おっさん親衛隊と勇者候補1
シュン率いる勇者候補チームが、幽鬼の森を進んでいる。
デルヴィ侯爵からの依頼を受けた後、自由都市アルバハードに訪れたのだ。依頼内容は、森で捕獲してある魔物の運搬である。
一応は筋を通すために、領主バグバットに立入の許可を申し入れた。だがバルボ子爵からの紹介状を持参していても面会は叶わず、執事に対応されてしまう。
自分たちは作業員的な担当者なので、文句を言える立場にない。
ともあれ話を聞くと、アンデッドの出現する森らしい。
それについては執事が同行することで、侯爵の顔を立てていた。
現在は執事と一緒に馬車に乗り、魔物を捕獲してある場所に移動中だ。
「シュン。ちょっと怖いんだけど……」
「わ、私もです」
「けっ! ゾンビとかだろ? 俺が全部グチャグチャにしてやるぜ!」
「お化け屋敷とはわけが違うね」
「………………」
女性陣のアルディスとエレーヌが怖がっている。
ノックスが言ったとおり、リアルさが違う。草木は枯れ薄紫色の霧が立ち込めて、遠くにはゾンビの群れが見えた。
ギッシュはいきり立つが、御者台に座っている執事のおかげで襲われない。とはいえ彼も吸血鬼であり、命の脈動を感じないアンデッドである。
そういった状況にもかかわらず、シュンは別のことを考えていた。
(ちっ。抱き足りねぇよ。ラキシスがハンに到着してから抱いてるが、まったく飽きねえ! もうちょっと先延ばしすれば良かったな)
神官ラキシスは、商業都市ハンの聖神イシュリル神殿に入った。
バルボ子爵が「ヤリ部屋」を用意してくれたので、出発するまでは足繁く通っていたのだ。神殿内でどうかと思うが、恋人になったアルディスやエレーヌに配慮しないで良いのは助かっている。
こういった旅に出てしまうと仲間の手前、なかなか女性は抱けない。
「シュン?」
「す、済まねぇ。ちょっと考えごとをしてた」
「ふーん。シュンは怖くないの?」
「アンデッドを怖がっていたら、勇者にはなれねぇよ」
「それもそうね。ところで、ボクの限界突破なんだけどさ」
商業都市ハンを拠点にしてから、冒険者ギルドで討伐の依頼を受けていた。
その過程でアルディスが、レベル三十に到達したのだ。
限界突破の対象はファントム。いわゆる幽霊というやつだ。日本では眉唾物の魔物だが、こちらの世界には存在する。
「幽霊なんて倒せるの?」
「知らねぇけど、ラキシスのような神官なら倒せるんじゃないか?」
「確かにねぇ。でも、ファントムと戦うのはボクだよ?」
「討伐の方法は色々とありますな」
シュンたちの会話に、バグバットの執事が割り込んできた。
とても紳士的な人物で、道中はお世話になりっぱなしだ。吸血鬼とはいえ、それが気にならないほど理知的でもある。
「おじさん! どんな方法があるの?」
「おじさんって……。アルディス、執事さんに失礼じゃないか?」
「構いませんよ。私には名前がありませんからな」
「そ、そうなのか?」
「おじさんもこう言ってるんだし、いいの!」
「まぁ本人がいいなら……。で、方法とやらは?」
「シュン様が仰った神官に、神聖属性を付与してもらうのです」
基本的にアンデッドは、神聖属性が致命的弱点である。
これを拳に付与できれば、アルディスに有利な戦闘にできるだろう。
「他にもあるの?」
「こちらにいらっしゃるお二方の魔法付与も効果的ですな」
「エレーヌとノックスか」
「火属性で良ければ……」
「私は土属性かなぁ?」
火属性も神聖属性に及ばないとはいえ、アンデッドの弱点である。
土属性だとダメージが軽減され、あまり効果は期待できない。だが魔法付与自体はされているので、精神体のアンデッドを殴ることはできる。
「結構あるのね」
「アルディス様は、格闘家でいらっしゃいますな?」
「そうなるのかな? 武器は……。これね!」
アルディスは拳を握り、軽く前に突き出す。
その行動を見た執事は、優しい表情で笑みを浮かべた。
「気、というものはご存知ですかな?」
「気? 気合とか?」
「それを体に纏わせれば……」
「どうなるの?」
「実体のないファントムにも、攻撃が当たりますな」
「気かあ。アニメで見た記憶があるね」
アニメや漫画などでは、体を流れるエネルギーとして表現されている。
遠距離攻撃として放つ・体を頑丈にする、などが行えるのだ。
ちなみに現代の東洋医学では、「人体を構成する基本物質」と考えられている。もちろん視認できず、科学では証明されていないものだ。
「病は気から」とも言われている。
「私でも使えるようにできるのかな?」
「ラキシスを呼べるが?」
「ふふん! ボクは自力で何とかしたいのよ!」
(ちっ。ラキシスを仲間に入れるチャンスだったのに……。まぁいいか。ハンに戻ればいつでも抱けるし、アルディスとエレーヌも堪能したいからな)
シュンを取り巻く女性陣は、浮気をしていることを知らない。
このあたりは、ホストとして慣れている。日本にいたときも、浮気がバレたのは一度だけだった。
「そろそろ目的地に到着ですな」
「引き取る魔物について知っていることがあれば聞かせてくれ」
「はい。フロッグマンが一体と聞き及んでおります」
「俺たちが戦ったことがねぇ魔物だな」
「ハンからであれば棲息地は近いですな。今は大量発生中です」
「なら、魔物を届けたら行ってみるか」
「場所は亜人の国フェリアスですので、通行証が必要かと存じます」
「それは大丈夫だと思うぜ」
亜人の国フェリアスは、エウィ王国と人的交流が始まっている。だが国法で、異世界人は他国に出られない縛りがある。
それでもシュンたちがアルバハードまで来られたように、デルヴィ侯爵のコネがあれば国境を越えられる。
法の抜け道として、誰が後見人をしているかが重要なのだろう。
「ちょっと! ボクの限界突破は?」
「そ、そうだったな! 執事さん、ファントムのいる場所に心当たりは?」
「ファントムであれば、この幽鬼の森の奥地にいますな」
「いるのか!」
「はい。しかしながら、森の主に許可をもらう必要があります」
「森の主、か。誰だ?」
「残念ながら、口外せぬように言われております」
「わ、分かった」
(そう言えば、バルボ子爵も名前を隠してたな。どうせ会うんだから教えてくれてもいいだろうに……。まぁもうすぐ会えるだろ)
そんなことを考えていると、馬車が森を抜けた。
シュンの視界には、幽霊屋敷の外観をした建物と畑や養鶏場など入る。倉庫も建てられており、人が暮らしていると思われた。
何となくだが、どこかで見たような空間だ。などと思っている間にも、馬車は屋敷に近づいている。
そして勇者候補チームの面々は、屋敷のテラスを見て驚愕する。
「おっ! 聖女様じゃねぇか! あ、元か?」
「シュン。何であの人たちがいるの?」
「こ、国境を越えたんだね」
「双竜山の森以来かな」
「なぜ……」
シュンは目を疑ったが、見間違うはずのない女性が三人がいるのだ。
双竜山の森を出ないはずのレイナス・アーシャ・ソフィアに出迎えられた。まさかエウィ王国を出国して、幽鬼の森で暮らしているとは思いもよらない。
馬車を下りた後は、足早に彼女たちの近くに向かった。
「ソ、ソフィアさん?」
「あら。お久しぶりですね」
「デルヴィ侯爵の言っていた担当者とは、貴方たちでしたか」
「ちょ! 何でシュンが来るのよ!」
彼女たちも担当者を知らされていないようで、突然の再会となった。
そして、アーシャの言葉には棘が有る。
どう考えても、シュンの来訪を快く思っていない。まだあの件を引きずっているらしく、復縁の話はできそうもない。
それでもホストスマイルを浮かべて、元カノに話しかけた。
「アーシャ」
「なによ」
「化粧してんだな」
シュンから別れを告げたが、アーシャはギャル姿に戻っている。
こちらの世界に召喚された当時は、化粧品など入手できなかった。すっぴんでも可愛いので恋人にしたが、今の彼女こそ自分と付き合うべきだ。
ホストとギャルのカップルはお似合いなのだから……。
「わ、悪い? フォルトさんが手に入れてくれたのよ」
「見覚えがある屋敷だと思ったら、やっぱりおっさんか」
彼女たちがいるなら当然フォルトも、と思っていた。
周囲を見渡すが、この場にはいない。ならばと視線をソフィアに向けて、どこにいるのかを問い質した。
「今は不在です。暫くは戻りません」
「引き籠りのクセに……。と、ところでソフィアさんは何でここに?」
「御爺様に言われて、フォルト様に匿われています」
「匿われて? 誰かに狙われてんのか?」
「察していただけると助かります」
「そうか。俺が口を挟める話じゃなさそうだな」
「はい」
(ふざけんな! レベル三のおっさんだぞ? 何でこんな状況を作れんだよ! 魔族の姉妹はいねぇようだが、誰が見てもハーレムじゃねえか!)
シュンは暗い感情に支配され、七つの大罪の一つ嫉妬を芽生えさせた。
ただし、魔人が持つ大罪とは別の概念である。人間が犯す大罪は、ただの罪に成り下がってしまう。
もちろん、それは知る由もない。
「どうなってんだ?」
そう。シュンは何も知らない。
人間だと思っているフォルトが、暴食の魔人ポロのせい――おかげ――で、魔人という種族に変わったこと。膨大な量の魔法やスキルを保持して、人間の勇者など足元にも及ばない存在になっていること。
そしてソフィアが、フォルトの身内になったことも……。
知らないことは罪か、はたまた幸せか。
何も知らないからこそ、対抗心に火が灯る。
「シュン。どうしたの?」
「何でもない。アルディスたちは、魔物の受け入れ準備を頼む」
「いいわよ」
アルディスが会話に加わると、面倒なことになりそうだった。
二股中のエレーヌ。元カノのアーシャ。本気で口説き落としたいソフィア。お近づきになりたいレイナスもいるのだ。
いくらシュンでも、馬脚を現しそうだ。
「フロッグマンはあちらですわ」
「ギッシュも一緒に来て!」
「おう! 俺にもカエルを見せろや!」
アルディスとギッシュが、レイナスの後を追った。
エレーヌとノックスは、馬に飼葉を食べさせている。バグバットの執事は二人の近くに立ち、こちらの会話が終わるのを待っていた。
そんな中、アーシャから辛辣な言葉を受ける。
「魔物を引き取ったら、さっさと帰ってよね!」
「なに?」
「アーシャさん!」
「だって、シュンの用事はそれだけっしょ?」
「ですが、一緒に召喚された同郷の方ですよ」
「そ、そうだけどさ」
(アーシャめ。確かに俺が悪いけどよ。あの醜くなった顔が元に戻るなんて、誰が予想した? 治すのに白金貨十枚。一億円だぞ? 捨てて当然だ!)
人間性や倫理観から言えば、シュンは人でなしの部類に入る。
女性を外見で選び、外見で捨てた。しかしながら二人は同類なので、アーシャでも同じ選択をしたはず。
少しは反論したいところだが、今は我慢するしかない。
先ほどまでの会話で、一つ閃いたことがあるのだ。
「帰れと言われてもな」
「なによ」
「泊まらせろよ。俺らはずっと、馬車で移動してきたんだぜ?」
「うぅ……。ソフィアさん」
「これは……。フォルト様がいらっしゃいませんね」
現在フォルトが不在で、魔族の姉妹もいない。しかも、暫く戻らない。
この機会を逃す手はないのだ。ソフィアやレイナスとの距離を詰められるし、もしかしたらアーシャも懐柔できるかもしれない。
そう閃いたシュンは、居座ろうと決め込むのだった。
◇◇◇◇◇
ソフィアは考える。
捕獲した魔物の引き取りに、担当者が訪れることは知っていた。勇者候補の彼らが選ばれるとは予想外だが、そもそも宿泊については考えてもいない。
そして愛する人となったフォルトは、嫉妬の大罪を持つ魔人である。知らない間に男性を宿泊させると、最悪は殺害するだろう。
女性には甘いので、アルディス・エレーヌだけなら宥める自信があった。しかしながら、シュン・ギッシュ・ノックスがいると厳しい。
他にも人間嫌いのシェラは屋敷の中に隠れており、彼らとも面識がない。彼の性格から言っても、当分の間は隠し通すつもりだと理解している。
アーシャが言ったように、お帰りを願うのが一番だが……。
(困りましたね。フォルト様のこともありますが、一番の懸念はデルヴィ侯爵です。なぜ勇者候補チームを担当者にしたのか)
担当者を決めたのはデルヴィ侯爵で、何か狙いがあることは確実だった。
捕獲した魔物の運搬など、勇者候補にやらせるほど難しくないからだ。運搬をやらせるぐらいなら、魔物討伐に従事させたほうがエウィ王国のためになる。
ともあれフォルトがいれば、日本から同時に召喚された四人が揃う。だから何だと言われても困るが、トラブルの発生を狙っているか。
もしくは人物を測りかねて、情報収集という線もあり得る。シュンたちを無下に扱うことで、グリム家への攻撃材料にする等々。
多種多様な憶測はできるが、今のソフィアだと読み切れない。
「おっさんがいないと駄目なのか?」
「そ、そうですね。フォルト様の屋敷ですので……」
「倉庫でもいいぜ?」
ソフィアは困り果てた。
フォルトを魔神覚醒させないために、身内となることを決めたのだ。
たかだが宿泊させるだけで、シュンたちを殺害させたくない。またデルヴィ侯爵の意図も読めないからこそ、トラブルだけは避けたい。
レイナスの意見を聞きたいが、シュンが回答を待っている。
このタイミングで、バグバットの執事が会話に入ってきた。
「ソフィア様。シュン様たちと共に、私もお願い致します」
バグバットは、フォルトが魔人だと知っている人物だ。
この場で執事が口を出すということは、何かを言い含めているのだろう。
フォルトも世話になっているので、執事には好意的である。シュンたちと一緒に宿泊させれば溜飲を下げるはず。ならばとソフィアは、彼らの滞在を認めた。
「そうですか。食料用の倉庫で良ければ構いませんよ」
「ありがてぇ。それとさ。おっさんと連絡は取れねぇのか?」
「フォルト様にですか?」
「アルディスの限界突破作業があるんだよ」
「レベル三十になられたのですね」
「この森にいるファントムが討伐対象でさ」
「ということは……」
「宿泊は一泊じゃねぇんだよ。構わねぇよな?」
「なるほど」
ソフィアは元聖女として、勇者候補の限界突破は無視できない。
これについては、フォルトも理解してくれるだろう。双竜山の森に宿泊させたときと同様に、一週間ぐらいを目安に考えれば良いか。
ただし、すぐにフォルトと連絡を取ることは不可能だ。
ハーモニーバードでも、数日は掛かる。しかも現在はブロキュスの迷宮に潜っているはずなので、外に出てくるまでは伝えられない。
できれば一泊に留めて、再び来訪してほしい。などと考えながら助けを求めるように、バグバットの執事に視線を向けるのだった。
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