剣聖、堕つ2
ベルナティオと対峙中のフォルトは、混乱しながらも次の行動に移った。
それは、鎧武者の再召喚だ。
命の危険が迫っている中、いま頼れる力は魔法である。魔人として膨大な魔力を持っているので、まだまだ余裕があった。
頼れるものにすがるのは人の性。いや。ダメ親父の性か。
【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】
地面に描かれた召喚陣から、十体の鎧武者が現れる。先ほどの鎧武者と強さは同じだが、これだけいれば時間が稼げるだろう。
その間に落ち着きを取り戻して、打開策を考えなければならない。
「ワラワラと召喚するな!」
「身を守るのは当然。だから、俺と戦うのは面倒だと言っただろ?」
「ちっ」
「行けっ!」
「「ギギギ」」
フォルトは鎧武者に命令を下して、ベルナティオと対峙させる。
彼女は構えを解いて、普通に刀を抜いた。
多数との戦いだと、先ほどのスキルは使いづらいか。だが〈剣聖〉と呼ばれる人物なのだから、抜刀術だけが彼女の剣技ではないだろう。
(ルリを失望させないよう偉そうに。ティオを傷付けず無力化して、俺が誤解ではない誤解を解く? いや。調教か? 晴れて身内に……。なるわけないだろ!)
落ち着くために段取りを考えるが、冷静になるほど不可能だと感じた。
そして、時間は待ってくれない。今もベルナティオは、バッサバッサと鎧武者を斬り伏せている。
ともあれ先ほどの一体は、一撃で真っ二つだった。接敵してから一秒も持たなかったが、今回は一体に対して二回以上は刀を振らせている。
なんと、倍の時間を稼いでいた。
たった二秒か三秒だが……。
(ティオが疲れきって動けなくなるまで、リビングアーマーを召喚するか? それとも魔法で魅了か拘束? 難しいな。それ系の魔法はレジストされそうだ)
相手の精神に働きかける・相手の動きを封じるような魔法。
これらは、自力で抵抗することが可能だった。要は精神力と魔力を高めて、魔法に耐えるのだ。
そして精神力というのは、意志の強さである。ベルナティオほどの剣士だと、精神力の強さは折り紙つきだろう。
抵抗されると懐に入られて、フォルトは斬られてしまう。
「はあっ!」
「ギッ!」
ベルナティオは、戦い方を変えているようだ。
最初は鎧武者の攻撃の前に切り伏せていたが、今は攻撃の後に動いていた。「後の先」という剣術のカウンター技だろう。
間近で見られるとは感動だが、スキルを使った気配はない。
(体力を温存しているのか? まぁ俺は初見の敵になるしな。もしかして、様子見も兼ねているのか? 怒っていたわりに冷静な奴だ)
流れるような動きのベルナティオは、鎧武者の攻撃をいなしている。
刀を合わせずに滑らせる・相手の力と遠心力を利用した回転など。刀で受けられない攻撃は、最小限の動きで躱している。
まるで華麗な演舞を観ているようで、フォルトは見入ってしまう。
「こいつで最後だ! はあっ!」
「ギッ!」
「あ……」
あれこれ考えていると、すべての鎧武者が倒されていた。しかもアニメや漫画のように、鎧がくっ付いて元に戻らない。
またもや、壁になる魔物がいなくなってしまった。
〈剣聖〉の剣術に魅了された自分を呪いたい。
「次こそきさまの番だ! 死ね!」
「しまっ……」
迷いが見られないベルナティオが、刀を鞘に納めながら走り出した。
邪魔な鎧武者を排除したので、ここで勝負を決めるつもりか。殺傷圏内に入ってしまえば、あのスキルを躊躇せずに使うだろう。
迷っている時間は無い。
もう鎧武者の大量召喚では、出現する前に懐に入られてしまう。ならばと、緊急避難的にアカシックレコードから取り出しておいた魔法を選択する。
走り込んできた彼女が、剣の間合いに入る。
フォルトの口が開く。
そして〈剣聖〉は、刀の鯉口を切った。
「『月影』!」
勝利を確信したベルナティオが、目にも止まらぬ速さで抜刀する。しかしながら同時に、フォルトも魔法を使う。
まさに、紙一重の差だった。
【タイム・アクセラレート/時間・加速】
ベルナティオの狙いは、首を走る頸動脈だった。
首を切り離せずとも、頸動脈を裂けば致命傷は免れない。確実に命を奪うための攻撃で、フォルトは薄ら寒さを覚えた。
「痛たた……」
そう。「だった」というように、フォルトの魔法が一瞬だけ速かったのだ。とはいえベルナティオの刀が少しずつ、本当に少しずつ進んできた。
首筋に圧力が加えられているので、このままでは痛い。
以降は刀を跳ねのけて、彼女の後ろに回り込む。
「ティオは動いているのか?」
(まぁ自分の時間が速くなる魔法だしな。ティオは止まってないか。時間対策をしているようだったし、この魔法で正解だったな)
フォルトが使用した魔法は、カーミラの元主人である暴食の魔人ポロが得意とした時空系魔法である。
対象の時間を止めるのではなく、自身の時間を加速させるのだ。
いくら〈剣聖〉でも、こちらの動きは追えていない。
「さてと。どうするか」
マリアンデールが使う時間停止の魔法と違って、この魔法なら相手にダメージを与えられる。手で顔を掴んで首を回しても良し。手刀で心臓を貫いても良い。
もちろんフォルトは、ベルナティオを殺害しない。
このようなボーナスタイムでやることと言えば、たった一つだ。
(でへでへ。まずは刀をポイっと捨てて、次は道着を……。うーん。やはり、こっちの世界のパンツは色気が無い。あ、そろそろ時間か。これで良し!)
無限に時間を加速させることは不可能である。
魔力を多く使えば延長は可能だが、それでも十数秒なのだ。しかも効果時間が切れた後には、地獄の苦しみが待っている。
「いてえええええええええっ!」
時間加速の効果が切れる同時に、フォルトの全身から血が噴き出す。
時間を加速したことによる反動だ。
こちらの世界に召喚されてから受けた初めての激痛である。痛いのが嫌だからと自殺を先延ばしにしていた男に、この激痛は地獄だった。
立っていることはできず、地面の上を転げまわる。
「なっ!」
刀を振り抜いたベルナティオは、驚きの声を上げた。
それも当然だろう。
いつの間に移動したのか。首を刎〈は〉ねたはずのフォルトは、後方で転げまわっているのだ。しかもその男の傷は、自身が付けたものではない。
手に持っていた刀も、どこかに消えてしまったのだから……。
「何が起こった!」
「いてえええええええええっ!」
「き、きさま! 私に何をした!」
「いてえって! いてえええええええええっ!」
ベルナティオの問いかけなど、フォルトの耳に届かない。
全身に激痛が走って、絶叫を上げている最中なのだ。とはいえ暫く経つと、少しずつ痛みが治まってくる。
(ふぅふぅふぅ。くそっ! 死ぬほど痛てぇなあ。だが、『超速再生』のスキルが発動している。動けるようになってきたぞ。それにしても……)
「ちっ!」
激痛が和らいだフォルトは、絶叫を止める。
それから上体を起こして、ベルナティオの姿を確認した。
彼女は腰に差していたもう一振りの刀に、手を伸ばしている。
当然のように、その刀も捨てているのだ。〈剣聖〉の手は、スカっと空を掴む。続けて視線を落とすと同時に、今度は彼女が絶叫を上げた。
「きゃあ!」
フォルトは時間加速中に、道着のスカート部分をめくって腰に巻いたのだ。
現在のベルナティオは、素足が丸出しだった。
このような破廉恥な攻撃など、初めて受けたのだろう。天下無双の〈剣聖〉でも、人間の女性である。あまりの恥ずかしさで、その場に座り込んでいる。
緊迫した戦いだったが、この時点で完全にペースを握った。
「き、きさまの仕業か!」
「奇麗な足だな。でへ」
「くっ! 近寄るな!」
激痛が治まったフォルトは、ゆっくりと立ち上がる。
ベルナティオの武器は、二振りとも遠くに投げ捨ててある。歩み寄ったところで、彼女に斬られることはない。
今度はフォルトが勝利を確信して、口角を上げる。
それに併せて、とある女性の名前を叫んだ。
「カーミラ!」
「はあい! 呼ばれて飛び出たカーミラちゃんでーす!」
突如フォルトの隣に、カーミラが現れる。
いつもの決めポーズで、可愛らしくウインクをした。
「なっ! お前は!」
「えへへ。御主人様は素敵でしたよぉ」
「こっちの話を聞け!」
「そ、そうか? ちょっとやり過ぎて痛かったのだが……」
「そういう魔法ですしねぇ」
「ちっ」
カーミラは、ベルナティオの言葉を無視していた。フォルトのプヨプヨした体を刺激してくれる、とても破廉恥な小悪魔だ。
とりあえず二体一になったので、〈剣聖〉に降伏勧告を行う。
「さてティオ。もう勝ち目は無いと思うのだがな」
「くそっ!」
ベルナティオには、戦意が残っていたようだ。
フォルトが遠くに投げ捨てた刀に向かって走りだした。
この場に現れたカーミラを、人間の小娘と判断しての行動か。確かに彼女は魔力を抑えているので、そう受け取られても仕方ない。
それでもすでに、勝負は決しているのだ。
「無駄なあがきを……。『変化』!」
フォルトはスキルを使って、背中から大量の触手を出現させる。
絵面的には、十八禁ゲームの敵役である。触手に寄生された中年男性のように、女性の嫌悪感を誘う姿だ。
全身を写す鏡があれば、頭を抱えて自虐に入る。
「きゃあ!」
そしてフォルトの触手は、刀に触れる寸前のベルナティオを捕らえた。
以降は宙に浮かせ、触手を巻き付けて拘束する。暴食のポロであれば、このまま彼女をバラバラにして食べるだろう。しかしながら、人肉を食す趣味は無い。
「フォルトぉ。終わったかしらあ?」
「ああ! 終わったぞ!」
「むぐぐ……」
穴の上にいるルリシオンが声を掛けてきた。
見上げると、マリアンデールの姿も確認できた。無事にミノタウロスを討伐して、目的を達成できたようだ。
それに安堵したフォルトは触手を使って、ベルナティオの口を塞いだ。
舌を噛まれて自害されると困るので、暫くは我慢してもらう。
「私たちはどうすればいいのお?」
「まだやることが残っているから、その場で待てるか?」
「そいつを堕とすのでしょ? 私たちも参加するわ」
フォルトの許可を待たず、マリアンデールとルリシオンが飛び降りてくる。
魔族であれば、何の問題も無い高さだ。
「おいおい。本当に参加するつもりか?」
「あはっ! 手伝うわよお」
「この女には身の程を教えないとね」
「まぁ待たせるのも悪いしな」
ベルナティオの拘束を解けないので仕方ないとはいえ、フォルトの姿を見ても姉妹は嫌な顔をしない。
普通に接してくれるだけでも、身内の有難さが身に染みる。
「ふふっ。いい心掛けね。貴方のそういうところは好きよ」
「フォルトの戦い方は面白かったわよお」
「そうか? 間一髪だったけどな」
「遊びでしょ。ナマクラ刀で傷なんて付かないわよ」
(あれ? 傷付かないのか。そう言えばマリと最初に会ったときも、ナイフで首を斬られて平気だったな。そうか。俺は魔人だった。でも……)
ベルナティオの刀は鉄製である。
その程度の武器だと、魔人に傷を負わせられない。本来なら魔法など使わずに、正面から組み伏せても良いのだ。
ただしそのような雑な戦闘をすれば、魔人だと知られてしまう。取って付けた言い訳になるが、普段から人間として戦わないと拙い。
そういった意味では、今回の戦い方で良いとフォルトは思う。
「良い経験になったな」
「実践経験は積んでおいて損はないわよお」
「まぁ魔人の強さに依存しすぎではあるがな」
「それでもいいのよ。私たちだって、魔族として戦っているしね」
「そういうものか?」
「貴方とまともに戦えるのは、同じ魔人だけだと思うわ」
「まあなあ」
(マリも恐ろしいことを言うなあ。そうだ! 今の俺は無敵ではないのだ! 他の魔人と戦うことになったら拙い。今更それに気が付くとは……)
今までは人間・魔族・亜人、魔物や魔獣しか見ていない。
その中では、魔人のフォルトは無敵だろう。だがこちらの世界には、他にも魔人は存在するのだ。
知っているところでは、魔導国家ゼノリスを滅亡させた憤怒の魔人グリード。過去には、暴食の魔人ポロや嫉妬の魔人スカーレットもいた。
きっと、他にもいるはずだ。
「フォルトぉ。顔が青いわよお」
「いや。何でもない。ところで、グリードという魔人はどこにいるのだ?」
「知らないわ。そのうち現れるわよ」
「お気楽だな」
「魔人は災厄のようなものよお。現れたら諦めるしかないわあ」
「えへへ。大丈夫ですよぉ。御主人様が倒しまーす!」
「………………」
カーミラの言葉に対して、フォルトは素直に喜べない。
そして本来なら、大罪の怠惰が顔を出して嫌がる。「嫌だ・面倒・ダルい」といった類の言葉を吐くだろう。しかしながら、それすらも出てこなかった。
現実的な話として、近くに憤怒の魔人グリードが現れたらどうだろうか。
これは、魔王だった嫉妬の魔人スカーレットが良い例となる。
異世界人――元米国人――の勇者アルフレッドによって討伐したとされるが、実際は自らの意思で冥界に堕ちた。ならば、魔人と良い勝負ができるのは魔人だけだ。
つまり、自分だった。
(まぁ適当に相手をして、さっさと逃げるのが一番だな。俺は身内さえ無事なら他はどうでもいいし、討伐までやりたくない)
フォルトが他の魔人と戦う場合は、このあたりが妥当だろう。
身内が安全圏に避難するまでは、仕方なく相手をする。しかしながら、周囲への被害を食い止める必要性は感じない。
「難しいことを考えると眠くなるわよお」
「どうせ貴方は行き当たりばったりなのだから、そろそろ始めましょう」
「酷いことを言う。だが、そろそろ始めるのは賛成だ」
「ぐむっ! ぐむぐむ」
「御主人様。もう始めていませんかぁ?」
「あ……。分かるか?」
「えへへ。お楽しみの時間でーす!」
フォルトを含めて他の三人も、ベルナティオに視線を向ける。
魔族のマリアンデールとルリシオンは、サディスティックな表情が印象的だ。またリリスのカーミラは、悪魔らしい邪悪な笑顔を浮かべている。
そして魔人のフォルトは色欲にまみれた顔で、〈剣聖〉を引き寄せるのだった。
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