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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十三章 フェリアスの空
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剣聖、堕つ3

 全力の戦いが終わった。

 それはまさに、死闘と言っても過言ではないだろう。

 挫けぬ精神・折れない心・砕けぬ意思。すべてにおいて手強かった。四人が一人を相手に三日三晩もの間、戦い続けたのだ。

 そして……。



――――――〈剣聖〉、堕つ。



「きさま!」

「何だティオ?」

「ちゅ」


 服の乱れを直していたフォルトは、ベルナティオから口付けされた。

 変われば変わるもので、三日前の彼女であれば絶対にやらないだろう。だがこれこそが、勝利の証なのだ。


「お前の主人は誰だ?」

「言わせるな。恥ずかしいではないか」

「そ、そうか」

「責任は取ってもらうぞ!」

「当然だ。これからは俺の傍にいろ!」


 過去にフォルトとカーミラの二人は、レイナスを三日で堕としている。だがベルナティオの相手は四人であり、その意味では耐えたほうだ。

 何にせよ、他の誰かには見せられない壮絶な戦いだった。


「ぁっ、うくぅ! 止せ! 今は触るな!」

「あぁ悪いな。俺の手は勝手に動くときがあるのだ」

「ちっ。女の敵め。後で頼む」

「わ、分かった」


 フォルトの悪い手も、身内には遠慮しない。

 憎まれ口をたたくベルナティオは、少しばかり色欲が強いようだ。もちろんそうなるように調教したが、そもそも性欲を抑え込んでいたか。

 剣の道一筋の〈剣聖〉である。

 僅か七歳で剣を取り、二十年間もその道を歩んできた女性だ。一度でも色欲に囚われてしまうと、歯止めが利かないのだろう。

 満足。それに尽きた。


「そこの姉妹も!」

「もしかして満足していないのかしら?」

「お姉ちゃんとの連携は完璧だったと思うけどお?」

「完璧だったぞ。だから後でな」

「ふふっ」

「あはっ!」


 どうやら〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇ばら姫〉も、目的を達成できたか。

 生意気な〈剣聖〉に、身のほどを教えてやれたようだ。姉妹は仁王立ちになり、二人してサディスティックな笑みを浮かべている。

 ともあれベルナティオは、調教で乱れた道着を直していた。

 フォルトが彼女の服を破いていないのは、着衣派としての矜持きょうじである。地上に戻るためにも服は必要で、替えは持ってきていない。

 そして、彼女には変化があった。


「ティオ」

「どうした?」

「その……。何だ……。角と翼と尻尾を隠せ」

「私は悪魔になったのだ。別に隠さなくてもいいだろう?」

「悪魔だと知られるのは拙いのだ。カーミラも隠しているだろ?」

「きさまの頼みなら聞いてやらんこともない。フィロに説明できんしな」


 ベルナティオはすでに、レベル五十以上の勇者級に到達している。しかも彼女の調教中に、カーミラが堕落の種を食べさせていた。

 つまり、堕落の種が芽吹いた状態なのだ。


(しかし悪魔になると、翼と尻尾が生えるのか。まぁ悪魔だしな。ならば、身内のみんなそうなるのか? それはちょっと……)


「カーミラよ」

「何ですかぁ?」

「アレはどうにかならないのか?」

「なりますよぉ」

「なるのか!」

「えへへ。あいつに与えた堕落の種は、ニーズヘッグの種でーす!」

「何ぃぃぃいいい!」


 堕落の種。何が芽吹くかは、体内に取り込んだ種の種類次第。

 そして北欧神話で登場するニーズヘッグは、蛇またはドラゴンである。

 こちらの世界では、竜の悪魔ということらしい。確かにベルナティオに生えた翼と尻尾は、あちらの世界の創作物に登場する竜に酷似している。

 そうなると、フォルトに気掛かりができた。


「ちなみになのだが……。レイナスたちは?」

「えへへ。内緒でーす! 知っちゃったらつまらなくないですかぁ?」

「うーん。まぁそれもそうだな」


 カーミラの笑顔がまぶしい。

 フォルトは愛するシモベの言葉に、自分を楽しませるためだと理解した。

 魔人の寿命は永遠なので、暴食の魔人ポロのように消えてしまうと思っているのだろう。所々で遊びを入れることで、人生を飽きさせないつもりだ。


(さすがはカーミラ。それに、ティオの姿は最高だな!)


 ベルナティオの姿は、オタクが入っているフォルトの琴線に触れた。と言っても討伐隊の面々の前には見せられないので、今のうちに目に焼き付ける。

 そしてカーミラからの耳打ちで、人間の姿に戻った。


「きさまにきたいことがあるのだが?」

「何だティオ?」

「私は負けたわけだが、きさまを何と呼べばいいのだ? 御主人様か?」

「いやいやいや! 〈剣聖〉様にそう呼ばれるのはちょっと……」


 ベルナティオを手に入れたかった理由は、身内にしておっさん親衛隊の戦力増強をしたかったからだ。ルリシオンのせいでいきなり戦うことになってしまったが、彼女を従属させるためではない。

 呼び名などは何でも構わないのだが……。


(あまりみんなと被るのもな。うーん。貴殿、貴公は……。いまいちだな。そち、うぬ、なんじは嫌だ。陛下、閣下、殿下は違う。其方そのほう……。デルヴィ侯爵か!)


 フォルトを「御主人様」と呼ぶのは、シモベのカーミラである。

 眷属けんぞくのニャンシーやルーチェからは「主」。双竜山の森に召喚してある森の精霊ドライアドは「旦那様」にした。

 そしてレイナスとソフィアが「様」、アーシャからは「さん」付けの敬称だ。マリアンデールは「貴方」と呼び、ルリシオンだと呼び捨てにされている。

 変わったところでは、シェラの「魔人様」とリリエラの「マスター」か。

 実に、実にどうでも良い話だった。


「どうした?」

「考えるのが面倒だから、きさまで構わないぞ」

「そうか。おい、きさま!」

「何だティオ?」

「ちゅ」

「むほっ!」


 ベルナティオから再び口付けされて、フォルトは感慨深く涙を流す。

 ここまで堕ちるとは、三日三晩も戦い続けた甲斐かいがあった。「アレが決め手か?」などとイヤらしいことを回想しながら、彼女の腰に手を回す。

 そのだらしのない顔にあきれたマリアンデールが、疑問を呈した。


「はぁ……。今後はどうするのよ?」

「今後?」

「その女よ。討伐隊に入隊しているのではなくて?」


 夢見心地のフォルトは、現実に引き戻された。

 確かに、マリアンデールの言ったとおりだ。ベルナティオを連れて帰るには、討伐隊から除隊させなければならないだろう。

 戦力としては最高の〈剣聖〉を、素直に手放してくれるかどうか。

 もちろん身内にしたのだから、強引に除隊させれば良い。とはいえローゼンクロイツ家の好感度は上がっており、わざわざ下げることもない。

 総司令官のセレスから、エルフの里の招待と案内を取り付けたのだ。

 波風を立てないためにも、穏便に終わらせたい。


「ティオ?」

「何も問題は無いぞ? 他の場所で修行すると伝えればいい」

「そんな名目で通るのか?」

「討伐隊への参加は自由だからな。自由に抜けるだけだ」

「なるほど」

「フィロを置いていくのは忍びないが……」

「あぁウサミミ少女か。一緒に旅でもしていたのか?」

「昔はな。別れてから随分と経つが、討伐隊で再会したのだ」


 あれこれと考えてしまったが、討伐隊からの除隊については杞憂きゆうだった。後はブロキュスの迷宮から地上に出て、そそくさと幽鬼の森に帰るだけだ。

 そう思っていると、上から聞いたことのある声が聞こえた。


「大丈夫か!」


 天井を見上げると、熊人族のヴァルターが顔をのぞかせている。

 魔力探知で確認したところ、彼以外にも人がいるようだ。フォルトたちが迷宮から出てこないので、精鋭部隊を率いて救出にきたのだろう。

 心配をさせたが、もう少し遅れて到着してほしかった。


「全員無事だ! 俺たちを引き上げてくれ!」

「分かった! 今から救出作業に入る!」


 さすがに翼を出して飛行するわけにもいかず、フォルトは救助を求める。

 そして暫く待っていると、穴の上からロープが垂らされた。体に巻けば、精鋭部隊が引き上げてくれる。


「マリとルリは一緒でいいな?」

「ルリちゃんと密着状態なんて、ご褒美としか思えないわ!」

「私は一人でもいいんだけどねえ。諦めるわあ」

「きさま! そ、その……」

「期待には応えてやるぞ? ほら。カーミラも来い!」

「やったあ!」


 引き上げる人の苦労など知ったことではない。

 色欲に忠実なフォルトに、カーミラとベルナティオが密着する。

 獣人族は人間よりも力が強いので、三人ぐらいなら問題無いはずだ。などと考えていると、ヴァルターの合図と共にロープが引き上げられる。

 当然のように悪い手を開放して、二人を喜ばせたのだった。



◇◇◇◇◇



 精鋭部隊に救助されたフォルトたちは、一息ついて軽めの食事をとった。

 周囲の魔物や魔獣を討伐してあるので安全だ。ヴァルターたちが地下六階層を迷わず移動できたのもそのおかげで、魔物の死骸を目印にしたらしい。

 そしてベルナティオはフォルトから離れて、フィロと会話していた。

 今の彼女は身内にしたばかりで、精神的に不安定な状態である。なので聞き耳を立てながら、二人の会話をうかがった。


「ティオ。あの人と穴に落ちて、何かされなかった?」

「新しい世界を教えてもらったぐらいだ」

「新しい世界?」

「フィロには早いから気にするな」

「そう? でも良かったあ。まだピリピリした感じがするよ」

「まぁピリピリするときもあった」

「え?」

「あ……。何でもない」


 ベルナティオのほほが赤く染まっている。

 彼女を快楽の虜とするために、様々な方法で攻め立てたのだ。フォルトは「きっとアレのことだろう」と、同じく赤面した。


「ねぇティオ。もう彼らには近づかないほうがいいよ?」

「ほう」

「絶対に危ないって! 私の勘はよく当たるって知ってるでしょ?」

「そうだな。もう手遅れだが……。フィロ。よく聞け!」

「なに?」

「私は奴に仕える!」

「えええぇぇぇえええ! 本気なのティオ?」


 フィロにとっては、青天の霹靂へきれきだろう。

 ベルナティオはその強さのため、様々な国から仕官の誘いを受けている。だがすべてを拒否しているので、誰かに下に付くなど考えられない。しかもフォルトを危険人物だと忠告しており、少し前までは嫌っていた男性だ。

 それにローゼンクロイツ家は魔族の貴族で、人間の敵である。


「無論だ! 奴には身も心もけがされて……」

「はい?」

「ちょぉぉぉおおおおっとティオ! こっちに!」

「悪いなフィロ。奴に呼ばれた」

「う、うん」


 盗み聞きをしていて正解だった。

 ベルナティオが爆弾を投下しそうだったので、フォルトは慌てて呼び戻す。

 フィロが昔からの親友だからと、何でも伝え過ぎである。今のうちにくぎを刺しておかないと、ローゼンクロイツ家の悪評が広まってしまう。

 そして食事は終わったとして、彼女が近づく前に立ちあがる。


「きさま。私に何の用だ?」

「よ、余計なことは言わなくていい」

「私の口を封じる方法なら、きさまがよく知っていると思うが?」

「さすがに皆の目があるところでは、な」

「まぁいい。だが、あまり待たせると……」

「俺も我慢をしているのだ」

「ちっ」


 強気なベルナティオが堕ちる姿を思い出すと、フォルトの目尻が下がる。

 剣豪は「相手の動きや気配を肌で感じ取れる」と言うが、彼女は〈剣聖〉らしく非常に敏感だった。服が擦れて感じているのか、時おり体をビクつかせている。

 完璧な仕上がりを見せているが、邪魔者が近づいてくると姿勢を正した。


「ベルナティオ殿も無事で良かった」


 邪魔者とは、ヴァルターである。

 救出されて間もないフォルトたちは、精鋭部隊と別れた後の経緯を説明していないのだ。そろそろ伝える頃合いだが、どこから話したものか迷う。


「こいつがわなに引っ掛かってしまってな。巻き添えになったのだ」

「ちょ!」

「本当のことだろう? まったく、きさまときたら……」


 罠の発見や解除する技術など持っていないので仕方ない。にもかかわらず今まで偉そうにしていた手前、フォルトは少し恥ずかしがる。

 恨めしそうに視線を送ると、ベルナティオが口角を上げていた。


「フォルト殿も災難だったな。ところで、ミノタウロスは討伐したのか?」

「マリが倒した」

「そうか! やはりローゼンクロイツ家は凄いな!」

「今頃になって分かったのかしら?」

「あはっ! お姉ちゃん一人で十分よお」


 さも当然の姉妹でも、ヴァルターに褒められて悪い気はしていないか。

 フォルトとしても鼻が高いが、彼の表情が険しくなった。


「尋ねたいのだが、ミノタウロスは一体だけか?」

「他にはいなかったわね。魔力探知にも反応は無かったわよ」

「そうか。一体だけか」

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

「うーむ。スタンピード発生の兆候かもしれんな」


 迷宮は地下に潜るほどに、強力な魔物が巣くっている。またミノタウロスは、地下九階層や十階層にいるような魔物だ。

 そして一体は五階層、もう一体は六階層にいた。最下層で魔物が増えているなら、上層に押し出されたと考えられる。

 これが続いて魔物が地上にあふれだせば、スタンピードの発生だ。

 ただし今のところは、ミノタウロスが二体である。はぐれただけと考えるほうが自然だった。


「まさか調査するつもりか?」

「いや。今回は、フォルト殿たちを発見することが目的だ。無理はしない」

「それを聞いて安心した。俺たちも目的は達成したから地上に戻る」

「では、そろそろ出発していいか?」

「うむ」


 以降のフォルトたちは、精鋭部隊と一緒に地上を目指す。

 来た道を戻るだけなので、移動のスピードは速い。たまに他の通路から飛び出してくる魔物を討伐したが、すべての対処を精鋭部隊に任せた。

 道中は当然のように、身内とイチャイチャしながら進んでいる。ベルナティオも前に出さず隣を歩かせて、悪い手の餌食にしていた。

 他の者たちに見られないよう、タイミングは見計らっている。


「ティオが悪魔に変わったことは、フィロに悟られるなよ?」

「分かっている。その代わり……」

「大きな声は出さないようにな。迷宮だと響く」

「む、無理を言うな! あっ!」

「しー!」


 フォルトは少しだけ悪い手を動かして、ベルナティオの弱点を突く。

 激しい戦いの末に発見した弱点で、その効果は抜群である。すぐに腰砕けになるためあまり触れないが、彼女の体は上気して色欲を誘う。

 ちなみにもう一つの手は、カーミラの腰に回していた。


「御主人様。迷宮から出た後はどうしますかぁ?」

「幽鬼の森に帰るに決まっている。みんなにティオを紹介しないとな」

「人間の最高戦力が堕ちて、悪魔王も感激でーす!」

「そうなのか? 俺は、カーミラが喜べばそれでいい」

「えへへ」


 ベルナティオを悪魔に変えたことは、カーミラの手柄とも言える。

 魔界の神からすると、彼女の働きに満足したかもしれない。だがフォルトは、悪魔王に興味はない。また感激させるために、〈剣聖〉を堕としたのではない。

 最愛の小悪魔が喜んだ顔が、何よりの癒しだった。

 ともあれ今更だが、とんでもない人物を身内にしたものだ。

 幽鬼の森に連れて帰れば、皆が驚くことだろう。などと考えながら、太陽の光が降り注ぐ地上に出るのだった。

Copyright©2021-特攻君

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