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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十三章 フェリアスの空
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おっさん親衛隊と勇者候補2

 シュンからの要望は聞いたとして、ソフィアは会話を終わらせた。

 やはり考える時間が欲しく、一時的に彼を遠ざけておくためだ。また執事を領主バグバットの代理と位置付けて、その理由とした。

 どちらの立場が上と言えば、当然のように執事である。

 続けてアーシャに、レイナスを呼びに向かわせた。

 現在の彼女は、フロッグマンの受け渡しで離れている。とはいえ、勇者候補チームが宿泊するなら帰るときで良いだろう。

 そして執事をテラスに招き、要望の対応を決める。


「執事殿がいらっしゃって助かりました」

「いえいえ。ところでソフィア様は、彼らとお知り合いでしたか?」

「私が召喚した勇者候補たちです」

「事情は分かりませんが、何か問題でもありましたか?」

「問題といえば問題ですね。フォルト様の件はどこまで?」

「旦那様から伺っております。魔人と言えば察せられますかな?」


 執事は吸血鬼なので、真祖バグバットからの命令は絶対である。

 フォルトが魔人だと知っていても、誰かに口外することはない。しかも一流の執事で人柄も良く、信頼のおける人物だ。


「では、私の危惧も理解していると思います」

「そうですな。どうやら、女性関係の問題のようで……」

「ふふっ。さすがはバグバット様の執事殿ですね」

「ありがとうございます。欲望が大きいのは、人間の罪ですな」

「はい。ですが……」

「理解しております。人間は欲望に抗う術も持ちます」

「そのとおりです」


 これぐらいの話はフォルトも理解していると、ソフィアは思っている。

 社会的弱者だった彼は、人間が持つ欲望の犠牲者とも言えた。社会的強者からは無視され続けて、人間社会で十数年も孤立していたと聞いている。

 自虐と冗談を交えるので、どう答えたら良いか迷うときもあった。


(身内には心を開いていますが……。人間を見限っているフォルト様には、この話は心に響かないでしょう。ですが……)


 ソフィアには、執事の言葉が頼もしかった。

 執事は闇の住人である吸血鬼でも、元は人間である。記憶は残っているので、人間という種族を理解していた。

 これは、フォルトにも言えること。

 彼は人間の醜さを知って見限ったが、執事は違う。ならば、心の闇に光を灯し続けることで立ち直ることもできるはずだ。

 ただしそれは、もっと未来の話である。

 今は、目の前の問題をどうするか決定しなければならない。


「申しわけありません。話が逸れました」

「いえ大丈夫です。長期の滞在は、デルヴィ侯爵から不興を買うでしょう」


 デルヴィ侯爵からの依頼を完了するのことが先決で、アルディス個人の限界突破作業は後回しにするべきだろう。

 ソフィアがそれを伝えなかったのは、彼らの上司でもない人から指摘されると気分を害するからだ。


「彼らは若いです。ソフィア様から伝えれば意固地になりますな」

「そこで執事様に、ご相談したかったのです」

「では、私からシュン様に伝えましょう」

「ありがとうございます。ですが、彼が納得しますか?」

「アルディス様は、ご自分だけの力でファントムを倒したいようです」

「なるほど。執事殿の見立てだと、現時点では討伐できないと?」

「まだ早いでしょうな」


 アルディスの限界突破作業は、相応の実力を付けてからのほうが確実。

 そう付け加えることで、シュンを納得させるつもりのようだ。


「であれば……」

「またアルバハードには、熟練の格闘家がいらっしゃいます」

「ご紹介していただけるのですか?」

「はい。こちらに滞在するよりも有意義だと伝えれば……」


 アルバハードにいる格闘家にアルディスを預けて、シュンと他の仲間はデルヴィ侯爵からの依頼を達成させる。

 彼は長期の滞在を希望したが、執事の提案があれば波風は立たない。


「フォルト様が戻られるまでの時間を稼げますな」


 これが、バグバットの執事である。

 冷静に状況を分析して、ソフィアが望む答えを導き出している。

 時間さえ稼げれば、わざわざフォルトに知らせることもない。帰還してから改めて伝え、シュンたちへの対応を決定すれば良いだろう。


「ありがとうございます」

「主からは力になるよう仰せつかっておりますからな」

「ふふっ。バグバット様には感謝をしていたとお伝えください」

「畏まりました」


 具体的な話を終えたソフィアは、シュンたちに視線を送る。

 彼らは馬車の周囲で雑談をしているが、後のことは執事に任せた。

 そして執事が席を立つと同時に、レイナスがテラスに戻ってくる。また彼女を呼びに向かわせたアーシャは、屋敷の中に入っていくところだった。


「ソフィアさん。どうかなさいましたか?」

「急に呼び戻して済みません」

「構いませんわ。何か問題でもありましたでしょうか?」

「問題と言いますか」


 デルヴィ侯爵の意図について、レイナスに意見を求めた。

 廃嫡されたとはいえ実家のローイン公爵家――廃嫡当時は伯爵家――も、エウィ王国の大貴族なのだ。元令嬢として、ソフィアよりも貴族を熟知している。


「やれやれですわね。デルヴィ侯爵の嫌がらせですわ」

「それはないと思いますが……」

「冗談ですわ。フォルト様個人の情報収集で間違いありませんわね」

「個人、ですか?」

「無欲とは聞こえは良いですが、平穏を願うことも欲望ですわね」


 国境を越えるときの話である。

 デルヴィ侯爵は、金銭や女性を提示して手駒にしようとした。だがフォルトは拒否して、平穏が欲しいと伝えた。

 何かを願うことは、それも欲望の一つである。

 そう考えている侯爵は、フォルト個人の情報収集を始めたのだ。まずは同郷の勇者候補チームを使って、どのような反応をするか知りたいらしい。

 人物を深く知ることで、侯爵は手札をそろえるつもりだろう。


「どうしたら良いでしょうか?」

「現状はフォルト様がいないので空振りですわね」

「ふふっ。確かにそうですね」

「もしこの場にいても、わざわざ演技をする必要は無いですわ」

「なぜですか?」

「隠さないことも、情報操作の一つですわね」


 ただでさえ扱いづらい人物だからこそ、デルヴィ侯爵は情報収集を始めたのだ。下手な演技をしても欺けないので、ありのままを伝えれば良いらしい。

 逆にフォルトが演技をしてしまうと、侯爵に手札を渡すことになる。

 演技をするということは、それが肝と言っているようなものだからだ。無意味な演技も同様で、何かを隠したいからこそ演技をすると捉えられてしまう。


「なるほど。しかも、絶対に渡せない情報もいませんね」

「ですわね。まぁ今回は気にしないで良いですわ」


 絶対に渡せない情報は、デルヴィ侯爵の妻だったリリエラの存在だ。

 侯爵が自ら見ないと素性が分からないとしても、痛い腹を探られてしまう。フォルトの近くに弱い女性がいることで、何か良からぬことを仕かけられても困る。

 シェラについてはグリムが知っており、エインリッヒ九世に報告している。おそらくは、侯爵にも伝わっているはずだ。

 勇者候補チームがいると隠れてしまうが……。


「レイナスさんの意見が聞けて助かりました」

「それで、あの者たちは?」


 ここでソフィアは、執事と決めた件を伝える。

 レイナスも危惧していたので、その内容には安心したようだ。


「一泊ですか。ではあの者たちは、私が対応しますわ」

「お願いします」

「ふふっ。アーシャは屋敷の中に逃げ込んでしまいましたわね」

「困ったものです」

「女性としては許せませんので仕方ありませんわ」


 シュンがアーシャに対して犯した罪を、レイナスは許せないと言う。

 知らなかったとはいえ、魔族のルリシオンに挑んだ無鉄砲さは短絡的だ。また敗北後に提示された選択肢で、アーシャを生き残らせようとしなかった。しかも顔が焼けただれて醜くなったからと、一方的に別れを告げている。

 最低でも生き残った後に寄り添えば、結果は違ったかもしれない。

 もちろんソフィアも同意見だが、もう少し取り繕ってほしいと思う。


「しかし……。いえ。やめましょう」


 シュン率いる勇者候補チームが、魔物運搬の担当者なのだ。

 今後も会うことになるので、あからさまな態度は余計ないさかいを生む。だがアーシャの身になれば、ソフィアでも強くは言えない。

 これについては、仲間の前で暴露しないだけマシか。


「あの者たちが泊まる場所は、食料用の倉庫でよろしいですわね?」

「はい」

「では野菜用の倉庫に泊まらせるようにして、肉は別で提供しますわね」

「ギッシュ様対策ですね?」

「以前の失敗を繰り返すわけにはいきませんわ」

「ふふっ」


 ギッシュは、焼肉が大好物である。

 そのせいで双竜山の森では、屋敷に侵入された苦い経験ある。肉用の倉庫には立ち入らないよう厳重に注意して、肉を多めに提供してしまう。

 これについては、フォルトも理解してくれるだろう。

 そう思ったソフィアは、レイナスと笑い合うのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンは口角を上げながら、テラスで執事と会話するソフィアを眺める。

 アルディス・エレーヌ・ラキシスと手籠めにしてきたが、本命は彼女なのだ。聖女だった頃は、もう少しで口説き落とせそうだった。

 あれほどの美貌を持つ女性は、イケメンである自分の隣にいてこそ輝ける。フォルトのような弱者男性の近くにいて良い女性ではないのだ。

 何日か宿泊する間に口説き落として、幽鬼の森から連れ出したい。などと決意したところで、アルディスが顔をのぞき込んできた。

 真剣な面持ちだったからか、今の恋人は心配そうな表情をしている。


「どうしたのシュン?」

「何でもねぇよ。それよりもフロッグマンは?」

「蛙人間だったぜ。面白れぇ魔物だな!」

「ギッシュったら子供みたいでさ!」

「何だと空手家!」

「事実でしょ!」


 フロッグマンを確認したギッシュが、動物園で肉食獣を見る子供ような無邪気さではしゃいでいたらしい。

 おりの中でゲコゲコと鳴きながら、彼を攻撃しようとしていたようだ。話しかけても言葉は通じず、闘争本能がき出しの魔物である。

 馬鹿馬鹿しい話だったので、シュンは苦笑いを浮かべた。


「ねぇシュン。何でソフィアさんがいるの?」

「匿われてると言ってたが、俺にはよく理解できなかったぜ」

「誰かに狙われてるのかな?」

「グリム様から頼んだらしいが、詳しくは知らねぇ」

「ふーん。でも、おじさんは屋敷にいないんでしょ?」

「そう言ってたな。どこに行ったかは聞いてねぇけどよ」

「そ、そう」


 アルディスがほほを赤らめている。

 ちなみに彼女は、フォルトたちの夜の営みを覗いたことがある。一瞬だったが、その光景は刺激が強すぎた。

 思い出した瞬間に、体が上気したのだ。

 そんなことは露知らず、シュンは首を傾げた。


「おっさんが気になるのか?」

「気にならないわよ! あんな破廉恥な……」

「破廉恥?」

「何でもないわ! と、とにかく……。シュンは機嫌が悪いの?」

「きっと、アンデッドがいる森のせいだな」

「そ、そうよね。気が滅入めいっちゃったのよ」


(危ねぇ。俺がソフィアを狙ってるのは内緒だ。こんなところでボロを出して、アルディスに嫌われるのは御免だぜ!)


 これまで付き合って判明したが、アルディスは少し嫉妬深い。

 それ自体は構わないとはいえ、重く感じるときがあった。アーシャのような女性が丁度良いスペアなのだが、今は贅沢ぜいたくを言っていられないか。

 エレーヌは最初に脅してあり、周囲に配慮してくれた。

 ともあれ今は仲間が集まってきたので、気分転換としてノックスを弄る。


「これからの予定だが、ここに数日は泊まるぜ」

「へぇ。確かに疲れたしね。許可がもらえたなら休みたい」

「交渉事は任せな。と言ってもよ。ノックスは残念だったな」

「何が?」

「赤髪の女がいなくてよ」

「ちょ! 傷心の僕をえぐらないでほしいんだけど!」

「ははははっ! もう諦めたのか?」

「おっさんの愛人だよ愛人。きっと年上が趣味なんだよ」

「若いノックスは無理かあ」

「勘弁してよ! あぁあ。いい出会いがないかなあ」


 すでにノックスは、カーミラを諦めていた。

 もともと追いかけるほどの気概がない若者だ。女性と友達付き合いはできるが、恋愛となるとからっきしだった。

 赤髪の女性と出会ってから性に目覚めたようだが、奥手すぎて話にならない。またアルディスとエレーヌは彼の守備範囲外なので、その点は安心している。


「俺らは侯爵様に認められたチームだぜ? 女なんてすぐに寄ってくるさ」

「そうだといいんだけどね」

「何しゃばいことを言ってんだ!」

「ギッシュは女に興味はないのか?」

「ねぇよ。俺はクソ女魔族を殺すんだ!」


 ギッシュは硬派のツッパリとして、恋愛話はお気に召さない。

 シュンにしてみれば、女性に興味がないのは幸いだった。ノックスと同様にライバルにならないのは最高である。

 彼の目標は、手も足も出なかったマリアンデールと勝負して勝利すること。にもかかわらずフォルトとお出かけ中なので、機嫌が悪くなってしまう。

 相変わらず面倒な男である。

 なだめるのもリーダーの務めなので、「まぁまぁ」と声を掛けようとした瞬間。


「シュン様。残念ながら、一泊しかできませんな」


 ソフィアとの話が終わったのか、執事が戻ってきた。

 一泊しかできないと言われ、シュンは怪訝けげんな表情を浮かべる。


「一泊?」

「明日出発したほうがよろしいかと存じます」

「なぜだ?」

「デルヴィ侯爵様が首を長くしてお待ちでしょう」

「そ、それはそうだが……」


 執事が指摘したとおり、デルヴィ侯爵を待たせるわけにはいかない。

 シュンは将来を期待されて、この仕事を任されている。すでに先行投資を受けている身であり、侯爵から不興を買うことはできない。

 自身の将来のために、権力者とのつながりは必要なのだ。


「またアルディス様の限界突破の件もあります」

「討伐対象のファントムは、この森にいるんだろ?」

「アルディス様は、ご自分の力だけで成し遂げたいと仰っていますな」

「ボクは二人に先行されてるからね」


 執事の言葉に、アルディスが意気込んでいる。

 確かに彼女と出会った頃は、同じレベル帯だった。しかしながらシュンとギッシュが先に、レベル三十の限界突破を終わらせたのだ。

 元オリンピック代表候補としてのプライドがあるのだろう。

 仲間の支援魔法無しで、ファントムを討伐するつもりのようだ。


「ですが、今のアルディス様では無理でございましょう?」

「うっ! 気、ですよね? 今の私は使えないわ」

「アルバハードには、熟練の格闘家がいらっしゃいます」

「え?」

「その方をご紹介致します。弟子入りすれば使えるようになるでしょう」

「ほ、本当に? やった!」


 ここまで言われれば、誰でも分かろうというものだ。

 シュンはホストスマイル浮かべて、不満を隠す。


(さっさとハンに戻って報告しろ。アルディスを熟練の格闘家に預けて限界突破をさせろ。どうせ幽鬼の森には戻るのだ、と言いたいんだな)


「予定が変わった。出発は明日だ。それで?」

「倉庫を貸してくれるそうです。食料の提供もしてもらえます」

「まさか肉か! あんときの焼肉は最高だったぜ!」


 ギッシュの機嫌が直った。

 現金なものだが、双竜山の森でフォルトから提供された肉は旨かった。

 ただしその焼肉好きが災いして、マリアンデールに敗北したのだ。どうせ言っても聞かないので、わざわざ蒸し返すこともないが……。


「お風呂は借りられないかなあ?」

「大丈夫だと思いますよ。私が交渉をしてきましょう」

「さすがは執事さん! エレーヌ、また一緒に入ろうね」

「う、うん!」


 アルディスとエレーヌは仲が良い。

 二人がはしゃいでいるのを見て、シュンはニヤリと笑ってしまう。

 デルヴィ侯爵とのパイプを太くして貴族になれたら、ラキシスと共に二人を側室に迎えるつもりだった。

 もちろん正室には、ソフィアを予定している。

 勇者級まで成長した貴族を目指して、薔薇ばら色の将来設計をしていた。

 そして今後の動きについて話していると、レイナスが近づいてくる。


「私が貴方たちの担当をしますわ。何かあれば言いなさい」

「レイナスちゃんなら安心だぜ」

「ちゃん付けで呼ばれる筋合いはないと、以前に伝えましたわね」

「そうだったか? レイナスは細かいな」

「ちっ。もういいですわ。では、倉庫に案内しますわね」

「ありがとよ」


 舌打ちをされたが、レイナスも容姿が良い女性だ。

 いや。フォルトの近くにいる女性は、全員が美少女である。ならばおっさんを排除してしまえば、すべてを手に入れられるか。

 一人一人を口説くよりも、そちらのほうが簡単である。

 そう考えたシュンは、瞳に暗い炎を宿すのだった。

Copyright©2021-特攻君

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