表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十四章 勇者召喚
194/196

バグバットからの依頼3

 自由都市アルバハード領主、吸血鬼の真祖バグバット。

 彼の下に訪れるつもりだったフォルトは、とある身内の部屋で寝ていた。重い腰はまったく上がらず、無為な時間を過ごしている。とはいえそれこそが自堕落生活であり、大罪の怠惰を持つ魔人としては正常だ。


「ぐぅぐぅ」

「ちゅ」

「んがっ! ぐぅぐぅ」

「起きてくださいフォルト様」

「もぅ、五分だ、け……」

「それは私のセリフです!」

「んんっ! ソフィアのために起きるか!」


 部屋の主は、元聖女のソフィアである。

 彼女にまつわる話をしたかったが、やはり情事を優先したのだ。お互いが満足した後は惰眠に入って、今に至っている。

 フォルトは目を開けて、彼女の乱れたビキニビスチェに視線を向ける。


「恥ずかしいので、あまりジロジロと見ないでください!」

「と言ってもな。目のやり場に困る服を着ているソフィアが悪い」

「その服を私にプレゼントしたのはフォルト様ですが?」


 ソフィアが両腕を組みながら、プイッと顔を逸らした。

 二人でいるときは、いつも甘えん坊さんだ。まだ温もりが欲しいのか、以降は抱きついてきた。

 フォルトは若者の姿になっているので、自虐心は薄れている。

 彼女の頭に手を回して、「よしよし」とでた。


「寝起きで悪いがソフィア」

「はい?」

「ソフィアの両親についてだが、子供が産まれるのはいつ頃だ?」

「確か、三カ月後と聞いています」


 ソフィアの母親フィオレは身籠っていた。

 三国会議のときに判明していたが、出産の時期が近い。彼女が身内になるきっかけの一助でもあったので、フォルトは忘れていなかった。

 男女どちらが産まれても、グリム家は安泰だ。


「出産には立ち合いたいだろ?」

「なるべくなら……」

「空を飛べば、一日も掛からないしな。行くときは言ってくれ」

「ありがとうございます。ちゅ」

「でへ」


 いくらフォルトが筋金入りの駄目男でも、身内の一大イベントなら重い腰を浮かせられる。三か月後であればまだ先だが、心構えだけはしておく。

 それに双竜山の森から離れたので、里帰りぐらいはさせたい。

 子煩悩な父親ソネンに責められそうだが……。

 ともあれソフィアには、グリムとの定期連絡を任せていた。エウィ王国から出国する条件の一つだが、今まで怠っていない。


「そう言えば俺たちが出国した後、グリムのじいさんはどうなった?」

「大事にはなっていませんが……」


 エウィ王国でのフォルト・ローゼンクロイツは、グリム家の客将である。

 そして異世界人に適用される国法において、特例を認められていた。しかしながらちょっとしたことでも攻撃――口撃――材料になるらしく、今回の出国については、一部の貴族から責められたそうだ。

 それでも、デルヴィ侯爵が味方になったとの話だった。

 侯爵にしても通行の許可を出した手前、一緒になって攻撃できなかったか。


「グリムの爺さんは複雑な気持ちだろうな。でもアレだろ? どうせ自分のことは棚に上げて、恩でも売ったのではないか?」

「ふふっ。当たっていますよ」

「あの侯爵ならなあ」


 デルヴィ侯爵は国境通過の言い訳として、「グリムの責任において」という言葉を繰り返した。また定期連絡を怠っていないことを理由に、「管理はできている」と結論付けていた。

 それにより貴族たちの溜飲りゅういんを下げたと、恩着せがましくグリムに伝えられた。

 あからさまのうえ責任転嫁が酷く、いかにも侯爵らしい。


「そこまで言い当てるなんて、フォルト様は聡明そうめいですよね」

「聡明とかはない。四十年以上生きたから、多少はモノを知っているだけさ」

「異世界の知識も豊富だと思いますよ」

「あっちの世界については偏っているけどな」


 生きていれば情報は自然と入ってくるので、それなりの知識は蓄積される。

 もちろん、それが有益であるとは限らない。むしろ、ほとんど価値がないとフォルトは考えている。

 自身の知識は、他人のそれを集めただけ。しかも引き籠りだったので、知識の底は浅いのだ。年齢による経験則――年の功――によって、予想や予測が偶然当たっているに過ぎない。


「まぁ俺よりは、シュンやノックスのほうが有益だろう」

「私はフォルト様のほうが、と……」

うれしいことを言ってくれるな。寝起きに一回といきたいが……」

「そろそろ準備したほうがよろしいかと思います」

「だな。では起きて、テラスで待つとするか」

「嫌。あと五分だけ……」

「そうでした」


 以降は三十分の延長を経て、二人でテラスに向かう。

 途中で調理場に寄ると、ルリシオンが昼食の仕込みをしていた。手伝いとして、マリアンデールとシェラもいる。

 フォルトは彼女たちに近づき、とある用件を伝えた。


「悪いがルリ。アレを出してくれ」

「赤いほうでいいのかしらあ?」

「うむ」

「私が取ってきますわ。少しお待ちください魔人様」

「なら、グラスを用意してあげるわ」


 この屋敷には地下があり、調理場から行けるようになっている。

 元々の主が設置したワインセーラーだ。屋敷を譲り受けたときには使っていなかったが、酒を入手するようになってからは利用している。

 そしてシェラが持ってきたのは、カーミラが奪ってきたソル帝国産の赤ワイン。何本か保存してあったので、今回は客人に振る舞う。

 ともあれ用意してもらった一式を持ち、ソフィアと共にテラスに出た。


「さてと……。もてなす準備は、こんなものかな?」

「はい。それにしても、フォルト様は大胆ですよね」

「結局なあ。だが快諾してくれたので、俺としては助かった」

「あ……。来たようです」


 ソフィアが空を見上げたので、フォルトも釣られて顔を向けた。

 今日は晴天で雲一つ無いが、森の上空に人影が映った。ならばと来訪者を出迎えるために、スキル『変化へんげ』を解いて、中年の姿に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 来訪者とは、アルバハードの領主バグバットだ。

 フォルトは会いに行くと言ったが、結局は腰が軽くならなかったのだ。先日ソフィアに手紙を認めてもらい、ハーモニーバードを飛ばしてもらった。

 何とも傲慢だが、こればかりは仕方なかった。

 とりあえずはテラスにて、彼と歓談を始める。


「忙しいところ、わざわざ来てもらって悪いな」

吾輩わがはいとしても、頃合いを見てお邪魔しようと思っていたのである」

「ははっ。まぁ見てのとおりだ。快適に過ごしている」

「それは良かったのである。してフォルト殿、吾輩に何用であるか?」

「限界突破の件でね」


 シェラに堕落の種を食べさせると、限界突破の神託が受けられなくなる。だからと言ってその都度人間の司祭を拉致すると、天界の神々が怒るかもしれない。

 そういった懸念があったので、物知りなバグバットに相談する。


「確かに難しい案件であるな。堕落の種を食べた瞬間に、信仰系魔法は使えなくなるのである」

「ほほう」

「司祭の拉致も拙いのである」

「やはり、神々の怒りを買うと?」

「買わないまでも、フォルト殿が面倒なことになるのである」

「え?」

「神殿勢力が、フォルト殿を討伐対象にするのである」

「うぇ。そっち系か」


 基本的に神々の敵である悪魔は、神殿勢力から討伐指定をされる。また邪悪な魔法使いなども同様で、あまりにも看過できない悪さをすれば対象になってしまう。

 ローゼンクロイツ家が司祭の拉致する場合は、後者に入る。

 そして、バレなければ良いと考えてはいけない。

 神の代弁者である教皇が、神々に神託を願うことができるからだ。拉致した人物を特定されると、神殿勢力が敵になる。

 国家基盤――医療――を司る神殿勢力の発言力は高い。神の名の下に聖戦を発動されたら最後、全力で討伐に来るだろう。


「はぁ……。これだから宗教は……」

「もちろん、最悪の場合である。とはいえ、想定して然るべきであるな。吾輩は中立ゆえ、フォルト殿の擁護はできないである」


 フォルトとしては、人間の個人と敵対するのは構わないと考えている。だが、人類と敵対するのは御免だった。

 そうなると限界突破の件は、もう一つの希望にすがるしかない。

 隣に座るソフィアが、それを代弁してくれた。


「バグバット様にお尋ねしたいことがあるのですが……」

「何であるかな?」

「エルフ族が信仰している神は?」

「おっ! それだ。天界の神々とは違うのだろ?」

「エルフ族に限らず、フェリアスの民が信仰するのは自然神である」

「ほうほう。どういった定義なのだ?」

「物質界の神と言えば理解できるであるか?」

「なるほど。イメージができた。分かりやすくて助かるな」


 こちらの世界を形成する小さな世界には、それぞれに神様が存在する。

 天界には六大神、魔界であれば悪魔王だ。また、フォルトたちがいる物質界には、自然神が存在している。

 フォルトのゲーム脳ならば、その定義を理解することは可能。ゲームや小説・漫画などでは、ありふれた設定だからだ。

 日本では空想や創作物の類だが、こちらの世界では現実である。


「エルフ族の司祭を頼るのであれば、フォルト殿の懸念は解消されるやもしれぬであるな。エルフ族と交流があるのであるか?」

「今のところ、面識がある程度だな」

「確かフォルト殿は、ブロキュスの迷宮に向かわれたのである。では、フェリアスの討伐隊であるな。今回の討伐隊を指揮するのは、エルフ族である」

「よく分かるな」

「どこを間引きするかの情報なら把握しているである」


 バグバットは情報通で、フォルトたちの目的も伝えてあった。

 これぐらいであれば、簡単に特定されてしまう。


「さすがだな」

「して話は変わるであるが、〈剣聖〉とはお会いしたであるか?」

「連れ帰ってきた。会いたいのであれば呼ぶが?」

「………………」

「どうかしたか?」


 バグバットが黙り込んでしまった。

 その顔から察すると、彼はあきれているのだ。身内から頻繁に向けられている表情なので、フォルトにはよく分かった。


「それは……。困ったのであるな」

「なぜだ?」

「あまり名声の高い者を加えると、各国が黙っていないのである」

「や、やはりか。誰かさんにも言われたな」

「わ、た、し、で、す!」

「そっ、そうだったな! ソフィアだったな!」

「むぅ」


 ソフィアに顔を向けると、プクッとほほを膨らませていた。

 フォルトはその団子のような頬を指で押し込みたいが、今はバグバットがいるので止めておく。

 彼は紳士過ぎるので、こちらが遠慮してしまう。


「ま、まぁでも手遅れだな。すでに俺の手の内だ」

「で、あるか」

「バグバットでも困るのか?」

「吾輩は困らないのである。困るのは、フォルト殿のほうである」

「あ、はは……。それよりも、ワインをどうぞ」


 責められているわけではない。とはいえ改めて言われると、フォルトは乾いた笑みが出てしまう。

 バグバットの好きな酒で、話を逸らすほうが良い。


「これは、ソル帝国産であるな」

「当たりだ。俺には違いは分からないがな」

「で、あるか。フォルト殿は飲まれないのであるか?」

「いや。飲むよ。ソフィアが入れてくれ」

「はい。フォルト様」


 酒を飲むなら、美人のお酌が一番だ。

 そう考えたフォルトは、スキル『毒耐性どくたいせい』があるのを思い出す。昼間に「宅飲み」すると悪酔いするので、効果を切らないでおく。

 そして夜はほろ酔いで、ソフィアと情事をしようと考えた。


「でへ」

「フォルト殿。顔が赤いようであるな」

「んんっ! では、エルフの司祭を頼るかあ」

「エルフ族と言えば、フォルト殿宛に手紙が届いていたであるな」

「おっ! まさかセレスさんからか?」

「クローディア殿であるな。お渡しするである」


 クローディアはエルフ族の重鎮で、女王名代として三国会議に出席していた。であればフォルトの要望が、セレスから伝えられたか。

 手紙を受け取ったフォルトは、封を開けて手紙を読む。


「やったな。エルフの里に入る許可がもらえた」

「ほう。人間を招き入れるとは珍しいのであるな」

「聞いてはいたが、やはり排他的なのか?」

「で、あるな。エルフ族にとっては神聖な場所であるゆえ、同じフェリアスの民でも許可が無いと駄目である」

「なるほどなあ。まぁ許可が貰えたなら行くとするか」

「フォルト殿」

「どうしたバグバット?」


 ワイングラスをテーブルに置いたバグバットは、フォルトの顔を見据える。

 そして、ニヤリと口角をあげた。


「エルフの里に行かれるなら、女王の件をお任せしたいのである」

「女王?」

「女王が三国会議に参加できなかったのは、何か問題があったからである。内容は分からないであるが、もしも頼られたら受けてほしいのである」

「それは、バグバットのメリットになるのか?」

「で、あるな。吾輩は中立であるゆえ、何もしてやれないのであるが……」


 いつもなら嫌がりながら断るのだが、バグバットの頼みであれば別だ。

 彼には借りを作ってばかりなので、これを受ければ少しは返せるだろう。どうせエルフの里には訪れるからと、フォルトは快くうなずいた。


「分かった。クローディアと話せばいいか?」

「で、あるな。吾輩の名前は出さないでほしいのである」

「ふーん。訳ありか?」

「フォルト殿のせいである」

「え?」


 バグバットから非難されて、フォルトはキョトンとしてしまった。

 何の話か、さっぱり分からない。


「三国会議以降、クローディア殿から大量の手紙が送られてくるのである」

「ほう。取引関係の書類か何かか? 領主だと大変だなあ」

「恋文である」

「え?」

「吾輩が、クローディア殿を好いているらしいのである」

「へぇ。そうなのか」

「吾輩が誰かに、恋愛の相談をしたらしいのである」

「そっ、そんなことはないよな! 吸血鬼だしな! あははははっ!」

「犯人は分かっているのである」

「フォルト様……」


 ジト目のソフィアが物語るように、フォルトには心当たりが大ありだった。うそも方便作戦のツケが回ってきたようだ。

 バグバットから目を逸らして、被害を最小限で済ませようとする。


「えっと……。バグバットも満更ではないだろ?」

「困ったものであるな」

「吸血鬼とエルフなら、完璧なカップルだ!」

「吾輩には、フォルト殿のような色欲は無いのである」

「気持ちのいい罪なのに……」

「………………」

「フォルト様。謝ったほうが……」

「ご、ごめんなさい!」

「現在進行形ではあるが、フォルト殿の謝罪を受け入れるのである。クローディア殿との関係も、変化の楽しみにするである」


 またもや、バグバットに借りを作ったようなものだ。

 返す前に借りるという悪循環である。


「あ、うん。そうか。借りは……。また今度、な」

「で、あるか」


 フォルトはワインを手に取って、バグバットのグラスに注ぐ。尻拭いをしてもらうようなものなので、非常に申しわけないと反省する。

 それはともあれ、エルフの里に行けるのだ。

 自然神の司祭に力を借りられれば、シェラに堕落の種を食べさせられる。などと気まずさから目を背け、接待の続きをするのだった。

Copyright©2021-特攻君

感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ