おっさん親衛隊と勇者候補3
レイナスに連れられた勇者候補チーム一行は、野菜用の倉庫に移動した。
ただの倉庫なので、寝所としての機能は無い。
窓は設置されておらず、粗悪な木箱が何個も積み上がっている。また照明も無いが壁には隙間があり、外からの光が差し込んでいた。
シュンは虫がいないかと彼女に尋ねたが、倉庫の中には一匹もいないそうだ。
「少し涼しいですが問題ありませんわね?」
「これぐらいなら平気だぜ」
「箱は移動して結構ですわ。私は食料や寝具を持ってきますわね」
肉用の倉庫もそうだが、所々に氷塊が置いてあった。
以降のシュンたちは、それぞれで横になれるスペースを確保する。勇者候補チームは野営に慣れているので、誰が何を言うでもなく行動を開始した。
そして暫く経つと、レイナスが魔物と一緒に戻ってくる。
「うおっ!」
「どうかしましたか?」
「い、いや。そう言えば、魔物を使役してるんだったな」
魔物とはトレントのことで、樹木がそのまま歩いているといった印象だ。
よく見ると、枝の一部には肉塊が吊るされいる。また大きめの木箱も抱えており、ゆっくりとした動作で地面に下ろしていた。
それが終わると、根っこを地面に潜らせて動かなくなる。ならばとシュンは警戒心を解いて、レイナスからシーツを受け取った。
「野菜は必要な分を、箱から取り出して良いですわよ」
「レイナスが料理を作ってくれるのか?」
「ちっ。食材を渡すだけですわ。調理は自分たちでどうぞ」
「つれねぇなあ。まさか料理が作れねぇのか?」
「もちろん作れますわよ。フォルト様の胃袋を掴んでいますわ」
「そうかい? まぁ何とかするさ」
(おっさんめ。レイナスの料理を食べてるだと? 本当にどうなってんだよ! 魔法学園の生徒会長だったと聞いたが、日本なら高校生だろ!)
シュンからすると、フォルトという中年男性からは犯罪臭しか漂ってこない。
殺意を芽生えさせたばかりなので、ホストスマイルが崩れそうになる。とはいえ後ろからアルディスに呼ばれて、何とか耐えた。
「シュン! 運ぶのを手伝ってよ!」
「あ、あぁ……」
「お風呂の件は許可しますわ。使う場合は、執事様に言いなさい」
風呂についても執事のおかげで、女性陣は使わせてもらえる。
男性陣は、聖なる泉で体を拭く。飲料水にもなるらしく、レイナスからは「泉を汚さないように」と釘を刺された。
一応は泉の底から出ている木の根のおかげで、常に浄化されているらしい。
ともあれ彼女が離れていったので、シュンはアルディスの近くに移動した。
「アルディスなら余裕で運べるだろ?」
「へへ。一緒に運ぼうよ!」
「いいぜ。それよりも後でさ」
「さすがに無理よ。森に入ると、アンデッドに襲われるよ?」
「ムラムラとしちまってな」
「まさか、レイナスさんに欲情したの?」
「おいおい。アルディスに決まってるだろ」
「そうだよね。ボクもしたいけど、ちょっと無理だね」
シュンは皆に聞こえないように、ヒソヒソと会話しながら木箱を移動する。
実際はレイナスに欲情しているが、真実を言えるわけもなく。木箱を床に置くときは、彼女の手に触れることを忘れない。
そしてエレーヌに視線を送ると、ノックスとコンビを組んでいる。また体格の良いギッシュは、三個の箱を重ねて運んでいた。
「ところでさ。レイナスさんって強いのかな?」
「強いんじゃないか? レベル帯は俺らと同じはずだぜ」
「先にワイバーンを倒したんだよね?」
「そう言ってたな」
「ああん? あの金髪女が強いかだと?」
「ギッシュは興味がありそうだな」
強くなることに貪欲なギッシュが、アルディスとの会話に割り込む。
強者の話には敏感なので、レイナスの強さに興味を持ったか。
異世界人ではない彼女だが、レベル三十の限界突破をした日は、こちらより少し前という話だった。だが意外にも彼は、シュンの言葉を否定する。
「いや。ねぇな。俺は小せぇ魔族を殺すぜ」
「殺すって……」
「魔族は殺していいんだろ? この前のリベンジをすっからよ」
「確かにレイナスは、魔族よりも弱いだろうしな」
「分かってんじゃねぇか。金髪女と戦うなら、ホストに譲ってやんよ」
「………………」
会話に興味を失ったギッシュは、スペースの確保を再開した。
そしてシュンは、良からぬことを考える。
レイナスに勝利すれば、自分の近くにいるほうが安全だと教えられるだろう。またフォルトを殺害して彼女を手に入れるにしても、好感度は上げておくべきだ。
魔族のルリシオンには敗北したが、人間の女性であれば勝つ自信はある。
「ちょっとシュン。レイナスさんと戦うつもり?」
「模擬戦なら受けてくれんじゃねぇか?」
「そうかもだけど、彼女はヤバいと思うよ」
「ヤバい?」
「レイナスさんだけじゃないわ。ここの女性たちはおかしいよ!」
「かもなあ。おっさんなんぞに……」
「まともなのはソフィアさんだけね」
「だな。もしかして、おっさんに洗脳されてんのか?」
人間が魔族を手懐けるには、何らかの方法で洗脳でもしないと不可能だ。
そういったスキルや魔法を、フォルトが保持しているのかもしれない。であれば、彼女たちが従順なのも頷ける。
この考えに間違いがなければ、おっさんに魅力があるわけではない。ならば彼女たちを解放するのが、勇者候補たるシュンの役目である。
ただし現状では情報が足りず、自身まで洗脳されかねない。
「洗脳スキル、か。存在するのか?」
「知らないわよ。でも、ノックスが詳しいんじゃない?」
「あ、そうだな。後で聞いてみっか」
スキルや魔法については、ノックスの得意分野だった。
とりあえずは一泊したら、商業都市ハンに戻る。再び幽鬼の森に訪れるまでに、情報収集をしたいところだ。
「あの二人は進展しないねぇ」
「ノックスの好みが年下だからなあ」
「エレーヌでいいと思うんだけどね」
「とりあえず無駄口を叩くよりも、さっさとスペースを確保しようぜ」
「そうね」
(悪いなアルディス。すでにエレーヌも俺の女だぜ。今度は三人で楽しみてぇが、さすがに無理な話か? もっと俺に依存させてからだな)
シュンは下衆な思考を悟らせないように、木箱の移動を急ぐ。
そしてスペースを確保したところで、ギッシュがトレントに近づいた。
「よおホスト。この肉は食っていいんだろ?」
「ギッシュは本当に焼肉が好きだな」
「おう! 体力とスタミナが付くからよ。しかもこの肉はうめえ!」
ギッシュは能天気なものだと、シュンは思う。
ちなみにトレントが置いた大きめの木箱には、調理道具や食器類が入っていた。木製の粗悪なものだが、何も無いよりはマシである。
執事も戻ってきたので、仲間と一緒に食事の準備に取り掛かった。
まるでキャンプ場にいる感じだが、それは置いておく。
そして焼いた肉の匂いが、幽鬼の森に漂うのだった。
◇◇◇◇◇
勇者候補チームの対応を済ませたレイナスは、屋敷の調理場に向かった。
フォルトの身内で料理が得意な者は、自身を入れた三人。
そのうちのルリシオンとカーミラがいないのだ。留守番をしている身内の食事を作らなければならない。
シュンから料理について尋ねられたが、実に腹立たしい。
彼らの料理を作っている暇などなく、身内以外に振る舞うつもりもないのだ。などと考えていると、アーシャが調理場に入ってきた。
「レイナス先輩!」
「あらアーシャ。丁度、調理を始めるところですわ」
「手伝うよぉ。それよりもさ。シュンには気を付けてね!」
木箱から野菜を取り出したアーシャが、そう言いながら洗いだした。
あやふやな忠告なので、レイナスは首を傾げてしまう。
「何を気を付けるのかしら?」
「レイナス先輩を狙ってるのよ!」
「どういうことかしら?」
「レイナス先輩の体が目的だわ。きっとそうよ!」
「ふふっ。分かっていますわ」
レイナスは聖剣ロゼを使って、ビッグホーンの肉をサイコロ状にする。
これをやると文句を言われるが、切れ味が良いので気にしない。とはいえ、聖剣ロゼが手に馴染んでいるからこそできるのだ。
ともあれアーシャの忠告は、シュンと初めて出会ったときに理解していた。
「あ、そうなん?」
「彼のような貴族の子息には、何度も言い寄られておりますわ」
「レイナス先輩は奇麗だもんねぇ」
「ですが、男性はフォルト様しか興味がないですわ」
「なら平気かあ。あいつはねぇ」
アーシャの勘は鋭い。
すでにシュンは、アルディスとエレーヌの両方を手籠めにしたらしい。しかも、レイナスやソフィアを見る目が違うそうだ。
前者については分からなかったが、後者は貴族令嬢の経験から見抜いている。
「ふふっ。心配してくれてありがとう」
「でもあれね。貴族って凄いねぇ」
「他家に出し抜かれないよう、幼い頃から教育されていますわ」
「マジ? じゃあ忠告する必要がなかったね!」
「いいえ。アーシャの気持ちは嬉しいですわ」
レイナスは、幼少の頃から一人だった。
当時は伯爵令嬢として、他人と距離を取る必要があったからだ。魔法学園で学友はいたが、本音で話せる者は存在しなかった。
その学友も厳選しないと、家との関係性を勘繰られてしまう。会話も慎重にならざるを得ず、言質を取られないよう気を付けないといけない。
ただし、フォルトに拉致されてからは変わった。玩具から身内になったことで、他の身内には真に打ち解けられたのだ。
アーシャの心配は堪らなく嬉しい。
そんなことを話していると、シェラも手伝いに来てくれた。
「あらレイナスさん。アーシャさんもいらしたのね」
「シェラさんが来たなら、ソフィアさんは?」
「談話室で、執事様とお話をしていましたわ」
「ならお茶を……」
「お出ししておきましたわ。それよりも、人間どもは?」
「一泊させて、明日には帰ってもらいますわ」
「そうですか」
シェラは人間が嫌いだ。
彼女はマリアンデールやルリシオンのように強者ではなく、人間の魔族狩りで酷い目に遭っている。捕縛はされなかったが、毎日のように追い回された。
目の前で、友人を殺害されたこともあったのだ。
「思うところが大きいのですか?」
「はい。それに私では……」
「残念ながら、シェラさんでは勝てませんわね」
「やはり……」
そう。魔族は人間よりも強いが、シェラはシュンたちに及ばない。
いざ戦闘になると勝てないので、こうやって隠れているのだ。
「だからこそ、私がいますわ。安心してほしいですわね」
「必要以上に怖がり過ぎなのでしょうか?」
「シェラさんは、それでいいと思いますわ」
「そうですか?」
「フォルト様を楽しませるには、多種多様な女性が必要ですわ」
「うぇ。レイナス先輩は、身内が増えると思ってるん?」
「当然ですわね。英雄は色を好むと言いますわ」
これからもフォルトは、身内を増やすとレイナスは考えていた。
エルフ族を欲しがっていたので、最低でも一人は増えるだろう。だが同時にどれだけ増えようが、平等に愛してくれると確信していた。
「あのエロオヤジは……」
「あら。アーシャは嫉妬ですか?」
「ちょっとだけね!」
「カーミラがいるから、どう頑張っても二番手ですわよ?」
「分かってるって! でも、身内に一番も二番もないよーだ!」
「アーシャさんは良いことを言いますわね」
「きゃは! シェラさんに褒められるなんて、神様の祝福でもあるかな?」
「ありますよ」
「ふふっ。さぁ料理を作りますわよ」
少し話し込んでしまったが、料理を作る手は止めていない。
いや。むしろ急ぎだした。早く料理を完成させないと、少し困ったことになりそうだったからだ。
レイナスはアーシャとシェラに、テキパキと指示を出す。
本日のメインは、ビッグホーンのサイコロステーキである。野菜のサラダとスープも付けて、フォルト好みの体型を維持させる。
そして、料理も完成に近づいた頃。
「執事殿との打ち合わせが終わりましたので、夕食の支度をお手伝いします」
「あらソフィアさん。ですが、テーブルに運ぶだけですわ」
「あたしが持っていくよ! ソフィアさんは席について待ってて!」
「アーシャさんにお任せしますわ。私は後片付けをやりますね」
「え? シェラさん? え? え?」
シェラがソフィアの背中を押して、食堂に移動させた。
料理の盛り付けを始めたレイナスは、アーシャと顔を見合わせて安堵する。調理場は立入禁止にしたはずだが、隙を見ては入ろうとするのだ。
強く言っていないせいとはいえ、料理の完成が遅ければ危なかったか。
そう思いながらも口角を上げ、余った食材を隠すのだった。
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