聖女剥奪2
エウィ王国宮廷魔術師グリムの屋敷。
本日はソフィアを含め、家族全員が集まって食事をしていた。お互い忙しい身だが月に一度は、こういった場を設けている。
「ソフィアは変わりありませんか?」
「はい。母様」
「聖女として、異世界人の相手は大変だと思うが……」
「父様も心配してくれて、ありがとうございます」
「ほっほっ。ワシの名代もできるのじゃ。子供扱いはいかんぞ」
「父上はソフィアに重責が過ぎますぞ!」
「ソネン、お主も分かっておろう?」
「そうですが……」
「まぁフィオレもじゃ」
「はい。義父様」
ソネンとフィオレは、ソフィアの両親である。
二人とも、四十歳を越えている。父親は年相応の面体だが、母親は若奥様と言われても、誰もが納得するはずだ。
そしてどちらもグリムの弟子であり、優秀な魔法使いである。近い将来は、エウィ王国の宮廷魔術師になるだろう。
「聖女の称号があるばかりに……」
「仕方あるまい。それに勇者の従者じゃったからのう」
「ふん! アルフレッドめ。ソフィアを連れ出しおって!」
「父様、アルフレッド様は悪くないのですよ?」
勇者アルフレッドがソフィアを従者にしたとき、両親の二人は反対した。
まだ十歳の子供で、戦場に送り出すなど考えられるものではない。しかしながら当時は、魔王軍に劣勢を強いられていた。
彼女の頭脳は、子供ながら卓抜していたのは周知の事実だった。ならば、人間の最高戦力の共をさせ、魔王スカーレットを打倒するべく助力をさせる。
苦悩の末、その結論に至った経緯があった。
「可愛い盛りの時間を勇者にくれてやったと思うとな」
「ふふっ。あなたも相変わらずよね」
「フィオレもそうじゃないか。当時は俺より取り乱していたぞ!」
「それは可愛いソフィアの身を案じて、ですね」
「二人とも子煩悩が過ぎるのう」
「父上こそ……」
「もう止めてください!」
ソフィアが顔を真っ赤に染めて、両親と祖父に抗議する。
三人が三人とも、彼女を愛しているのだ。家族の愛情を一身に受けて育てられたと理解しているが、さすがに面と向かって言われると恥ずかしい。
もしもフォルトが聞いたら、蕁麻疹が出そうな内容だ。
ともあれここで、グリムが真面目な話に入った。
「ソフィアよ」
「はい。御爺様」
「聖神イシュリル神殿より神託を受けたと報告があった」
「どのような?」
「言いづらいのう」
「え?」
グリムは額に眉を寄せ、そのまま目を閉じた。だがソフィアは聖女として、聖神イシュリルの神託を聞く必要がある。
勇者召喚の儀を執り行うのかもしれない。
「聖女の役目は終わりじゃ」
「え?」
「称号を剥奪するそうじゃ。まったく意味が分からぬ」
「父上、それは本当の話なのですか?」
「お主らに嘘をついてどうする。家族じゃぞ」
「しかし御爺様、まだ「聖女」の称号はありますけど?」
ソフィアはカードを取り出して、称号の欄で確認した。するとまだ「聖女」と書かれており、称号は剥奪されていないようだ。
これには、首を傾げてしまう。
「後日に消えるとの話じゃ。次の聖女を決めておるのじゃろうな」
「聖神イシュリルがですか?」
「おそらくは、な。人間では神の思考を理解できぬよ」
「聖女の仕事は?」
「剥奪の件と共に、もうやらなくて良いそうじゃ」
「なるほど」
「聖女の重責から解放される良い話では?」
この件に関しては、ソネンが大歓迎である。
聖女は異世界人召喚の他に、その面倒を見ることも役目。仕事に就かなくても良いのならば、何の気兼ねも無く次の聖女に任せれば済む話なのだ。
そうなると、名代の仕事だけに専念できる。今までが忙し過ぎたのだ。空いた時間は、趣味や遊びに使えるだろう。
真面目なソフィアなら、魔法の勉強に充てるかもしれないが……。
「あなたは分かっていないですね」
「フィオレ?」
「剥奪の理由が分からないのは困った話ですわ」
「どうしてだ?」
「如何様にも考えられますわ。ソフィアが異教徒になったとか?」
「そんなことがあるものか!」
「例えばの話ですが、嘘を捏造するは可能ですわ」
「うーん」
「そういった話が得意な貴族はいらっしゃいますわね」
「デルヴィ伯爵か」
この機会にグリムの地位を脅かしたい貴族などは、吐いて捨てるほどいる。またその中で、一番厄介なのがデルヴィ伯爵だった。
逆に味方となる貴族もいるとはいえ、残念ながら人数は少ないだろう。
「ワシは宮廷魔術師じゃからのう。貴族との関係は薄いが……」
「ですが義父様は、陛下の側近中の側近ですわ」
「やれやれじゃな」
「ソフィアに危険が及ぶのですか?」
「ソネンはデルヴィ伯爵の噂を知っておろう?」
「ぐっ! あの野郎……」
「そう神経をとがらせるでない。あくまでも噂じゃ」
「と言っても、私利私欲に走っているのは周知の事実ですわね」
「うむ」
デルヴィ伯爵の黒い噂は絶えない。しかしながら証拠が無いので、王族からは何も言えないのだ。伯爵として地位も高く、おいそれと罰することは難しい。
もしもソフィアが、神殿から異教徒認定を受けたとしよう。
その場合は、異端審問会を経て処分されるのが通例だった。ならばとその前に神殿から買い取って、道具として使う人物なのだ。
また彼女は若くて美しく、元聖女という肩書を持つ女性である。抱きたいと思っている男性は多く、そういった者たちに犯させ・孕ませ・また犯させる。
味を占めさせた後に手駒にして、権力の増大を図る可能性は非常に高い。過去にも処分を免れた女性が、伯爵の領地で行方不明になる事案が発生していた。
「あの外道に、ソフィアをやるわけにはいかん!」
「ソネンよ。異教徒認定というのは最悪の例えじゃ」
「ですが何かをしてくるのでしょう?」
「かもしれぬのう。軽い嫌がらせ程度なら良いのじゃがな」
グリムに対しての嫌み程度なら、鬱陶しく感じるだけで済む。
そして、利権の一部を奪われることも構わない。貴族ではないので、金銭に執着していない。だがしかし、ソフィアを手駒にさせるわけにはいかない。
もしも行動を起こされた場合は、現在の地位を放棄して牙を剥くつもりだった。とはいえ内乱に発展してしまうので、逆に「そこまでするか?」との疑念は浮かぶ。だからこそ、最悪の例えだった。
ともあれ、ここまで聞いたソフィアが口を開く。
「これは聖神イシュリルの試練ですか?」
「かもしれぬな。人間を試しておるのかのう」
「まずは名代を返上して、領地に引き籠りましょう」
「そうじゃな。身の安全が第一じゃ」
即座に身の振り方を考えるソフィアに、グリムと両親は優しい目を向ける。
本当に頭の良い子だと……。
「本当に孫娘を、かの者にやらねばならぬかのう」
「何と仰いました?」
「いや。そのうえで様子見、と言ったまでじゃ」
「はい。父様と母様には苦労をかけますが……」
「構わぬよ。そもそも我らだけでもやれるのだ」
「そうよソフィア。私たちを甘く見ないことね」
「ふふっ。ありがとうございます」
ソフィアは危機管理として、最悪を想定して然るべきと考えている。
聖女の仕事をしなくても構わないのなら、とりあえずは身の安全を図ったほうが良い。至極当然の話なので、家族の意見は一致している。
以降は大事な話も終わって、一家団らんで食事を続けた。
それにしてもこの場面のときは、フォルトの気持ちが分かってしまう。他人を遠ざけて、誰にも邪魔されたくないという気持ちが……。
◇◇◇◇◇
談話室に入室したフォルトは、中にいる二人の女性に近づく。
それにしてもなぜ、この部屋を作ったか謎だった。談話などをする場合は、いつも食堂やテラスを使っている。
要らない部屋だが、すべての設計をブラウニーに任せていたせいか。
ともあれカーミラが椅子に座って、楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「ふんふんふーん」
「どうしたカーミラ?」
「御主人様、アーシャの指先を見てくださーい!」
「うん?」
カーミラの対面には、アーシャが座っている。彼女は両手の指を見せて、ニコニコと笑みを浮べていた。
彼女の爪を見ると、見事なまでのネイルアートが描かれていた。
双竜山の森に生えている草や花を使ったようだが、鮮やかな色合いで、様々な模様が描かれている。
「おお! 凄いな!」
「えへへ。頑張っちゃいましたよぉ」
「マジでヤバいんだけど。ちょー可愛いっしょ?」
「アーシャも嬉しそうだな」
「もっちろん! ファッションで遊べるなんて久々だわ!」
こちらの世界で、ファッションを期待してはいけない。
そういったものを気にするのは、貴族夫人や令嬢など身分の高い女性だ。アーシャも召喚された頃は、手持ちに化粧品すら無かった。
彼女の場合は、すっぴんでも可愛いのが幸いか。
「ヘアスタイルを整えるぐらいだったしな」
「こうなるとさ。ウィッグとか欲しいわ」
「なら適当な人間から引っこ抜いて……」
「やめて!」
「ははっ。冗談だ」
「でもさ。実際の材料って、人毛と人工毛なんだよね」
さすがはギャルというべきか、こういった雑学はよく知っている。
人毛とは、人間の髪の毛だ。あちらの世界の海外では、髪の売買がされている。値段は高くなるので、主に医療用で使われることが多い。
アーシャのようなギャルが使うのは、化学繊維で作られた人工毛である。形状記憶が施されてスタイルが崩れにくく、価格もお手頃だそうだ。
あくまでも、日本での話である。
「よく知ってるな」
「ふふーん」
「でも、化学繊維なんて無いからな」
「そうなのよねぇ。フォルトさんの力で何とかして!」
「何ともなりません」
「ちぇ」
中世以下の技術水準で、化学繊維などを作ることは不可能。しかしながら、人毛のほうならむしり取れるだろう。
フォルトは頭の中のメモ帳に、「人間を殺す場合は髪に注意」と書き込んだ。
「旦那様、南から森に侵入者です」
「え?」
頭の中のメモ帳に書き終わったところで、ドライアドが現れる。
目を見開いたフォルトは、その破廉恥な格好に目を奪われてしまった。しかも、せっかく記憶したメモをクシャクシャにして捨ててしまう。
髪の毛のことなど、もう奇麗さっぱり忘れてしまった。
「グリムの爺さんかソフィアさん?」
「いえ。まったく見覚えの無い人間です」
「ならいつものように迷わせて、森から放り出しといてくれ」
「畏まりました。ですが、これで五回目です」
「そうだったな。何だろ?」
シュン率いる勇者候補チームが、帰還の途に就いて以降。
数日おきに、見知らぬ人間が双竜山の森に侵入していた。関係性は分からないが、グリムとの約束通りに森から追い出している。
「御主人様、カーミラちゃんが聞いてきますよぉ?」
「あぁ『人形』があったな」
「はい!」
「グリムの爺さんやソフィアさんに聞くと、二度手間になるか」
「そうでーす!」
「なら背後関係から、その他諸々を聞いといてくれ」
「はあい!」
(カーミラなら上手に聞き出すだろう。確かグリムの爺さんは、俺のことは知られているとか言っていたような? まさか面倒事なのか?)
相変わらず他人任せのフォルトは、カーミラを見送った。
ドライアドも消えたので、侵入者から情報を聞き出したら、そのまま追い帰してくれるだろう。
「フォルトさんはどうすんの?」
「カーミラの情報次第だな。グリム家が裏切ったとは思えないし……」
「ソフィアさんは信用できるっしょ!」
「そうだな。エッッッッグいパンツも履いてたし……」
「あれを渡したんだ」
「帰りにセットのブラも、な」
アーシャがデザインした下着なので、どんなに破廉恥かは知っている。日本にいた頃の友達が着けていた下着を思い出して描いたそうだ。
すばらしい交友関係である。
「アーシャって、音楽は得意?」
「作詞とか作曲って話?」
「うむ」
「無理っ! 知ってる音楽を鼻歌で奏でる程度だよ」
「そっか」
「なんで?」
「ルーチェに面白いものを作らせているのだ」
「なになに?」
「内緒」
なぜゆえに、魔法使いが不老不死を願うのか。
それは、魔法の研究を続けたいという欲求があるからだ。
例に漏れず、デモンズリッチのルーチェも研究が大好きである。彼女の研究は魔道具なので、今は依頼した品を作っているだろう。
「よし! その自慢の爪を、みんなに見せに行くか」
「うん!」
アーシャは詳しく聞いてこない。
満面の笑みを浮べて、フォルトの腕に絡みついてきた。体を擦りつけるあたりは、カーミラと同じである。女性の心地良い柔らかさと甘い香りに撃沈しそうだ。
そして、皆がいるであろうテラスに向かうのだった。
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