フェリアスの空3
原生林を進む二つの影。
それは、スケルトン神輿である。移動スピードは遅いが、寝転んでいても命令どおりに動くフォルトの愛車だ。
この神輿は、丸太に板を乗せただけの代物である。
スケルトンは前後に四体ずつおり、バランスを保ちながら神輿を担いでいる。他にも草を刈って、道を切り開くために二体。
合計十体を召喚したが、コストパフォーマンスは最高だった。
「マスター」
「どうしたリリエラ?」
「あの……。なぜ私が、膝枕をやるんすか?」
スケルトン神輿は二台。
一台は、マリアンデールとルリシオンが乗っている。となると、もう一台に乗る者は決まっていた。
「カーミラがいないからだな」
「マリ様かルリ様じゃ駄目っすか?」
「あれを見ても同じことが言えるか?」
フォルトは横になりながら、無造作に後方を指さす。
後ろを追従する神輿の上では、マリアンデールがルリシオンに密着していた。妹成分の補充と称するスキンシップで、蟻が入る隙間も無い。
それを見たリリエラは、諦めたように溜息を吐いた。
「はぁ……」
「理解したようで何よりだ」
「もういいっす」
「俺に膝枕をするのは嫌か?」
「そっ、そんなことはないっす!」
「まぁ嫌でもやるがな」
「きゃ!」
フォルトは反転して、リリエラの太ももに顔を埋めた。
お約束の行動で、これをやるとカーミラは喜んでくれる。しかしながら、リリエラは嫌がった。
頭をどけようとしているが、そうはさせじと抗う。
「ちょっとマスター!」
「うるさい! カーミラがいなくて寂しいのだ!」
「で、でも……」
「リリエラは、俺を楽しませるのだろう?」
リリエラが救出される際、カーミラと結んだ悪魔の契約。
それは、フォルトと遊んで楽しませることだ。契約を履行できなければ、彼女は死亡してしまう。
ある意味で脅迫じみているが、彼女の力が抜けていった。とはいえ虐めるつもりもないので、元に体勢に戻る。
「こういうのは苦手っす」
「そうか? ガルドの屋敷では凝視していただろ」
「してないっす!」
お仕置きを思い出したリリエラは、顔を真っ赤に染める。
彼女にとってはトラウマを抉るような内容だと思ったが、なぜか興味津々に眺めていた。身を乗り出すこともしばしばだ。
きっと、フォルトが受け身だったことが要因か。
多分……。
そんなことを考えていると、自身の影からニャンシーが現れた。
「主よ。指令を遂行したのじゃ!」
眷属のニャンシーには、カーミラとベルナティオに伝言を頼んでいた。フォルトたちがドワーフの集落を出発するので、二人はブロキュスの迷宮から離れろと。
別行動の理由については改善されたはずだ。
「カーミラは何か言っていたか?」
「それなんじゃがな。幽鬼の森に徒歩で帰るそうじゃ」
「なぜだ?」
「主はバードマンは知っておるか?」
「バードマン?」
「マスター。フェリアスの部族の一つっす」
リリエラはカルメリー王国の元王女でもあったので、こういった他国の情報は保有していた。忘れっぽいフォルトは、心の内で感謝しておく。
ともあれ、亜人の国フェリアスを形成するのは六つの部族。
エルフ族・ドワーフ族・有翼人族・獣人族・人馬族・蜥蜴人族だ。人馬族が脱退したことは知らないが、自身の記憶だとこの六つである。
その内の一つ有翼人族が、バードマンと呼ばれていた。
「それで?」
「ベルナティオじゃったか? 飛行訓練をしておってな」
「悪魔になったばかりだからな。カーミラが指導してるのか」
「うむ。じゃが、バードマンに見つかってしまったようでのう」
「ふむふむ」
「現在は、迷宮の空が警戒されておる」
「なるほど」
(つまり、空を飛んで帰るのは拙いと……。カーミラだけなら『透明化』で消えればいいが、ティオは無理ってことだな)
【インジビリティ/透明化】は光属性魔法である。また集団化の魔法と併用しないと、自分以外を消せない。
そしてカーミラは悪魔なので、闇属性魔法に特化していた。修得してあるスキルなら可能だが、魔法では使えないのだ。
「やれやれ。運が悪かったようだな。だが、魔界は通れないのか?」
「あの人間が通れんのう」
「駄目なのか」
「物質界で悪魔になった者じゃからな」
フォルトたちがいる物質界は、こちらの世界の中心となる小さな世界。
同様に小さな世界である魔界は、劣悪な環境だった。物質界で悪魔化しても、肉体が耐えられないのだ。しかも移動には、様々な制約がある。行き来できるカーミラがいたとしても、ベルナティオは世界を渡れない。
魔界の住人も、物質界に召喚されなければ活動できないのだから当然か。
「何となく理解した。ご苦労だったなニャンシー」
「労いには及ばぬのじゃ。ところで妾はどうすればよいのじゃ?」
「せっかくだし一緒に帰るか。耳をもふもふをさせてくれ」
「よいぞ。にゃ! ゴロゴロ」
フォルトは上体を起こして、ニャンシーの耳に頬を近づけた。
猫を擬人化した彼女は、容姿も幼女で可愛らしい。だが中年のおっさんが幼女をもふもふすると、色々と危ない絵面となる。
こちらの世界だからこそできるスキンシップで、シュンが率いる勇者候補チームが見たら、絶対に犯罪だと騒ぎ立てるだろう。
日本では実の親子でも、警察に通報された例もあった。
「マスター。カーミラ様は戻ってこないんすよね?」
「うむ。寂しいが仕方ないな」
「じゃあ……」
「諦めろ。それとも、マリとルリに交代を頼むか?」
フォルトが後方に顔を向けると、リリエラも釣られて振り向いた。
後ろを追従する神輿の上では、マリアンデールがルリシオンに密着していた。妹成分の補充と称するスキンシップで、蜂が入る隙間も無い。
先程と、まったく変わっていない。
「はぁ……」
「まぁ気持ちよくしてやる」
「膝枕はいいっすけど、おさわりは厳禁っす!」
「うぐっ!」
リリエラの言い回しは、きっとアーシャの入れ知恵だ。
キャバクラで現実に戻されたような気分になり、フォルトは悪い手を引っ込めた。続けてニャンシーの耳を堪能した後は、膝枕だけで我慢する。
同時に手持ち無沙汰になったので、空を見上げながら有翼人に思いを馳せた。
(有翼人か。日本のゲームでは、翼の生えたキャラは人気だったな)
フォルトとしても、エルフ族の次に興味がある種族だ。
リアルの有翼人だとどう感じるか不明だが、一度は見てみたい。とはいえ寄り道をするつもりはないので、想像するだけに留めて、移動の時間を潰すのだった。
◇◇◇◇◇
ブロキュスの迷宮にある討伐隊の拠点では、カーミラが悔しそうにしている。また隣にいるベルナティオは、首を傾げていた。
現在は太陽も沈んで、篝火の光が周囲を照らしている。
「うぅ。失敗したなぁ」
「何か問題があるのか?」
「空を見て……」
「空?」
迷宮の上空には、数人の有翼人が飛んでいた。右に行っては左に戻ったりと、かなり忙しく動いている。
夜目でも効くのか、鳥とは違うようだ。
ともあれそれが、失敗の結果だった。
「有翼人がどうかしたのか?」
「私たちは悪魔なの! 空を飛んだら攻撃されるよぉ」
「あ……。そうだったな」
カーミラは夜になったからと、ベルナティオに飛行訓練を施したのだ。しかしながら何度か続けているうちに、有翼人に発見されてしまった。
悪魔は、人間だけでなく知能がある生物から忌み嫌われている。
その属性は悪であり、相容れない存在として討伐対象にもなるのだ。飛行する場合は悪魔化をしないといけないので、有翼人に発見されれば戦闘になる。
今回はすぐに身を隠せたが、これは非常に拙いことだった。
カーミラほどの悪魔であれば、有翼人など簡単に殺害できる。だがそれをやると、フォルトを困らせる結果になるだろう。何でもかんでも殺害することは好まず、「面倒事が増えるだけ」と常日頃から言っている。
自身としても殺害するなら、絶望を与えた後のほうが良い。
そう考えるからこそ、悪魔は忌み嫌われるのだが……。
「透明化は使えないんだよねぇ?」
「私は剣士だからな。魔法など使わん!」
「むぅ。幽鬼の森に帰ったら、ニャンシーちゃんに習っておいてねぇ」
「私は剣の道を極めるのだ! 魔法なんぞ知らん!」
「御主人様から言われても?」
「くどい!」
「本当に? ご褒美が欲しいんじゃないのかなぁ?」
「う……。考えておこう」
「はあい!」
カーミラは肉体的・精神的にも、ベルナティオの弱点が分かっている。
調教は成功しているのだ。気丈に振る舞っていても、フォルトがいなければ生きていけない体にしてある。
何にせよ剣の道一筋の〈剣聖〉は、魔法が使えない。帰りは徒歩が確定なので、夜のうちに出発したほうが良いだろう。
もちろんその前に、彼女に対して精神的な仕上げをしておく。
「もう帰るのか?」
「出発したいけど、空の蠅がねぇ」
「蠅、だと?」
「あんなにブンブンと飛んでたら、カーミラちゃんたちが飛べないよぉ」
再び飛行している有翼人に言及したが、カーミラは「蠅」と呼称した。
そして無表情になり、ベルナティオの回答を待つ。
「有翼人のことか。これだから悪魔は……」
「ティオも悪魔でーす!」
「ふん! 邪魔なら斬る! それだけだ」
「えへへ。斬れるのかなぁ?」
「当然だ! 空を飛ぶ蠅など簡単に斬れる!」
「蠅って?」
「空をブンブンと飛んでる奴らだろ?」
堕落の種が芽吹いて悪魔になった者は、精神も悪魔に変わっていく。精神的な不安定さの理由だが、カーミラが導くことで早めている。
ベルナティオも有翼人を「蠅」と認識して、殺害に迷いを感じていない。
それを確認した後は、邪悪な笑みを浮かべた。
(えへへ。簡単だねぇ。後は放っておいても大丈夫かなぁ? できれば、あの女を殺させたいなぁ。でも御主人様が……)
ふと視線を逸らしたカーミラは、遠くに兎人族を発見する。
本来であればベルナティオに、親友のフィロを殺害させれば完璧だった。
もちろん状況は作れるが、これもフォルトのことを考えると駄目か。将来を考えるとリリエラと同様に、玩具としてストックしておくほうが良い。
「ところで、猫の姿が見えないが?」
「ニャンシーちゃんは、御主人様のところに戻りましたよぉ」
「そうなのか?」
「徒歩で帰ると伝言を頼みましたぁ」
「なぜだ?」
「飛んで帰れないからねぇ」
「上空にいる蠅どもを斬り捨てればよくないか?」
「よくないの! 御主人様に嫌われちゃうよぉ」
フォルトについては、おいおい教える必要があった。
身内が何をしても怒らないとはいえ、性格的な忖度ぐらいはしてほしい。我儘で独善的な魔族の姉妹でさえ気を遣っている。
悪魔になったベルナティオは未来永劫に渡って、主人の隣に侍るのだ。ならば毎日を楽しく過ごせるように、嫌な思いをさせてはならない。
「なら、徒歩で向かうか」
「えへへ。討伐隊のほうはどうなったのかなぁ?」
「すでに辞めてきたぞ。他の場所に修行に向かうと言ってな」
「もう出発できるよねぇ?」
「そうだな。フィロにだけ別れを伝えてくる」
「いいよぉ。待ってまーす!」
柔らかい表情に変わったベルナティオが、フィロのところに向かった。
そしてカーミラは、二人の様子を眺めながら考える。
フォルトのおかげで、物質界に悪魔が生まれた。魔界の神である悪魔王も、さぞかし喜んでいるだろう。
今後は彼の身内たちもそれを目指して、数多くの悪魔が誕生する予定だ。
災厄級の魔人と悪魔の軍団。
「ちょっと楽しいかも」と妄想に耽っていると、ベルナティオが戻った。
「何を楽しそうにしているのだ?」
「内緒でーす! 別れの挨拶は済みましたかぁ?」
「またいずれ会えるだろうし、簡単に済ませてきた」
「何か言われたかなぁ?」
「行くな、と言われたな。まぁそれは無理な相談なのだが……」
「えへへ。そうだねぇ。無理な相談だねぇ。他には?」
「他愛もない話だ。また迷宮に潜るそうだから、死ぬなと伝えた」
「精鋭部隊だしねぇ。五階層までなら平気だと思いまーす!」
「うむ。ヴァルター殿の指示に従っていれば生き残れるだろう」
「じゃあ、行きますよぉ」
「よし! 早く犯してもらわねば!」
快楽の虜となった〈剣聖〉は、強引で力強い行為がお好みだ。
男勝りな性格は身内におらず、フォルトとの生活に彩を添えられる。永劫の時間を飽きさせないために、ベルナティオは良いスパイスとなるだろう。
以降の二人はゆっくりとした足取りで、原生林の中を進む。
そしてカーミラは、今まで考えていたことを実行に移す。
「ここでティオに良いお知らせでーす!」
「唐突に何だ。良いお知らせだと?」
「えへへ。今から御主人様と合流しますよぉ」
「幽鬼の森にある屋敷で待つのではないのか?」
広大なフェリアスの原生林で、フォルトたちと途中合流は不可能に近い。またすでにホームシックの主人は、どこかで待ち合わせもしたくないはず。
ただひたすら真っ直ぐに、幽鬼の森を目指している。
眷属のニャンシーを寄越したのがその証拠で、それぞれで幽鬼の森に帰還することにした理由だった。だがカーミラは、他の身内に無い能力がある。
「感動の再会ってやつでーす! 御主人様も喜びますよぉ?」
「むっ! カーミラは頭がいいな! だが、位置は分かるのか?」
「カーミラちゃんにお任せでーす!」
「そうか。喜んでくれるか。位置が分かるなら急ぐぞ! 走れ!」
「あっ! そっちじゃないよぉ!」
それは、シモベとしての魔力的な繋がりだ。
主人の位置が何となく分かるので、途中合流ができる。
先走るベルナティオを追い抜いたカーミラは、道案内として原生林の中を走る。二人とも持久力は驚異的で、一日や二日は走り通しても平気だ。
そして空を見上げると木々の隙間から、有翼人が飛んでいるのを確認した。さすがに警戒し過ぎだろうと思うが、そこかしこで見られたので、飛行は諦める。
以降の二人は別々の妄想を描きながら、フォルトのところに向かうのだった。
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