるのか。


「はい。父上」

「やれやれね」

「どういうことです?」

「ソフィアの身に危険があるということじゃ」


 グリムの考えはこうだ。

 国王エインリッヒ九世は、フォルトを庇護する件を認めていた。その人物に対してデルヴィ伯爵は、レイバン男爵を使って秘密裏に接触を持とうとしている。

 本来なら、グリム家に話を通すのが筋だった。


「ふむふむ」


 そしてフォルトは、ソフィアと頻繁に会っている。だからこそデルヴィ伯爵は、彼女を害する前に抱き込むつもりなのだろう。

 伯爵の趣味は、実益を兼ねるものだ。

 自身に近しい人物への褒美と遊びを兼ねていた。またそういった闇の部分に触れさせることで、伯爵を裏切れないようにもできる。

 その道具として、彼女に白羽の矢を立てようとしていた。


「クズですね」

「うむ。証拠は無いがのう」


 デルヴィ伯爵の黒いうわさは、すべて証拠が無い。火の無い所に煙は立たないが、わざと立たせている節もあった。

 ここまで会話が進んだところで、ソネンとフィオレが口を開く。


「何もしなければ、ソフィアは異教徒に認定されてしまいますわ」

「デルヴィ伯爵は神殿と懇意にしておるからのう」

「金の亡者同士ってことですね?」

「そうだ。この男は飲み込みが早いですな」

「だから言ったであろう?」

「ですが、可愛い娘をくれてやるなど……」

「はい?」


 一瞬にしてフォルトの目は点になったが、ソネンは聞き捨てならない言葉を口にした。彼の娘はソフィアである。

 それをくれてやるとは、まったく意味が不明だった。


「お主を訪ねた目的の一つは、ソフィアの両親を会わせるためじゃ」

「なぜです?」

「ワシに何かあれば、この二人がお主を庇護する者じゃ」

「なるほど」


 グリムに何かあるとは思えないが、急にポックリと逝く可能性もある。延体の法で老化が遅いとはいえ、老人には違いない。

 この話は、フォルトにも理解できる。


「他にも?」

「それじゃ。ソフィアを匿ってくれぬかのう」

「え?」

「ほとぼりが冷めるまででよい」

「デルヴィ伯爵が諦めるまで、ですか?」

「そうだ。しかし、奴に限ってはあり得ないと思っていいぞ」

「ですわね。蛇のようにしつこい御方ですわ」


 デルヴィ伯爵は狙った獲物を逃がさない。容易に諦めないことでも有名なようだ。もしかしたら、ソフィアがお婆さんになるまで諦めないかもしれない。

 さすがに、お婆さんになるまでは言い過ぎか。

 その前に伯爵が、寿命で死ぬだろう。


「どんだけ……。でも考え過ぎじゃないですかね?」

「最悪を想定してじゃ。元でも聖女の肩書は絶大じゃからのう」

「王様に庇護してもらえば?」

「無理じゃ。異教徒の認定を受けた者など庇護できるものか」

「そのままグリムの爺さんたちが守れば?」

「同じことじゃ。ワシの場合はもっと酷いのう」

「………………。ソフィアさんを捨てるということですか?」

「そうじゃ。家族に異教徒がいては、陛下の側近などできん」

「うーん」


 グリム家のことを、フォルトは醜いと思わない。三人の顔を見れば分かるというもので、身が引き裂かれるような思いだろう。

 そこまで国王の側近が大切か、と首を傾げる話ではある。とはいえ話を持ってきたことで、どちらが大切かは理解できた。

 もちろん、ソフィアが一番大切なのだ。


(俺が強いと思っていると言っていたが、高く買われたものだなあ。期待には沿えるだろうが、ソフィアさんはそれでいいのか?)


 魔の森からソフィアが持ち帰った情報で、フォルトは強者だと思われている。

 そして魔族のマリアンデールやルリシオンもいる双竜山の森は、エウィ王国のどこよりも安全だと答えを出しているのだろう。

 そうなると、気になるのは彼女の気持ちだ。


「ソフィアさんは何と? 俺を嫌っていると思いますよ」

「喜んで、だそうじゃ」

「あれ?」

「心情までは知らぬ。お主の近くなら安全じゃ」

「カーミラはどう思う?」

「御主人様の好きにすればいいと思いまーす!」

「そう言うと思った」

「えへへ」


(弱肉強食。強ければ何でもできるか。ソフィアさんなら構わないな。シェラさんが増えるようなもんだ)


 ソフィアは魔法使いだが、シスターのような格好をしているのだ。姿格好だけであれば、暗黒神デュールの司祭シェラと被る部分があった。

 愛しのカーミラが反対しないなら、別に構わないだろう。


「庇護してもらっているのに、その家族を庇護するとは……」

「ほっほっ。面白かろう?」

「ご両親は賛成されたのですか?」

「不本意だがな!」

「あなた……」

「可愛い娘を嫁に出すのだぞ!」

「はい?」


 先程は、ソネンの言葉が聞き捨てならなかった。フォルトは聞き違いかと思っていたが、どうやら合っていたらしい。

 これには、話が飛び過ぎていて困ってしまう。


「あ、あのう……。庇護するだけですよ?」

「なに? 俺の可愛い娘を要らないというのか!」

「もらってもいいのですか?」

「不本意だがな!」

「どっちですか!」


 父親のソネンは、子煩悩が過ぎるようだ。フォルトは頭を抱えそうになり、「庇護しても毎日のように来るのでは?」とも思ってしまう。

 いや。確実に来るだろう。


「俺は四十代のおっさんですよ?」

「強ければ構わん!」

「え?」

「こちらの世界では、歳の差など珍しくもないのですよ」

「え?」

「ちなみにデルヴィ伯爵夫人は十七歳です」

「本人はおいくつでしたか?」

「齢六十を越えていますわ」

「マジ、か」


 もちろん、婚姻する男女の年齢は近いほうが望ましい。しかしながら実力のある家に嫁ぐのは、女性の家にとっての幸福なのだ。

 貴族などは、その最たる例だった。

 もしも男爵令嬢が伯爵夫人になれば、それは子爵家以上の力を持つ。舞踏会があるたびに、娘の売り込みは忘れない。

 それが老人であろうとも、だ。

 基本的には子息を狙うとしても、当主本人が望むなら構わない。


「しかし、こいつは本当に強いのか?」

「これソネン!」

「実力を見たいものですな」

「面倒だなあ」

「では、ドライアドを呼ぶと良いぞ」

「え?」

「ドライアドですと?」

「ふーん。じゃあ……」


 フォルトはドライアドを呼んだが、本来なら言葉にしなくても良い。

 眷属けんぞくたちと同様に、不可視な魔力の糸を使うからだ。とはいえ何でも言葉として出してしまうのは、昭和生まれのおっさんだからか。

 ともあれ周囲の草木が伸びると、ドライアドの姿を形作った。


「旦那様、お呼びですか?」

「おっ! おぉ……」

「あなた!」


 ドライアドの格好を見て、ソネンが鼻の下を伸ばしている。この精霊はとても破廉恥な格好をしているので、男ならば正常な反応とも言えた。

 言えるのだが、後頭部をフィオレにたたかれている。手加減など微塵みじんも感じられず、物凄い音を立てながらテーブルに額をぶつけていた。

 それを横目に、グリムがすまし顔で口を開く。


「ドライアドを使役するなど、レベルは察せられるのう」

「痛たたた……。確かに……」

「これならソフィアを嫁に出しても問題はありませんわ!」

「い、いや。嫁は……」

「まあ! 私のソフィアを侮辱するのですか?」

「いやいやいやいや」


 母親のフィオレも、ソネンに負けず劣らず子煩悩のようだ。グリムにしても、孫娘を愛しているのが分かる。

 フォルトからすると遠い世界の家族なので、蕁麻疹じんましんが出そうになった。またそれとは別に、ソフィアの件をどうするか考える。

 この好々こうこうやはいつも息抜きだと言って、何かしらの面倒事を持ってくる。困ったものだと思いながら、青紫蘇茶をすするのだった。

Copyright©2021-特攻君

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