バグバットからの依頼3
自由都市アルバハード領主、吸血鬼の真祖バグバット。
彼の下に訪れるつもりだったフォルトは、とある身内の部屋で寝ていた。重い腰はまったく上がらず、無為な時間を過ごしている。とはいえそれこそが自堕落生活であり、大罪の怠惰を持つ魔人としては正常だ。
「ぐぅぐぅ」
「ちゅ」
「んがっ! ぐぅぐぅ」
「起きてくださいフォルト様」
「もぅ、五分だ、け……」
「それは私のセリフです!」
「んんっ! ソフィアのために起きるか!」
部屋の主は、元聖女のソフィアである。
彼女にまつわる話をしたかったが、やはり情事を優先したのだ。お互いが満足した後は惰眠に入って、今に至っている。
フォルトは目を開けて、彼女の乱れたビキニビスチェに視線を向ける。
「恥ずかしいので、あまりジロジロと見ないでください!」
「と言ってもな。目のやり場に困る服を着ているソフィアが悪い」
「その服を私にプレゼントしたのはフォルト様ですが?」
ソフィアが両腕を組みながら、プイッと顔を逸らした。
二人でいるときは、いつも甘えん坊さんだ。まだ温もりが欲しいのか、以降は抱きついてきた。
フォルトは若者の姿になっているので、自虐心は薄れている。
彼女の頭に手を回して、「よしよし」と撫でた。
「寝起きで悪いがソフィア」
「はい?」
「ソフィアの両親についてだが、子供が産まれるのはいつ頃だ?」
「確か、三カ月後と聞いています」
ソフィアの母親フィオレは身籠っていた。
三国会議のときに判明していたが、出産の時期が近い。彼女が身内になるきっかけの一助でもあったので、フォルトは忘れていなかった。
男女どちらが産まれても、グリム家は安泰だ。
「出産には立ち合いたいだろ?」
「なるべくなら……」
「空を飛べば、一日も掛からないしな。行くときは言ってくれ」
「ありがとうございます。ちゅ」
「でへ」
いくらフォルトが筋金入りの駄目男でも、身内の一大イベントなら重い腰を浮かせられる。三か月後であればまだ先だが、心構えだけはしておく。
それに双竜山の森から離れたので、里帰りぐらいはさせたい。
子煩悩な父親ソネンに責められそうだが……。
ともあれソフィアには、グリムとの定期連絡を任せていた。エウィ王国から出国する条件の一つだが、今まで怠っていない。
「そう言えば俺たちが出国した後、グリムの爺さんはどうなった?」
「大事にはなっていませんが……」
エウィ王国でのフォルト・ローゼンクロイツは、グリム家の客将である。
そして異世界人に適用される国法において、特例を認められていた。しかしながらちょっとしたことでも攻撃――口撃――材料になるらしく、今回の出国については、一部の貴族から責められたそうだ。
それでも、デルヴィ侯爵が味方になったとの話だった。
侯爵にしても通行の許可を出した手前、一緒になって攻撃できなかったか。
「グリムの爺さんは複雑な気持ちだろうな。でもアレだろ? どうせ自分のことは棚に上げて、恩でも売ったのではないか?」
「ふふっ。当たっていますよ」
「あの侯爵ならなあ」
デルヴィ侯爵は国境通過の言い訳として、「グリムの責任において」という言葉を繰り返した。また定期連絡を怠っていないことを理由に、「管理はできている」と結論付けていた。
それにより貴族たちの溜飲を下げたと、恩着せがましくグリムに伝えられた。
あからさまのうえ責任転嫁が酷く、いかにも侯爵らしい。
「そこまで言い当てるなんて、フォルト様は聡明ですよね」
「聡明とかはない。四十年以上生きたから、多少はモノを知っているだけさ」
「異世界の知識も豊富だと思いますよ」
「あっちの世界については偏っているけどな」
生きていれば情報は自然と入ってくるので、それなりの知識は蓄積される。
もちろん、それが有益であるとは限らない。むしろ、ほとんど価値がないとフォルトは考えている。
自身の知識は、他人のそれを集めただけ。しかも引き籠りだったので、知識の底は浅いのだ。年齢による経験則――年の功――によって、予想や予測が偶然当たっているに過ぎない。
「まぁ俺よりは、シュンやノックスのほうが有益だろう」
「私はフォルト様のほうが、と……」
「嬉しいことを言ってくれるな。寝起きに一回といきたいが……」
「そろそろ準備したほうがよろしいかと思います」
「だな。では起きて、テラスで待つとするか」
「嫌。あと五分だけ……」
「そうでした」
以降は三十分の延長を経て、二人でテラスに向かう。
途中で調理場に寄ると、ルリシオンが昼食の仕込みをしていた。手伝いとして、マリアンデールとシェラもいる。
フォルトは彼女たちに近づき、とある用件を伝えた。
「悪いがルリ。アレを出してくれ」
「赤いほうでいいのかしらあ?」
「うむ」
「私が取ってきますわ。少しお待ちください魔人様」
「なら、グラスを用意してあげるわ」
この屋敷には地下があり、調理場から行けるようになっている。
元々の主が設置したワインセーラーだ。屋敷を譲り受けたときには使っていなかったが、酒を入手するようになってからは利用している。
そしてシェラが持ってきたのは、カーミラが奪ってきたソル帝国産の赤ワイン。何本か保存してあったので、今回は客人に振る舞う。
ともあれ用意してもらった一式を持ち、ソフィアと共にテラスに出た。
「さてと……。もてなす準備は、こんなものかな?」
「はい。それにしても、フォルト様は大胆ですよね」
「結局なあ。だが快諾してくれたので、俺としては助かった」
「あ……。来たようです」
ソフィアが空を見上げたので、フォルトも釣られて顔を向けた。
今日は晴天で雲一つ無いが、森の上空に人影が映った。ならばと来訪者を出迎えるために、スキル『変化』を解いて、中年の姿に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
来訪者とは、アルバハードの領主バグバットだ。
フォルトは会いに行くと言ったが、結局は腰が軽くならなかったのだ。先日ソフィアに手紙を認めてもらい、ハーモニーバードを飛ばしてもらった。
何とも傲慢だが、こればかりは仕方なかった。
とりあえずはテラスにて、彼と歓談を始める。
「忙しいところ、わざわざ来てもらって悪いな」
「吾輩としても、頃合いを見てお邪魔しようと思っていたのである」
「ははっ。まぁ見てのとおりだ。快適に過ごしている」
「それは良かったのである。してフォルト殿、吾輩に何用であるか?」
「限界突破の件でね」
シェラに堕落の種を食べさせると、限界突破の神託が受けられなくなる。だからと言ってその都度人間の司祭を拉致すると、天界の神々が怒るかもしれない。
そういった懸念があったので、物知りなバグバットに相談する。
「確かに難しい案件であるな。堕落の種を食べた瞬間に、信仰系魔法は使えなくなるのである」
「ほほう」
「司祭の拉致も拙いのである」
「やはり、神々の怒りを買うと?」
「買わないまでも、フォルト殿が面倒なことになるのである」
「え?」
「神殿勢力が、フォルト殿を討伐対象にするのである」
「うぇ。そっち系か」
基本的に神々の敵である悪魔は、神殿勢力から討伐指定をされる。また邪悪な魔法使いなども同様で、あまりにも看過できない悪さをすれば対象になってしまう。
ローゼンクロイツ家が司祭の拉致する場合は、後者に入る。
そして、バレなければ良いと考えてはいけない。
神の代弁者である教皇が、神々に神託を願うことができるからだ。拉致した人物を特定されると、神殿勢力が敵になる。
国家基盤――医療――を司る神殿勢力の発言力は高い。神の名の下に聖戦を発動されたら最後、全力で討伐に来るだろう。
「はぁ……。これだから宗教は……」
「もちろん、最悪の場合である。とはいえ、想定して然るべきであるな。吾輩は中立ゆえ、フォルト殿の擁護はできないである」
フォルトとしては、人間の個人と敵対するのは構わないと考えている。だが、人類と敵対するのは御免だった。
そうなると限界突破の件は、もう一つの希望にすがるしかない。
隣に座るソフィアが、それを代弁してくれた。
「バグバット様にお尋ねしたいことがあるのですが……」
「何であるかな?」
「エルフ族が信仰している神は?」
「おっ! それだ。天界の神々とは違うのだろ?」
「エルフ族に限らず、フェリアスの民が信仰するのは自然神である」
「ほうほう。どういった定義なのだ?」
「物質界の神と言えば理解できるであるか?」
「なるほど。イメージができた。分かりやすくて助かるな」
こちらの世界を形成する小さな世界には、それぞれに神様が存在する。
天界には六大神、魔界であれば悪魔王だ。また、フォルトたちがいる物質界には、自然神が存在している。
フォルトのゲーム脳ならば、その定義を理解することは可能。ゲームや小説・漫画などでは、ありふれた設定だからだ。
日本では空想や創作物の類だが、こちらの世界では現実である。
「エルフ族の司祭を頼るのであれば、フォルト殿の懸念は解消されるやもしれぬであるな。エルフ族と交流があるのであるか?」
「今のところ、面識がある程度だな」
「確かフォルト殿は、ブロキュスの迷宮に向かわれたのである。では、フェリアスの討伐隊であるな。今回の討伐隊を指揮するのは、エルフ族である」
「よく分かるな」
「どこを間引きするかの情報なら把握しているである」
バグバットは情報通で、フォルトたちの目的も伝えてあった。
これぐらいであれば、簡単に特定されてしまう。
「さすがだな」
「して話は変わるであるが、〈剣聖〉とはお会いしたであるか?」
「連れ帰ってきた。会いたいのであれば呼ぶが?」
「………………」
「どうかしたか?」
バグバットが黙り込んでしまった。
その顔から察すると、彼は呆れているのだ。身内から頻繁に向けられている表情なので、フォルトにはよく分かった。
「それは……。困ったのであるな」
「なぜだ?」
「あまり名声の高い者を加えると、各国が黙っていないのである」
「や、やはりか。誰かさんにも言われたな」
「わ、た、し、で、す!」
「そっ、そうだったな! ソフィアだったな!」
「むぅ」
ソフィアに顔を向けると、プクッと頬を膨らませていた。
フォルトはその団子のような頬を指で押し込みたいが、今はバグバットがいるので止めておく。
彼は紳士過ぎるので、こちらが遠慮してしまう。
「ま、まぁでも手遅れだな。すでに俺の手の内だ」
「で、あるか」
「バグバットでも困るのか?」
「吾輩は困らないのである。困るのは、フォルト殿のほうである」
「あ、はは……。それよりも、ワインをどうぞ」
責められているわけではない。とはいえ改めて言われると、フォルトは乾いた笑みが出てしまう。
バグバットの好きな酒で、話を逸らすほうが良い。
「これは、ソル帝国産であるな」
「当たりだ。俺には違いは分からないがな」
「で、あるか。フォルト殿は飲まれないのであるか?」
「いや。飲むよ。ソフィアが入れてくれ」
「はい。フォルト様」
酒を飲むなら、美人のお酌が一番だ。
そう考えたフォルトは、スキル『毒耐性』があるのを思い出す。昼間に「宅飲み」すると悪酔いするので、効果を切らないでおく。
そして夜はほろ酔いで、ソフィアと情事をしようと考えた。
「でへ」
「フォルト殿。顔が赤いようであるな」
「んんっ! では、エルフの司祭を頼るかあ」
「エルフ族と言えば、フォルト殿宛に手紙が届いていたであるな」
「おっ! まさかセレスさんからか?」
「クローディア殿であるな。お渡しするである」
クローディアはエルフ族の重鎮で、女王名代として三国会議に出席していた。であればフォルトの要望が、セレスから伝えられたか。
手紙を受け取ったフォルトは、封を開けて手紙を読む。
「やったな。エルフの里に入る許可が貰えた」
「ほう。人間を招き入れるとは珍しいのであるな」
「聞いてはいたが、やはり排他的なのか?」
「で、あるな。エルフ族にとっては神聖な場所であるゆえ、同じフェリアスの民でも許可が無いと駄目である」
「なるほどなあ。まぁ許可が貰えたなら行くとするか」
「フォルト殿」
「どうしたバグバット?」
ワイングラスをテーブルに置いたバグバットは、フォルトの顔を見据える。
そして、ニヤリと口角をあげた。
「エルフの里に行かれるなら、女王の件をお任せしたいのである」
「女王?」
「女王が三国会議に参加できなかったのは、何か問題があったからである。内容は分からないであるが、もしも頼られたら受けてほしいのである」
「それは、バグバットのメリットになるのか?」
「で、あるな。吾輩は中立であるゆえ、何もしてやれないのであるが……」
いつもなら嫌がりながら断るのだが、バグバットの頼みであれば別だ。
彼には借りを作ってばかりなので、これを受ければ少しは返せるだろう。どうせエルフの里には訪れるからと、フォルトは快く頷いた。
「分かった。クローディアと話せばいいか?」
「で、あるな。吾輩の名前は出さないでほしいのである」
「ふーん。訳ありか?」
「フォルト殿のせいである」
「え?」
バグバットから非難されて、フォルトはキョトンとしてしまった。
何の話か、さっぱり分からない。
「三国会議以降、クローディア殿から大量の手紙が送られてくるのである」
「ほう。取引関係の書類か何かか? 領主だと大変だなあ」
「恋文である」
「え?」
「吾輩が、クローディア殿を好いているらしいのである」
「へぇ。そうなのか」
「吾輩が誰かに、恋愛の相談をしたらしいのである」
「そっ、そんなことはないよな! 吸血鬼だしな! あははははっ!」
「犯人は分かっているのである」
「フォルト様……」
ジト目のソフィアが物語るように、フォルトには心当たりが大ありだった。嘘も方便作戦のツケが回ってきたようだ。
バグバットから目を逸らして、被害を最小限で済ませようとする。
「えっと……。バグバットも満更ではないだろ?」
「困ったものであるな」
「吸血鬼とエルフなら、完璧なカップルだ!」
「吾輩には、フォルト殿のような色欲は無いのである」
「気持ちのいい罪なのに……」
「………………」
「フォルト様。謝ったほうが……」
「ご、ごめんなさい!」
「現在進行形ではあるが、フォルト殿の謝罪を受け入れるのである。クローディア殿との関係も、変化の楽しみにするである」
またもや、バグバットに借りを作ったようなものだ。
返す前に借りるという悪循環である。
「あ、うん。そうか。借りは……。また今度、な」
「で、あるか」
フォルトはワインを手に取って、バグバットのグラスに注ぐ。尻拭いをしてもらうようなものなので、非常に申しわけないと反省する。
それはともあれ、エルフの里に行けるのだ。
自然神の司祭に力を借りられれば、シェラに堕落の種を食べさせられる。などと気まずさから目を背け、接待の続きをするのだった。
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