神への信仰2
シュンの前にいるのは、聖神イシュリル神殿の司祭である。
デルヴィ侯爵よりも若そうだが、中年と壮年の境目あたりが妥当か。髭は生えておらず、髪も短く整えてある。
以前に出会ったモルホルト司祭よりも、服装が豪華かもしれない。
(ふぅ。俺の苦手なタイプだぜ)
日本にいた頃のシュンは、社長といった企業のトップとも打ち解けていた。
ただしそれは、キャバクラで遊ぶような中小企業の経営者たちだ。アフターでキャバ嬢の財布になり、ホスト店に来店しては値段の高い酒を注文する。来店したときはすでに酔っているので、とても扱いやすい。
そして目の前の司祭は、酒と女に溺れないタイプだ。
司祭なのだから当然かもしれないが、こういった人物に冗談は通じない。話題にできるネタも無く、フレンドリーな関係は望めない。
それを肯定するかのように、司祭は笑顔を浮かべていない。また真面目な表情で、椅子に座るよう指示が出された。
当拒む理由がないので、素直に従がう。
「先に名乗っておきましょう。聖神イシュリル神殿枢機卿のシュナイデンです」
「枢機……。え? 枢機卿猊下ですか!」
「おや。驚かせてしまいましたか」
「い、いえ!」
シュナイデン枢機卿。
聖神イシュリル神殿のナンバーツーで、教皇の次に偉い人物だ。噂では次回の教皇選で、教皇になると言われていた。
はっきり言うと、雲の上の存在である。
エウィ王国の貴族でも、頭が上がらない人物なのだ。デルヴィ侯爵と同様に、シュンなど吹けば消し飛ぶ塵芥。
ラキシスは、司祭の下に連れてきたはずだが……。
「あぁ司祭との面会でしたね。申しわけないが用事を頼んだところだったので、私が代わりに対応します」
「そう、ですか」
「どうやら、緊張しているようですね」
「そ、それはもう……」
「緊張するなとは言いませんが、楽にしてくれて結構です」
「ありがとうございます」
(いきなり枢機卿は勘弁してもらいてぇが……。これはチャンスだぜ! 侯爵様と同様に、俺の後ろ盾になってもらいてぇ。まずは、心証を良くしねぇとな)
デルヴィ侯爵に続いて、偉い人との対面である。
そしてシュンは俗物で、自覚もしていた。
金銭や女性、世間の名声を第一にしている。異世界に召喚されてからは、そのての人脈が欲しかった。だからこそ機を逸さないよう、慎重に対応をする。
「シュン殿は、信仰系魔法を習得したいそうですね」
「はい。自分の成長に限界を感じまして……」
「ほう。それで、神殿を頼ったのですね?」
「仰るとおりです」
「ふむ」
「………………」
デルヴィ侯爵を前にしたときと同様に、敬語を使うのは当然だった。
タメ口をきく奴は愚か者だが、ふと仲間のギッシュを思い浮かべてしまう。というのも、シュナイデン枢機卿が考え込んで間が空いたからだ。
もちろん口を挟むほど、シュンは馬鹿ではない。
「まずシュン殿のことは、デルヴィ侯爵様から聞き及んでいます」
「そうなのですか?」
「そして失礼を承知で申しあげますが、シュン殿は少し不純ですね」
「そっ、そんなことは……」
ラキシスの件を言っているのだろう。
彼女とヤリ部屋を用意したのは、デルヴィ侯爵と神殿だ。
これにはさすがに、恥ずかしさが込み上がる。まさか、この場で辱められるとは思っていなかった。
「結論から申しますと、シュン殿は信仰系魔法を習得できるでしょう」
「本当ですか?」
「私が嘘をお伝えするとでも?」
「い、いえ! 申しわけありませんでした!」
シュンは反射的に椅子から立ち上がり、頭を下げて謝罪した。
相手は、聖神イシュリル神殿の枢機卿なのだ。もちろん嘘については建前だと理解しているとはいえ、それを指摘しては不敬になる。
神に仕える者は、人を欺かないとされていた。
ともあれ謝罪は受け入れてもらえたので、椅子に座り直した。
「では、お話の続きをします。どこまで聞き及んでいるかは存じませんが、神の奇跡は信仰心の強さによります」
「そうなのですね」
「私が見たところ、シュン殿は神を信じておりませんね?」
「あ、いえ。実際に存在するとは聞いていますが……」
「証拠が無ければ信じられない、と?」
「済みません」
「至極当然の話です。責めているわけではありません」
「………………」
この件でもシュンは恥ずかしくなったが、ホストスマイルは崩さない。
それにしてもシュナイデン枢機卿は、隠し事を暴いてどうしたいのか。「責めているわけではない」と言われても、単純に馬鹿にされているとしか思えなかった。しかしそれが違うことは、次の言葉で察せられた。
「今は神を信じておらずとも、これから信じることができます。つまり間違いを知ったときは意固地にならず、素直に正せば良いのです」
「そうですね」
「よろしい。では、これを受け取りなさい」
ここで初めて笑顔を浮かべたシュナイデン枢機卿は、机の引き出しから、銀色の何かを取り出している。
そして、シュンに渡してきた。
「これは?」
「聖印です。信者の証ですね」
「頂けるのですか? ありがとうございます」
シュンが知る聖印は、キリスト教の十字架である。
そしてシュナイデン枢機卿が渡してきたものは、何の変哲もない銀のメダルだ。同色のチェーンが付いていて、首から垂らせるように作られている。
思い返すと、ラキシスも身に付けていたような気がした。
「それでは神の存在を信じていただくために、証拠を提示するとしましょう。シュン殿には、実際に神の声を聴いていただきます」
「え?」
「聖印を首に垂らし、そのまま祈りなさい」
「わ、分かりました」
神の声という言葉には首を傾げたが、シュンは言われたとおりにする。
目の前のシュナイデン枢機卿は両手を組み、目を閉じて祈りを捧げていた。おそらくは同じようにすれば良いと考え、枢機卿の所作を真似する。
どちらも身じろぎすらしないので、部屋の中が静寂に包まれた。
ともあれ、祈りを続けていると……。
(シュン)
「なっ!」
「どうかしましたか?」
「い、いえ。女性の声が……」
「良い兆候です。続けなさい」
「はい」
シュンを呼ぶ声が、頭の中に響いたのだ。
このような体験は初めてだった。脳に直接語りかけられた感じなので、さすがに驚いてしまう。
今まで意識していなかったが、心臓の鼓動が速くなっていた。
以降も祈りを続けていると、シュナイデン枢機卿が終わりを告げる。
「祈りはもう十分です」
「はい!」
そして、シュンは立ち上がる。
次に姿勢を正して、右手を胸のあたりにドンと付けた。騎士の敬礼だが、それをしなくてはならないのだ。
同時にシュナイデン枢機卿に視線を向けると、満足そうな表情だった。
「神の存在を確認できたようですね」
「はい。枢機卿猊下と侯爵様にお仕えするよう言われました」
「そこまで鮮明に啓示を……。他にもありますか?」
「力を付けるために、修行を続けるように指示を受けました」
シュンは祈りを続けている間、神からの命令を受けた。
履行する必要はないとも伝えられたが、神の存在証明が啓示という形で確認できたのだ。二人の権力者を後ろ盾にできるのだから、感謝の気持ちで一杯だった。
この期に及んで、命令を無視するわけがない。
「そうですね。私も同じ啓示を受けました」
「神の声と仰せでしたが、聖神イシュリル様の声なのですか?」
「神に敬称は不要です。逆に不敬となります」
「失礼しました!」
「シュン殿は異世界人ですので、これから学べば良いのです」
「はい!」
実際のところシュンに聴こえた神の言葉は、鮮明ではなく断片的だった。
それでも拾い集めて繋ぎ合わせれば、意味は通ったのだ。まるで言葉のパズルのようだったが、神の存在は信じられた。
シュナイデン枢機卿からは機嫌良く、椅子に座り直すよう言われる。
「これで、神は信じられますね?」
「直接の声が届けば、誰でも信じましょう」
「今後は信仰心の強さが、シュン殿を導くでしょう」
「ありがとうございます」
「では、身分証となるカードを確認してください」
シュンは懐から、カードを取り出す。
それを操作して称号の欄を確認すると変化があった。
「聖なる騎士」だったのが、「神聖騎士」になっている。同時に信仰系魔法も習得しており、何個かの魔法を使えるようになっていた。
「神聖騎士に変わりました」
「ほう。神に仕える騎士ですね」
俗に言われるテンペラ―で、日本では寺院侍史と呼ばれている。国家ではなく、神殿に仕える騎士を指す。
似たような騎士に、パラディンが存在する。対応する称号は「聖騎士」で、国家に仕える騎士として分類されていた。
ただし現在のシュンは、国家に仕えている。
「俺は異世界人なので、国に仕えているのですが?」
「聖神イシュリルがお決めになることです」
「え?」
「今までは王国騎士団に所属ですが、神殿の神聖騎士団に異動となります」
「手続きとかは?」
「私がやっておきましょう。そのほうが、手続きを早く済ませられます。また枢機卿の権限で、配属をデルヴィ侯爵様の旗下にします」
「聖神イシュリルの御心のままに……」
これでシュンは、聖神イシュリル神殿の神聖騎士団に所属した。
いや。デルヴィ侯爵とシュナイデン枢機卿か。
書類上の異動は本日を以って完了とし、神聖騎士団の名簿に載る。だが団員との顔合わせなどはせず、侯爵の下に派遣される。
事実上、侯爵旗下の騎士となるのだ。書類が王国騎士団に届けば、騎士ザインからの呼び出しもなくなる。
「他に確認したいことはありますか?」
「枢機卿猊下と侯爵様の命令が被った場合は?」
「その点は安心してください。先に私から侯爵様に話を通しますので、命令が被ることはありません」
「俺の仲間はどうなりますか?」
「シュン殿の下に配属です。神聖騎士団は、国家の騎士団よりも上位なのです。今までどおり、勇者候補チームとして活動しなさい」
「なるほど。えっと……」
「まだありますか?」
「ラキシスは……」
「好きにしなさい。シュン殿に差し上げます」
「え?」
シュンは「これが神殿か」と、思わず首を傾げる。
神殿勢力には、厳格なイメージを持っていたのだ。シュナイデン枢機卿の言葉は、女性を欲望のはけ口にしても構わないという意味に聞こえた。とてもではないが神殿が認める話ではなく、枢機卿ともあろう者からの言葉とは思えない。
「腑に落ちませんか?」
「正直に言えば……」
「今頃は彼女にも、聖神イシュリルの声が届いています。神が許可を出したので、それで良いのです」
「本当に良いのですか?」
「我ら信徒は、神の声を実行するだけです。それが信仰なのですよ」
神の声。
解釈によっては、如何様にも使えるだろう。
例えば自分の嫌いな人物を、異教徒と認定して殺害することもできるのだ。神の名の下に、何でもやれてしまう。
「そういうことですか」
「シュン殿は物分かりがよろしいですね。しかし……」
「はい。絶対に聖神イシュリルの名を穢すことはしません」
そう。何でもやれるからと、何でもやってはいけない。
あまりにも教義からかけ離れる内容だと、人々の信仰心が薄れてしまう。短絡的な使用は聖神イシュリルの名を穢し、それこそ神罰が下るだろう。
今のシュンでは許容範囲が分からないので、自発的な使用は難しい。
「よろしい! 本日はすばらしい日だ!」
「はい。俺もそう思います」
「ではシュン殿が必要になれば、改めて伝えます。もう退室して良いですよ」
「畏まりました」
シュナイデン枢機卿の表情は、満面の笑みに変わった。
シュンも気持ちは同じだが、ホストスマイルは崩さない。初対面のときよりも距離が縮まっているとはいえ、ほんの数ミリ程度なのだ。
その距離は今後も縮まらないと確信しているので、大笑いはできない。
以降は司祭の部屋を出て、ヤリ部屋に戻る。
「シュン様。お待ちしておりましたわ」
「聖神イシュリルの声が届いたようだな」
「はい。私はシュン様の……」
「時間はねぇから……。後は分かるな?」
「はい。ご奉仕をさせていただきます」
シュンはホストスマイルを崩して、下衆な笑みを浮かべた。
これで、ラキシスは玩具になった。今後は好きに扱って良いので、神殿から連れ出すことも可能だ。
神様からの贈り物なのだから……。
「続けながら聞け。ラキシスには、俺らのチームに入ってもらうぞ」
「………………」
「俺たちの関係は、仲間にバレないようにしろ」
「………………」
「俺を愛せ」
「………………」
シュンは奉仕をさせながら、ラキシスに命令をする。
そして十数分後に、二人で神殿を後にした。
夕焼けが見られる時間になっており、仲間と合流しないといけない。とはいえその前に、彼女に伝えるべき話があった。
「もう一つ言っておくことがあるぜ」
「何でしょうか?」
「俺は、アルディスとエレーヌを食っている。どちらかとやるときは、片方の相手をしておけ。バレるとチームが崩壊するからよ」
「………………。はい」
ラキシスは聖神イシュリルの言葉を受けて、シュンの命令に逆らわない。
これは彼女の信仰心であり、宗教の恐ろしさを感じてしまう。
とりあえず旅に出るときは、女性に困らなくなった。フォルトへの嫉妬も、少しは収まろうというものだ。
そして「三股になったな」と、晴れやかな気分に包まれるのだった。
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