師弟2
〈剣聖〉ベルナティオが、フォルトの新たな身内として加わった。
旅の目的でなかった彼女の入手は、留守番の身内――レイナス・アーシャ・ソフィア・シェラ――には「寝耳に水」である。
それでも快く受け入れてくれたので、ホッと一安心していた。だがそれも束の間、とんでもない話を耳にしたのだ。
なんとシュンの率いる勇者候補チームが、フォルトの不在中に訪れたらしい。
現在は詳しく尋ねるために、留守番の四人とテラスにいる。
だが、その前に……。
「ティオ。もう少し押し付けるように頼む」
幸せそうな顔のフォルトは、ベルナティオを後に立たせていた。
そしてシェラが行っていたように、自身の後頭部を刺激させている。とはいえ着用している道着が厚く、双丘の柔らかさを楽しめていない。
やはり彼女の専用服は、何を置いても製作しなければならないだろう。
「きさま……。私を何だと思っているのだ!」
「シェラを羨ましそうに見ていただろ?」
「ちっ。目ざとい奴だ。まぁ力加減の調整ぐらいはしてやろう」
「むほっ! それでいい」
シュンたちのことは気になるが、フォルトは新たな身内を堪能する。目の前の四人に呆れられても、こればかりは譲れない。
それにベルナティオは、身内になったばかりだ。
普段はお目に掛かれないものにも視線が向かっていた。
「きさま。テーブルの上の料理は何だ?」
「おやつのことか? ルリ特製のフライドポテトだな」
「ルリだと? 〈爆炎の薔薇姫〉は料理を作れるのか!」
「イメージと合わないのは分かるが、我が家の料理長だぞ」
ルリシオンは過去の戦争において、ソル帝国軍を蹂躙した魔族姉妹の片割れ。
その勇魔戦争を経験したベルナティオだと、彼女の趣味は想像もできないか。だが意外な一面は、誰にでもあるものだ。
フォルトはおやつに手を伸ばして、数本のフライドポテトを取った。
「食ってみろ。あーん」
「きさまに食べさせてもらうなど! あーん」
「どうだ? 旨いだろう」
「もぐもぐ。うーん。確かに旨い」
「メニューも豊富だから飽きることもないのだ」
料理の味は、人を虜にできる。
ベルナティオの満足そうな顔は、それを物語っていた。
「奴の評価を改めないといかんな。それよりも、他に話があるのではないか?」
「おっと! そうだった」
カーミラを隣に座らせ、ベルナティオで遊ぶ。フォルトとしては実に楽しいが、そろそろシュンたちをことを尋ねる。
そして勇者候補と言えば、元聖女ソフィアとは切り離せない。
「ソフィア。シュンたちは泊まったのか?」
「はい。寝泊りできる場所を用意して、食料を提供しました」
「泊まった、のか……」
「仕方なくですよ? しかも、倉庫で寝泊りしていただきました」
「シュンに夜這いなどされなかったか?」
「バグバット様の執事もいらしたので、フォルト様の懸念には及びません!」
「あ……。そうなのか」
自分が関知しないところで男女が会っていると、良からぬ想像をしてしまう。しかしながらそれは、身内を信用していないのと同義である。
この手の話で別れるカップルも多いと聞く。心配と詮索を一緒にすると、男女の関係は破局に向かうだろう。
ソフィアを怒らせたかと思ったが、ここでレイナスが口を挟む。
「安心してくださいフォルト様。私が叩きのめしておきましたわ!」
「は?」
「あはっ! レイナス先輩、強すぎぃ」
「あの者の傷も浅く、見事な戦いでしたわね」
「な、何の話だ? もっと詳しく!」
なぜレイナスが、シュンを叩きのめすのか。
フォルトがいない間に、彼女が行動を起こすだけの出来事でもあったのか。嫉妬どころの話ではなくなって、かなり混乱した。
片手で額をつかんで、首を左右に振ってしまう。
「フォルト様。詳しく話すと長くなりますが……」
それでも構わないとして、ソフィアから詳しい話を聞いた。また内容を聞きおとさないように、口を閉じて悪い手だけを動かす。
カーミラの甘い声も耳に入ったが、フォルトが思うところは一つだけだった。
「レイナスとシュンの模擬戦を見られなかったとは……。残念だ」
レイナスを拉致した経緯は言わずもがな。
その集大成とも言うべき初の対人戦が、フォルトのいないときに行われたのだ。残念だと思うのは当然で、ガックリと肩を落としてしまう。
ともあれ魔人でも、過去には戻れない。
彼女の雄姿を見られなかった代わりに、模擬戦の様子を尋ねた。
「残念ですが、私は覚えていないのですわよ?」
「え?」
「戦いの途中で意識が飛んでいたようなのですわ」
「どういうことだ?」
「フォルト様を貶されて、頭に血が上ったことは覚えていますわね」
「ふ、ふーん」
どうやらシュンが、フォルトの悪口を口走ったようだ。
腹に据えかねる内容らしく、普段は冷静な彼女がキレてしまった。だが観戦した身内の言葉から、二人の実力差ははっきりしている。
これには嬉しい反面、危惧することがあった。
「精神面の訓練を疎かにしているようだな。いや。そもそも独学だったか? 感情に振り回されているようだと、いずれ殺されるぞ」
さすがは、〈剣聖〉というべきか。ベルナティオが代弁してくれた。
彼女はフォルトとの戦闘中、感情をコントロールしていた。怒っていても剣技は鈍らず、召喚したリビングアーマーの群れを斬り倒している。
紙一重の差で勝利できたが、あれが剣士というものだ。
「だが、その状況でよく勝てたな」
「意識があるときでも、大した強さではなかったですわね」
「レベルは同じぐらいだよな?」
「はい。ですが、場数の違いはあると思いますわ」
レイナスとシュンのレベル差は無い。
そして場数については、彼女のほうが多いはずだ。自動狩りで魔物や魔獣を倒しまくっており、戦闘経験は豊富である。
もしかしたら戦闘経験は、レベルに反映されないのかもしれない。と言ってもレベルについては手探りの状態なので、フォルトは思考は止めた。
それよりも……。
「なるほど。ならアーシャ」
「なにぃ?」
「意識が飛んでからのレイナスの動きはどうだった?」
「切れ味が抜群って言えばいいのかな?」
「どういう意味だ?」
「洗練された動きっていうの? シュッ! バッ! シュッ! みたいな?」
「あぁ……。何となく分かった」
身ぶり手ぶりで教えてくれるが、アーシャが伝えてくれた内容は理解した。まるで機械のように、レイナスが動いたのだろう。
それについては、フォルトに心当たりがあった。
「聖剣ロゼの仕業か?」
「ロゼ。どうなのかしら?」
成長型知能を持つ聖剣ロゼだ。
魔人には慣れないようで、バイブレーターのように震えていた。
そして、聖剣ロゼと会話できるのはレイナスだけである。フォルトには声が聞き取れないので、フライドポテトを食べながら待つ。
「もぐもぐ。どうだった?」
「私の体を動かしていたのは、やはりロゼのようですわ」
「へぇ。それは興味深いな」
「普段から体の動きを調整してくれていましたわね」
「ほほう。やはり凄い聖剣だったのだな」
成長型知能を持っている時点で、フォルトは凄いとは思っていた。
話を聞くかぎりでは、オートで戦闘もやれるようだ。レイナスが気絶したときや野外で就寝中のときは使える。
こちらの世界だと、規格外の聖剣だった。
「いいね。気に入った」
「ロゼが、ですか?」
「うむ。絶対に手放すなよレイナス」
「分かりましたわ! フォルト様からのプレゼントですからね!」
「………………」
(そういう芝居もしたなあ。しょっちゅう捨てようとしていた気はするが……。まぁいいか。ならロゼに認められれば、もっと凄いことができるようになるのか?)
未だに聖剣ロゼは、レイナスを認めていない。
現時点での所有者として、仮免許を与えただけである。
「どれぐらいで認められるのだ?」
「レベル四十あたりと言っていましたわね」
「人間でいうところの英雄級か。堕落の種が芽吹くときだな!」
「ふふん! 私は芽吹いているぞ!」
堕落の種と聞いて、ベルナティオが得意気だ。
彼女はニーズヘッグ種の悪魔に変貌しており、すでに人間ではない。姿を変えられるから、人間の状態でいるだけだ。
調教とは別に、これも〈剣聖〉が堕ちた理由の一つだろうと思う。
人間の姿を維持することはもちろん、悪魔の力まで使えるのだ。人が忌避する存在になったところで、気にする者はそう多くない。
まさに種の名称どおり、堕落の始まりである。
「えへへ。ティオちゃんは、人間には勿体無いでーす!」
「そうだな」
「神々の先兵になられたら、後々面倒ですよぉ」
「何それ。神々の先兵?」」
「天使のことですねぇ。悪魔は、天使と敵対してまーす!」
「うーん。確かに悪魔が存在するなら、天使も存在するか」
シュンの話から脱線したが、天使と悪魔については興味深い。
魔界の神である悪魔王の先兵は、カーミラのような悪魔である。逆に天界に住まう神々の先兵は、当然のように天使だった。
そして堕落の種のようなアイテムは、天界側にも存在する。
フォルトと出会わなければ、ベルナティオが天使に変貌したかもしれない。
「待てよ? ティオで芽吹いたのなら、マリとルリは?」
「もう悪魔になれますよぉ」
「しないのか?」
「今はまだ、と言っていましたねぇ」
「まぁ魔族は長寿だしな。タイミングは、本人たちに任せるとしよう」
「はあい!」
以前にグリムから、「魔物の軍団でも作るのか?」と言われた。
魔の森にいたゴブリン・オーク・オーガを利用しているからだが、このままでは身内だけで悪魔の軍団になりそうだ。
そんなことを考えていると、ソフィアが話を戻してくれた。
「フォルト様。続きをお話しても?」
「あ……。済まん。脱線した。シュンたちの話に戻ろう」
「はい。模擬戦については以上ですが、彼らは再び訪れます」
「えええぇぇぇ」
ソフィアの話を受けて、フォルトは嫌そうな顔になる。
勇者候補チームの全員は同郷の日本人だが、あまり良い感情は持っていない。特にシュンについては思うところが多すぎて、仲良くなるつもりはないのだ。
ただし彼らが訪れる目的は、闘技場で使う魔物・魔獣を引き取るため。デルヴィ侯爵はどうでも良いが約束を破りたくないので、嫌でも受け入れるしかないか。
「ソフィア。他の担当者に、チェンジはできそうか?」
「無理だと思いますよ」
「なぜだ?」
「シュン様とギッシュ様は、限界突破を終わらせた異世界人です」
ソフィアの話だと魔物や魔獣の運搬は、強者でなければ難しいそうだ。
通常は冒険者ギルドに依頼を出すが、シュンの率いる勇者候補チームも登録していた。またエウィ王国に所属する異世界人で、レベル三十の限界突破を終えている。
信頼性の観点からも、彼らが適任だろう。
デルヴィ侯爵が何の意味もなく、担当者を選んだわけではない。交代させるには、相応の理由が必要なのだ。「あいつが嫌い」だけでは通らない。
社会人経験のあるフォルトは、「ですよね」と納得してしまう。
「それと、もう一つ。アルディス様の限界突破があります」
「アルディス? あぁ確か、空手家だったか。限界突破?」
「はい。対象の魔物はファントムで、幽鬼の森にいるらしいですよ」
「へぇ。シュンたちが、双竜山の森に来たときみたいだな」
「ふふっ。そうですね。対応は同じで良いと思います」
「なら、アルディスにパンツを……」
「駄目です!」
目尻がいやらしく下がったフォルトは、ソフィアに怒られてしまった。
シュンとギッシュの限界突破で、双竜山の森に訪れたときの話だ。引率を担当した彼女には、プレゼントしたエッッッッグいパンツを履いてきてもらった。
同じ対応ならばアルディスにも、と思ったのだが……。
「冗談だ冗談。とりあえず、シュンたちの話は終わりだな?」
「はい。留守中の問題点としては、フォルト様との連絡方法です」
「だな。アーシャにも言われたし、どうしようか?」
「ニャンシー先生が適任なのですが……」
「リリエラに付いてるからなあ」
「彼女は、またクエストに?」
「出すよ。まぁ話は終わりにしようか」
話が長くなると眠くなるので、ここで報告を区切る。
もう屋敷に帰還したのだから、フォルトには時間がたっぷりとある。連絡方法については、また今度で良いだろう。
その屋敷からも、料理の匂いが漂ってきた。
帰還後はすぐ調理場に入ったルリシオンが、マリアンデールに邪魔されながら、夕飯の支度を続けている。
そして今日の主役は、新たに身内となった〈剣聖〉ベルナティオだ。シュンたちのことは頭の中から放り出して、久々の自堕落モードに入るのだった。
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