勇者候補と魔剣士3
ギッシュの限界突破が終わった頃。
フォルトは実験をやるために、屋敷の庭に出ていた。レイナス以外は基本的に暇なので、それを面白そうに見ている。
そして、召喚魔法を使った。
【サモン・クレイゴーレム/召喚・土巨像】
フォルトは土巨像を二体召喚して、遠くに並べる。
全長は三メートル近くある。ゴーレムは、素材で強度が変わる。今回のクレイゴーレムは土で作られているので、大した耐久力は無い。
それでも、実験で使うなら十分である。
「ルリ」
「なあに?」
「いつもの爆発する魔法を、片方に撃ち込んでくれ」
「いいわよお」
何の実験か聞いていないルリシオンだが、フォルトから言われたとおりに魔法を発動する。初級の火属性魔法の火弾を、着弾と同時に爆発させる中級の魔法だ。
【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】
ルリシオンが放った火弾は、片方の土巨像に当たって爆発した。
周囲には轟音と共に、土煙が舞い上がる。
「これでいいのお?」
「どうなった?」
「腕を吹き飛ばしたわあ」
土巨像の周囲に立ち込めた煙が消えて、フォルトも確認できるようになった。
確かにクレイゴーレムの腕が砕けて、破片が地面に散乱していた。お手軽ゴーレムなので、こんなものだろう。
「アーシャ、アーシャ」
「なに?」
「踊ってほしい」
「わたしが踊るの?」
「ほら、スキルの『奉納の舞』ってやつ」
「なるぅ。ルリ様に使えばいいの?」
「そそっ」
「じゃあ、いくねえ!」
アーシャもフォルトから言われたとおり、その場で華麗に踊りだす。
どこかで見たことがあるようなダンスだった。しかしながら音楽など流れていないので、とてもシュールである。
「あら……。これは?」
「アーシャのスキルだ。同じゴーレムに、さっきのお願い!」
「はあい」
【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】
フォルトから言われるがまま、ルリシオンは同じ魔法を発動した。すると、彼女から飛び出した火弾が大きくなっている。続けて着弾と同時に爆発した。
先程と違うのは、轟音の大きさと周囲に舞った土煙の範囲だ。土巨象が視認できないほど舞い上がっている。
そして煙が晴れてくると、ゴーレムの上半身が粉砕されているのを確認した。
「あら、凄いわねえ」
「威力はどうだ?」
「五割ほどアップじゃないかしらあ」
アーシャのスキル『奉納の舞』は、味方の魔力を上げる。
この実験で、ルリシオンの魔法威力を五割程度上昇したと理解した。
「ふーん。最初に覚えたスキルだし、そんなもんか」
「ちょっと! まだ踊るの?」
「うん」
「フォルトさんの目線が、あたしの足に釘付けなんですけど!」
「気にしないで。次は踊りながら、魔法でルリの魔力を上げてね」
「はいはい」
【マジック・ブースト/魔力増加】
(さて。日本のゲームでは、上昇効果の高い魔法を適用するものが多かった。こっちの世界ではどうなるのかな? それにしても、アーシャの生足はいいな!)
フォルトは、こちらの世界で使われる強化魔法の仕様を調べているのだ。
今度はルリシオンに、二体目の土巨像に火弾を撃たせた。すると、火弾の着弾と同時に爆発して、土巨像の上半身だけが吹っ飛んでいる。
これで、同じ効果の魔法は重複しないと分かった。
「アーシャ、もういいぞ」
「はあい。威力は変わらなかったね」
「ロマンは追い求められなかったか」
「何それ?」
「強化魔法を重ねがけして、威力が十倍とかになったら面白くない?」
「怖いわっ!」
強化魔法が重複しないなら、アーシャの戦い方が変わる。
今の彼女ならサポートとして踊って、攻撃魔法を撃つのが主軸になるか。さすがに踊りながら、近接戦闘は無理だろう。
「聞いてくれれば教えてあげたわよお?」
「あっはっはっ! 爆発するものが見たかっただけだ」
「でもアーシャのようなスキルで、魔力を上げたのは初めてねえ」
「いい経験になったな」
「そういうことにしておくわあ」
周囲に集まっている身内も呆れていた。
ルリシオンに聞かなくても、いつも傍にいるカーミラも知っているのだ。しかもアカシックレコードを使えば、その程度の情報は引き出せる。
(まぁこれも遊びだ。最初から知っていたら面白くないしなあ。アカシックレコードを頼るのは、本当にどうしようもないときか)
昔からフォルトは、調査や実験をするのが好きなほうだった。
またこちらの世界であれば、本当に魔法が存在するのだ。やはり、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
それでも怠惰なので、たまにしかやらないが……。
「しかし収穫はあったぞ!」
「え?」
「アーシャがとってもシュールってことだ!」
「ちょっと! 考えないようにしてたんだから言わないでよ!」
本人も気にしていたらしい。
これは、バックミュージックが欲しいところだ。普通に考えれば戦闘中に音楽などを流せば、近くの魔物を呼び寄せるだけだろう。
それでもフォルトは、アニメの戦闘シーンを脳裏に浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇
限界突破作業中の勇者候補チーム一行は、シュンのワイバーン討伐も終わって帰路に着くところだ。
ギッシュの戦い方が派手すぎて、シュンの戦闘はとても地味だった。とはいえそれが、本来の戦い方というものだ。
「ふう。疲れたぜ」
「終始安定してたね!」
シュンが戻ってくるのを、アルディスが迎える。
彼の戦い方は、ワイバーンと交差しながら戦う戦術だった。空中から襲ってくる魔獣を、すれ違いざまに剣で斬っていた。
それを繰り返し行うことで、ダメージを蓄積させたのだ。とにかく翼を狙って斬りつけ、地面に下りたところを一気に叩く。
この魔獣は地面に落としてしまえば、大した敵ではないのだ。しかしながら時間を擁する戦術なので、体力は削られたようだ。
魔獣にも逃げられる可能性はあったが、何とか討伐していた。
「(見るべきものは無かったわ。使っていたスキルも普通だったわね)」
「(普通ね普通。ザ・普通)」
レイナスと聖剣ロゼの感想は、そんなものだった。
ギッシュの戦い方が、反面教師になっただけだ。
「では帰りましょうか」
「はい」
ソフィアの宣言で、一行は山を下る。
シュンとギッシュが倒したワイバーンの素材は、鱗や牙・爪に価値がある。と言ってもさすがに、今は持って帰れない。
これらを持ち帰るには、魔獣を解体する作業班が必要だった。一応は連れてきているらしいが森の外に待機させており、帰るときに指示する予定だそうだ。
「レイナス様、あと一泊だけお願いしますね」
「えぇ」
今から下山すれば、夜までにはフォルトの屋敷に到着するだろう。
何事も無ければ走って戻りたいが、勇者候補チームの歩みが遅い。だが、彼らを置いていくのは非礼というものだ。
レイナスは伯爵令嬢だったので、礼儀を忘れてはならない。
「か、帰りに魔物とか出ないですか?」
「来るときは平気だったぜ」
「大丈夫ですわ。魔物がいないルートですのよ」
おどおどしたエレーヌは、周囲を警戒していた。
もちろんレイナスは、魔物がいる登山ルートは避けている。しかも大蜘蛛や大蛇などの魔物は、亜人たちの食料である。もうとっくに狩られているので、ルート上には存在しない。
そういった説明をしていると、シュンが声をかけてきた。
「なぁレイナス。風呂とかは借りられねぇか?」
「あ、それ。ボクも思った!」
「おっさんの家にはあるよね? レイナス先輩、悪いけど借りられないかな?」
ノックスから先輩と言われて、レイナスはキョトンとした。
確かに魔法学園では先輩だが、彼のほうが年上である。アーシャに言われるのは慣れたが、さすがに戸惑ってしまう。
「申しわけないのですが、先輩はやめてもらえるかしら?」
「え? いいけど」
「学園を思い出してしまいますわ」
「そう言えば、学園に戻って卒業しないんですか?」
「えぇ。今は退学になっているはずですわ」
フォルトの身内になったレイナスは、今さら魔法学園に戻るつもりは無い。
魔法の先生には、ニャンシーがいる。またローイン家からは廃嫡されたので、学費が納められていないだろう。
「それでレイナス、風呂は?」
「あ、ごめんなさい。屋敷に戻ったら、フォルト様に聞いてみますわ」
「助かるぜ」
(と言われましても、ね。お風呂は私たちの愛の巣だわ。寝室と何ら変わらないのだけれど……。きゃ!)
身内は全員、フォルトと風呂に入っている。寝室まで待ちきれずに始めるときもあるので、それを思い出したレイナスは頬を赤く染めてしまった。
妄想癖が付いてしまったかもしれない。
「どうした? また顔が赤いぜ」
「い、いえ。何でもありませんわ」
「も、もしかしてですが……。おじさんと一緒に入ってますか?」
「もちろんですわ」
「「ええっ!」」
「え?」
シュンは苦々しい表情をしたが、女性陣の二人とノックスは驚いている。ギッシュは興味が無いようだ。
ソフィアに至っては、レイナスと同様に頬を赤らめている。
フォルトとの生活では、至極当然になっている行為だった。しかしながら、年頃の淑女にはあるまじき行為である。
平民はもちろん貴族であっても、男女が混浴などあり得ない。
一部の下衆な貴族を除いてだが……。
「どんな生活をしてるのよ!」
「は、犯罪だわ。犯罪……」
「でも、こっちの世界に警察はいないし……」
「お、王国が取り締まってるんじゃ?」
「聖女様! 捕まえないんですか?」
「あ……。フォルト様は御爺様の庇護下に入っています」
勇者候補チームからすると、フォルトはどう考えても犯罪者だった。
周囲の女性は、全員が若い。レイナスとアーシャに至っては十八歳である。面体だけで判断すれば、魔族の姉妹もアウトだろう。実年齢は違うがマリアンデールは中学生ぐらいで、ルリシオンも高校生に見える。
「いいじゃねぇか。おっさんはおっさん。俺らは俺らだ」
「そっそうよね。シュンの言ったとおりだわ!」
「ちっ。何シャバいこと言ってんだ!」
「ギッシュ君にはちょっと早かったかな?」
「空手家、殺すぞ!」
「そこまでにしとけ!」
どうにも喧嘩っ早いのが、ギッシュの欠点のようだ。
これもまた、勇者候補チームの特徴だろう。シュンがリーダーとして、上手にまとめているようだ。
フォルトからは「チームを作るかも」と言われていたので、レイナスはそれとなく分析していた。収穫らしい収穫は無いが……。
そんなことを考えていると、「ザ・普通」が話題を変えた。
「おっさんのことよりも、レイナスの剣は凄いな!」
「え?」
「ずっと気になっていたが、素材はミスリルだろ?」
「そうですわね」
「切れ味が良さそうだな。俺もそういう剣が欲しいぜ」
(聖剣だとは言えないわ。ソフィア様も黙っているわね)
聖剣は魔剣と同様に、こちらの世界では最上級の武器である。
そんな剣を持っているのが知られると、痛い腹を探られてしまう。使っていれば知られるだろうが、双竜山の森に引き籠っているので、早々に知られることはない。
そして、わざわざレイナスから伝える必要もない。
「シュンは勇者候補だし、王国から支給されても良さそうだね」
「勇者候補はホストだけじゃねえぞ!」
「あ……。僕以外は全員か」
勇者候補チームの中で、ノックスだけは従者枠である。だが従者枠であっても、仲間という位置づけだった。しかも、エレーヌが脱落しそうだ。
そうなれば、同じ従者枠となる。
「とにかくお風呂の件は、フォルト様に聞いてみますわ」
話は脱線したが、彼らの希望は食事と風呂だ。
食事に関しては焼肉騒動の主犯対策として、フォルトからは「肉を与えるように」と言われている。後は風呂だが、これに関しては分からない。
愛しの主人の性格であれば、提供ぐらいはするかもしれない。しかしながらレイナスにとっては、後回しの案件だった。
屋敷に戻ったら、一緒に入るのだから……。
そんな破廉恥なことを考えながら、一行を連れて下山を急ぐのだった。
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