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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第六章 聖女剥奪
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聖女剥奪1

 扉を開けると、そこは別世界。

 木材を使った大浴場が目前に広がって、勇者候補チームのアルディスとエレーヌは目を見開いてしまった。

 湯船も広く、日本の温泉旅館を思い出す。

 それでもさすがに、ひのき風呂とは比べるまでもない。とはいえ天然の木材を、魔法で加工しているようだ。

 こちらの世界に召喚されてからは見たことのない立派な風呂だった。


「わあ! 広い!」

「え……。何でお風呂がこんなに立派なの?」


 二人とも裸ではなく、グリムが調達した高級布を体に巻いていた。また浴場を眺めていると、ソフィアも入室してくる。

 フォルトから使用許可が下りたので、登山の疲れを癒したく入浴を決めた。


「聖女様おっそーい!」

「お待たせしました」

「ねぇねぇ。おじさんって、もしかしてお金持ちなの?」

「いえ。お金は持っていないはずです」

「それなのに、こんなにも広い屋敷を持ってるの?」

「自分たちで建てたそうですよ」

「「ええっ!」」


 フォルトの屋敷は、外装や内装が物凄く雑である。

 もちろん知らされていないが、人間やドワーフ族ではなく、ブラウニーが建てたので当然だろう。しかしながら、所々に変なこだわりがあった。

 風呂場もそうだが、食堂や調理場も凝っている。


「最初に見たときは、どこの旧校舎かと思ったわよ」

「建てたばかりなのは分かったけど……。ちょっとね」


 湯船に浸かる前には、「体を洗うように」と言われている。

 アルディスとエレーヌは日本人なので、「当然ね」と返したものだ。


「訓練所だとさ。らした布で汚れを拭き取るだけだったのにね」

「それに水が汚いよね。変なものが浮いてるし……」

「申しわけありません」

「聖女様のせいじゃないですって!」


 ソフィアは知っているが、フォルトの屋敷よりも立派な風呂場は存在した。

 王族や大貴族が所有する浴室ならば、大理石が使われて高級感と清潔感がある。しかしながらそのような話を、わざわざ二人に伝える必要は無い。存在しても、彼女たちには羨むことしかできないのだ。

 それが原因で、不満がまって爆発されても困る。


「エレーヌってスタイルがいいよね!」

「そっそうかな?」

「さすがはミスコン優勝者。胸も大きいねぇ」

「もう!」


 アルディスのセクハラ発言を受けて、エレーヌは両腕で胸を隠す。

 女性同士だが、やはり恥ずかしいようだ。


「ボクなんて鍛えてるから、筋肉がついちゃってさ」

「引き締まった良い体だと思いますよ」

「聖女様は着ぶくれするタイプ? 細いわね」

「そうですか?」


 体を洗っていたソフィアは、アルディスに腕を軽くつかまれる。確かにエレーヌと比べるまでもなく、随分と華奢きゃしゃだった。

 以降は温かいお風呂を堪能しながら女子トークに花を咲かせていると、入口のほうから「カタン」と音が聞こえた。

 三人はハッとなって、首まで湯船に浸かる。


「ちょっと何の音?」

「レ、レイナスさんかしら?」

「いえ。彼女は先に入ったと聞きました」

「じゃあ、この屋敷の誰か?」

「まさかシュンじゃないでしょうね!」

「彼らは川に向かったと思いますよ?」


 勇者候補チームの男性陣は武器の手入れをしてから、近くを流れる川に向かった。硬派のギッシュがいるので、のぞきなどやらせないだろう。

 それでも、誰かが入ってきたことには違いない。

 三人が入口に顔を向けていると、湯けむりの先に身長の低い人影が映った。


「誰よ!」

「掃除デス」

「え?」

「あ、ブラウニーですね」

「ブラウニー?」

「家の精霊です。フォルト様の屋敷を管理していると聞きました」

「へ、へぇ」

「精霊なので、女性の裸には興味が無いですね」

「な、なら……」


 ソフィアが言ったように、ブラウニーは三人に目を向けない。ただひたすらに、大浴場の掃除を開始した。

 その光景を、アルディスとエレーヌは興味深く眺める。

 家の精霊とは良く言ったもので、魔法を使って掃除をしていた。


「面白いわね」

「よ、汚れていないのに掃除してるね」

「日課なのでしょう。召喚主の指示に従っているだけですね」

「おじさんが召喚してるの?」

「シュンからはレベル三って聞いたよ?」

「なら他の誰か、かな? 魔族なら召喚できるかもね」

「きっとそうよ! それか赤髪の女性ひとかもね」

「カーミラさんですか?」

「ごめん。名前までは分かんない」


 残念ながらアルディスとエレーヌは、レイナス以外の名前を聞いていない。

 それというのも、自己紹介などしていない。フォルトの名前は聞いているがすでに覚えておらず、おじさんで記憶してしまったのだ。

 そんな会話をしていると、二人が天井を見上げた。


「ねぇエレーヌ、天井にある扉は何だろう?」

梯子はしごが付いてるね。確か食堂にもあったかな」


 天井に物珍しい扉が設置されているので、アルディスの興味を引いた。湯けむりがのせいで薄っすらとしか見えないが、横にずらす引き戸のようだ。

 それを聞いたソフィアが、首を傾げながら考え込む。


「あれは……」

「非常口みたいなものかな。ちょっと行ってみない?」

「え?」

「いいじゃん! 探検みたいで面白そうだしさ」

「いいのかなあ?」

「………………」


 アルディスは言うより早く、梯子を上り始めた。

 その下では、エレーヌが見上げている。だがソフィアはフォルトから聞いたことがあったので、記憶を辿たどっていた。


「あっ! アルディス様、お待ちください!」

「え?」

「その先は……」

「もう着いちゃった。開けてみれば分かるよ」

「でっですから!」


 ソフィアの声を無視したアルディスは、扉を少しだけ開いた。

 先は薄暗いが、目を凝らせば見えないほどではない。ならばと首を突っ込むと、奥のほうから女性の声が聞こえた。


「誰かいるわよ?」

「駄目です! そこは!」

「もうちょっとで見える、け、ど…………」

「何があるの?」


 何かを思い出したようにソフィアは叫んでいたが、もう手遅れだった。

 アルディスは更に扉を開けて、奥を覗き込んだ。するとある光景が視界に飛び込んできたので、その場から動けずに固まった。


「な、な、な、なっ!」

「どうしたの?」

「きゃあ!」

「ア、アルディス?」


 エレーヌに声をかけられたアルディスは、悲鳴を上げて扉を閉める。

 それと同時に梯子を飛び降りて、勢い良く湯船に飛び込んだ。口まで湯船に浸かって、顔を真っ赤に染めながらブクブクと水泡を浮かべる。

 もちろん、湯にのぼせたわけではない。


「ですから駄目だと……」

「ブクブク」

「ねぇアルディス、何を見たの?」

「ブクブクブクブク」

「ねえってば!」

「うぅ……」


 エレーヌの必死な問いかけに、アルディスは観念したようだ。

 扉の先で見た光景を、簡潔に説明する。


「男女がベッドですること……」

「え?」

「恥ずかしいから言わせないで!」

「それって……。きゃあ!」


 天井の扉は、フォルトの寝室につながっている。最短距離で目的地に向かって、最短距離で戻るという仕様だった。

 アルディスは見てはいけないものを見たのだ。


「男女ってことはおじさんと……。誰?」

「………………」

「ねえってば!」

「おじさんと五人……」

「え?」

「五人よ! もう一人は、きっとアーシャって女性ひとだわ!」

「ええっ!」


 焼肉騒動で確認した女性は四人だった。

 カーミラ、レイナス、マリアンデール、ルリシオンである。しかしながらシュンやノックスからは、アーシャという日本人がいると聞いていた。

 それこそが、扉の先にいた見知らぬ女性の一人だろう。

 ちなみにシェラとニャンシーについては、ソフィアしか知らない。


「もぅフォルト様は……」

「聖女様、どうなってんのよ!」

「私は詳しくありません!」

「おじさんって、そんなにいいのかしら?」

「エレーヌ?」

「あ、ごめんなさい」

「と、と、とにかく出ようか!」

「そっそうね!」


 この話を続けると、アルディスはどうにかなってしまいそうだった。

 シュンと初めてを済ませたばかりである。あのような光景は想像しただけで、顔から火を噴いてしまう。

 そこでエレーヌを連れて、大浴場から出ることにした。


「私はもう少し温まりますね」

「出ないの?」


 少しだけほほを赤くしたソフィアには、大浴場から出られないわけがあった。フォルトからもらったエッッッッグいパンツを見られたくないのだ。

 彼女たちより遅れて入ったのだから……。


「後でお風呂のお礼を伝えておきますね」

「無理だって! 明日にしたほうがいいわよ?」

「四人も……」

「そっそうですね。ではブラウニーさん――――」


 アルディスが言ったように、今からフォルトと会うのは無理だろう。ならばと掃除中のブラウニーに、伝言を頼んでおく。

 そして二人が脱衣所を出たあたりで、ソフィアは湯船から出るのだった。



◇◇◇◇◇



 次の日の朝、ソフィアがフォルトを尋ねてきた。

 これから双竜山の森を抜けて、帰還の途に就くようだ。シュン率いる勇者候補チーム一行は、湖の手前で彼女を待っていた。


「無事に限界突破ができたようで何よりです」

「はい。宿泊させていただいたおかげです」

「そうですか? まぁ気をつけて帰ってください」

「それとワイバーンの素材について、ですが……」

「レイナスから聞いています。山ならいいですよ」

「ありがとうございます」

「帰るまでは襲わせません」


 ソフィアからの話は、ベッドの上でレイナスから聞いていた。

 素材は倒した彼らの所有物なので、勝手に持っていって構わない。亜人たちには、こちらからの合図があるまで「人間を襲うな」と言ってある。

 素材回収の頃合いを見計らって、合図を送れば十分だった。


「それとお土産です」

「これは?」

「肉ですね。グレイトキャメルの肉です」

「ふふっ」


 フォルトは床に置いてあった大きな袋を、ソフィアに渡した。

 中身は凍らせてあるビッグホーンの肉だが、カーミラの機転のおかげでグレイトキャメルになっている。土産として渡すぶんには良いだろう。

 どうせすぐに、ギッシュが食べてしまう。


「もう一つあるけど、これはソフィアさんにね」

「え?」


 次にフォルトは、薄く小さな袋を手渡す。

 これは、ソフィアへの粋なプレゼントである。


「ブラです。いま履いているパンツとセットですね」

「っ!」

「ははっ。次に来るときは、それを着けてね」

「し、知りません!」


 ソフィアは顔から火を噴いて、その場から去っていった。

 からかい甲斐がいがある女性だ。とはいえあまりイジメると、今後は屋敷に訪ねてこなくなる。暫くは止めたほうが良いだろう。

 そして勇者候補チーム一向が双竜山の森に入ったところで、屋敷から身内が出てくる。フォルトはレイナスを伴って、テラスにある専用椅子に座った。

 もちろん背後には、カーミラが立っている。


「フォルト様、やっと帰りましたわね」

「そうだな。レイナスもご苦労だった」

「いえ。あの程度なら問題ありませんわ。ピタ」

「よしよし。それで、奴らはどうだった?」


 フォルトはレイナスの頭をでながら、シュンとギッシュの戦いを聞いた。

 昨夜は大まかな内容しか聞けなかったので、詳しく話してもらうのだ。しかしながら、大した収穫は無かった。

 レイナスとレベルが同じでも、戦術が駄目だったようだ。


(これは熟練度ってやつだな。特にギッシュの戦い方が酷い。よく生きてたな。そしてシュンは堅実派か。堅実すぎて欠伸が出たようだが……)


「レイナスが勇者になったほうがいいんじゃないか?」

「そんな面倒なことは嫌ですわ!」

「ははっ。そうだな」

「ですが、フォルト様だけの勇者なら……」

「御主人様? レイナスちゃんは勇者になれませんよぉ」

「あぁ堕落の種か」


 フォルトの後頭部を刺激していたカーミラが、レイナスとの会話に加わった。

 ともあれ話の内容には、ちょっと首を傾げてしまう。


(確かレベル四十で芽吹くのだったな。あれ? これって……)


「もしかして勇者にさせないためか?」

「結果的にはそうなりますねぇ」

「ならシュンたちに食わせた肉に混ぜたのか?」

「あんな弱っちぃのは悪魔王もお断りでーす!」


 フォルトは吹き出しそうになった。

 シュンやギッシュでは、カーミラの眼鏡にかなわないようだ。


「悪魔になったら、悪魔王とやらに会うのか?」

「会う必要は無いですよぉ。会いにも行けませーん!」

「そうなんだ。何かやることはあるの?」

「今と何も変わらないですねぇ」

「へぇ」

「レイナスちゃんは、御主人様に尽くせばいいのですよぉ」

「もちろんですわ!」

「御主人様は魔人ですからねぇ」


 フォルトは七つ大罪をすべて持つために、それだけで悪である。

 それに追従するレイナスも同様という話だった。


「そう言えば、悪の定義って?」

「神の教えに反することでーす!」

「ふーん」


(神の教えなんか知らないなあ。それに人間は、少なからず七つの大罪を持っているだろ。俺の場合は、大罪そのものって話みたいだが……)


 そもそも無神論者のフォルトには、神の教えなど分からない。聖書すら読んだことはなく、しかも世界が違う。

 人間としての思考で、善悪の区別がつく程度だった。


「どうでもいいか」

「えへへ」


 現在のフォルトは、好きなように生きると決めている。ならば、難しいことを考えても頭から煙を吹き出すだけだ。

 そして、あまり深く考えると眠くなる。

 まだ起きたばかりなので、小難しいことを話している場合ではない。今から考えるべきは身内とどう過ごすか、だ。

 そう思いながら、他の身内が座るテーブルに向かうのだった。

Copyright©2021-特攻君

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