ベルナティオ日記1
体が熱い。
芯から燃え盛る猛き炎によって、この身が焼き焦がれている。
そのような感情など、齢二十七になるまで持ち合わせていなかった。剣の道を極めるためだけに生き、男を知ることはなかった。
「まったく……。私は初めてだったのだぞ」
「ぐぅぐぅ」
ベルナティオの隣には、幸せそうに寝ている若い男性がいる。
自身のすべては、このフォルトという人物によって奪われた。調教という名目の責めを受け、生涯で一度も経験したことがない快楽を味合わされた。
スキル『変化』で若者の姿になっているが、本来は中年の男性だ。
「まったく……。私の人生を狂わせおって……」
「ぐぅぐぅ」
わずか七歳で剣を取り、今の今まで負け知らず。
大人の男性が相手でも、簡単に叩きのめしたものだ。当時は神童ともてはやされたが、それに甘んじることはなかった。
剣の道は、奥が深く面白い。
そう思い始めてからは、さらに剣術の腕は上達していった。修行をすれば強くなっていると実感があり、他のことには目が向かなかった。
「まったく……。無敗の私に土を付けおって……」
「ぐぅぐぅ」
フォルトは戦闘経験が少ないのか、戦い方がお粗末だった。
魔物を大量に召喚されたが、一体一体はさほど強くはなかった。また当人も隙だらけだったので、十中八九勝てると踏んでいたのだ。
事実、首を刎ねる寸前まで迫っている。
(しかし、こいつが魔人だったとはな。すべての種族の敵対者で、天災級の災害を引き起こす種族。私の剣は届かず、か)
「まったく……。狸寝入りをするな!」
「ティ、ティオは無敗だぞ。ぐはっ! そ、そこを重点的によろしく!」
「ちっ。負けは負けだ。他に何がある?」
ベルナティオは現在、フォルトの寝室にいる。
過去を振り返りながら、ベッドの上で体を寄せていた。
彼は体を刺激すると起きるが、途中から目覚めていたのは知っている。我慢していると察して、弱点を強く刺激したところだ。
多くの女性を身内にしているとはいえ、初心者の自分でも手玉に取れる。
それでも主導権を握られると、こちらに勝ち目は無い。
ともあれ……。
「自分でいうのも何だが、魔人は反則だと思うぞ。おひょ!」
「変な声をあげるな! しかし、魔人は反則か?」
「当然だ。どうせ、ティオのなまくら刀じゃ斬れないぞ? おぉぉぉ」
「そのわりには、大層な魔法で避けたではないか」
「ティオを無傷で手に入れるために、俺も必死だったのだ。うはっ!」
女であることを捨てたベルナティオは、修行に明け暮れる日々を送っていた。
これは、一般的な女性とは程遠い生き方だ。また剣士として体を鍛えているので、女性らしい魅力的な体ではないと自覚していた。
「私のどこがいいのやら。男を満足させられる女ではないぞ?」
「すべて、だ。ティオのすべてに満足している」
「男は大きいほうが良いのではないか?」
「胸のことか? 俺は貧乳派だからな。十分に魅力的だ」
「変わった奴だな。後悔しても知らんぞ」
「後悔はしない。永遠に俺のものだ。うっ!」
それでも、フォルトは違った。
ベルナティオが魅力的な女性として映っており、その扱いも同様だ。出会った頃は危険視していたが、今は彼の言葉が信じられる。
自分は悪魔になり、この魔人と永遠を生きるのだから……。
「臆面も無くよく言える。満足したか?」
「余計に昂ってしまった。さて続きといこう」
「待たせおって……」
「魔人の体力は無尽蔵。壊れるなよ?」
「誰に言っている? あのときは三日も耐えたのだぞ! 早く犯せ!」
体の火照りは収まる気配が無い。
調教によって刻まれた快楽という刻印。最初は当然のように抵抗したが、フォルトたちの前では無意味だった。
彼の体を刺激し続けたのは、その気にさせるためだ。
そして期待に満ちていると、寝室の扉が開かれた。
「待ってください御主人様! カーミラちゃんも混ざりまーす!」
「お前もか!」
「だって御主人様は、カーミラちゃんにメロメロなんですよぉ」
「そのとおりだが、ティオも同じように愛してやるぞ」
フォルトからは、カーミラとの関係を教えてもらった。
それにしても、負の面をさらけ出す者は珍しい。ある意味では開き直っていると言えるが、隠し事をしない真摯な一面が見られる。
(こいつは約束を守っている。私の体を貪ってくれる。他のことを考えるのは、体の火照りが収まってからで良いか)
ベルナティオから見たフォルトは、男性ではなくオスだった。
色欲という大罪に忠実で、野生の獣のようにメスを求める。
女を捨てたとはいえ、メスの本能を呼び起されてしまう。〈剣聖〉という人間の高みにいたとしても、このオスの群れで安心を得たいと思える。
(ちっ。これが女の幸せ、か。レイナスの奴め)
そしてフォルトは、理性の無いオスでもなかった。
最大限の愛情が注がれているのを感じられるのだ。決して独りよがりにならず、ベルナティオを慈しんでいる。
調教中も同様だったが、身内になったことで一段と理解できた。
レイナスから言葉として聞くことで、それを意識できるようになった。
「ぐぅぐぅ」
無我夢中だったが、長い情事の時間も終わりを迎える。
以降のフォルトは、いつものように惰眠を貪っていた。
食事の時間まで寝るとは、カーミラからの情報だ。情事の余韻に浸った後で、体の火照りも収まっている。
とりあえずベルナティオは、乱れた衣服を直した。
「ティオちゃんは慣れたかなぁ?」
「ふんっ! 面白い魔人だ」
「えへへ。最高の御主人様だよぉ!」
「そうだな。最高だ」
悪魔化については、実のところベルナティオにも分かっていない。
リリスのカーミラは、魔人のシモベとの話だった。しかしながら普段は、悪魔らしい行動を取っていない。
物資の調達で、盗賊まがいなことをしているだけと言う。悪事には違いないとはいえ、悪魔ともあろう者が率先して行う案件ではないだろう。
「堕落の種で悪魔になった私だが、結局は何をすればいいのだ?」
「御主人様を満足させるだけだよぉ。他に何かありますかぁ?」
「私には思いつかん。とはいえ、それが最優先事項なのは間違いないな」
「ティオちゃんは分かってるねぇ」
「ちっ。お前らに堕とされたのだ。仕方あるまい」
「好きなだけ御主人様に甘えて、好きなだけ剣の道に生きればいいよぉ」
「永遠の寿命、か」
「最高でしょ?」
「あぁ最高だ」
ベルナティオは堕落の種によって、ニーズヘッグ種の悪魔になった。
竜の悪魔だそうだが、人間だったときの力まで抑えている。最初に悪魔化したときは、気分が高揚したものだ。
人間の限界を、遥かに超えていた。
「悪魔の力を解放したら拙いのか?」
「えへへ。御主人様次第ですねぇ」
「こいつのか?」
「御主人様の望みを叶えることが、カーミラちゃんたちの務めでーす!」
「なるほどな。今は人間の私を望んでいる、というのだな?」
「そうでーす!」
「ならば、こいつの望みである弟子を鍛えるとしよう」
「えへへ。それでいいと思いまーす!」
確かに悪魔は、魂と引き換えに願いを叶えるとも言われている。
フォルトは魂の代わりに、永劫の時間を共に生きると約束してくれた。であるならば、彼の望みを叶えなければならないだろう。
そしてベルナティオは寝室を出て、レイナスを探しに行くのだった。
◇◇◇◇◇
ベルナティオは聖なる泉の畔で、レイナスに座禅を組ませている。剣術も教えなければならないが、まずは集中力を鍛えることが先だ。
これをやらないと、剣術の指導がおぼつかないのだ。またこの弟子は、フォルトを貶されるとキレるらしい。
そんなことでは、剣士として失格である。
「レイナス」
「………………」
スキル『一意専心』。
これを修得すれば一つのことに集中して、雑念や迷いを持たなくなる。〈剣聖〉としてのベルナティオは、これこそが剣の道の第一歩だと考えていた。
人間が簡単に死ぬ世界において冷静な判断が下せなければ、屍をさらすだけなのだから……。
「お前は確か、ここが弱かったな」
ベルナティオは真面目な顔で、レイナスの絶対領域に指を這わせた。続けて足の付け根に移動させていくと、彼女はブルっと震えて声を上げる。
フォルトの真似をしただけだが、効果は抜群だった。
「んあっ!」
「駄目だ駄目だ! やり直し!」
「師匠は卑怯ですわ!」
「何をいう。『一意専心』とはひたすらに……」
「それは聞き飽きましたわ」
「むっ! ならば卑怯という言葉は出ないはずだな?」
「くっ! 師匠は意地悪ですわ」
弟子のレイナスは同類だと思っている。
ベルナティオと同じく、フォルトから調教を受けた身なのだ。寝室では一緒に彼の相手もするので、弱点などは知り過ぎるほど知っている。
(まだ剣の道も半ばだというのに、人にものを教えることになるとはな。まぁあいつが満足するならいいか。褒美もあるしな)
「師匠。顔が赤いですわよ?」
「分かっている。察しろ!」
「ふふっ。私たちは幸せですわね」
「レイナスが言っていた女の幸せか。確かに悪くはないな」
「後で……」
「話をはぐらかすな! 続きをしろ!」
「はっ、はい!」
フォルトとの情事を想像したベルナティオは、レイナスを威圧した。すると彼女は慌てて、修行の続きを始める。
以降も弱点を責めながら、修行に没頭させた。
普段はもっと真面目なのだが、これも全部フォルトのせいである。
(まったく……。私に余計な知識を教えおって……)
いま行っているのは、レイナスの集中力を高める訓練。子供だった頃のベルナティオも、道場の剣術師範から指導を受けていた。
通常は肩を叩かれたり、刀を突き付けられるなどの行為で集中力を乱される。
何にせよ、邪魔ができれば良いのだ。フォルト流の――エッチな――攻撃も有りかもしれない。
「今日はこれまでだ!」
「ありがとうございました!」
まだ始めたばかりなので、三時間ほどが経過している。
本来なら、修行の前に行う準備運動のようなものだ。独学の矯正に時間は掛かるだろうが、彼女ならば問題無く修得するだろう。
「では、緊張した精神と肉体を休ませるとしよう」
メリハリは重要である。
ベルナティオとレイナスは、布で汗を拭いて暫しの休憩に入った。
そしてテラスに向かうと、アーシャとソフィアがいる。ニャンシーから魔法の課題を出されており、頭を悩ませながら勉強をしていた。
「あら。修行は終わりですか?」
「休憩だ。ところで、ソフィアに尋ねたいことがあるのだが……」
「構いませんよ」
「お前は、勇者の従者をしていたそうだな」
「はい。十歳のときでしたが……」
「そうか。勇者とは、一度手合わせをしたかった」
勇魔戦争時のベルナティオと勇者チームは、別々の場所で戦っていた。なので面識はなく、名声だけが流れてきていた。
やはり剣の道を歩む者としては、彼らの強さを肌で感じたかった。
「アルフレッドは戦いたくないと言っていましたよ。ですがプロシネンは、ティオさんに興味を持っていましたね」
「確か勇者チームの戦士で、〈蒼獅子〉と呼ばれていた奴だったな」
「はい。寡黙な人ですが強くなることに貪欲でしたね」
「面白い。出会ったら、お相手を願うとしよう」
残念ながらベルナティオの周囲に、人間の強者はいなかった。
またそれ以前に戦争なのだから、魔族を相手にしないといけなかったのだ。とはいえ平和な時代が訪れたからこそ、強者との戦いを望むのは剣士の性。
フォルトに届かなかった剣は、過去の勇者たちを相手に通用するのか。
すでに勇者アルフレッドはこの世にいないが、〈蒼獅子〉プロシネンであれば相手にとって不足は無い。
そんなことを考えていると、アーシャがソフィアを揶揄った。
「ソフィアさんはさぁ。どっちを応援するん?」
「アーシャさん。それは意地悪な質問ですね」
「きゃはっ! 冗談だよぉ」
「プロシネンの応援でもしてやれ。私が勝ってしまうからな」
「すっごい自信だねティオさん!」
「あいつが無敗の〈剣聖〉を望んでいるのだ」
「フォルトさんに何か言われたん?」
「魔人は反則だと慰められた。だから、あいつ以外には負けられん」
「あたしはさあ。フォルトさんが戦ったところって見たことがないんだあ」
常に怠惰の大罪が全開のフォルトは、ベルナティオ戦ですら召喚した魔物に戦わせている。攻撃魔法すら使わず、基本的には逃げの姿勢だった。
ほとんどの身内は、彼の戦闘を目撃していない。にもかかわらず身内として守られているのは、彼が魔人だからこそだ。
それでも、実際の強さを目にしないと不安になるのも分かる。
「安心しろ。あいつに勝てる奴はいない」
「やっぱりそうなんだ!」
「アーシャも、私と戦ってみれば理解できるだろう」
「うぇ。勘弁して……。あたしはねぇ。みんなの後ろで支援するの!」
「おっさん親衛隊だったな。共に戦うときはよろしく頼む」
「任せて!」
(あいつの身内は面白い奴ばかりだな。それと〈狂乱の女王〉や〈爆炎の薔薇姫〉の他にも、魔族がもう一人いる。従者のような者もいるな。不思議な奴だ)
フォルトと出会ってから、ベルナティオの人生が変わった。
詳しく聞けていないが、他の身内も全員がそうに違いない。と思ったところで、自然と可笑しさが込み上げてくる。
「ははっ、ははははははっ!」
「どうしたのティオさん?」
「いや。もっとあいつのことを知りたい、とな」
「なになに? ティオさんは女子会がしたいの? 似合わなーい!」
「女子会? 私はただ、お前たちがあいつから離れない理由を知りたいのだ」
「やっぱ女子会じゃーん! じゃあお茶の準備をしよ?」
待ってましたと言わんばかりに、アーシャが仕切り始めた。
フォルトのことが聞けるなら、別に何でも良いか。
ともあれ彼は、決して人から褒められるような者ではない。逆に非倫理的な悪の存在で、人物を知れば嫌悪される男だ。
それに身内はアーシャやリリエラは別としても、そうそうたる面々。
マリアンデールやルリシオンは言うに及ばず、シェラも魔族である。
そしてソフィアは、元聖女で勇者の従者。レイナスは廃嫡されたとはいえ、エウィ王国のローイン公爵家令嬢である。
常識的に考えてもあり得ない組み合わせだ。
(アーシャではないが、実際に目にするとな)
ベルナティオはフォルトによって、身も心も堕とされた。悪魔化も果たし、もう彼の傍でしか生きられない精神状態だ。だが近いのはレイナスだけで、他の身内は調教など受けていないとの話だった。
彼女らが幸せそうなのは、自身が気付けていない魅力があるからだろう。ならば後はアーシャに任せて、女子会とやらが始まるのを待つのだった。
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