フェリアスの空1
ブロキュスの迷宮を出たフォルトは、精鋭部隊の隊長ヴァルターと一緒に、討伐隊総司令官セレスがいる天幕に向かった。
今回もルリシオンを連れて、他の身内は外で待機である。
天幕の中に他の隊長たちはおらず、部隊を率いて迷宮内で間引き中か。
「フォルト様。罠を作動させてしまったとか? ご無事で何よりです」
「おや? もう知っているのか」
「先行させた奴らが報告しているぞ」
「いやはや。恥ずかしいな」
「何を言ってんだ! ミノタウロスを二体も倒しているだろ!」
「マリとルリによって、な。俺が討伐したわけではない」
「あはっ! 何もしなくていいのよお。私たちがやってあげるわあ」
自虐に入りそうなフォルトに対して、ルリシオンが腕を組んできた。
彼女の体は、熱を帯びている。自身もそうだが、ベルナティオとの壮絶な戦いの余韻が残っているようだ。
決して火属性に特化した〈爆炎の薔薇姫〉だからではない。
セレスとヴァルターの前だが、彼女の双丘を肘で楽しむ。
「はぐれたミノタウロスが二体も、ですか?」
「ローゼンクロイツ家に討伐してもらったが、少し気になることがあってな」
「気になることとは、何でしょうか?」
「地下六階層より先で……」
「んんっ!」
会話が長引きそうなので、フォルトは咳払いをした。ヴァルターが報告する内容には興味が無いのだ。
こちらの用事を済ませた後に議論してもらいたい。
「それよりも、だ。目的の魔物は討伐したから、俺たちは帰るぞ」
「え?」
「例の件をよろしく頼む」
「まだ手紙を出したばかりですが?」
エルフの里に入るには許可が必要で、セレスが出した手紙は到着していない。どれほど急いだところで、返事が届くまで一週間以上は掛かる。
もちろんフォルトは、ブロキュスの迷宮に長居するつもりはなかった。
「返事については、アルバハードの領主に届けてくれ」
「まさか、バグバット様ですか?」
「彼には幽鬼の森を融通してもらってな。俺に直接は届けられないのだ」
「なるほど。確かにアンデッドが巣くう森では……」
「そういうことだ。では、世話になった」
フォルトはルリシオンの腰に手を回して、天幕から出ていこうとする。
これ以上話すことはなく、エルフ族のセレスも目に毒だった。長々と彼女を見ていると、強欲と色欲に負けてしまう。
エルフは欲しいが、里で品定めをしてからだ。
「待ってく……」
「駄目よお。私たちにはやることがあるからねえ」
「あ……」
「あはっ! 縁があったら、また会いましょうねえ」
「いくぞルリ!」
(危ない危ない。さっさと退散しないと、魔物の間引きに参加させられる。すでに手伝わされているからな。もう無理、帰る!)
あまりにも一方的な話なので、セレスとヴァルターは唖然としている。しかもルリシオンがシャットアウトしたおかげか、以降は引き留められなかった。
この強引さがあるので、彼女と一緒に天幕に入ったのだ。
フォルトだけだと性格的に、なし崩しで話を進められてしまう。
「あれで良かったのかしらあ?」
「うむ。さすがはルリだ」
「セレスも狙っているのでしょお?」
「他にいなければな。エルフの里に行くまでは我慢だ」
「身内を増やすのはいいけど、雑に選んでは駄目よお」
「うぐっ! とっ、当然だ」
(雑に選ぶな、か。そういえば……)
一夫多妻・一妻多夫が常識の世界とはいえ、それぞれに目的がある。
日本でも戦国時代には側室が認められていたが、それは領国や家を守るための政略結婚に過ぎなかった。
こちら世界でも事情は似ており、血統維持や家同士の結びつきを重視して制度が成り立っている。
一方で中世欧州ではキリスト教的価値観のもと、一夫一妻が原則だった。
それに比べてフォルトがしていることは、精神的・肉体的な癒しのためだ。目的は自己満足に過ぎず、だからこそ責任を持って大切に扱っている。
雑に選んでは、身内にした彼女たちに悪い。
「御主人様! お帰りなさーい!」
「貴方。またルリちゃんを連れ回して……」
「おかげでさっさと用事を済ませられた。あれ? ティオはどこだ?」
天幕を出たフォルトとルリシオンは、皆が待つ場所に戻った。
ただし、新たに身内としたベルナティオの姿が無い。
「あの兎人族のところに行きましたぁ」
「ふむ」
フォルトは考える。
ベルナティオは〈剣聖〉で、世間的にも名声が高い。いくら簡単に除隊ができるとはいえ、討伐隊の主力である。ならば、後で合流するほうが得策か。
それに幽鬼の森に帰還すると言っても、まずはドワーフ族の集落に戻るからだ。リリエラを引き取るついでに、ガルド王にも礼を述べるつもりだった。
だが、一つだけ問題がある。
「カーミラ」
「はあい! 幽鬼の森に連れていけばいいですかぁ?」
「さすがはカーミラ。分かるか?」
「精神的に不安定ですし、悪魔の体に慣れていませんからねぇ」
「うむ。ティオはカーミラに任せる」
カーミラと離れるのは寂しいが、他に適任者がいない。彼女はレベル百五十の悪魔として、ベルナティオを幽鬼の森まで案内できるだろう。
次に会うのは、他の身内に紹介するときだ。
「あの兎人族はどうしますかぁ?」
「今は要らない」
「可愛いですよぉ?」
「ははっ。女なら誰でもいいわけではないからな」
「えへへ。御主人様らしいでーす!」
確かにフィロは、フォルトの琴線に触れる女性だ。
天然の兎耳の持ち主で、体つきも趣味に刺さる。ベルナティオの親友でもあり、幽鬼の森に連れて帰れば喜ぶだろう。しかしながらこの場で手に入れると、雑に選んだことになってしまうのだ。
永遠を一緒に生きる身内としての魅力までは届いていない。
それに彼女は、おっさん親衛隊に不要である。
戦力としての増強は、前衛となる〈剣聖〉だけで良い。後は信仰系魔法が使える人間か亜人を加えると、シュンが率いる勇者候補チームと同じ五人となる。
「さてとマリ、ルリ。出発しようか」
姉妹を連れたフォルトは、原生林の中に足を踏み入れて、ブロキュスの迷宮を後にする。目指すは、ガルド王が鎮座するドワーフ族の集落だ。
道中では大罪の悪魔サタンを召喚して、お約束のスケルトン神輿で移動する。歩みは遅いが、そんなことは気にしない。
そして今までの苦労を思い出しながら、神輿の上で寝息を立てるのだった。
◇◇◇◇◇
ドワーフ族の集落に戻ったフォルトは、ガルド王と面会中である。姉妹と一緒に彼が住まう屋敷の応接室にて、討伐隊の様子を伝えていた。
それでもブロキュスの迷宮に出発したのは、つい先日だ。最初は「もう戻ってきたのか?」と言われてしまった。
魔物の間引きは長期で行われるので、数週間は掛かると踏んでいたか。
「目的を達成したからな。まぁ結果的に、魔物の間引きは手伝った」
「もう少し参加しても良かろうに……」
「内容的には、十分に貢献したと思うぞ?」
フォルトたちが討伐したのは、「ミノタウロスを二体」・「女王蟻を含めた大量の迷宮蟻」・「地下六階層の途中までに出現した魔物」だ。
特に迷宮蟻については、討伐隊の一部隊を救っている。
そしてガルド王は、「なるべく多くの魔物を討伐する」で妥協していた。ローゼンクロイツ家の力を借りたいのは理解できるが、これで満足してほしい。
「無理強いもできんな。マリとルリに嫌われては堪らんわい」
「安心しなさい。不満は感じていないわ」
「そうよお。隣人として配慮はしてもらったわあ」
「間引きが順調なら、それでいいわい! ガハハハッ!」
本当にガルド王は、姉妹の扱いに慣れている。
ともあれドワーフの集落に戻ったのは、リリエラを引き取るためだ。だが彼女の姿が見られないので、フォルトは疑問を呈した。
「リリエラはいないようだが?」
「今は服飾師のところに行っておる。もうそろそろ戻るのではないか?」
「なるほど。クエストを進行中か」
「クエ? よく分からんが、連れて帰るのだろ?」
「うむ。一緒に戻ったほうが安全だからな」
「まぁ一泊していけ。それと、お主らと連絡を取り合えるようにしたい」
「俺たちとか?」
「嬢ちゃんに聞いたが、魔物を狩れる場所を探しておるとか?」
(リリエラめ。余計なことを……。だが、確かにフロッグマンだけでは物足りないからなあ。おっさん親衛隊には、もうちょっと強い魔物を狩らせたい)
相談も無しに、フォルトたちの内情を暴露するのはいただけない。しかしながらレイナス・アーシャ・ソフィアは、数多くの魔物と戦闘してレベルを上げなければならないのは事実。
これは、フォルトが率先して考えなければいけない話だった。
「それで?」
「フェリアスではそこらじゅうで間引きをやっておる。参加せんか?」
「ふむふむ」
亜人の国フェリアスは、広大な原生林である。
地域によっては、普段は立ち入れない魔物の領域になっていた。また遺跡や迷宮も存在して魔物も巣くっているが、討伐の人員は足りていない。
おっさん親衛隊が討伐隊に参加すれば、どちらにもメリットがある。
「人員が足りないと言っても、間引きはやれているのだろ?」
「こういうものはな。足りていないくても足りているものだぞ」
「まぁそうなのだが……」
(その考えはブラック企業だよ。まぁ文化レベルがお察しだしなあ)
ガルド王の話は、ブラック企業勤めだったフォルトは理解していた。
過酷さに耐えきれない社員が辞めて仕事に穴が空いても、それを負担する者のおかげで仕事が回るのだ。
そして回ってしまうからこそ、会社は人員の補充をしない。仕事を負担した社員の仕事量が増えたままの状況が続く。
もちろんこちらの世界で言っても、詮無いことではある。
「俺たちに連絡をしたいなら、アルバハードの領主を通してくれ」
「あの吸血鬼殿か?」
「セレスさんにも言ったが、今は世話になっている」
「世話にのう。まぁ詮索はせん。お主らを気に入っておるからな」
「でもガルド。私たちは安請け合いをしないわ」
「ただの数合わせなら無視するわよお」
「選択肢は多いほうが良いぞ? ガハハハッ!」
マリアンデールとルリシオンの援護が頼もしい。
ガルド王の態度から察すると、討伐隊への参加は提案だ。リリエラからの話を具体化したに過ぎない。
今まで音沙汰の無かった旧知の姉妹に、連絡が付けば良いのだろう。
「身内を参加させた場合、報酬は貰えるのだろ?」
「そうだった。今回の報酬も渡さないといかんな」
「今回は要らん。だが、身内が討伐隊に参加となると話は別だな」
「だがお主らは、魔物と戦ったのだろ? 参加したのと変わりないぞ」
「無職こそ、我が人生。俺たちが勝手に戦っただけだ」
「うーむ。変なこだわりを持っている。お主は面白いな」
報酬を受け取ってしまえば、仕事の成果となってしまう。
フォルトは無職を決め込んでいるので、依頼の報酬は受け取らない。とはいえそれを、身内に強要するものではない。
おっさん親衛隊が参加した場合は、彼女たちに報酬を支払ってもらいたい。
「ガハハハッ! 働きたくないか。ならば、今回は貸しにしておけ」
「ほう」
「お主らに何かあったら、我らドワーフ族が手を貸してやる」
「だが、大したことはやっていないぞ?」
「では、大したことではないことで手を貸してやる」
「ははっ。そのときは頼む」
ガルド王の言い回しに、フォルトは笑みを浮かべる。
マリアンデールとルリシオンが気に入るわけだ。自由奔放な姉妹であれば、貸し借りの関係のほうが望ましいだろう。
これを冗談交じりに言えるところが、彼の人柄とも言える。
「そんなところか。では、一泊させてもらう」
「明日には出発するのだろ?」
「うむ。リリエラが戻ったら連れてきてくれ」
「嬢ちゃんもよく働いてもらった。礼を言っておく」
「働いたのか。あ……。内容は言わなくていい。リリエラから直接聞く」
「そうか? 部屋を用意させるから、少し待っておれ。後で迎えを寄越す」
これで、ガルド王との面会は終わりだ。
「今日は宴会じゃ!」と叫びながら、応接室から退室していった。
本当に王様とは思えないが、フォルトからすると好感度は高い。緊張感がまったく無く、こちらの事情を詮索しないところも良い。
エウィ王国のエインリッヒ九世と比べると、えらい違いだ。
その後は与えられた部屋で、夕食のときを待つ。
「ふぅ。一段落ついたな」
部屋のベッドに腰かけたフォルトは、腕を伸ばして寛ぐ。長く留守にしたわけではないが、やっと幽鬼の森に帰れると思うと自然に笑顔がこぼれる。
それは姉妹も同じなのか、両隣に座って体をほぐしていた。
「レイナスちゃんたちが待ってるわよお」
「そうだな。飛んで先に帰ってもいいか?」
「私たちを置いていくつもり? 死にたいのかしら?」
「冗談だ冗談。それにしても……」
「どうしたのお?」
「俺のこだわりは変なのか?」
仕事と報酬について、だ。
報酬は仕事の対価と思っており、逆説的に受け取らなかった。また過去には補助金を受け取らないことで、「エウィ王国民ではない」と言ったこともある。
自分なりのこだわりだが、ガルド王には変だと言われた。
「普段は適当なのに、そこだけ切り分けようとするからよ」
「確かにな。考え過ぎているだけか」
「無理に変える必要はないわあ。決めるのはフォルトよお」
「カーミラにも遊びだと思えって言われたしな」
人が動けば、対価が発生する。
これは人が労働力を提供し、見返りとして賃金を受け取るという仕組みだ。常識と言えば常識なのだが、こちらの世界だと曖昧である。
なぜかと言うと労働の価値が、明確に定義されていない。「労働」と「対価」の関係が存在しても、かなり不均衡な構図である。
フォルトの価値観だと、労働環境が成熟し過ぎていた。だからこそ変だと言われたのだが、それが割り切れるまでは時間が掛かるだろう。
(やれやれ。日本的な価値観も改めないとなあ。面倒だし、ゆっくりでいいか。おっさんに、急激な変化を求めては駄目なのだ。特に俺には!)
「戻ったっす!」
ここまで考えたところで、リリエラが帰ってきた。
その手には何着かの服を持っており、テーブルの上に広げている。
「マスター! どうっすか?」
「こ、これは……」
「今度こそ、エロかわっすよね?」
つまり、破廉恥な服ということだ。
先に見せてもらったエルフ族用の服よりも露出過多である。だが可愛いかと問われれば違うと答えるしか無く、あと一押しが欲しかった。
これは、デザインの問題だろう。
「残念だがエロだけだな。アーシャにデザイン画をあげさせよう」
「ごめんなさいっす! 私にはイマイチ分からなかったっす!」
「いやいや。作れることが分かっただけで十分だ」
「そうっすか? なら、報告はどうするっすか?」
「そうだなあ」
いつものクエスト報告は、今回は無しで良いか。
ドワーフ族の集落で再会したときに、ほとんど聞いてしまった。ガルド王も言っていたが、「何の仕事をしたのか」だけの報告のみで構わない。
「仕事と言っても、調理場で皿洗いとかっす!」
「他に面白そうなことはやったのか?」
「特にやってないっすね。マスターたちが出発して数日っすよ?」
「そ、そうだな!」
こんなものだろう。
早々面白いことに遭遇するものではない。ドワーフの集落に訪れたときまでの報告で、十分に面白かった。
今後のクエストも楽しみだ。
「明朝には出発する。体を休めておけよ」
「はいっす!」
「ニャンシー!」
「何じゃ主?」
リリエラの影から、ニャンシーを呼び出す。
ブロキュスの迷宮に残してきたカーミラに、伝令を頼むためだ。出発の時間を伝えてもらって、あちらの状況も教えてもらう。
電話の存在しない世界は、本当に不便である。
「よろしくな」
「妾に任せておくのじゃ!」
「リリエラはその場で正座!」
「なぜっすか?」
「いいから座れ!」
「はっ、はいっす!」
ニャンシーを送り出した後は、リリエラにお仕置きをする。
ガルド王に余計な話をした罰を受けてもらうのだ。フォルトたちの内情は秘密にしているのだから、ベラベラと話されては困る。
今のうちに分からせておかないと、いずれ処分することになるだろう。
そして彼女をベッドの前で正座させ、とあることを始めるのだった。
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