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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十三章 フェリアスの空
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剣聖、堕つ1

 ブロキュスの迷宮、地下六階層。

 フォルトは現在、穴の中にいる。

 なぜかというと、わなに引っ掛かったからだ。ミノタウロスの反応を探知したところで、壁に背を預けたのがいけなかった。

 床にポッカリと穴が開いて落ちてしまったのだ。


「さて。どうしようか」

「きさま! さっさと降ろせ!」


 そして、一緒に落ちた者がいた。

 〈剣聖〉ベルナティオである。彼女を巻き込んだ形になったが、落下途中で受け止めて着地した。普通に落ちていたら、怪我では済まなかっただろう。

 その彼女は腕の中で、フォルトをにらんでいる。いや、暴れていた。手足をバタバタと動かして、片手でポカポカと頭をたたかれている最中だ。


「分かった分かった。いま降ろしてやる」

「くそ! きさまが罠を発動させたからだ!」

「まぁそうなのだが、な」

「何とかしろ!」

「………………」


 地面に降ろしたベルナティオを見ると、頭から小さなキノコ雲がポフポフと出ている錯覚を覚えた。

 巻き込んだのは悪かったが、そこまで怒ることはないと思う。

 これは、ヒステリーだろう。危険視しているフォルトと一緒にいることで、過剰にストレスをめたか。

 彼女は〈剣聖〉なのだから、もっと冷静になってほしいところだ。

 それとも〈剣聖〉すら冷静になれないほど、自身は危険なのだろうか。魔人と知られていないとはいえ、剣豪としての直感でも働いたのかもしれない。

 そう思っていると、頭上から声が聞こえた。


「フォルトぉ。大丈夫かしらあ?」

「ああ! 問題は無い!」


 ルリシオンからの声に反応して、フォルトは大声で答える。

 それにしても、穴が深かった。まるで理科の実験で使うフラスコのように、上から下に向かって大きく広がっている。


「きさまは何を考えている?」

「どうやって脱出しようかと、な」

「ちっ。高すぎて手が届かん」


 自力では脱出できない造りになっており、ジャンプして届く距離ではない。

 ただしフォルトだけであれば、スキル『変化へんげ』で翼を出して飛べば良い。しかしながら魔人固有のスキルかもしれないので、ベルナティオに見られては拙い。

 お近づきになりたいからと、一緒に連れてきたことが裏目に出た。

 もちろん、脱出の希望が無いわけではない。


「ルリ! ミノタウロスはどうだ?」

「お姉ちゃんが討伐に向かったわあ。すぐに戻ると思わよお」

「戻ってからでいいから、討伐隊に救助要請を頼む!」


 ヴァルターが率いる精鋭部隊は、地上に向かっている最中なのだ。魔族の姉妹であれば追いついて、ここまで連れて来られるだろう。

 魔物はいないようなので、救助が到着するまでは、安全に待機できる。フォルトと二人きりになるが、ベルナティオには我慢してもらうしかない。

 そう思って彼女に声を掛けようとすると……。


「嫌よお。私たち以外は誰もいないのだから、好きに弄びなさあい!」

「ちょっとルリ!」

「我慢にも限界があるわあ。生意気な人間は屈服させればいいのよお!」

「無傷のティオを手に入れたいのだぞ!」

「大丈夫よお。レイナスちゃんのようにすればいいわあ!」


 ルリシオンが爆弾を投下した。

 この場で、ベルナティオを調教しろと言っている。だが当の本人がいる前での会話であり、フォルトは失言に気付いて手で口を覆った。

 そして、恐る恐ると〈剣聖〉を見る。


「き、きさま! 本性を現したな? 無傷の私を手に入れるだと!」

「い、いや。違う!」

「やはり、フィロの話は正しかったようだな!」

「ち、違う」

「きさまは敵だ! この場で斬り捨ててくれる!」

「話を聞け!」

「問答無用!」


 フォルトから距離を取ったベルナティオは、刀に手を掛けている。

 卑怯ひきょうな手を使うつもりはないのか、いきなりは斬られなかった。さすがは〈剣聖〉と褒め称えたいところだが、そのような状況ではない。

 敵だと見定められ、殺意を向けてジリジリと近寄ってくるのだ。

 剣の間合いに入っては拙いので、こちらも同様に後退した。


「こ、これは……」

「………………」

「ま、待て!」

「『気剣体一致きけんたいいっち』!」


 ベルナティオは戦闘用のスキルまで使ったので、本気と捉えるしかない。

 このまま行動を起こさなければ、フォルトは斬られてしまう。だが彼女を無傷で手に入れたいことは変わらず、攻撃魔法は選択できない。

 武器も所持していないので、近接戦闘は愚の骨頂である。もちろん所持していたとしても、〈剣聖〉と渡り合えるはずがない。

 選択肢が狭まる中、対人戦の経験は皆無なのであたふたしてしまう。


「あぁぁ……。もうっ!」



【サモン・リビングアーマー/召喚・動くよろい



 戦闘でも楽をしたいフォルトは、今まで魔法使いとして戦ってきた。

 そして、昔から使っている魔法で一番多いのは召喚魔法である。時間も稼ぎたいので、初手は壁となる魔物の召喚を選択した。

 ブロキュスの迷宮一階層で召喚したリビングアーマーだ。

 そのいで立ちは、まさに鎧武者である。


「ギギギ」

「ちっ。召喚術師か。面倒な奴だ」

「そうだ。俺と戦うのは面倒だぞ? だから止めにしないか?」

「うるさい! そいつを斬り捨てたら、次はきさまだ!」

「ひっ! リビングアーマーよ。俺を守れ!」

「ギギギ」


 フォルトは情けなくも、鎧武者の後ろに隠れた。

 ともあれ魔物を召喚しただけでは、ベルナティオの戦意が失われない。逆に闘志に火を点けたようで、目標を鎧武者に変えている。

 今のうちに、打開策を考えるしかない。


「こんな魔物で、私を止められると思うな! 『月影つきかげ』!」

「ギッ!」


 鎧武者が間合いを詰めると、ベルナティオが刀を抜いた。かつて達人の鞘抜さやぬき動画を観たことはあったが、速度は一秒にも満たない。

 まさに一瞬の出来事で、まともに受けた鎧武者は真っ二つ。鎧の中身は霊体なので倒されてはいないが、あれでは動けないだろう。

 いくら魔法や魔法の武器でしか傷付かなくても、だ。


(なにアッサリとやられてんだ! こ、これは非常に拙い。もう無理だ! 戦いは始まってしまったから、何を言っても無駄だろう)


 迷宮(あり)の攻撃を耐えた鎧武者だが、〈剣聖〉が相手だと紙切れ同然だった。

 ここは日本人らしく、無抵抗を貫くべきだったか。ベルナティオの情にすがったほうが、戦闘を回避できたかもしれない。

 いや。それも無理か。

 こちらの世界の住人は、過酷な環境下で生きている。彼女であれば、敵に情けを掛けるほど甘い人生は送っていないはずだ。

 敵と定められたフォルトは、確実に斬り捨てられる。


「さ、さすがに強いな。もう抵抗はしないから考え直さないか?」

「次はきさまの番だ!」

「うぐっ! 無理、か? ならば、ティオの勝ちでいい。そうしよう!」

「………………」

「ティオ?」

「………………」


 愛称で語りかけても、ベルナティオは無言になった。

 先ほどまでなら絶対に怒るのだが、もうフォルトの言葉は届かない。日本人らしい抵抗も、彼女には「どこ吹く風」である。

 魔族の貴族ローゼンクロイツ家の当主として、力でねじ伏せる道しか無い。


(当主の役割、ね。だが無傷のティオを……。おっさん親衛隊の増強に……。でもルリの気持ちも……。身内にするなら……。レイナスのように……。え?)


 ここにきて、フォルトの思考回路から煙が噴き出す。

 実際には煙っていないが、すでに頭脳の処理能力は限界だった。どうすれば良いかを考えられず、目の焦点が合わなくなっている。

 そういった状況で、事態が好転するわけもなく。

 刀を鞘に納めた〈剣聖〉が、ジリジリと近寄ってくるのだった。



◇◇◇◇◇



 罠に引っ掛かったフォルトが、ベルナティオとの戦闘を開始した頃。

 マリアンデールは一人で、ミノタウロスと対峙たいじしていた。

 戦闘前の支援を受けずとも、簡単に討伐できる魔物だ。溺愛している妹のルリシオンに「すぐ戻る」と伝えてあるので、さっさと片付けるべきだろう。

 同様に愛する魔人も気掛かりである。


「あいつも間抜けよね。貴方もそう思うわよね?」

「グモオオオッ!」

「誰に向かってえているのかしら? これだから知能の低い魔物は……」

「グモ? グモオオオッ!」

「独り言の相手をしてくれてありがとう。褒美をあげるわ」



【タイム・ストップ/時間停止】



 マリアンデールが得意とする時空系魔法だ。

 世界の時間ではなく、対象の時間を止める。雄叫びを上げていたミノタウロスはピタッと静止して、指先一つも動かない。

 反則級の魔法だが、残念ながら一撃必殺というわけではなかった。

 時間を止めている間は、対象にダメージを与えられないのだ。また魔法に抵抗することは可能で、装備品での時間対策も存在した。

 習得するのに何十年と費やし、発動にも膨大な魔力を消費する。

 ある意味では博打であり、それに見合うかは術者によるだろう。


(ふふっ。ルリちゃんは火属性魔法で討伐したから……)


 普段は姉妹の連携で使っているが、今回は限界突破作業中だ。一人で対処しないといけないので、攻撃するには時間停止の効果が切れるのを待つしかない。

 ただし一撃で仕留められなければ、ミノタウロスから反撃を受ける。普通の術者であれば、先制攻撃の準備か逃亡を図るときにしか使えない。

 つまり、ルリシオンのような圧倒的な火力があってこそ生きる魔法だった。


「三、二、一!」

「グモオオオッ!」


 時間停止の効果時間が切れる瞬間、マリアンデールが踏み込んだ。残り時間一秒で右手を後ろに引いて、ミノタウロスの腹に正拳突きを放つ。

 そしてコンマ一秒の狂いもなく、ミノタウロスが動きだした瞬間。


「『波動烈破はどうれっぱ』!」


 マリアンデールの拳から、魔力とは違う何かが放たれる。

 次に少し遅れて、通路の先から「ドゴーン!」という轟音ごうおんが響いた。


「グ、モ……」

「褒美は〈狂乱の女王〉の一撃よ。冥界で誇るといいわ」

「………………」


 後ろに飛びのいたマリアンデールは、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 ミノタウロスの腹には、自身の拳よりも大きい風穴が穿うがたれている。またその先に見える壁は、円形状に陥没していた。

 ミノタウロスは何が起きたのかを理解しないまま、後方に倒れ込んだ。大量の血を床に広げて、すでに絶命している。


(あら。少し血が付いてしまったわ)


 マリアンデールの小さな胸元には、ミノタウロスの返り血が付いていた。魔法の服なのでいずれ奇麗に落ちるが、おもむろに親指でふき取る。

 それから舌を出して、ペロッとなめた後に口角を上げた。

 以降はミノタウロスの死体を一瞥いちべつして、ルリシオンがいる場所に向かう。


(まったくあいつときたら、穴に落ちちゃって……。本当に間抜けだわ。まぁ魔人なのだから死なないでしょうけど……)


 フォルトに声ぐらい掛けてから、ミノタウロスの討伐に向かうべきだったか。

 嫌われることはないだろうが、マリアンデールは少しだけ後悔していた。姉妹の限界突破に付き合ってもらっているのだから、心配ぐらいはしてあげても良い。

 愛情を表に出すのは苦手だが……。

 ともあれ自然と足早になり、通路の先にルリシオンが見えた。


「ルリちゃん!」

「あはっ! さすがはお姉ちゃんねえ。早かったわあ」

「ルリちゃんのために、さっさと倒しちゃったわ」

「ご苦労さまあ」

「あいつは?」

「穴の中で、お楽しみの真っ最中よお」


 マリアンデールは妹成分を補充しながら、穴の中をのぞく。フォルトが召喚した光の精霊のおかげで、その光景がよく見えた。

 召喚された魔物や悪魔・精霊は、召喚主が死亡すると送還される。

 これが召喚されているということは、彼が生きている証拠だ。


「面白いことになっているわね」

「あの人間。結構やるわよお」

「へぇ。あいつで勝てるかしら?」

「負けることはないけどねえ。フォルトがどうさばくか見物だわあ」


 人間の強者であろう〈剣聖〉ベルナティオ。

 強いのだろうが、相手は魔人フォルトだ。今の彼女では絶対に勝てないので、ルリシオンは安心して戦闘を眺めていた。

 それには、マリアンデールも同意である。


「助力は要らないわね。まぁいい勉強になるでしょ」

「戦闘は始まったばかりよお」

「すぐに終わるのかしら?」

「フォルト次第ねえ。慌てふためく姿は面白いわあ」

「ふふっ。カーミラは?」

「穴の中よお」


 姉妹に『透明化とうめいか』を見破る目は無いが、魔力探知で存在は分かる。

 あの可愛らしい小悪魔も、戦闘での助力をするつもりはないようだ。主人の望みをかなえるべく、状況に介入するタイミングを計っているのだろう。


「この舞台を作ったのはカーミラ?」

「私よお。身内にするつもりなら、自分から動いてもらわないとねえ」

「確かにね。でも、人間の女よりも下になるつもりはないわ」

「当然よお。だからお姉ちゃん……」


 続くルリシオンの言葉に、マリアンデールは納得した。と同時に姉妹は、サディスティックな表情を浮かべる。

 フォルトの身内に上下関係は無いが、それぞれに立ち位置はある。彼をローゼンクロイツ家の当主に据えたことで、他の身内よりも優位に立っていた。

 ベルナティオが新たに加わっても、最初に身の程を分からせるべきだ。

 そう考えた二人は、戦闘の行方を傍観するのだった。

Copyright©2021-特攻君

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