(幕間)宮廷会議と秘密の会合
エウィ王国で執り行われている宮廷会議。
三大大国の一国として、三国会議の決定を履行している最中だった。また他にも国家としての問題が多く、方向性を決めなければならない。
当然のように、一日では終わらない。
大会議室の玉座には、国王エインリッヒ九世が座る。周囲にはリゼット姫を含む王族も参加して、宮廷魔術師グリムも隣に立つ。
会場には多くの貴族が立ち並び、三日目となる宮廷会議が開始された。
「まずはブレーダ伯爵。魔の森の開発状況を聞こう」
国王の言葉を受けて、魔の森の開発責任者ブレーダ伯爵が前に出る。
三国会議ではソル帝国が輸入関税を引き上げたので、食料の輸出が落ち込むかと思われた。しかしながら亜人の国フェリアスが、グリムが決めた人的交流の一環で、輸入量制限を増加している。
そのため、魔の森の開発は急務になっていた。
「デルヴィ侯爵様の好意で人足を派遣していただき、順調に進んでおります」
「ふむ。順調とは?」
「森の中央付近まで、魔物の討伐を終えております」
「ほう。では、入口の周辺は?」
「すでに開発を始めており、来年の収穫までには間に合わせる予定です」
「「おおっ!」」
ブレーダ伯爵は得意げな顔をしている。
その気持ちは分からなくもない。実際のところ魔の森全体の開発には、十数年を費やすと算出されていた。まだ入口周辺とはいえ、開発速度は予想以上だ。
この報告には、エインリッヒ九世の表情も緩む。
「開発で切り出した木材はどうした?」
「そちらについては、ワシがお話しましょう」
「デルヴィ侯爵、か。聞こう」
ブレーダ伯爵は一歩下がり、次にデルヴィ侯爵が前に出る。
表情に笑みは見られないが、内心では喜んでいるはずだ。三国会議中にブレーダ伯爵を、自身の貴族派閥に迎えているのだから……。
ちなみに貴族派閥とは、王家に対して不満を持つ貴族の集合体である。
「商業都市ハンで有名な材木商が、高値で買い取ってくれましてな」
談合である。
魔の森の資源は、その取扱業者を入札で決定していた。
そして商業都市ハンはデルヴィ侯爵の拠点で、材木商は影響下にある。
王政国家では国民の自由が制限されており、商売の自由競争など理想。権力者の侯爵が間に入った時点で、他の業者は引き下がるしかない。
最後まで争ったのは、政敵のローイン公爵が影響力を持つ業者だ。とはいえ最終的な決定権はブレーダ伯爵であり、出来レースになっていた。
「ほう。量は相当なものだろう。何に使うつもりだ?」
「闘技場周辺の建築物ですな。木材はいくらあっても足りませぬ」
「おぉそれがあったな。闘技場の完成は近いのか?」
「外観は完成していますな。あと数カ月もあれば……」
「国民の娯楽のためと思ったが楽しみだ」
「ワシも同じでございますな。年甲斐もなく、ワクワクしてる次第です」
「「はははははっ!」」
デルヴィ侯爵の楽しみは別の話だが、闘技場としてなら同様か。
それが分かっている上級貴族は乾いた笑みを浮かべているが、他の貴族たちは心の底から楽しそうに笑っていた。
いつまで経っても昇爵できない所以である。
「静粛に。では、ブレーダ伯爵よ。魔の森の開発は引き続き頼む」
「畏まりました陛下」
「次の議題に移る。爺よ」
宮廷会議も三日目とはいえ、まだまだ議題は多い。
次は、宮廷魔術師グリムの番である。いつものように白い顎鬚を触りながら、エインリッヒ九世に向き直る。
「ワシからの議題は、裏組織についてじゃ」
「王国に蔓延るゴミどもですな?」
「あ奴らは、いつになったら消えるのだ!」
「我が領地にも手を出す始末。どうにかならないのか?」
「「然り然り!」」
この場の誰よりも長生きをしているグリムは、先々代から続くエウィ王国の大恩人である。だが家柄や血筋は、平民と何ら変わらない。
それらに誇りを持つ貴族からは、どうしても軽く見られていた。話の途中でも口を挟んでは、身分の違いを分からせようとする。
「静粛にせよ。話が進まぬではないか」
「「ははぁ! 申しわけありません!」」
エインリッヒ九世が口を開くと控える。
毎度のことなので頭を振ってしまうが、こればかりは仕方がない。側近だろうとあまりにもグリムの肩を持つと、貴族からの協力が得られなくなる。
「よろしいかな? 新興の裏組織「蜂の巣」に、壊滅的打撃を与えました」
「おや? 「黒い棺桶」ではなく「蜂の巣」ですか。グリム殿もお人が悪い」
「そんな小さな組織の話は、宮廷会議で取り上げなくても……」
「治安維持は、ローイン公爵様の管轄。グリム殿は越権行為をなされたと?」
「「然り然り!」」
「静粛にせよ、と申したではないか。控えよ」
「「ははぁ!」」
確かに国内の治安維持・警備は、ローイン公爵の管轄だ。
ただし裏組織を壊滅させることは、国家としての命題でもあった。小さな組織だろうが犯罪に手を染める集団は、誰が壊滅させても良い。
自分たちがやれなかったことを棚に上げて、グリムを責めるとは愚かである。
「まぁよい。爺よ。結果の報告か?」
「いいえ陛下。件の「蜂の巣」は、麻薬の栽培・密売が生業でしてな。その栽培に携わっていた者が、王国貴族のレイバン男爵だったのじゃ」
「何だと!」
グリムからの報告を受け、エインリッヒ九世は怒声を上げた。
もちろん貴族たちも騒ぎ出して、皆一様に同じ言葉を口にする。
「「王国貴族の風上にもおけませんな!」」
「静粛に!」
「「ははぁ!」」
「貴族からの不祥事じゃ。さすがに見過ごすことはできませぬ」
「そうだな。お前たち! 王国に仇を成すなら許さぬぞ!」
「「はっ、ははぁ!」」
このあたりの話は、芝居のようなものだ。
清廉潔白な貴族など数えるほどしかいない。今回の件に関わりがなくとも、犯罪に手を染めているだろう貴族は山ほどいる。警告の意味合いでレイバン男爵をスケープゴートにして、犯罪行為から手を引かせるための芝居。
証拠を集めて罰する労力に比べれば、とても安上がりだった。
「そのレイバン男爵だが、現在は拘束して捕らえてあるのじゃ」
「麻薬に関しては、国法により死刑である!」
「見せしめにギロチンを!」
「国民の前で公開処刑ですな」
「都市を引き回すのも忘れてはなりませんぞ!」
裁判も何もない。
エウィ王国の国法では、麻薬の栽培・密売に携わった者は死刑と決まっている。しかも麻薬撲滅を国民に訴えられ、人気取りに使えるのだ。
貴族は国民に嫌われており、好感度を上げられる機会を逃さない。
「お待ちください!」
レイバン男爵の死刑方法が議論されてるときに、リゼット姫が声を上げた。
彼女は王族だが、何の権限を持たない。にもかかわらず口を出す行為に、ほとんどの貴族から不満の声が漏れる。
そして次の言葉で、貴族たちは色めき立つ。
「お父……。いえ。陛下にお願いがあります」
「どうしたのだリゼット?」
「レイバン男爵の助命を進言致しますわ」
「なんと!」
「いくら姫様でも、国法を曲げることは無理でございますぞ!」
「そうですぞ! 国民への示しがつきませぬ!」
「「然り然り!」」
「静粛にせよ! 何度も言わすでないわ!」
「「ははぁ!」」
宮廷会議の席で、リゼット姫が発言するのは珍しい。
波紋が少ない進言なら聞き入れても良いと、エインリッヒ九世は思う。しかしながら貴族の反発が大きく、ただの慈悲だけではレイバン男爵を助命できない。
「なぜ助命を請うのだ? 国法では死刑と定めておる」
「世に完璧な人間などおりませんわ。一度の過ちで死刑などと……」
「死刑になると理解して、犯罪に手を染めたのだ。同情の余地など無い!」
「ですが死刑という決定を、国民はどう思うでしょうか?」
「当然、我らの決定を支持するであろうな」
麻薬に関しては、国民が犠牲となっているのだ。
依存性も高く、麻薬を使い続ければ死に至る。だからこそ国法で定めて厳しく罰することで、国民の生命を守っていた。
レイバン男爵の死刑は、麻薬による犠牲者たちも望むこと。
この決定は支持されて然るべきだろう。
「いいえ。私はそう思いません。レイバン男爵の罪を寛大な心で許し、王侯貴族の懐の深さを広く知らしめるべきですわ」
「ふむ」
「無罪にしてくださいとは言いません。過ちを犯しても、人はやり直せますわ」
「いやはや。姫様には敵いませんなあ」
「「え?」」
リゼットの話に感銘を受けたのか、大きな拍手をする者がいる。
誰もが、その人物に視線を送った。だが拍手をしているのは、金と権力の化け物デルヴィ侯爵である。
これには全員が目を見開いて、「あり得ない」といった表情だ。
「過ちを犯した者に、再起のチャンスを与えても良いかもしれませぬ」
「侯爵様、お気は確かですか?」
「罪は裁いてこそ、我らの正義が成せるのですぞ?」
「然り。恩情を与えたところで、国民は不満に思うだけでしょう」
デルヴィ侯爵に対し意見を述べたのは、貴族派閥の面々だった。
まさか自分たちが所属する貴族派閥の長が、王族のリゼット姫に賛同するとは思っていなかっただろう。
ここは王女を糾弾して、国王に貴族の決定を認めさせるべき場面だ。
「其方らは、何を騒いでおるのだね?」
「何を、とは?」
「男爵程度の者を処刑して、国民が喜ぶとお思いか?」
「そそそ、そうですな! 男爵程度の者を処刑しても意味がありませんな!」
「こ、侯爵様の仰るとおりでしょう!」
「「然り然り!」」
エウィ王国の王侯貴族では、デルヴィ侯爵は三番目の実力者である。
その言葉には重みがあり、反論を許さない威圧感があった。「これ以上何かを言うなら分かっているな?」というやつだ。
「姫様はお優しいですなあ」
「よろしいのですか?」
「国法では死刑ですが……。レイバン男爵は、裏組織の人間に騙されていた。でなければ、王国貴族とは言えませぬ。皆はそう思わぬか?」
「侯爵様の仰るとおりです! 男爵と言えども王国貴族ですぞ!」
「王国貴族を騙すとは許せませんな。罰すべきは裏組織の者どもだろう」
「情状酌量の余地がありますな」
大勢は決したか。
二番目の実力者であるローイン公爵は、デルヴィ侯爵の貴族派閥に対抗するため、王派閥を形成している。侯爵の言葉には賛同せず、国王エインリッヒ九世の決定を待つのみだった。
そうは言っても、話の流れには首を傾げている。
「しかしリゼットよ。お前が言ったように、無罪にはできぬ」
「私としては慈善活動を行わせることで、罪を清算させたいと考えておりますわ。すべての王侯貴族の名において、再起の模範となってもらいます」
「おおっ! それは良いご提案でございますなあ。さすがは姫様!」
「すべての王侯貴族とはまた、とてもすばらしい提案ですぞ!」
「不満は噴出するだろうが、国民からの支持も得やすかろうな」
「死刑でも同じことだ。ならば我らは、寛大な貴族となるほうが良いだろう」
この場にいる貴族たちは、レイバン男爵の生死などどうでも良いのだ。
リゼット姫は貴族の急所を的確に突いて、助命を成功させた。
「ではレイバン男爵の件は、リゼットに任せる。皆はそれで良いか?」
「姫様は天使と呼ばれる御方です。国民も納得するでしょう」
「慈善活動は姫様肝入りの政策。お任せするほうが……」
これでレイバン男爵の処遇は、リゼット姫が握った。
助命嘆願が通ったことで、天使のような愛らしい微笑みを浮かべている。だがその微笑みの裏に潜む狂気は、誰も気付けていない。
「爺もそれで良いな?」
「はい。リゼット様であれば、レイバン男爵も更生させるじゃろう」
「では、次の議題に移る。勇者召喚についてだ」
今回の宮廷会議で、最重要となる議題が提示された。
新たな聖女――カルメリー王国第二王女ミリエ――が決定したことで、聖神イシュリル神殿から通知が送られてきたのだ。
つまり、異世界からの勇者召喚が可能になった。
最後に召喚されたのは、勇者候補のシュンである。久しぶりの勇者召喚の儀に、貴族たちは息を飲み込んだ。
そしてエインリッヒ九世は、通知された内容を伝えるのだった。
◇◇◇◇◇
リゼットは自室に戻って、とある書物を読んでいる。
それは、彼女しか翻訳できない書物だった。
この本を手にしているときは、傍に控えるメイドたちは遠ざけている。隣の部屋で待機させ、用事があれば呼び鈴を鳴らす。
「まさか、デルヴィ侯爵様が手助けしてくれるとはね」
宮廷会議を思い返したリゼットは、テーブルに用意された紅茶を飲む。
デルヴィ侯爵の援護は、本当に予想外だった。しかしながら侯爵のおかげで貴族派閥が賛同に回って、レイバン男爵という玩具を入手できている。
その狙いは読めないが、何らかのアクションがあるか。などと本を眺めながら考えていると、自室の扉を叩く音が聴こえた。
「入ってよろしいですわ」
リゼットが本を閉じて入室の許可を出すと、一人のメイドが入ってきた。
どうやら来客らしいが、その名前を聞いて納得する。
「デルヴィ侯爵様が面会を求めておりますが、いかが致しましょうか?」
リゼットは考える。
早速アクションを起こしたようだが、これも予想外だった。来訪がメイドに知られてしまうと、他の貴族たちに筒抜けとなるのだ。
デルヴィ侯爵ほどの者が、そのような短絡的な行動をとっている。だがリゼットにデメリットはなく、むしろ侯爵にとってのマイナス要素だった。
狙いを探るためには、面会を承諾したほうが良い。
「来客用の部屋に通していいわよ」
「よろしいのですか?」
「構いませんわ。ですが、もてなす準備を先にしてくださいね」
「畏まりました」
メイドは扉を開けて退出した。
そしてリゼットは侯爵ではなく、メイドについて思考を巡らせる。
(あのメイドの家は確か、貴族派閥だったかしら? もしかすると侯爵様が、裏で手を回したかもしれませんね。王派閥のメイドは、隣の部屋だから……)
リゼットが呼び鈴を鳴らさないかぎり、王派閥の貴族に伝わることはない。とはいえそれも悪手で、デルヴィ侯爵本人を貶める手札を渡したことになる。
来訪を知られても問題無いと思っているか、それとも……。などと考えている最中に、先ほどのメイドが戻ってくる。
そして来客用の部屋に向かうと、デルヴィ侯爵が待っていた。
「宮廷会議では助けていただき、誠にありがとうございました」
「礼には及びませんぞ。姫様の言葉に感銘を受けたのです」
「貴女は下がっていいですよ」
「畏まりました。ご用の際は扉の前にいますので、私をお呼びください」
このメイドは馬鹿なのか、自分を呼ぶように言っている。しかも、他のメイドたちを控えさせている扉の先ではない。
リゼットとしては、これぐらい愚かなメイドのほうが好ましい。もちろん、名前など憶えていないが……。
ともあれデルヴィ侯爵をもてなしながら、自室まで来訪した理由を尋ねる。
「単刀直入にお尋ねしますが、感銘を受けたわけではないですよね?」
「姫様は手厳しいですな。ワシがお嫌いと見える」
「侯爵様はお忙しい身。無駄な話は避けたほうがよろしいでしょう?」
「お心遣い有難く。ではこちらも、単刀直入にお尋ねします」
「どうぞ」
「姫様が何をなさりたいかを知りたいのです」
「レイバン男爵を助けたい。では駄目ですか?」
「それでもよろしいですが、ワシがお力になれると思いましてなあ」
「私は、侯爵様の力になれそうもありませんが?」
「ローゼンクロイツ家」
魔族の貴族家を口にしたデルヴィ侯爵が、蛇のような目を細める。
リゼットの背筋に悪寒が走ったが、これで侯爵の狙いが読めた。ならばと膝の上に置いてあった本に手を添え、侯爵に問いかける。
「ふふっ。侯爵様に隠し事はできませんね。書物はお持ちで?」
「はて。何の書物ですかな?」
「分からないなら結構ですわ。では、お話を続けるとしましょう」
リゼットの顔は上気して、同時に下着が濡れていく。
そしてローゼンクロイツ家について意見を交わしたところで、デルヴィ侯爵の口角が上がる。以降は一時間ほど会話を楽しみ、侯爵にはお引き取りを願う。
席を立った後は愚かなメイドを呼んで、そのまま自室に戻った。
(王宮にローゼンクロイツ家を招いた方法を知られていましたか。別に隠すほどのことではありませんでしたが、侯爵様の洞察力は侮れませんね)
過去にフォルトを、王宮に出頭させたときのことだ。
当時の彼は三国会議で、ローゼンクロイツ家当主を名乗っている。
それを傍付きのメイド――上級貴族の令嬢――から聞いていたリゼットは、魔族の姉妹が難色を示していると推察した。だからこそ姉妹のプライドを満たすために、舞踏会の開催を提案して招待の形をとった。
提案者は隠していなかったので、デルヴィ侯爵の耳に入っていたようだ。だがそれだけで貴族派閥の長が、王族のリゼットを援護するとは……。
「侯爵様の望みは理解しましたわ。ですが、私と同じ舞台には立てませんね」
リゼットは自室の椅子に座って、悪魔王の書を開く。
デルヴィ侯爵は、この本を所有していない。確かに洞察力はすばらしいが、事の本質までは見抜けていないだろう。
ただし将来を見据えると、面白い配役になり得るか。などと考えながら悪魔王の書をめくり、下半身に手を伸ばすのだった。
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