勇者召喚2
異世界から召喚された人物は、とある部屋に押し込められる。
過去にはフォルト・シュン・アーシャ・ノックスも、この部屋で待たされた。
豪華な造りのうえ、高級そうなテーブルとソファーが置かれている。窓から外の風景は見られるが、残念ながら逃亡は無理そうだ。まるで防弾ガラスのような硬度で、鍵すら付いていない。
現在その部屋には、二人の男性が佇んでいた。
「とんだ災難に巻き込まれてしまった。いや、災難では済ませられんな。科学的にはあり得ない話だが……。言葉が通じているのは幸いだな。スキル、だったか?」
窓から外を眺めた男性は、額が広く頭頂部まで頭皮が見えている。しかしながら完全には禿げておらず、側頭部は短く整えた白髪だ。
特徴的なのは、長く伸ばした顎髭。茶と白が混じり合い、左右に別れていた。またどこかの民族衣装を着用しており、祭事の途中で召喚されたか。
ちなみに言葉が通じたのは、スキル『エウィ語』のおかげだ。異世界人は最初から所持しているそうだが、こちらの世界では共通語に該当する。
「お前は、国際指名手配の……」
そしてもう一人は、体格の良い蓬髪の男性である。顔の堀が深く、目の色は濃褐色。無精髭が生えており、どこかの「やさぐれ刑事」みたいだ。
しわくちゃなジャケットもそれを物語っており、映画俳優のように見える。
額の広い男性から距離を取って、髪をかき上げた。
「よく知っているな。どこかの組織の者か?」
「ちっ」
「やめておけ。連行されるときに、世界が違うと聞いただろう? いま私たちが争っても意味は無い。むしろ、奴らへの心証が悪くなる」
蓬髪の男性は警戒しているが、額の広い男性がすまし顔で宥める。
二人とも召喚されたときは、すぐに両手を挙げて降参した。大勢の兵士に囲まれていたので当然だったが、どちらも最適の行動を選択している。
最初の心証が良かったのだろう。
この部屋に連行される際は、疑問にも答えてくれた。大人しくしていれば、今のところ害されることはない。
「まぁいい。えっと……」
「名前は思い出せんよ。それも聞いただろう?」
「こっちの世界に召喚するために、名前という糸を切った。だったよな?」
「概ねな。名前は、カードとやらに書かれているぞ」
「やれやれ。夢なら覚めてほしいんだがよ」
二人とも、ポケットからカードを取り出す。
部屋に押し込められるときに渡されたものだ。スマートフォンやタブレット端末のように指でタッチすれば、自分についての様々な情報が見られる。
つまり、身分証になるものだ。
妙に文化的だが、科学技術ではなく魔法技術との話だった。
「ぼやくな。私はジオルグだそうだ」
「俺はリガインだってよ」
「詳しく調査しないと分からないが、文明レベルは中世ぐらいか」
「兵士どもの装備から察すると、そんなところだろうな。でも天井のシャンデリアを見ろよ。一応は光っているが、ありゃ電気じゃねぇよな?」
「魔法技術の一つだろうが、中世以下の文明レベルだと厳しいな」
額の広い男性がジオルグ、蓬髪の男性がリガイン。どちらも若者とは言えない年齢で、中年から壮年の域に入っていた。
二人は部屋の中を物色しながら、こちらの世界のことを知ろうとする。
科学技術を魔法技術で補っているようだが、文明レベルは察せられた。今後は生活で苦労しそうだと感じて、お互い溜息を吐く。
「ところでジオルグさんよ。召喚される前は、どこに居やがった?」
「状況を理解しての尋問か? 私を指名手配犯だと知っているなら、居場所ぐらいは特定していただろ?」
「いいから答えろよ」
「首都だな。あと数日もあれば占拠できたが……」
「ちっ。狂信者が……」
こちらの世界に召喚される前のジオルグは、宗教が絡んだ軍事組織を束ねていたのだ。中東の一国を相手に、クーデターを引き起こしている。
国際的に指名手配されていたが、ジオルグの殺害に動いている国もあった。
「これは異なことを。私が神を信じているとでも?」
「確か聖戦がどうとか、声明を出していただろ? 民衆を煽ってクーデターなんぞ、正気を疑いたくなるぜ」
「体の良い謳い文句だな。暴動を起こすには、手足となる駒が必要なのだ。では知りたい情報は教えたし、今度はリガインのことを話せ」
「察しがついてんだろ? さすがに捕まえるつもりはねぇよ」
「FBIか」
「正解だ」
そしてリガインは、米国のFBI捜査官である。
ジオルグが言ったように、居場所は特定していた。捜査チームに在籍していたからと、「答え合わせ」をしたかっただけのようだ。
争うつもりがないなら、以降の話は早かった。
「リガイン。私に協力しないか?」
「協力だあ? 国際指名手配犯が信用されると思ってんのか?」
「信用しなくても構わん。お互い利用し合う関係でいいだろう。FBI捜査官としての腕と知識を見込んでの話だ」
「はははははっ! いいだろう。どのみち最初は協力し合わねぇと、惨めに野垂れ死にそうだぜ。いい思いをさせてくれるんだろ?」
「私も野垂れ死ぬのは御免だ。地位と金は、すぐに確保してやる」
「さて、どうなることやら……。おっと、奴らが来たようだぜ」
協力関係を築いたところで、扉がノックされた。
そして、勇者召喚の間で出会った一組の男女が入ってくる。
笑顔を浮かべたジオルグは、敵意が無いと理解できるように深々と一礼した。当然のようにリガインも、それに続く。
「王国〈ナイトマスター〉アーロンだ。そして、こちらが聖女ミリエ様である」
「先ほどは失礼しましたな」
「カードは確認したか?」
「はい。私はジオルグと書いてありました」
「俺はリガインだ」
四人は対面形式で、ソファーに座る。
以降は聖女ミリエから、詳しい説明を聞いた。
召喚は一方通行で、元の世界へは帰れないこと。勇者候補になり得る者かどうかのの判別をして、以降の扱いを決定することなど。
それを聞いた後は、ジオルグが先手を取った。
「勇者候補と申されても、私たちは見てのとおりですぞ? 剣ぐらいは持てますが、魔物相手に振り回すなど、とてもとても……」
「俺は戦えるが、さすがに数年で引退だろうな」
「そ、そうですか。アーロン様?」
聖女ミリエは、おたおたしている。
初めての勇者召喚の儀で、今までと違う者たちが召喚されたからだ。
本来ならば、もっと若い人たちが召喚されるはずだった。聖神イシュリルが決めることだが、彼女はどうして良いかと混乱している。
話を振られたアーロンも困り顔だ。
「お前たちのことは、我らも危惧している。聖神イシュリルの御心は、人の身では理解できぬのだ。どう扱って良いかも決めかねておる」
「そちらの都合ですな」
「分かっている!」
「聖女様の話では、元の世界には帰れないとのこと。同意なく召喚したからには、責任を取っていただけるのですかな?」
「はい。期限はありますが、城に建てられたロッジで……」
「お待ちを……」
「え?」
ジオルグから疑問を呈したが、聖女ミリエの答えに被せて止めた。
リガインと協力関係を築いた手前、彼らが敷いたレールに乗らないためだ。
「何も剣を握って戦うだけが、王国の利益になる使い道ではありますまい? 召喚される前の私は、とある大国の政権幹部でしてな」
「それで?」
「内政や外交であれば、今までの経験が活かせます。人の使い方は様々あれど、必ずや貴国のためになると自負しますぞ!」
ジオルグは、得意満面の笑みを浮かべた。
ここで自分たちの有用性を説いて、別の道を探らせる。
人に取り入るなど朝飯前で、人を騙すのも得意だった。狂信者をそそのかして、国を落とす寸前まで統率していたのだから……。
「アーロン様?」
「貴様。愚かにも、国家運営に携わりたいと申すか?」
「滅相もありません。ですが、私たちが召喚された意味はあるのでしょう? せっかくの経験と知識を無駄にしては、聖神イシュリルの御心に反するのでは?」
「ふむ。ならばリガインは、何をやっていたのだ?」
「敵国の官僚さ。こいつとは、外交の場でやりあったことがある。俺が言っても保証にならねぇだろうが、厄介な奴だったぜ」
「ほう。敵国同士だったのか。珍しいこともあるものだな。しかしながら、我らの一存では決められん」
リガインが話を合わせ、ジオルグの援護に回った。
アーロンの回答は妥当だが、話を聞いてもらえたことが重要だ。おそらくは国王に相談するのだろうが、選択肢の一つを与えられた。
もう一押しして、国王をその気にさせられたら勝ちである。
「私たちは、監視下に置かれるのでしょうな。どうせ監視下に置くなら、損にならない程度に使ってみればよろしいでしょう」
「ううむ」
「見てのとおり、私たちを押さえ込むのは簡単ですぞ。籠の中の鳥とはよく言ったもの。生かすも殺すも自由ですな」
「貴様は口が達者なようだな。とにかく、決定は後日とする。暫くは聖女様が仰ったように、ロッジで生活してもらう。大人しく待っていろ」
「承知しました」
「では、世話役の神官を紹介します」
その後は、フォルトたちと同じだ。
ジェシカのような世話役の女神官が紹介されて、ロッジに連れていかれる。ジオルグとリガインが、そこでも文明レベルの低さを嘆いたのは言うまでもない。
ともあれ、二人は協力関係を結んだのだ。
待機時間はロッジの周辺で情報収集を行い、今後に備えるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトは重い腰を上げて、北の平原に向かおうとしていた。
まずは予定どおりに、マリアンデールとルリシオンの限界突破を終わらせる。
他にも、デルヴィ侯爵に送る魔物・魔獣の捕獲もする。なので、自身の力を見たいと言ったアーシャを同行させるつもりだ。と言っても準備をしている最中で、現在は屋敷の屋根に上って彼女たちを待っていた。
ソフィアに膝枕をさせて、グリムとの定期連絡で得た外部情報を聞いている。もちろんカーミラもおり、腰の上に跨っていた。
何とも卑猥である。
「勇者召喚ねぇ」
「私の後任として、新たに聖女が選ばれました。聖神イシュリルから、神託があったのでしょう」
「また俺がいた世界から、不幸な奴らが召喚されたと?」
「もっ、申しわけ……」
「ソフィアは悪くない。今の俺は幸せだから、結果としては良かったと思う。人間を辞めてしまったが、こうやって自堕落に生きられる」
「まあ!」
元聖女のソフィアは、異世界人に対して自責の念を抱いている。いくら自分が召喚した異世界人から責められずとも、良心の呵責に苛まれて生きていくだろう。
称号は剥奪されたが、彼女こそ聖女であるとフォルトは思っていた。
異世界人に謝るべきは、そんな彼女に勇者召喚の儀を行うように命じた国王。
そして、神託を下した聖神イシュリルである。
「まぁ何だ。神様に文句は届かないしなあ。俺は国王に嫌味を言ったが、また召喚したのなら意味がなかったようだ」
「えへへ。取り止めるわけがないでーす!」
「知ってる。ふんっ! ふんっ!」
「あんっ! あんっ!」
フォルトの言葉を受けて、国王が心変わりをするとは到底思えない。もちろん分かっているので、カーミラの話を肯定するように腰を上下させる。
とても喜んでいるが、腰に跨っているだけだ。
「で、どんな奴らだったのだ?」
「中年から壮年の方々ですね。一人は、フォルト様よりも年齢が上です」
「あれ? 若者が召喚されるのではなかったのか?」
「はい。ですが、フォルト様は違いましたし……」
「俺が選ばれた理由は、魔人が関係してそうだけどな」
「前の御主人様に選ばれた感じですしねぇ」
カーミラが言ったように、暴食の魔人ポロの儀式と勇者召喚の儀式に、何らかの関係があったのだろうと推察される。異世界との道を繋いだところに、ポロの儀式の何かが紛れ込んだのかもしれない。
このあたりは考えても答えは出ないので、フォルトは話の続きを進める。
「何にせよおっさんなら、勇者候補になれないだろう。まぁ俺ほど落ちぶれていなければ、働き口もあるか。だが、城から放り出されるのは確定だな」
「いいえ。ローイン公爵の下で働くそうです」
「え? 凄い称号やスキルでも持っていたか?」
「内政や外交が得意のようで、試しにやらせるようですね」
「おっさんでもエリートだったか。同情しそうになったがやめだ」
内政や外交が得意ということは、国家機関に所属していた者たちだ。
きっと世渡り上手なので、こちらの世界でも生きていけるだろう。どのみち手を差し伸べるつもりはなく、フォルトが同情しても関わることはない。
逆に「不幸になってしまえ!」とさえ思う。
「もしかしたら御主人様のような強者を召喚するために、神々が試行錯誤しているかもしれませんねぇ」
「おいおいカーミラ。俺は偶然の産物だろ?」
「単なる予想ですよぉ。無駄に力を使って、ご苦労さんでーす!」
「神様を馬鹿にするとは、さすがは悪魔。俺も見習うとしよう」
口角を上げたフォルトは、空に向かってピースをした。
ソフィアと生活する中で、聖女の役割については聞いている。実際に召喚を行うのは聖神イシュリルなのだから、自身のことは知られているはずだ。
「神々の敵対者」という称号を持つので、皮肉を込めた行動である。
「えへへ。ずっと見てるわけがないじゃないですかぁ」
「そ、そうだな! でも真面目な話、監視や追跡はされているのか?」
「一人を気にするほど、神々は暇じゃないと思いまーす!」
「確かにな。神と言っても、万能ではないだろう。ソフィアはどう思う?」
「私も同感ですね。万能であれば、すでに何かをされているでしょう」
日本にいた頃のフォルトは、宗教について思うところがあった。
もしも本当に神が存在するなら、とっくに人類を救っているはずだ。また神が望む世界になっていたとしたら、わざわざ崇める必要性を感じない。神の不作為を、「神学的な言い訳」で正当化したとしても同じことだ。
ましてや神が実在するこの世界であれば、余計にそう考えてしまう。
魔物が跳梁跋扈する世界で、人間は最弱に位置する種族なのだから……。
「さてと、そろそろ準備も終わるかな?」
「姉妹の限界突破と、魔物の捕獲ですよね?」
「うむ。アーシャも俺の力を見たいらしいので連れていく」
「でしたら……」
言うまでもなく、カーミラも一緒だ。
それを聞いたソフィアが、自分も行きたいと言った。
「ソフィアも見たいのか?」
「フォルト様の力を見ておけば、色々と助言できますので……」
「そ、そうだな! 俺は、こっちの世界の常識を知らないしな!」
「では行きましょうか。皆さんの準備が終わったようです」
ソフィアの助言。
それは苦言とも言うが、フォルトが悪目立ちした後の対処も考えてくれる。まだまだこちらの世界の常識を知らないので、とても有難いものだった。
彼女がいなければ、魔王ルートを進んでいたかもしれない。などとゲーム脳で過去を振り返りながら、彼女を抱えてカーミラと共に屋根から飛び下りる。
それから同行者たちと合流して、北の平原に向かうのだった。
Copyright©2021-特攻君
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