帝国の影3
先日のフォルトは、双竜山に侵入した人間を殺害した。アーシャに代行させたが、もちろん理由があってのことだ。
そして、ビッグホーンの解体で召喚したデモンズリッチ。当時は合計で八体も召喚したが、内一体を送還せずに残しておいた。
この二つの目的は、召喚中に減っていく魔力――コスト――を削減するためだ。死体をデモンズリッチに受肉させれば、それが叶う。
面倒な儀式など必要無い。召喚していた魔物を地面に寝かせた死体に近づけて、召喚主が命令するだけで良いらしい。
そこで早速カーミラとテラスに出て、デモンズリッチを呼び付ける。
「デモンズリッチよ。俺のところまで来い!」
「カタカタ」
フォルトの目の前に、ボロボロのローブを着込んだ骨と皮だけの骸骨が現れる。スケルトンと違うのは、多少の肉が張り付いているところか。
ちなみに視界に入れたくなかったので、森の中を徘徊させていた。
「肉体をやるから受肉しろ」
「カタカタ」
呼び付けた不死の悪魔は、ゆっくりと死体の上に浮かんだ。次に憑依するかのごとく、死体の中に消えていく。
これで、受肉が終わったようだ。
そして死体は立ち上がり、椅子に座った主人に対して深々と頭を下げた。
「主様、肉体をありがとうございます」
「お前を俺の眷属にする」
「私を、ですか?」
「うん」
受肉したデモンズリッチは、流暢に言葉を発していた。
ボーイッシュな髪型のとおり、ハスキーさのある低い声だ。服装は死んだときのままなので、黒色の全身服と迷彩マントを羽織っている。
「それは願ってもないことです」
殺害したときは興味無かったが、改めてみると顔立ちが整っている女性だ。
死体とはいえ、死後の硬直もなく柔らかい。しかも、肉体は腐らないらしい。だがアンデッドなので、血の気が無くヒンヤリと冷たい。
夏場の抱き枕には良いかもしれない。
「名前を付ければいいんだっけ?」
「はい」
「では、今日からお前はルーチェだ!」
「畏まりました。ルーチェを名乗らせていただきます。ちゅ」
「これもするんだっけ?」
「え、あ……。はい」
ニャンシーと同様に、ルーチェも頬に口付けしてきた。
もしも男性の死体を受肉したらと考えると、冷や汗が出てしまう。
(デモンズリッチだったときは、カタカタと音がしてたが……)
「御主人様、眷属にするなら受肉は必要無いでーす!」
「そうなの?」
「ニャンシーちゃんを見れば分かると思いますよぉ」
「あ……」
隣に座っているカーミラが、フォルトに笑顔を向けて指摘してくれた。
受肉とは魔界の魔物を、世界に定着させる方法だ。しかしながら眷属にすれば、魔力の器と直接繋がって定着する。
そういった仕組みなので、受肉まではやり過ぎだった。
「ま、まぁ奇麗な女性のほうがいいだろ?」
「御主人様らしいですねぇ」
「フォルトさん! 何してんの?」
そんなことを話していると、アーシャが近づいてきた。
フォルトにやらされたとはいえ、彼女が殺害した女性である。しかも死体の使い道を伝えておらず、ルーチェが動きだして興味を惹いたのだろう。
悲痛な表情とは程遠く、レイナスと同様に堕ちていた。
「言ってなかったか? デモンズリッチに受肉させた」
「デモンズリッチ? 確かに骨と皮よりはいいよね!」
「もしかしてアーシャは、幽霊とか苦手なのか?」
「うっ……。スケルトンなら我慢できるけど、幽霊は勘弁して!」
「幽霊とは、これのことですか?」
首を傾げたルーチェが、自身の体にレイスを纏わせた。
レイスとは、俗に云う死霊である。
宙に浮かんだ人間の顔を、青白い光が包んでいた。表情は恐怖に歪んでいるので、後ろから現れると心臓が跳ね上がるだろう。
戦闘時には恐怖を撒き散らして、敵を恐慌状態にする精神体のアンデッドだ。物理攻撃は意味が無く、魔法か魔法の武器でしか倒せない。
今は制御されているので、恐怖を撒き散らしていないが……。
「きゃあ!」
それを見たアーシャが、悲鳴を上げて抱き着いてきた。
彼女が言ったとおり、幽霊は苦手らしい。二つの柔らかいものが押し付けられて、フォルトはニヤけてしまう。
「でへ。ルーチェを眷属にして正解だな」
「お役に立てて光栄です」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ!」
「あっはっはっ!」
目に涙を浮かべたアーシャが、フォルトに抗議してくる。
これは、とても新鮮だった。怖がらせるためだけだったとしても、ルーチェを眷属にした甲斐があったというものだ。
そんなことを考えていると、今度はニャンシーが近づいてきた。
「主よ、眷属を増やしたのじゃな」
「ニャンシーの後輩だぞ」
どうやらニャンシーは、死体の使い道を察していたようだ。
最初に眷属としたので当然か。彼女はケットシーであり、デモンズリッチと同様に魔界の魔物である。
ただし強さに関しては、天と地ほどの差があった。
もちろん地は、彼女のほうである。
「うむ! 妾がニャンシーじゃ!」
「はい。ルーチェです」
眷属に上下関係など無いのだが、ニャンシーは先輩風を吹かせている。
腰に手を当てながら、得意気な表情が可愛らしい。猫を擬人化した姿なので、思わずフォルトは和んでしまう。
「それでは主様、ご命令を……」
「魔の森の山に移動させた亜人たちの管理を任せる」
「お安い御用です」
「人間を襲わないようにね」
「畏まりました」
グリム家が約束を守っているので、フォルトも同様だった。
山に移動させた亜人に、人間を襲わせないと約束したのだ。と言ってもゴブリンやオーク・オーガなどは知能が低いので、すでに忘れているかもしれない。
そこでルーチェを、管理者にしておくのだ。
「そうそう。俺たちが住んでいた家を使っていいよ」
「ありがとうございます」
「後は適当によろしく!」
「はい。命令を賜りました」
(最初に建てた家を捨てるのは勿体無いと思っていた。これで有効活用できるな。デモンズリッチは魔法研究が大好きだから、余った時間はいくらでも潰せるか)
ルーチェに関しては、亜人の管理さえしてくれれば良い。拠点を与えておけば、知能が高いので問題無くやってくれるだろう。
そこまで考えたフォルトは、とあることを思いついた。
「あっ! ニャンシーに聞きたい」
「何じゃ?」
「魔の森の家まで、魔界から送れる?」
「うむ。印は付けてあるのじゃ」
「ならルーチェを案内してやれ」
「了解じゃ」
「よろしくお願いします」
ニャンシーはルーチェ連れて、魔界から目的地に向かった。
ちなみにドライアドも眷属にしたかったが、残念ながら精霊は別物らしい。自然を司っているので、特定人物の眷属にはなれないとの話だ。
「あ、あの……。魔人様?」
二人が出発したのを見計らって、シェラが声をかけてきた。
彼女に関しては、マリアンデールやルリシオンに任せている。姉妹に丸投げだったが、彼女から一つだけ相談を受けていた。
「どうかしましたかシェラさん?」
「慰問の件なのですが……」
「諦めてくれました?」
「はい。魔人様の言ったとおりだと思います」
「闇雲に探しても駄目ってことですね」
シェラからの相談とは、魔族の捜索についてだった。
勇魔戦争以降の魔族は、散りぢりに逃げている状況。だからこそ暗黒神デュールの司祭として、彼らを慰問するとの話だった。
その相談を受けたフォルトは、「やめたほうが良い」と伝えている。
新天地を探していたときに理解したが、どうしても無理があるのだ。現在の魔族は広い大陸で、かくれんぼをしている相手。
たまたまルリシオンと出会えたが、一人で探すなど不可能に近い。
「しかしシェラさん、その服は似合いますね!」
「あ、ありがとうございます」
「フォルトさんの趣味が分かるわ」
「さすがはアーシャ。いいデザインだ!」
「あんたが描かせたんでしょ!」
「あっはっはっ!」
いきなり話題を変えられて、シェラは頬を赤く染める。
そもそも着替えを持っておらず、今まではボロボロのローブを羽織っていた。その下も地味な服だったので、新しい服をプレゼントしたのだ。
その新たな服を着ると、いわゆる女医さんとなる。
清楚なイメージがあるだけに、彼女だと白衣がよく似合う。しかしながら、白衣の下はボディコンワンピだった。
このあたりに趣味を持ってくるのが、フォルトというおっさんだ。製作に協力してもらったレイナスとアーシャに感謝である。
「魔人様、私は何をやれば良いですか?」
「特に無いです」
「え?」
「面倒なことは、召喚した魔物がやってくれるからなあ」
「そのようですけど……」
「抜群のプロポーションを維持するぐらい?」
(ぶかぶかのローブで分からなかったが、シェラさんはスタイルがいい。ボディコンワンピが目の保養になる。白衣も最高! 女性のアバターを弄るのはいいなあ)
まさに、ゲーム脳。
口角を上げたフォルトは、シェラをゲストキャラクターとして見ている。
上質の布も届いたことなので、アーシャのデザイン画とレイナスの手芸を頼りに、自分の趣味を踏襲している。
「平和ですね」
「ははっ。今の生活を邪魔されなければ、ね」
「この前の人間ですか?」
「問題がありましたか?」
「いえ……」
「シェラさんは司祭ですし、俺と考えは合わないでしょうね」
「………………」
暗黒神デュールの司るものは、闇と自由。聖神イシュリルは、光と秩序。
真逆に聞こえるが、それは違うらしい。秩序の中に自由があるように、自由の中にも秩序がある。左右対称ではなく、左右一体の教えだ。とはいえフォルトの考える自由は、無秩序の自由だった。
「俺は人間も神も信じません。魔族はよく分かっていません」
「そうですか」
「面倒なので、個人を見ることにしました」
「個人、ですか?」
「そう。自分の身内だけを、ね」
「っ!」
フォルトは身内以外を信じない。身内以外をどう扱おうが気にも留めない。
ルーチェに受肉させた女性は、その考えに従っただけである。家畜や獣と同様で殺害しても、自身の心は痛まない。
そこまで気付いたシェラが怯えたように見えた。
(後は身内に連なる人とか? ランクは下げるだろうが、身内を悲しませたくないしなあ。まぁ自分勝手もいいところだ)
「私も身内に入るのかしら?」
「俺の庇護下に入ったのだから似たようなものですよ」
「そうですか」
自分や身内。
もしくはそれに近しい者を信じることで、精神的な安心を買っているのだ。
そもそもフォルトは、高尚な人物から程遠い。人間を見限っていても、人間の醜さを持っていると理解していた。
そういったところが、自虐へと繋っている。
「ちょっとぉ。難しい話は分からないんですけど!」
「アーシャの頭の中は空っぽでーす!」
「うっさい!」
「えへへ」
シェラとの会話は、残念ながらアーシャだと難しいようだ。
それにしても、カーミラとの掛け合いが面白い。フォルトにとっては、精神的な癒しになっている。身内に加えて良かったと思えるほどに……。
そんなことを考えていると、屋敷から小腹を刺激する匂いが漂ってきた。
「じゃあ飯でも食いに行くか!」
「はあい!」
「お腹空いたぁ
「シェラさんも一緒にどう?」
「はい。お供致しますわ」
これが、魔人フォルトの理想。
他愛のない毎日が続くなら、シェラの言ったとおりに平和である。今の自堕落生活が、いつまでも続いてほしい。
ただ、それだけのことだ。
ともあれ、その理想を壊す者たちが近づいてくるのだった。
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